貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

134 / 223
時代はやっぱりダンディーステップ。


☆焼肉は 汚職議員と 鍋奉行☆

 夏。

 

 ウマ娘にとってそれはアスリートとして合宿により集中的に能力を鍛え上げるための季節であり、ひとりの学生としてバケーションを楽しむ季節でもある。

 もちろん夏レースを目標とする者もいるし、あえて練習を控え目にして別のことに勤しむ者もいる。レース関係も趣味関係も含めた様々な物品を購入するための資金を稼がんとアルバイトに励むウマ娘がいれば、レースを支える仕事を目指して勉強に励むウマ娘もいるのだ。

 

 もっとも、いくら中央トレセン学園とはいえ予算は無限に使えるワケではない。ウマ娘やトレーナー側が合宿に参加したいと希望していても、無い袖は振れないのだ。

 

 が、今年は良くも悪くも事情が違った。

 

 良い話とはなにか? それはジャパンカップで日本のウマ娘が勝利したことによる影響で、お金の問題に色々と都合がついたことである。それだけ公式な国際レースで凱旋門ウマ娘に勝利したという事実は特別なのだ。

 さすがにまだ全校生徒を合宿に連れていくことはできないが、いずれはデビュー前のウマ娘を含めた全員が参加できるようにしてやろうと秋川やよい理事長を始め教員もスタッフも大いに張り切っていた。

 

 では、悪い話とはなんなのか? それは一部のマスコミを含めお行儀の悪い大人が増えそうな予兆がある、ということだ。

 URAとしてはそういう連中が出現することについては、ある程度は仕方ないと割り切っている……と、いうより立場上トラブルを助長しないためにも割り切るしかない。いつの時代、どんな仕事でもスポンサー様は偉大なのである。

 

 誠実な企業の中には「学生たるウマ娘諸君に実害が出てから対処しても遅いのだし、まずは疑わしい連中の首をさっぱと落としてから、それからじっくり調査すればよい。それで不手際じゃと騒ぎになれば、儂が大観衆の前で潔く腹ば搔っ捌いて、老骨の流儀で責任を果たしてやる」といった具合に、ウマ娘たちを守護るためにも攻めの姿勢を取るべしと主張する者もいた。

 本気で味方になってくれるのはURAとしてもトレセン学園としても素直に喜ばしいことである。問題があるとすれば“首を落とす、腹を切る”という言葉が比喩表現ではなく物理的に実行しそうな気概の持ち主が多々いることぐらいだ。

 

 己が命の捨て所、最後ノ役目ヲ見ツケタリと言わんばかりに真っ白だった生え際に黒みが差すほどヤる気と活力に満ちた老人たちが増えていることはともかく。

 中央トレセン学園としても怪しからん連中を相手に指を咥えて黙っているワケにもいかない。生徒たちが学生生活を楽しめるよう、できる範囲で手を打つ必要があった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……それで、合宿の途中であるにも関わらず学園に帰ってくることになったのか。なんというか……タイミングが悪かったようだなブライアン。せっかく優秀な老トレーナーと担当契約しているというのに」

 

「別に。姉貴が気にするようなことじゃない。それに、くだらん連中相手に逃げることしかできないのは癪だが……ウチのじいさんもタダで済ませるつもりはなさそうだからな。あとは現地で張り切っている『エリートトレーナー様』たちが適当に相手するだろう」

 

 8月半ば。お喋りが得意な名門出身のトレーナーたちを隠れ蓑にし、一部のウマ娘と担当トレーナーたちは合宿を切り上げてトレセン学園に戻っていた。

 以前であれば真面目に対応しつつどうにか妥協点を探したり、真っ当な手続きで取材をするように注意したりといった正々堂々とした手段しか選べなかったかもしれない。

 

 だが、いまは違う。

 

 なぜならウマ娘のためならなんでもやる男がひとり、中央トレセン学園でトレーナーをしているから。

 

 あまりにもマナーが悪すぎる取材がきたときに、それを嫌がるウマ娘を両脇に抱えて「ちょっとコーヒー飲んでくる」と塀を駆け上がり逃走するその男へ、警備スタッフの主任が「お気をつけて」と敬礼する光景にもすっかり慣れたものだ。

 

 トラブルが起きたら困る? 

 

 なら、起こさなければいい。

 

 三十六計逃げるに如かず。かつてはレース業界を盛り上げるためにも取材は積極的に()()()()()()()()()()と思い込んでいたトレーナーたちも「そんなモンより俺の愛バの安全とメンタルのほうが大事に決まってんだろォッ!!」とアッサリ帰ってきた。

 ここから先は政治能力と事務処理能力による勝負の世界である。それはナリタブライアンにとって無縁であり興味も向かない世界であるが、少なくとも心配だけはしていなかった。

 

 立場、主義、方向性。それらの違いにより同じトレセン学園という枠の中では敵対関係だとしても、それが“トレセン学園と外部組織”という構図になれば話は別だからだ。誰だって、自分のテリトリーに無遠慮に踏み込まれて愉快な者などいるはずがない。

 

 

「なに、トレーニングなら学園でもできる。併走相手にも困らんしな」

 

「フッ……。ローレル君やマヤノ君のように、か?」

 

「チッ! あのふたりは……いや、認めていないワケじゃないが。それより私は、姉貴とも勝負してみたいんだがな?」

 

「すまないなブライアン、いまはまだ無理だ。トレーナー君からの指示でな? どうしても理屈っぽくなってしまうなら、それをとことん極めて『勝利の方程式』を組み上げてしまえばいいと言われてな。それが完成した暁には……望み通り、お姉ちゃんがコテンパンにしてやろう」

 

「ほぉ……?」

 

 姉であるビワハヤヒデの堂々たる勝利宣言を受けて、ナリタブライアンは自分の口もとが自然と緩むのを感じていた。

 

 中央トレセン学園に入学してから、周囲の節穴トレーナーどもの評価を受けてどこか遠慮しているような態度になったことがナリタブライアンには気に入らなかった。

 だがいまは違う。芦毛のウマ娘は走らない、などというくだらない迷信は大阪杯でタマモクロスが、春の天皇賞でゴールドシップが覆してみせた。

 

 そして、あのトレーナー。さすがは三冠ウマ娘を、GⅠウマ娘を大勢育てただけのことはある。一流のトレーナーが、ビワハヤヒデの優れた才能を見逃すなどあり得ないし、あってはならないのだ。

 

「なら、今日もその方程式とやらを組み立てに行くのか?」

 

「いや、今日はトレーナー君の昼食の準備を手伝いに行くんだ。リッキー君とフクキタル君の提案で、スパイスを使った料理をするらしい」

 

「スパイス……? となると、カレーか」

 

 ナリタブライアン、悩む。

 

 あのトレーナーが用意するカレーならきっと美味なのは間違いない。

 しかしナリタブライアンにとってカレーといえばビワハヤヒデが作った物こそが究極にして至高なのである。主に野菜問題という面で。

 

「そうか。なら私は──」

 

「あぁ、カレーもそうだがタンドール料理を気分だけでも味わおうとレンガでかまども用意してあってな。鶏肉に牛肉、それと羊なども塊で下ごしらえをしていたぞ」

 

「仕方ないから手伝ってやるとしよう」

 

 ナリタブライアン、即決! 

 

 敬愛する姉であるビワハヤヒデが世話になっているというのに、その妹であるこのナリタブライアンがお手伝いのひとつもしないようでは不義理というもの。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 チーム・ポラリスのルーム内では何人かのウマ娘たちがカレーの準備を進めており、外には思いの外しっかりと円柱に組まれたレンガが並んでいた。

 料理に詳しくないナリタブライアンだが、ぼんやりとしたイメージからでも調理方法ぐらいは予測できる。あのかまどの中に炭火を置いて、串に刺したお肉やお肉、あるいはお肉などを突き立てて炙り焼きにするのだろう。

 

(問題は、短時間で仕上げる通常のバーベキューや、受け皿も兼ねる鉄板焼きとは違い肉の脂が滴り落ちてしまうことか。ヤツほどのトレーナーがその程度の基本を見落とすとは思えんが……)

 

 お肉の旨味とは、すなわち脂の旨味でもある。健康のために徹底的にお肉の脂を落とす調理法などもあるが、ナリタブライアンに言わせれば最初から脂身の少ない赤身を選べと言いたいぐらいだ。

 当然ながら、ダイエットのためなどというふざけた理由で脂身を残したりトンカツの衣を剥いだりする連中も到底許容できるモノではない。時代が違えばそうした手合いを取り締まるための組織を結成していただろう。お肉新鮮組ご法度その1・カロリーに背くべからず。

 

 だからといって、決してナリタブライアンは赤身などの部位を軽んじてなどいない。お肉はすべからく等しく尊く愛しき存在なのだ。無論ホルモンなどの内臓系のお肉も、じっくり時間をかけねば食べることができないスジ肉も、保存用の干し肉だろうと平等なのだ。

 むしろ霜降りだけを最高の部位のように語る美食家や料理人どもにこそ、いつの日か食の神から天罰が下されるだろうと信じている。──なに? 食神のほこら? なんだそれは。新しくできた焼肉屋かなにかの店名か? 

 

「しかし……スパイスを効かせた串焼き、か。何度か食べたことはあるが、たまに肉の旨味を台無しにするほどスパイスまみれのハズレがあるのがな」

 

「ふむ。まぁその辺りは心配しなくても大丈夫だ。昨日も下味をつけた牛肉を少し味見──あぁ、いや、フフッ。トレーナー君曰く“毒味”をさせられたが、実に絶妙な味付けだったぞ? そのまま食べても充分に美味しいが、それぞれの好みに合わせた味の変化も楽しめるようなバランスだった」

 

「なるほど、それなら心配は無用か。ところで姉貴、なぜその毒味とやらに私を呼ばなかった? 私なら少しと言わず全種類の毒味役だって果たしてみせたぞ?」

 

「うん? ちゃんと呼んだぞ? 用事があって忙しいと断ったのはブライアンのほうじゃないか」

 

「なッ!? いつの話だッ!?」

 

「だから、昨日だが?」

 

「そんなはずはないッ! この私が肉を食わないかと誘われて断るなんて……」

 

「ん? あぁ、すまんブライアン。お肉の試食だとは伝えていなかったかもしれない。言わなくてもお肉関係であることぐらいは察するかなと思って……いや、本当にすまない。お姉ちゃんとしたことがついうっかり」

 

「~~~~ッ!!」

 

 ナリタブライアン、迂闊ッ! 

 

 考えてみれば天下無敵のパーフェクトお姉ちゃんであるビワハヤヒデがわざわざLANEではなく電話連絡を寄越したのだ、試食の誘い即ちお肉であることに気がつけなかったのは完全に己の落ち度である。

 あるいは。試食を逃したとて本命のお昼ごはんには参加できたのだから良いではないかと言う者もいるかもしれない。だがそうではない、掴めたはずのチャンスを自ら手放してしまったという事実は、この先どれほどの栄光(美味しいお肉)を獲得したとて消すことはできないのだ。

 

 勝負の世界に身を置きながらッ!

 

 好敵手を求める在り方を隠すことなく生きていたはずなのにッ!

 

 なんたる体たらくッ!

 

 なんたる無様を晒すのかナリタブライアンッ!! 

 

 まぁ、それはそれ。いまはこれから始まる美味しいお肉たちとの出逢いに集中しなければ無作法というもの。反省は後からでもできる、ならばまずは目の前のお肉……まだ登場していないが、それらと真摯に向き合うのがウマ娘の本懐である。

 

 

「ところで、肝心のアイツはどこにいる? これから炭火を扱うというのに、席を外したままにするとは思えんが……。別に小さな子どもだけでやるワケでもないが、ヤツらしくないな」

 

「かまどの底に並べるための石を採ってくると言って朝早くから出掛けたぞ。ついでにスズカ君やアヤベ君など何人かのウマ娘を連れてな。彼女たちには違う景色で走ることもたまには必要なんだそうだ」

 

「そうか。まぁアイツがそう言うのならそうなんだろう。──お? 噂をすればなんとやら、か」

 

 ワゴン車に乗って待ち人きたる、助手席には疲れ果てた表情のマチカネフクキタル。チラリと後部座席に見えたサイレンススズカとアドマイヤベガの表情が光が溢れんばかりにキラキラしているあたり、またなにかやらかしてフォローするハメになったのだろう。

 おおよそ中央トレセン学園のトレーナーが乗っているとは思えない、カーナビどころかCDも使えない、カセットテープが現役で稼働している古い車であるが……なぜか、くたびれた雰囲気は欠片も感じなかった。車には全く詳しくないが、それでも大切にされていることだけは伝わってくる。

 

 ところどころ汚れているがご機嫌なサイレンスヘッドたちが着替えるために寮に戻り、一番と身綺麗なのにグッタリとしたマチカネフクキタルがポラリス部屋のソファーに飛び込む。そしてトレーナーが車の後ろから取り出した──否、引きずり落としたのは。

 

「おい、姉貴。私の目にはかまどよりはるかに大きな岩石の塊に見えるんだが?」

 

「奇遇だな、ブライアン。私にもそう見える。……なぁ、トレーナー君? それを……使う、のか?」

 

「ん? 言っとくが、さすがにこのまま無理矢理かまどにブチ込んだりはしねぇぞ? ちゃんと手頃な大きさに砕くに決まってんだろ」

 

「う、うむ。当然か。しかしだな、トレーナー君。それをいまから砕くとなると、かなりの時間を要すると思うのだが」

 

「なるほど、ハヤヒデの言う通りだな。普通にコイツを資材に加工しようとすれば時間も手間もバカにならねぇ。だから──俺のやり方で手早くカタを付けるンだよ」

 

 コンコン、と。岩石を軽く拳で叩き始めたトレーナー。いったい今度はなにを仕出かすのかとウマ娘たちが黙って見守っていると。

 

 

 

 

「ここか。──砕ッ!!」

 

 

 

 

「なん、だと──ッ!?」

 

 岩石の塊が、手頃なサイズの石材へと変化したッ!! 

 

「アレはまさか、爆砕点穴ッ!!」

 

「知ってるッスか、ヤエノッ!?」

 

「はい。詳しいことまでは存じませんが、万物に存在すると言われている『破壊のツボ』に衝撃を与えることで物体を粉々にしてしまうという、恐るべき土木作業の奥義です……ッ!」

 

「そ、そんな危険な技が存在して──え? 土木作業?」

 

 

「よし、コイツを適当にかまどの底に並べとけ。あぁ、クリーク。あとで山の神様に返礼品を持って感謝のお祈りに行ってくるから、なんか適当なお菓子とか重箱につめといてくれ」

 

「は~い♪」

 

「それから……スペッ!」

 

「はいッ! スペシャルウィークですッ! お手伝いならお任せくださいッ!! なんでも美味しく食べ──じゃなくて、美味しく調理してみせますッ!!」

 

「クックック……その自信、どれほどのものか試してやろう。これ、なぁ~んだァ?」

 

「え? ハッ!? そ、それはッ!! まさかッ!!」

 

 それは、まさに黒金の円卓であった。そしてもちろんナリタブライアンは知っている、その中央部分が穏やかな山なりになっている鉄板の意味をッ!! 

 

「冷蔵庫にはァ~、下味をつける前の、臭みだけを処理したラム肉がある。骨付きのラムチョップも、タンも、スモークしたヤツもなァ? そしてェ~、調味料も古今東西から集めたヤツが戸棚にはあるんだがなァ~?」

 

「そ、そんなにも……ッ!? トレーナーさん、もしかしていまからそれを──」

 

「甘えるなよスペシャルウィーク。欲しいもんは、食いたいモンはテメェで手に入れろ。誰かに与えられることを期待するんじゃねぇ。その覚悟があるなら──受け止めてみろやァッ!!」

 

 ワゴン車の収納限界に達していたであろう巨大なジンギスカン鍋を、トレーナーが軽々と放り投げたッ!! 

 

 

 

 

「スペッ!! ブライアンッ!!」

 

 

 

 

「────応ッ!!」

 

「────はいッ!!」

 

 

 言葉は、不要。

 

 先行を得意とするウマ娘特有の判断力と、差しを得意とするウマ娘特有の瞬間加速。ともかく3人のウマ娘が完璧なタイミングで大地を蹴ったッ!! 

 

「正面は引き受けたッ!!」

 

「オグリさんッ!?」

 

「大丈夫だスペ、信じろッ!!」

 

「────ッ!!」

 

 ジンギスカンが食べたいのなら、その資格があること証明せよ。ポラリストレーナーによるその問い掛けは、オグリキャップというウマ娘のプライドを刺激するには充分過ぎた。

 ならばナリタブライアンの役目は決まっている。スペシャルウィークと一瞬だけ視線が交差し、そのままオグリキャップを正面に右翼と左翼に駆け込んだ。

 

 ガシリッ!! と。ジンギスカン鍋は3人の誇り高き食の戦士により守護られたのだッ!! 

 

 

「いや、空の鍋受け止めただけでナニGⅠ勝ったみたいな達成感出しとんねん。そもそもトレーナーも鍋投げんなや」

 

「これが日本の──barbecue。見事なcombination、だ。そうか──これが『キズナ』というモノ、なのだな」

 

「ロブロォォォォイッ!! はよこんかぁぁぁぁいッ!! これ以上ウチにボケ倒しオモシロシンボリどもの相手さすなやぁぁぁぁッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なんちゃってタンドールのほうは時間をじっくりかけるとして、カレーもバナナの葉で包んで蒸し焼きにして仕上げるから……とりあえず、スペ監修のジンギスカンでもつまんで待つとすっか! いやぁ~、働かずに食うだけのメシってのは最高だなぁオイッ!」

 

「えぇ、そうね。仕込みにかなりの時間をかけていたような気がするのだけど、食べるだけの食事は気楽よね。特別にキングが取り分けてあげてもいいけど?」

 

 

 タンドールでお肉が焼けるのを、ジンギスカンでお肉を食べながら待つ。それはつまり、お肉が焼けるまでの時間が、お肉を食べるための時間でもあるということ。

 なんという強気の姿勢だろうか。そのお肉を食すという行為に対する愚直にして揺るがぬ心意気に、割り箸を構えるナリタブライアンは感嘆の息が溢れるのを堪えることができなかった。

 

 だが、いつまでも感動に浸っているワケにはいかない。なぜなら目の前ではラム肉がナリタブライアンに食べられるために美味しく焼けているのだ。

 余計なことに気を取られ食べ時を逃して焦がしてしまったのでは、美味しいお肉を育ててくれた畜産業界の人々に申し訳ないというもの。なにより命をいただくことに対してあまりにも不謹慎。

 

 壱意専心。ロングサイズのトングを使い、まずはタンから引き寄せる。

 

 スペシャルウィークやユキノビジン、ヒシアマゾンなどがそれぞれにタレを作っているが……まずは、ありのままのお肉を、等身大のラム肉タンを楽しまねばなるまい。

 

 

 軽く塩コショウを振りかけ、そのままひと口。

 

 

 丁寧に下処理がされているだけあって臭みはない。だがラム肉のクセが全て無くなってしまうほど極端ではなく、牛や豚では味わうことのできない『獣肉』の旨味がある。

 ジンギスカン鍋の表面をキラキラとした脂が流れ落ちているが、しかしお肉がパサパサになるようなことはなく。濃い目のタレにつけながら食べても決して負けることはない。

 

 

 しばらく細々としたお肉たちとの戯れに興じていたナリタブライアンだったが、ついに本命の──骨付きの、ラムチョップを引き寄せる。

 

 そのまま豪快にガブリッ! と噛み付く……ことはしない。もちろん、それはそれでお肉の楽しみ方としては正解なのだろう。

 だがナリタブライアンはそうしない。お肉を愛するウマ娘として、ナリタブライアンはお肉を最高の状態で食べなければならないのだ。ここはあえて待つべき場面。旨味がしっかりとお肉全体に馴染んでから食すのがラムチョップの流儀なのだから。

 

(意識を研ぎ澄ませ。タイミングを外せば、せっかくの肉が冷めてしまう。私にとって最高にウマいと感じるその瞬間は、誰よりも私が知っている……ッ!!)

 

 ナリタブライアン、傾注ッ!! 

 

 からの、おもむろにラムチョップの骨の部分をナプキンで包み持ち上げ牙を突き立て──豪快に骨から剥ぎ取ったッ!! 

 チマチマと齧りながら食べるなど言語道断。お肉を食らうという行為に貴賤は無く、こうした暴力的なスタイルが許されるのが骨付き肉ならではの魅力なのだからッ!! 

 

 もちろん、いくらナリタブライアンでも物理的な限界だけはどうにもならない。適当なところで噛み千切り、そこからはじっくりと弾力を、脂を、風味を、タレの奥行きを楽しむ。

 まさに幸福。いや、この場合は『口福』とでも言うべきか。この場を用意する切っ掛けを作ってくれたコパノリッキーとマチカネフクキタルには感謝しかない。それで風水や占いを信じるかはまた別の話だが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「フッ……。灼熱の舞台で繰り広げられる謝肉祭を楽しむのも結構だが、そろそろ石牢にて身を焦がす主役たちが解放の時を待っているんじゃないか?」

 

「どれどれ? ふぅン……なるほど。いやぁ、普段から全く料理をしない私にはサッパリわからないねぇ! あっはっは! 仕方ない、ここはこの道のプロに判断してもらうとしようか。──タイキくぅ~ん! ちょっとかまどのお肉を確認しておくれよぉ~!」

 

「お任せくだサーイッ! タテとヨコ、違いはありマスがこれもバーベキューッ! それぐらいはオッチョコサイサイのご安心デースッ! ンー、コッチからココまではもう食べられマスねッ!」

 

 

 ついに、審判の時はきた。

 

 軍手を装備したナリタブライアンは、タイキシャトルが食べられるようになったと判断を下したかまどの前に立ち──無造作に鉄の串をひとつ抜き取った。

 なに? お肉のスペシャリストを自称しておきながら、そんな選び方で大丈夫なのかだと? フッ、選んで取るのがそんなに上等なものか。ウマ娘だけが一方的にお肉を選ぶなど傲慢そのもの。美味しいお肉との出逢い、選んでいるんだ、選ばれもするさ。

 

 手元にやってきたお肉は──鶏肉。タンドリー、そしてスパイスと聞けば大多数が想像するであろう、ある意味で王道のお肉。

 善き哉。適性を持つウマ娘が多いが故に苛烈な勝負の場である中距離路線を、クラシック三冠ウマ娘という最強の証明を我が手に掴まんとするナリタブライアンが手始めに食すお肉として申し分無し! 

 

 まずは香り。スパイスの存在感はハッキリとしているが、決して過剰に主張はしてこない。肝心の鶏肉の焼けた脂の香ばしさに感心しつつも……ナリタブライアンはわずかな違和感を見逃さなかった。

 お肉の香りに、どこか透明感があるのだ。それは旨味が抜け落ちている、あるいは焼きすぎて風味が損なわれたという意味ではない。むしろ、普段口にしている鶏肉よりもお肉の向こう側に堂々と立つ鶏さんの姿が見えるぐらいで──。

 

(……? ……ッ! そうか、煙かッ! 普通の網焼きとは違い、炭火に脂が落ちたときの煙で燻されていないのかッ! なるほど……どれだけ手を加えても、素材そのものの味も楽しめてこそ最善というワケか。フッ、さすがだな。どんなウマ娘でも一流のアスリートに仕立て上げるだけのことはある)

 

 

 ときに過剰な装飾は本質を覆い隠してしまうもの。

 

 

 一番わかりやすいのは、中央トレセン学園の生徒会長にして無敗でクラシック三冠ウマ娘の称号を獲得したシンボリルドルフだろう。彼女が世間から押し付けられている先入観はさぞかし酷いことになっているに違いない。

 それは決してナリタブライアンの思い過ごしなどではなく、事実として大阪杯では勝者であるタマモクロスを称えるのではなく敗北したシンボリルドルフを惜しむ記事を大きく掲載した雑誌社もあるぐらいだ。

 

 本人の育ち故に世間ずれしていながら変なところから仕入れてきた知識をまるで常識のように信じてシンボリクリスエスに教えゼンノロブロイを困らせタマモクロスをキレさせ関係ないのに同類扱いされ巻き込まれるシリウスシンボリの姿を見ていると威厳もへったくれもないのだが。

 エアグルーヴ? ヤツなら明後日の方向を向いてファインモーションやダイワスカーレットあたりと一緒にカレーを食べているが? 大丈夫だ、きっとタマモクロスがなんとかしてくれる。そこに面白そうだからとミスターシービーとマルゼンスキーが悪のり参加するまでは。

 

 

 まぁいい、そんなことより鶏肉だ。ナリタブライアンはこの鶏肉を食べることであの男が世界最高のブリリアントお姉ちゃんであるビワハヤヒデのトレーナーとして本当に相応しいのか見極めなければならないのだ。

 店舗で販売されている商品のように整った形ではなく、一見すると乱雑に切断された鶏肉たち。だからこそコレは美しい。お肉を焼き、食し、糧とする。全く着飾ることのないその鶏肉は、そうした原始的な本能を刺激して心踊らせる魅力に溢れていた。

 

 何人かのウマ娘たちはお上品にナイフやフォークを使って食べている。それもいいだろう。焼き立てのお肉はアツアツだし鉄串も熱を持っているのだ、不馴れな者が下手に噛み付いてしまえば火傷をするかもしれない。

 お肉を愛するナリタブライアンにしてみれば、お肉を食べようとして負傷する可能性を見過ごすワケにはいかない。お肉を食べるということは、すなわち幸せを食べるということと同義。そこに不幸になるウマ娘など存在してはいけないのだ。

 

 まぁ……オグリキャップはあとで担当トレーナーからしこたま絞られるだろうし、スペシャルウィークもキングヘイローやグラスワンダーといった仲良し組に監視されつつポラリストレーナーの特別メニューをこなす羽目になるだろうが、それは自業自得なので当然ノーカウントである。

 

 

 口もとに、鉄の串を近づける。

 

 

 正真正銘の焼き立てのお肉。

 

 

 唇で、鼻腔で、眼球で、ウマ耳で、その存在感を確かめ楽しむ。

 

 

 五感の全てに挑んでくる串焼きの鶏肉に、ナリタブライアンは正面から堂々と立ち向かうつもりであった。

 いくらデビュー前とはいえ、その心構えはアスリートそのもの。お口のまわりが脂とスパイスで汚れてしまうのを恐れるようなお嬢様を気取るつもりなどない。

 

 

 牢記せよ。己が何者であるかを。

 

 我はウマ娘。レースを愛し、勝負を愛し、お肉を誰よりも愛する修羅であるッ! 

 

 

 ナリタブライアン、灼熱の瞬間(とき)──。




(ナリタブライアンにお肉を食べさせるという丁寧かつ巧妙な印象操作により、本作のシリウスシンボリがギャク側の住人にされていることに気がついている読者は未だひとりとしていないだろう……クックック……ッ!!)


続きは熱いスープの辛い系ラーメンも食べたくなってきたら、次の登場ウマ娘はシリウスシンボリかナカヤマフェスタあたりになる予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。