貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
ターフを走り続けている在校生ウマ娘たちも、苦しそうに走る新入生ウマ娘のことは気になっている様子。しかしここで声をかけて優しくリタイアを促すことが本人のためにはならないと知っているのでしょう。
何故か貴方のことをチラチラ見ているものの、在校生ウマ娘たちはその新入生ウマ娘に対してアクションを起こすことを断腸の思いで我慢しているようです。
安易に表面的な手助けをするのではなく、それが本当に本人のためになるかを考えて、ときには厳しく見える対応を選ぶことができる。
学生アスリートでありながら見事な精神性が育っていることに、さすが中央トレセン学園の教育者は素晴らしい人格者がいるのだなと貴方は満足してるようです。
そんな模範的教育者とは真逆であるダメな大人として行動する必要がある貴方は、リタイアしたウマ娘たちにちゃんと水分補給をして休息するよう注意を促す役目をニシノフラワーに託してターフに近づきました。
これをただの持久走と勘違いしている新入生ウマ娘たちは比較的余裕が残っているのか、ペースが落ちてヘロヘロな走り方をしているウマ娘を見て優越感に浸っている者もいるようです。
なんと哀れな光景だろうと貴方は心の中で“余裕のある”新入生ウマ娘たちに同情していました。下を見て安心したいという心理は理解できますし否定するつもりもありません。ですが常に格上に挑み敗け続けたウマ娘と、常に格下と戦い勝ち続けたウマ娘が同じ条件で走ればどうなるかなど考えるまでもありません。
とはいえ……中には苦しそうに走るウマ娘を放置できない心優しいウマ娘もいるらしく、心配そうに話しかけ手を差し伸べるという感動的な光景が目の前に現れました。
当然、前代未聞の悪役トレーナーである貴方がいる限りそんな優しさなど無意味です。レース場全体に響くほどの怒声にて“甘えるな、お前が自分で始めた勝負の決着を他人の手に委ねるな”と吼えました。
手を差し伸べていたほうの新入生ウマ娘は驚き戸惑いどうしたらいいのかと混乱していましたが、膝をついてその手を握り返そうとしていたほうの新入生ウマ娘から弱々しくも輪郭には歪みのない意志の輝きが感じられるのが貴方にはわかります。
想定通り、新入生ウマ娘は自らの脚で立ち上がり前に進むことを再開しましたが──とても賢い貴方は重要な事実を忘れていたことに気がつきました。
そう、このトレーニングには明確なゴールなど存在しないため、あの新入生ウマ娘がどこで区切りをつければいいのかわからず結局ターフを降りることができない可能性があるのです。
いくら自分が悪役トレーナーであるとはいえ、それで新入生ウマ娘にケガをさせてしまったのでは意味がありません。あくまで円満に追放されるための手段であり、ウマ娘に負担を強いることが目的ではないからです。
貴方はいつの間にか隣に立っていたフジキセキにサングラスを預けると、そのままターフの上に移動して件の新入生ウマ娘が到着するのを待つことにしました。
すでに在校生ウマ娘も、比較的余裕の残っている新入生ウマ娘たちも区切りをつけてターフからは離れており、残るは歩くよりも遅い速度で走るウマ娘がひとりだけ。
ついには両膝をついて顔を下げてしまいますが、チート能力によるステータス確認ができる貴方は彼女の闘志は尽きておらず、また故障率もゼロであることを知っています。
立ち上がれないのであれば地面をはってでも、手足が動かないのなら芝に噛み付いてでも身体を引き摺ってここまで来てみせろと情けも容赦も一切含まれていない冷酷無比な罵倒を繰り返すことにためらいはありません。
◇◇◇
貴方の言葉に従い、時間はかかりましたが新入生ウマ娘は目の前まで無事たどり着きました。体力も気力も尽き果てた身体を意志の力で奮い起たせ、2本の脚でターフの上にしっかりと屹立してみせると「これでどうだ」と貴方を睨み付けます。
なんと見事な勝負根性でしょう! 新入生にしてここまでタフな精神力を持つウマ娘であれば、遅咲きなれどそれは見事な大輪の花をGⅠレースでも咲かせてくれること間違いなしです!
これには興味本位で見学に来ていた若手の、あるいは新人トレーナーたちもスカウトしたくてたまらないはず。トゥインクル・シリーズに挑むこの子の未来は約束されたようなものだと貴方は大満足です。
と、そんなふうにいつまでも無邪気に喜んでばかりもいられません。とてもすごく賢い貴方は自分がこのウマ娘になにかひと言かけてやらなければ場がしまらないことをちゃんと察しています。
どんな言葉がいいものか数瞬ほど悩んだ貴方ですが、ここは適当な名言を盗んで使用してしまえば良いと考えます。大事な場面で他人の言葉を堂々と我が物顔で使うという厚顔無恥の極み、これには取り引きをしているウマ娘たちが一斉に離れていく可能性もあるなと貴方は顔がにやけるのを我慢できそうにありません。
もっともその文言は前世の記憶から引き出したものでありこのウマ娘の世界に存在するかは不明ですが、チート転生者である貴方にとってそんなことは障害になどなりません!
貴方はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて新入生ウマ娘に言いました。勝負と誇りの世界へようこそ、と。
ようやくこのクソのようなトレーニングから解放されるのだと理解したのでしょう、緊張感がゆるんでしまった新入生ウマ娘は自身の身体を支えることができずに倒れてしまいます。
これで頭などを強く打たれたのでは困ります。貴方は咄嗟に新入生ウマ娘に接近し──初対面で直接肌に触れるのはさすがにマズいと判断し、黒ジャージの上着を脱いで羽織らせるようにしてから身体を抱き上げました。
次回は新入生ウマ娘視点です。