貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
翌朝。
本日は休日ということもあって、ターフの上では併走を終えたシリウスシンボリとトウカイテイオーが仲良く喧嘩に興じていました。
またなにやら余計なことを言ったのか、トウカイテイオーの頬っぺたをシリウスシンボリがもにゅーんと引き伸ばしている光景は実に平和そのものです。
結局あのあと、コイントスが実行されることはありませんでした。
シリウスシンボリはもちろん、屋台の店主もテーブル席にいた取り巻きウマ娘たちもほかの屋台で飲み食いしていたお客さんまでも時間が止まったかのように静まり返ったあたり、罰ゲームのムチャ振りとしては適切であったことは確実です。
ですが最適解を導き出したところで実行されないのでは意味がありません。獰猛な笑みを浮かべたシリウスシンボリから「ソイツを賭けるなら、より相応しい方法で」と提案された貴方は“なにを言いたいのかよくわからないけど帰りが遅くなりすぎるとヘイトを稼ぐ以上にウマ娘たちが怒られるかも”と適当に了承してしまったので勝負はお預けとなってしまいました。
彼女の性格からして逃げの誤魔化しはあり得ない、ならば本当に勝負の場を整えて再戦することになるだろう。そう信頼している貴方は焦ることなくそのときを楽しみにしている様子。
「本格化の差でまだまだシリウスが完全に有利だけれど、テイオーちゃんの走り方もずいぶんと良くなったわね。いえ、この場合は『進化』と言ったほうが適切かしら? 彼女らしさはそのままに、まるで雲の上を飛び跳ねているみたい。天才って言葉はあまり好きじゃないのだけれど、テイオーちゃん相手だと気兼ねなく褒め言葉として使えていいわねぇ~」
そんな貴方の隣では異様なまでに上機嫌な老婦人トレーナーが併走していたふたりを心の底から楽しそうに見ていました。
しかし、表面上どれほど上品に取り繕っていようともその内側に超一流の闘気が潜んでいることなど貴方にはお見通しです。それはまさに“不抜之抜”の境地に立つ剣豪のようであり、いつでも悪役トレーナーである貴方の首を落としてやるという気概の現れなのでしょう。
優秀なトレーナーが正義執行の覚悟を完了していることに満足しつつ、貴方は老婦人トレーナーにとある質問をします。
トウカイテイオーの走りが進化していることは貴方も把握しています。それは彼女のステータスをチート能力により数値化して確認しても、脚の故障率が小数点以下まで低下していることからも明らかです。
しかし、シリウスシンボリの走りまで変化している理由が貴方には皆目見当がつきません。本気で『皇帝』を討ち取らんとするライバルたちに四方八方を完全包囲されたことでサン=テグジュペリもびっくりなほどキラキラしているシンボリルドルフほどではありませんが、シリウスシンボリの走りからは普段のスマートさやスタイリッシュさよりも“野生動物の狩り”に近い匂いを感じるようになりました。
もちろん貴方はそのことをバカ正直に口にしたりはしません。悪役トレーナーたるもの、うっかりウマ娘の走りを褒めるなどという下らないポカをやらかすワケにはいかないからです。
なので、次に貴方は「天狼星の輝きは、あるいは海外のウマ娘やトレーナーにはどう見えるのだろうか」と言います。
これこそ卓越した賢さがキラリと輝く巧妙な話術でしょう! 自分はまったく興味はないけれど、ほかの人は気になっているかもしれないからどう思うよ? そんな他力本願という名のフィルターを通すことで情報を引き出す実に高度なテクニックです!
「そうねぇ……何処かの誰かさんはシリウスに向かって“ヨーロッパ旅行のお土産に凱旋門とってきて”な~んて言ってくれたらしいのだけれど。残念なことに、いまヨーロッパに日本のウマ娘が乗り込んだところで、宣戦布告とすら受け取ってもらえないんじゃないかしら?」
凱旋門の写真を撮影するよう頼んだだけなのに、どうしてそれが宣戦布告どうこうという話になるのか。老婦人トレーナーの意味の通らない発言に困惑しそうになった貴方ですが、日本人とて東京タワーを軽んじるような発言をされたら面白くはないだろうということに気がつきます。
観光名所だからこそマナーを守ってトラブルを起こさないよう楽しんで見学してほしい。その心遣いに国境は無いということなのでしょうが、悪役トレーナーである貴方にとってはヘイトを稼ぐ好機でしかありません!
紡ぐべきは世界規模の知名度を誇る観光地だろうと容赦なく貶める、その土地に住む人々の地元愛を否定する言葉。
貴方は「別に凱旋門そのものに興味など無いし、その価値を知りたいとも思っていない。ただシリウスシンボリというウマ娘相手に要求する土産として適当だったというだけ」とわざとらしく虚仮にするような口振りで応えました。
それに対して老婦人トレーナーは肩がプルプルと振動するほど怒りを堪えながら「そんな理由でとられたと知れば、海外の有識者を名乗る者たちが顔を真っ赤にしてとり返してこいとウマ娘たちに命じるかもしれない」と反論します。
写真を撮り返すとはいったいどういうことなのか。思わず唸りそうになった貴方ですが、凱旋門の周囲を我が物顔で彷徨いた報復として東京タワーなど日本各地の観光地に押し掛けてやるという意味だと推理したようです。
第三者から見ればただの国際的文化交流にしか見えない状況かもしれないが、その実態は国家の誇りと地元愛によるウマ娘同士の観光勝負ということか。どちらが遊びにきたウマ娘をより満足させることができるのか、真心をこめた真剣勝負。なるほど、戦いとはそういう視点でも行えるのかと貴方は目から鱗が落ちる思いの様子。
同時にシリウスシンボリの言っていた“相応しい勝負”とやらはこの観光自慢バトルマスターズのことだったのかと理解した貴方は素直に感心していました。
おそらく凱旋門の写真を撮ってこいと口にしたときから自分が観光地を貶めるために動くことを計算していたに違いない。いまごろ彼女の頭の中には臨機応変なおもてなしプランが構築されていることだろう。
このような奇策を仕掛けてくるとはさすがアウトロー組のカリスマであると、貴方の中でシリウスシンボリは『おもしれーウマ娘』として大きく評価を上げたようです。
しかし所詮は小娘の浅漬けより浅い知恵、ぬか漬けより抜かり無い知謀知略の持ち主である貴方を出し抜こうなど朝飯前のだし巻き玉子のつまみ食いより困難であると思い知らせてあげるとしましょう!
わざわざ呼びつけるまでもなく、併走を終えたトウカイテイオーとシリウスシンボリは貴方と老婦人トレーナーの近くまで歩いてきます。
そして未来の帝王の頭に適度に冷えたスポーツドリンクを乗せてから、シリウスシンボリへ「頼み事ばかりでは不公平だろうから、旅行先のウマ娘たちへ向けた挨拶の言葉を考えてやったぞ」と優しく語りかけました。
シリウスシンボリの視線は完全に不審者を見るそれであり、トウカイテイオーも「コイツまたなんかやるのか……」という心の声が聞こえてきそうなジト目で見上げてきています。
もちろんその程度で怯むような貴方ではありません。嫌らしい笑みをタップリと見せつけるようにして「心行くまで楽しませてやるから、お嬢様らしくみんなでお行儀よく後ろに並ぶといい」と伝えるように言いました。
そう、おもてなしの心と奥ゆかしさは表裏一体。これ見よがしに見せつけるのは和の心に反する行いです。それを敢えてやらせようというのですから、これには名誉大和撫子ウマ娘であるグラスワンダーなどは激おこブンブン刀待った無しの悪辣さです。
視界の奥のほうでゴールドシップとナカヤマフェスタがお腹を抱えて大笑いしながらターフの上をゴロゴロ転がっているのが気になるところですが、当のシリウスシンボリが心の底からイヤそうな顔をしているので良しとしましょう!
次回はシリウス視点です。
観光自慢バトルマスターズってなんだ?