貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。

だいぶ第3者視点風味。


『進める者≠進む者』

「聞いたか? オレらのトコのトレーナーも公開トレーニングするんだとよ」

 

「なんでまた? トレちゃんが自分から参加しますなんてゼッテー言わないっしょ?」

 

「ん、あぁ、それグルーヴがね。いつものよーに余計なこと言って、顔面に冊子投げられてた」

 

「アイツいっつもウマ娘から顔になんか投げられてんな。自業自得だけど。……つーか、新入生見てんのに平常運転が過ぎンだろ。どんだけマイペースなんだあのアホは」

 

 

 中央トレセン学園の、とあるレース場にて。

 

 給水所を設営するのは理解できる。アスリートにとって水分補給は大事なことだから。

 しかし謎の巨大プールが設営されているのはまるで意味がわからない。トレーニング後のクールダウンのために用意したのだとしても、すべり台まで設置する必要性など皆無である。

 

 こうしてアホトレーナーの奇行に慣れているはずの非公式チーム・ポラリスのメンバーでさえ困惑しているのだ、興味本位でレース場にやってきた新入生ウマ娘や新人トレーナーたちなど全く意味がわからないだろう。

 

 

 

 

「おーし、それじゃあ公開トレーニングを始めるぞー。先に言っておくが、これはあくまでお前たちウマ娘の自由意思で参加するものだ。俺はなにも強要しねぇ。走りたいヤツが勝手にコースに入って走ればいいってだけの話だ」

 

「アイ・コピー♪ つまりいつも通りってことだね!」

 

「うん? そんなこと……あるか、うん。よくよく考えたら普段もお前ら勝手に走ってるだけだしな。──なんだテメェら、急に悟りを開いたみてぇな顔して」

 

「トレーナーは気にしなくて大丈夫なの。それで、具体的にはなにをするの?」

 

「なぁに、難しいことなんてしねぇよ。ただ──限界まで走ってもらうだけだ」

 

 

 

 

「おいおい。ミスターシービーが参加しているぐらいだから、どれほどのトレーナーが指導するのかと思っていたが……まさか担当ウマ娘すらいない最低評価のトレーナーがこの場を仕切るのかよ」

 

「つまり三冠ウマ娘は本人の才能によるもの、か。やっぱり天才ってヤツは特別なんだろうさ。羨ましいもんだねぇ、あんなふざけたトレーナーでも才能のあるウマ娘にさえ好かれりゃGⅠだって簡単に取れるってワケだ」

 

「周囲にいるほかのトレーナーたちも反対しないあたり、トゥインクル・シリーズでは未だに精神論による指導がまかり通っているのでしょう。これでは長くジャパンカップで海外のウマ娘に勝てなかったのも納得ですよ」

 

「あの逃げウマ娘もあれだけの才能に恵まれていたんです、私たちの世代でまともな指導を受けていれば引退なんてせずに済んだかもしれないのに……なんてもったいないことを……」

 

 その言葉に最初に反応したのは新人のトレーナーたちであった。

 

 中央トレセン学園には国内でも最高クラスのトレーニング機器が揃っているというのに“限界まで走る”などという前時代的なトレーニングをしようというのだ、呆れなど通り越して憤りさえ感じている者もいる。

 

 

 

 

 そしてそれは、ミスターシービーやマルゼンスキーなどのスターウマ娘たちの姿を見るために集まった新入生ウマ娘たちも同様であった。

 特に優秀な成績で入学したウマ娘、あるいは幼いころから専門的な指導を受けてきたウマ娘のように『持つ者』に分類されるであろうウマ娘ほど顕著である。トレーニングとは効率を考えて行うもの、そんなことはスポーツの世界で上を目指す者にとっては常識だからだ。

 

「信じられませんね。なぜあんなトレーナーの指導をGⅠウマ娘の先輩たちが受けているのか、理解できません。あれなら授業で指導してくださる教官の皆さんのほうが何倍もトレーナーとして優秀ですよ」

 

「いやいや、アレがマジなトレーニングのワケないじゃん。そもそもセンパイたちって担当契約してないんでしょ? 公開トレーニングって言ってるけど、要は息抜きみたいなもんなんじゃない?」

 

「そうだよね~。さすがに……だってプールまであるんだし、重賞を勝てるぐらいの先輩たちだもん、レクリエーションとか、息抜きだって必要だよ……ねぇ?」

 

「あ~、もしかしてアレかな。公開トレーニングはあたしらも参加していいって言われてるし、先輩たちとの交流会的な感じでやってくれてるとか」

 

 非科学的な、根性などという数値化できないモノに頼るようなトレーニングを中央トレセン学園の──それも三冠ウマ娘を含めたGⅠウマ娘たちが本気で取り組むワケがない。

 ならばこの公開トレーニングには、もっと別の目的があるに違いない。指導をしているトレーナーの許可を得られれば、新入生の自分たちも参加して良いと説明されたことを加味して考えるなら……これは、きっと遊びなのだ。新入生ウマ娘を歓迎するための、先輩たちのちょっとした悪ふざけなのだろう。

 

 ならば、遠慮なく甘えさせてもらうとしよう。平然と時代遅れな根性論トレーニングを口にしたあのトレーナーに興味はないが、あのミスターシービーやマルゼンスキーと併走できる貴重な機会を逃す手はない。

 誰かが動けば、周囲も動く。そうか、これは公開トレーニングという名目の交流会のようなものなのだという認識は簡単に新入生ウマ娘たちの間に広がり、参加の許可を求めてコースへと近づいていく。

 

 

 

 

「GⅠウマ娘の先輩たちの走りを間近で体験できるのか~。どんな感じなのかな、楽しみだなぁ」

 

「そりゃあ、やっぱりスターウマ娘だもん。未勝利戦やオープン戦で止まってるようなウマ娘とは全然──あ、ホラ見てあの子」

 

「うわ、いかにも本気ですって雰囲気になってるし。気持ちはわからなくもないけど、こんなお遊びの併走に参加したぐらいじゃなにも変わんないって」

 

 気安い雰囲気の新入生ウマ娘たちの中に、ひとりだけ明らかに真剣な表情のウマ娘がいた。

 

 そのウマ娘は授業でも模擬レースでも常に最下位をキープしている、いわゆる“ダメなほうの意味で注目されている”ウマ娘だった。

 こうして中央トレセン学園に入学している時点でそれなりの才能はあるのだろう。だが、それだけだ。自分より強いウマ娘には、走るための能力に恵まれたウマ娘には努力だけでは勝てない。それがレースの世界の現実なのだ。

 

 

(うーん。同じクラスの子だし、がんばり屋なのは知ってるけど……どうせGⅠレースで活躍できるウマ娘なんて限られた天才だけなんだから、割りきって学園生活を楽しめばいいのに)

 

 入学してから実力の差を思い知るまでは早かった。中央トレセン学園に合格した自分は特別なウマ娘なのだという浅はかな考えは、本物のエリートたちの走りを見た瞬間に廃棄した。同じ新入生とは思えない、背中を追おうなどとは到底思えない走りを見た瞬間に。

 彼女たちの態度や発言になにも感じないワケではないが、彼女たちにはそれが許されるだけの実力がある。それに、別に校則違反もしていなければ嫌がらせをされたりもしていない。それで文句をつけるのは筋違いというものだ。

 

 

 そうだ、凡人は凡人なりにレースを楽しみ学園での生活を楽しめばいい。叶わない夢を追いかけるのは時間の無駄でしかない。

 せっかく苦労して中央トレセン学園に入学できたのに、身の丈に合わないムリをして怪我をしたのではもったいないじゃないか。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「なんか見学者多いな? いや、別にいいけどさ。オイ、ルーキーども。一緒に走りたいなら勝手に交ざれ、見てるだけでいいなら適当にその辺に座っとけ。……よし。エアグルーヴ、あとは任せた。お前なら上手いこと誘導してやれんだろ。なんかトラブルあったら、そんときは俺の名前出しときゃそれでいい」

 

「つまりいつも通りということだな。まぁ、新入生の面倒を見るのも生徒会の仕事だ。それぐらいは引き受けよう」

 

「あぁ、それと──在校生諸君。こんなことわざわざ言うまでもないと思うが……まさか限界まで走るってことの意味を勘違いしてるヤツなんかいねぇよなァ?」

 

「大丈夫だよトレーナーッ!! ターボ、スピードの先の先の向こう側までギュンギュンに走ってみせるもんッ!! だれも追いつけないぐらい、サイコーの速さでッ!! 限界って、そういうことでしょ?」

 

「うんうん、お前は本当に急に賢くなるなぁ。煽るチャンスも潰されちゃって俺ビックリだよ。ホレ、ご褒美に俺がお世話になってる横丁の大家さんのお父さんがお土産に持ってきてくれた怪しいアメをやろう。ちゃんと無害にしたから安心して食うがいい」

 

「わーい♪ ヘンなあじー♪」

 

「ま、そういうこったからよ。ツインターボ先生の仰る通り、なにを以て限界とするかはお前たちが自分で決めろ。最高速度の自己ベストを塗り替えるのか、それとも定番の持久力を限界まで試すのか。瞬間の加速に全てをブッ込んでもいいし、大勢走るのを利用して判断力をとことん鍛えたっていい。なんなら、ただひたすら根性任せに走ったって構わねぇ」

 

「トレーナー、ゴルシちゃんポッキーのチョコとスティックの完全分離の限界に挑戦してもいーい?」

 

「おー、好きにしろ。世の中なにがレースやトレーニングのヒントに繋がるかわかんねぇからな。とにかく、なんでもいいから限界の1歩先に踏み込め。そうじゃなきゃ、現状維持されるだけで成長なんかするワケねぇ」

 

 

(うーん、悪いヒトじゃなさそうだけど……やっぱり精神論は好きになれないなぁ。重賞レースを勝ったウマ娘が指導を受けにきてるから、それが正しいって思い込んじゃってるタイプかなー? あー、でも……もしかして、コレ案外私にもチャンスがあるんじゃない?)

 

 GⅠレースを含めた重賞レースで活躍していながら、中央トレセン学園からもURAからも一切のアナウンスが無い、謎の黒いジャージ姿のウマ娘たち。

 いったいどんなトレーニングをしているのか気になっていたが、フタを開けてみればまさかの精神論トレーナーの指導を受けているという事実。

 

 そんな時代遅れのトレーニングをしていながらGⅠレースに勝てるなら──ちゃんと科学と医学に基づいた知識で指導してくれるトレーナーと担当契約をしてトレーニングを続けていれば、自分だってそれなりの活躍ができるかもしれない。

 

 もちろん日本ダービーや有マ記念などのGⅠレースに勝ちたい、といった身の程知らずな夢を追いかけるつもりは新入生ウマ娘には全く無い。

 ミスターシービーやシンボリルドルフなどのスターウマ娘に憧れる気持ちに嘘はないが、それはあくまでコースの外側での話だ。なにも知らない子どもならばともかく、なんでわざわざ天才相手に勝てない勝負を挑む必要があるのか。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 アタマスズカという単語がどういった意味の合言葉なのかはわからなかったが、ともかくGⅠウマ娘たちとの持久走が始まった。

 

 精神論の是非はともかく、レースを走るためにスタミナが必要なのは事実である。それにひとりで黙々と走り込みをするよりは、こうして大勢で一緒に走るほうがモチベーションも維持しやすいだろう。

 根性がどうとか限界がなんだとか旧い価値観を気にしなければ、それほど悪くないトレーニングかもしれない。ちゃんと水分補給の用意や早い段階でリタイアした者が休憩するためのスペースも確保してあるのも、新入生ウマ娘たちには評価できるポイントだった。

 

 開幕から中等部らしき小柄なウマ娘が全力で駆け出して、当然のようにバテたところをあのトレーナーがプールに投げ込んだときには驚きもしたが……それに続くウマ娘たちの様子を見る限り、彼のトレーナーとしての力量はともかく慕われていることだけは理解できる。

 

 

 そして。

 

 

(……ッ!? すごッ、全然違う……ッ! 走り方、私たちとは、別モノ……ッ! 速い、というよりッ! なん、だろ……キレイ、と、いうかッ! 巧い……ッ!)

 

 感動と、そして納得。

 

 レースで走っているのを、ただ外側から見ているだけではわからないことがある。頭では、理屈ではそんなことは当たり前だろうと理解しているつもりだった。

 

 だが実際に体験してみればまるで違う。

 

 特になにか理由があったワケでもない。ただ、なんとなく目の前にいたから、興味本位で黒いジャージのウマ娘の後ろを追いかけるように走ってみただけ。

 そんな軽い気持ちで、なにか参考になるようなモノが得られればラッキーぐらいの感覚で追走していた新入生ウマ娘だったが……気がつけば、夢中になって前を走るウマ娘の背中を追いかけていた。

 

 相手もそのことに気がついているのだろう、ときどきこちらの様子を確認しながらスピードを調整して走ってくれていた。

 経験の浅い自分でもわかる。ついてこいと、この走り方を吸収してモノにしてみせろと言われている。直線で、コーナーで、脚の使い方や身体の傾け方、加速のタイミングなど……教科書を読むだけでは、ただ授業を受けているだけでは知ることができなかったであろう技術。

 

 

 それを彼女たちは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 担当契約を必要としないのも納得だ。これだけの走りができるのであれば、いちいちトレーナーの命令に従うなど面倒なだけでしかない。

 それならば……と。彼女たちに走り方を教わることができるのであれば、自分もわざわざ担当トレーナーを探さなくてもいいのではないかという考えが新入生ウマ娘たちの中で燻り始めた。

 

 名門と呼ばれるトレーナーの担当ウマ娘になれる者は限られている。

 

 実績の無いトレーナーでは()()()()のレースですら走れるかわからない。

 

 単独出走のウマ娘が重賞レースに勝利し、GⅠレースに勝利し、クラシック三冠に勝利し、ついには凱旋門ウマ娘を含む世界中から集ったスターウマ娘に勝利したときからSNSなどで囁かれていた『ウマ娘のレースにトレーナーの存在は本当に必要なのか?』という問い掛けは、レースの世界に憧れる次世代のウマ娘たちの価値観に静かに染み込んでいたのだ。

 

 体調管理? 自分の身体の不調が自分で理解できないワケがない。むしろ、無責任に「まだやれる!」なんて無理をさせられて怪我をしてしまうかもしれない。

 

 事務手続き? そんなことは学園の事務員の人たちに聞けば済む話だ。トレセン学園で生活をしているのにレースの日程を間違えるウマ娘なんているはずがない。

 

 移動。公共交通サービスがいくらでもある。

 

 食事。授業で習うしネットで調べてもいい。

 

 睡眠。これも情報はいくらでも手に入る。

 

 わざわざトレーナーに頼らなくても、それぐらいのことはウマ娘だけでもできるじゃないか……と。顔も名前もわからない連中が無責任にネットで盛り上がっていた影響を、新入生ウマ娘たちは大なり小なり受けている。

 ただ漠然と担当トレーナーを求めるのではなく、その必要性と真剣に向き合わなければならないのではないか? そんな考え方を“意識の高さ”として受け止めていたところに、こうして単独出走で活躍するウマ娘の見事な走りを体験してしまったのだ。新入生ウマ娘たちが自分もそれに続きたいと憧れるのも仕方ないことだろう。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 ターフに残る在校生ウマ娘の人数は減っているが、新入生ウマ娘たちにリタイアした者はまだひとりもいない。

 彼女たちは1秒でも長く走り、少しでも先輩たちに認められる必要があると信じて走っていた。

 

 単独で、トレーナーの力を借りずとも重賞で活躍できるウマ娘たちの指導を受けることができたなら。

 あるいは、あの黒ジャージのトレーナーに気に入られることで、ミスターシービーやマルゼンスキーのようなスターウマ娘たちとの繋がりが得られるかもしれない。

 

 納得できる価値があるなら、この精神論トレーニングにも意味がある。

 

 とにかく“走れるウマ娘”であることをアピールすればいい。具体的なタイムを指定されたり、筋力などの数値化できるものを求められるよりはずっと楽な作業だ。

 そうだ、根性を見せるのなんて簡単なことなのだ。ただ疲れるまで真面目に走ればいいだけなのだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 しかし。

 

 そんな単純なことでさえも、躓いてしまう者はいるらしい。

 

 

(うわぁ、あの子もう完全にグロッキーじゃん。えぇ……? どうしたらいいのかな? 先輩たちは素通りしちゃうし、さすがに私までスルーしちゃうのはダメだよね……?)

 

 誰が見ても限界だとわかる。歯を食い縛り、なんとか倒れないようにと頑張ってはいるがそれだけだ。もはや走ることすらできなくなっている、新入生の中でも落ちこぼれのウマ娘。

 誰かひとりぐらい止めてあげればいいのに、どうして誰も動こうとしないのか。在校生ウマ娘たちも、黒いジャージのトレーナーも、周囲でサポート役をしているトレーナーたちも、見学に来ている新人トレーナーたちでさえなにか喋っているが動こうとする者はいない。

 

 レースならともかく、これはただのトレーニングなのだ。先輩ウマ娘たちに認めてもらいたい気持ちはあるが、この“可哀想な”ウマ娘を見捨てるのも後味が悪い。

 そんな想いから新入生ウマ娘は手を差し伸べる。相手もそれに気づいたのか、悔しそうにしながらもどこか安心したような雰囲気で手を伸ばし──。

 

 

 

 

「甘えンなァッ!!」

 

 

 

 

 びくりッ、と。その手を引き戻した。

 

 

「言ったはずだッ! 限界まで走れとッ! そこで止まればテメェはこれからずっと過去の自分に敗け続けることになるぞッ! なにを思ってこのターフに立ったのかは知らねぇが、テメェの脚で走り出したんだろッ! なら決着はテメェの脚でつけろッ!! それができないなら、他人にテメェの走る意味を委ねるくらいなら、その場で潔く倒れてろッ!!」

 

 

「な──ッ!? いくらなんでも、そんな言い方しなくたって」

 

「……ゴメン、ありがと。あとは大丈夫だから」

 

「え?」

 

「アタシは、まだ、大丈夫だから。邪魔してゴメン。先に、行ってていいよ。置いていかれるのには、慣れてるから」

 

「いや、でも……でも、やっぱりダメだよッ! これ以上ムリしたらホントに怪我しちゃうよッ!」

 

「脚は、遅いけどさ……頑丈さには、自信、あるんだ。だからヘーキ。まだ、進める。自分の脚で、アタシはまだ……自分で、進めるんだ……ッ!!」

 

 できるワケがない。知識も経験も足りていない自分でさえも限界だとわかるのだから、本人だってもう走れないと理解しているはずなのに。

 いや。もしかしたら、同じ新入生だから聞き入れられないのかもしれない。あの黒ジャージのトレーナーが余計なことさえ言わなければ、この子を助けてあげられたかもしれないのに。

 

 唯一の救いは、まだターフには在校生ウマ娘が残っていることだろう。徐々に近づいてくるウマ娘たちが止めてくれれば、これ以上このウマ娘も無意味に苦しまなくてすむ。そう願ったが……。

 

 

 

 

「あのバカが止めねェなら、テメェはまだ走れるってことだ。その辺りの加減に関しては、あのアホはマジでチート野郎だからな」

 

 

「ジブン、事情は知らんけど走るためにトレセン来たんやろ? なら気張りや。練習で本気になれんヤツが本番で勝てるほど、レースの世界は甘くないで~」

 

 

「心配はいりマセーンッ! トレーナーさんは本当にムリしてるウマ娘にはちゃんとBrakeをかけてくれマスからッ! スズカみたいにデースッ!」

 

 

「が、が、学級、委員長としてはッ! ほ、本来なら、止めるべき、なの、かも……しれませんがッ! 己に、勝つと、いう……気持ちはッ! レースでは、大事な、ことッ!! ですからッ!!」

 

 

「ステータス『不屈』を確認。手助けは無用と判断。問題はありません、いまのトレセン学園には限界に挑むウマ娘はたくさんいます。いまの貴女のように」

 

 

「ここにチケットがいたら確実に大騒ぎになっていたな……。キミ、これも貴重な経験だと思って走りきってみるといい。あのトレーナー君の言うことだ、少なくともキミの成長に繋がるのは間違いない」

 

 

 

 

 すれ違いざまにかけられた言葉は、どれもリタイアを促すものではなかった。

 

 もう、どうしようもない。だって自分はちゃんと止めようとしたのに、あのトレーナーや先輩たちがもっと走れと言ってきたんだ。

 これであの子が怪我をしたとしても、自分はなにも悪くない。自分たちが才能に恵まれているからって、他人にも同じように走ることを強要するのが悪いんだ。

 

 これ以上付き合ってはいられないと、新入生ウマ娘は見切りをつけてターフから離れると──いつの間にかターフの上に移動したトレーナーが、膝をついたウマ娘をさらに煽り始めた。走れないのなら、立てないのであれば這ってでも前に進めと。

 異常だ、どうかしている。最早、精神論がどうこうなんてレベルじゃない。これではただの晒し者と同じじゃないか。あのトレーナーだけじゃない、これを止めようとしない周囲のトレーナーも、在校生ウマ娘たちもどうかしている。

 

 

 そう思いながらも──新入生ウマ娘は、ターフを這うそのウマ娘から目を離すことができなかった。

 

 

 クスクスと笑っていたエリート組の新入生ウマ娘たちも、ヒソヒソと批判をしていた新人トレーナーたちも、いまは全員がすっかり黙っている。

 否。黙るしかなかった。あの黒ジャージのトレーナーが放つ気迫が外野を全て黙らせた。ターフを這いながら進み続けるウマ娘を──彼女の『走り』を邪魔する者は何人たりとも決して許さないという無言のプレッシャーに逆らえないのだ。

 

 

 

 

 

 

「これで……どう、だァ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘がトレーナーの前に立つ。

 

 走りきってみせたぞ、と。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「──勝負と誇りの世界へ、ようこそ」

 

 

 

 

 

 

 そう言いながら、倒れそうになったウマ娘をトレーナーが支える。自分が着ていたジャージを羽織らせ、まるで宝物でも扱うかのように慎重に、大切に、愛おしそうに。

 その瞬間、その場に居た者たちは理解した。それはもちろん、彼女の限界に挑む過酷なトレーニングがようやく終わったことを……などではない。たったいま始まったのだ。彼女にとってのトゥインクル・シリーズが。

 

 

「こーゆー言い方すんのはゴルシちゃんの趣味とはちぃ~っとばかり違うんだけどよ。まぁアレよ、事実としてな? あのウマ娘がトゥインクル・シリーズで勝つのはつまようじ畑からコインランドリーを収穫する並みに難しいワケ」

 

 いつからそこにいたのか。ずぶ濡れの黒ジャージを着たままの芦毛のウマ娘が、スティック状のチョコを咥えたまま新入生ウマ娘の側で語り始めた。

 

「もしかしなくても、ずっと未勝利戦を走りっぱなしで終わるかもしれねぇ。1度も勝てないどころか、入着すらできないままトレセン学園を去ることになるかもしれねぇ。ま、残酷だけどレースの世界ってな結果が全てみたいなとこあるからしゃーないわな。とか言っといてなんだけど、よ? お利口さんなルーキーちゃんたちや、お賢いトレーナー先生方には難しい話かもしれねぇが──」

 

 

 芦毛のウマ娘がこちらへ振り返る。

 

 

 

 

 

 

「理屈だけで勝敗が決まっちまうほど、レースの世界ってのは退屈じゃねぇんだわ。特に、いまの中央はな」

 

 

 

 

 

 

 ぞくり、と。

 

 それは美しい微笑みであるはずなのに、まるでナイフでも突きつけられたかのような感覚だった。

 

 

「……おいゴルシ、なにやってんだ? あんまりルーキーどもに変なこと吹き込むなよ」

 

「なんだよナカヤマ~。トレセン学園の良心と言われてないこのゴルシ様が、こんな可愛いポニーちゃんたちに挨拶代わりのウェルカム黒コショウを叩きつけるとでも思ってんのか?」

 

「ゴルシならともかく、お遊びでもゴールドシップってウマ娘が睨んだらルーキーども相手じゃシャレにならねぇだろ。ホレ、トレーナーも無事ゴキゲンな原石を見つけたことだし、もう公開トレーニングも終わりだろう」

 

「お、そうだな! じゃあなッ! 期待のルーキーどもッ! 『無事是名バ』って言葉もあることだし、怪我に気をつけて楽しく走れる自分を見つけられるようゴルシちゃんが三女神にしっかり祈っておいてやるぜッ! ……あのプール、あとでルームの外に設置してくんねぇかなぁ~」

 

「ソイツは名案だな。クーラーも悪くないが……あまり便利なモノに頼りすぎると、熱を感じるための大事な感覚が鈍っちまう」

 

 

 ふたりの在校生ウマ娘たちが何事も無かったかのように立ち去るが、残された新入生ウマ娘たちは誰も動くことができなかった。

 

 すでに撤収作業は始まっており、給水設備や休憩所はもちろん巨大なビニールプールも学園のスタッフたちがテキパキと片付け始めていた。色とりどりのジャージを着た在校生ウマ娘たちもそれぞれの担当トレーナーのところに集まっている。

 そして数々の重賞レースで活躍している黒いジャージがトレードマークのウマ娘たちもまた、同じように意識を失ったウマ娘を抱えて運ぶあのトレーナーに従うようにコースを去っていく。まるで彼こそが自分たちの担当トレーナーなのだと言わんばかりの態度で。

 

 ワケが、わからない。

 

 彼女たちはトレーナーの指導を必要としないから、自分たちの力だけでトゥインクル・シリーズを走るために単独で出走登録をしているのではなかったのか。

 あのトレーナーはただの付き添いのようなもので、制度の都合で必要だから一緒に行動しているだけではなかったのか。

 

 混乱したまま新人トレーナーたちのほうへ視線を向ければ、彼ら彼女らもまた動揺しているようだった。

 あんなに才能に溢れたウマ娘たちが、なぜ育成評価が最低のトレーナーなどに従っているのか理解できないといった様子で。

 

 

「どうした? 公開トレーニングはこれで終わりだ、いつまでもコースに残っていないで後始末を済ませて身体を休めろ。アスリートたるもの、休息も疎かにしてはならんからな」

 

「エアグルーヴ、先輩……あの。その……あのトレーナーは、いったい……?」

 

「あぁ……まぁ、そうなるか……。あのたわけを引っ張り出したのは逆効果だったか……? さて、どう説明したらいいものか」

 

 エリート組のひとりが、恐る恐るといった様子で副会長であるエアグルーヴに説明を求める。

 入学式やオリエンテーションで見せた凛々しい態度とは真逆の、腕を組んでうんうんと唸るエアグルーヴの姿は本当に困っているようで……どこか、楽しそうでもあり。

 

「トレーナーとウマ娘にもいろいろとある──いや、これではなにも説明していないのと同じだな。まったく、表に出したらそれはそれで厄介だなあの阿呆は」

 

「えっと」

 

「うん? あぁ、スマンな。どうにも適切な言葉が見つからないというか、私も現状に慣れすぎて客観性に欠けていたらしい。ふむ、そうだな……世の中には立場や肩書きなど関係なく、誰かの夢のために本気になってくれるバカな大人もいる……と、いうことだ」

 

「はぁ……」

 

「む、まだ抽象的過ぎたか……いざ言葉にして説明しようとすると難しいものだな……。まぁ、なんだ……明確な夢など無かったとしても、レースに対する姿勢や意気込みに正解などない。中には賞金目当てだと堂々と公言しているウマ娘もいるぐらいだ。お前たちはお前たちで進みたい道を探せばいい」

 

 

(進みたい道、って言われても……GⅠレースに出られるウマ娘なんて限られてるし、日本ダービーで勝ちたいとか、有マ記念で1着になりたいとか、そんなの……小学生じゃないんだから。叶いっこない夢を口にしたって恥ずかしいだけなんだし、進みたい道じゃなくて、自分でも走れる道を探すのが正解に決まってる……じゃん)

 

 分不相応な夢を追いかけて時間を無駄にするよりも、現実と向き合って等身大の結果を求めるのが賢い選択である。

 自分はなにも間違っていない。本物の才能に恵まれたウマ娘ならばともかく、中央トレセン学園ではその他大勢の平凡なウマ娘にしかなれないのだから“それなり”で満足するべきなのだ。

 

 

 そう己に言い聞かせる新入生ウマ娘だったが……どういうワケか、最後までターフに取り残されていたあの落ちこぼれウマ娘の姿が脳裏から離れなかった。




昔のウイニングポストの攻略本を古本屋で見つけたので、なんとなくパラパラと読んでみたところ。
武豊騎手の顔グラの変化がなんというか……海外で武豊二世(同名の息子)と間違われたというエピソードも納得できるなぁ、と思いました。


続きはオマケを投稿してから、オマケの内容は『姉』『妹』『肉』『炭火』『レンガor爆砕点穴』になります。
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