貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
「へぇ……? 頼んだ私が言うセリフじゃないんだが、なんというか意外だな。ようやく担当トレーナーが決まっただけのウマ娘でしかない、ってのに」
「普通に考えればキミの言う通り、だ。メイクデビューすら果たしていないウマ娘が“海外遠征用の資料”など請求したところで抗拒不承……とまでいかなくとも、ただのイタズラか、あるいはなにかの手違いとして処理されるところだろうさ」
「と、なれば──なるほど、中央トレセン学園の生徒会長、そして三冠ウマ娘であらせられる『皇帝』シンボリルドルフからの頼みともなれば話は別なワケだ」
「おや、いったいなんのことかな? 私はただ学園の許可を得た上でURAに『凱旋門賞の出走に関する資料が欲しい』と伝えただけだが?」
うん、確認するまでもなくコレは100パーセント確信犯なヤツだ。
シンボリルドルフとシリウスシンボリの会話を聞いていた生徒会のメンバーたちはお互いに顔を見合せ、誰がなにを言うワケでもなく気持ちをひとつに頷き合っていた。
強いてリアクションの違う者について語るなら、ナリタブライアンが興味深そうに、あるいは上機嫌で笑っていることぐらいか。
ちなみにエアグルーヴは見事なまでに我関せずといった態度でカフェテリアの新メニュー希望調査の結果を確認している。
我らが生徒会長を慕う気持ちに今も昔も変わりはないのだろうが、以前と比べて扱いがとても雑になっているのは生徒会メンバー以外のウマ娘たちにも徐々に知られ始めている。よほどのことが起きない限り、ふたりのシンボリウマ娘は放置されることだろう。
「まぁ……期待されていることぐらいは私も把握しているよ。彼女はジャパンカップを最後に引退を宣言してからメディアへの露出は全て拒否しているし、もうひとりの三冠ウマ娘であるミスターシービーはマイル路線にご執心だからね」
「ハッ! シービーはもともとの性格にプラスしてあのバカの影響を受けちまってるからな。海外のウマ娘たちとの勝負に興味はあっても、凱旋門賞の価値や名誉なんてモノは眼中にないだろう」
「なるほど。つまりキミは凱旋門賞の名誉に興味があって挑むことにしたというワケだ」
ピキリ、と。空間にヒビが入った音が聞こえた気がしたのはひとりふたりではあるまい。
シリウスシンボリは名門一族らしく品性の感じられる立ち振舞いができるウマ娘だが、基本的には権威や暗黙の了解といった“従うことが正しい行動である”と押し付けられるモノには否定的なスタンスを崩さない。
それがこうして凱旋門賞の名誉が欲しくなったのかと──よりにもよって中央トレセン学園では、ある意味理事長である秋川やよいに並ぶ権力者であるシンボリルドルフに言われたのだから愉快なはずがない。しかもそれを言い放った本人は「私、ワザとやってます!」と言わんばかりに上機嫌なのだからなおさらだ。
すわ、一触即発か!? と身構える生徒会メンバーのウマ娘たちだったが──。
◇◇◇
「……なぁ生徒会長サマよ。エアグルーヴ、もう少しどうにかならないのか?」
「はっはっは! なにを言い出すかと思えば。シリウス、いまの私がエアグルーヴに対して強く物を言うことができると思うかい?」
「……アンタが皇帝なら、アイツはさしずめ『女帝』といったところだな」
比喩表現ではなく言葉通りの意味でエアグルーヴに蹴り出されたふたりのシンボリウマ娘が自販機の前で缶ジュースを片手に黄昏る光景は、彼女たちの走りを知る者が見れば雰囲気の違いにいったい何事があったのかと不思議に思うことだろう。
どうせまたふたりで騒いでなにかやらかしたのだろう、それを想像できる者──特に教員やスタッフなどはその光景を微笑ましく見守っている。秩序のカリスマと自由のカリスマが仲良くお喋りしてくれるのであれば胃がキリキリと痛むことも無い。
「私からは1度だって皇帝などと自称した覚えはないのだがね。いったいドコの誰がこんな大仰な二つ名を考えたのやら。まぁ、この手の言葉遊びを好みそうな人物など限られているが。例えば、私の友人に対して無責任に凱旋門賞への出走を求めてみたりするような悪い大人などはどうだろう?」
「無責任というよりは無関心のほうが正しいがな。あの野郎、世界最高峰のレースを観光気分で勝ってこいなんてぬかしやがって。……その場で、お望み通り獲ってきてやると言えなかった自分に腹が立つ」
「模擬レースやメイクデビューならともかく、凱旋門賞でそれは仕方ない──いや、シービーやマルゼンスキー辺りであれば彼が興味を示せば当たり前のように出走を決めそうではあるな、うん」
想像してみる。
まるで世間話のように凱旋門賞に参加してみるかと語る育成評価Gのトレーナーと、じゃあ試しに挑んでみようかと軽く答えてパスポートの準備などの話題に花を咲かせるミスターシービーとマルゼンスキー。
「……あのふたりは彼の影響を強く受けているだろうから、あまり参考にはならないだろうね」
「ハッ! まるで自分は影響を受けていないかのような言い種だな?」
「トレーナーを無礼るなよとハリセンの一撃を脳天に叩き込まれたことならあるよ」
「なにやったんだよテメェ」
「大したことではないさ。ウマ娘とトレーナーの関係というものを理解したつもりになって視野狭窄に陥っていた、というだけのことだ。どちらかと言えば、彼の指導を受けたウマ娘たちの影響のほうが強いかもしれないな」
ウマ娘とトレーナーの関係に、担当契約というモノに、誰よりもあのバカが一番喧嘩を売っているだろうに。それでいて誰よりも当たり前のようにウマ娘たちが心のままに前を向いて走れるよう鍛えてみせるのだから厄介極まりない。
腑に落ちないと言うべきか、納得できないと言うべきか。それでも自分を慕う取り巻きウマ娘たちが楽しそうにトレーニングをしている姿を見せられれば、さすがのシリウスシンボリとてあの大バカ者を認めないワケにはいかなかった。
ついでに。
本当に、ついでの話だが。
頭も走りもガチガチに凝り固まっていた知人が、周囲に遠慮することなく心のままにレースに挑むようになったことについても……まぁ、それなりには。
「担当トレーナーは……凱旋門賞のことは?」
「あの妖怪バァさんが勝負事で悩むような慎ましさなんか持ち合わせてると思うか? そういう生徒会長サマこそどうなんだよ。URAから本家のほうにも凱旋門賞に関する資料を請求したことは伝わってんだろう?」
「私のことなら心配無用だ。少なくともいまは、凱旋門賞などに興味は無いとハッキリ言っておいたからね。ジャパンカップの勝利はもちろん、有マ記念ではタマモクロスとゴールドシップに
「そりゃまたゴキゲンでご多忙なスケジュールなことで。シンボリ家の次期当主が凱旋門賞を興味無しってのはさすがにどうかと思うがな」
「それはそれ、これはこれだよ。シンボリの名を貶めることがないよう勇往邁進の姿勢を変えるつもりはないが、私が走るべき道は私とトレーナー君で見定め決める。他人の都合など知ったことではない」
「真面目なヤツほど考え方が極端から極端に変わりやすいとは聞いたことがあるが……」
「いまの中央トレセン学園で生徒会長を名乗るにはこれぐらいの気概が必要というだけの話さ。それに、私の心変わりなんてまだまだ可愛いモノだよ。学園のスタッフも、トレーナーたちも、悪い顔をする大人が増えたと思わないかい?」
悪意のある企みごとを……という意味ではないことはシリウスシンボリも理解している。常識も、伝統も、品格も、暗黙の了解もなにもかも。全てを無視して好き勝手に自由気ままにウマ娘たちの背中を押すバカに汚染された大人が増えているという話だろう。
「そうそう、悪い大人といえば……とあるメディアの取材を受けたときの話だ。中央に所属する若い男性トレーナーがこんなことを言ってたらしい。特別なレースなどというものは存在しない、とね。そのトレーナーにとっては東京優駿も凱旋門賞も、ただの草レースでさえも、ウマ娘が本気で走るのであれば価値に違いなど無いそうだ」
「あのバカ野郎……ッ! それでよくもまぁ私に凱旋門賞獲ってこいなんて言いやがったな……ッ! あぁ、そういうことか。なるほどあのバカに蹄鉄をブン投げるヤツの気持ちが私にもよぉ~くわかった」
「それについてはもう諦めるしかないな。きっと彼の中ではシリウスシンボリなら凱旋門賞
◇◇◇
スタッフやトレーナーたちの表情が変わったことについて改めてシンボリルドルフの口から聞かされたからだろう、書類を片手に廊下を歩くシリウスシンボリの耳には以前のトレセン学園とは異なる雰囲気の賑やかさが届いていた。
自分が入学したころであれば、お行儀よくトレーニング機材の順番待ちをしていたハズのウマ娘とトレーナーたちが、いまでは空き時間と広すぎて活用しきれていない土地を利用してああでもないこうでもないと創意工夫をしながら楽しそうに笑っている。
様々な理由でコースを含め施設を充分に利用できないウマ娘がいた。そのことで生徒会長であるシンボリルドルフと意見がぶつかったこともある。
だが、それだけだ。中央トレセン学園が豊富な敷地を抱えていることを知りながら、その恵まれた環境を使いこなすという発想まで至らなかったのだ。
秩序こそが格差を産み出しているのだと偉そうにご高説を垂れ流しておきながら、与えられることを当然の権利だと疑いもせず──自分の力で環境そのものを作り替えようとは1度も考えなかった。
「チッ! 私もまだまだガキだった、ということか。……それをあのバカに、自転車と洗濯機を改造してアイスクリーム作ってるようなヤツに教えられたと思うと腹立つな」
「あら? 私もご馳走になったけどアレ美味しかったわよ? 仮にも学び舎にチョコレートリキュールを持ち込むのはどうかと思うけど、お菓子の材料だからノーカウントだって言われたら認めるしかないわよねぇ」
「餌付けされてんじゃねぇよ、子どもか」
「フッ、甘いわねシリウスちゃん。大人の悪ふざけはね、お子様とは比べ物にならないぐらい派手で馬鹿馬鹿しくて後先考えなくて迷惑な結果にしかならないの。なぜなら普段は賢いフリをして我慢している真面目な大人たちもアッサリと一線を越えて共犯者になるからよ!」
「最近、名誉とやらに目が眩んでるトレーナー連中のほうがまともな気がしてきた。主に常識の部分で頭の具合がな」
「賢いだけでは未知なる道を切り開くことはできないわ。だって、過去に誰かが歩いた場所をそのままなぞるほうがずっと簡単で楽でしょう? それが楽しいかどうかは別として」
いつの間にか並んで窓の外を眺めていた老婦人トレーナーが、なにが楽しいのかニコニコと微笑みながらシリウスシンボリの独り言に答える。
以前の学園の様子に不満を抱きつつも、なまじ発言力があるせいで不自由な思いをしていたであろう彼女のフラストレーションはかなりのモノだったのかもしれない。
「もちろん良い変化ばかりじゃないのも確かだけれど。新入生や新人トレーナーに自己評価の高い、成功への期待値を上のほうに見積もっている子が例年より豊作なのよね~」
「ハッ! ずいぶん言葉を選ぶじゃないか。アンタらしくもない」
「勘違いを拗らせた身の程知らずが多くてイチイチへし折って教育するのがクッソ面倒なのよね~」
「前言撤回だ、少しは慎め」
「大丈夫よ、こう見えて私は外面を取り繕うのは得意だから。それに、ハッキリ言って新人教育のために貴重な時間を浪費しているヒマなんて無いもの。
「……どいつもこいつも好き勝手に言いやがって。ったく、トレセン学園が少しは愉快になったと思えば同じだけ面倒が増えやがった」
「そんなアナタにひとつ、イイことを教えてあげる。大人が慎重に言葉を選ぶのはね、発言に対する責任を回避するためなのよ? シリウスちゃんってば普段あれだけ強気な態度を見せていたんだもの、いまさら尻込みなんてするワケないわよね~?」
上品で穏和な笑みのまま『お前の日頃の行いだよ』と言い放つ担当トレーナー。本当に、中央トレセン学園が遊び場として格段に面白くなったのは結構なことなのだが……シンボリルドルフの変わり様といい、担当トレーナーが想像以上に自由人だったことといい、賑やかすぎるのもどうなんだ? とシリウスシンボリは思わずにはいられなかった。
本作のシリウスはアッサリ爽やか風味。
ちなみに作者の初凱旋門ウマ娘はサイレンススズカでした。やはり頭スズカこそ最速。
続きはコーヒーの温度をどうするか迷わない程度の気温になったら、次はBNWの準備会になります。