貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答えが合わない時間。


『primitive light』

 中央トレセン学園にて頂点に座すのんびり屋さんであるメジロブライトにとって『待つ』という行為はなにひとつ苦にするものはない。

 獲物が油断する瞬間を待ち構える狩人のように、己が動くべきタイミングに備えてじっくりと、じっくりと、ただただ心身ともに凪いだ湖面のように静かに待つのだ。

 

 

 まだ早い。

 

 まだ早い。

 

 もう少し。

 

 あと少し。

 

 

(いま、ですわ~!)

 

 

 間違いない、ここが最高のタイミングであると確信したメジロブライトはキリッ! と表情を引き締めて──ようやく糸が切れた納豆ご飯を口に運んだ。

 

 

 メジロブライトにとって納豆はとても手間隙を必要とするご馳走であり、時間的に余裕があるときでなければ決して口にすることができない代物である。

 少なくとも平日の授業がある朝では選ぶことすら許されないだろう。こうしてお世話になっているトレーナーのルームで寝坊してしまい自分で朝食を用意するのが面倒になったウマ娘たちと一緒になったときぐらいにしか食べることができないのだ。

 

 もちろんメジロブライトは寝坊をしたワケではない。今日の午後に開催される模擬レースに備えウォーミングアップをするためにしっかり目覚まし時計をセットした時間に起床している。

 朝ごはんを食べ終えたらさっそく準備運動を始め、途中で昼食のための休憩を挟みつつ予定どおり行えばスタートの時間には余裕をもって間に合わせることができる。実に完璧なスケジュール管理であると本人も大満足なのだ。

 

 さらにひと口ぶんの納豆ご飯をお箸で掬い上げ、再び糸が完全に切れるまで待つ。普段は誰かが持ち込んだ“ハンドルをくるくる回すだけで中に入れた納豆を理想的な状態まで混ぜてくれる”という画期的な道具を使用しているのだが、今日は午後から模擬レースがあるということで気合いを込めて自分でまぜまぜしたのでなかなかプツリと切れてくれない。

 

 だが、それもまた善し。どうにも自分にはほかのウマ娘たちよりものんびりとしたペースが合っているのだと自覚しているメジロブライトには、こうしてゆったりと朝ごはんを食べる時間が必要なのだ。

 

 

 頃合いを見計らい、再び──ぱくり。

 

 

(ほわぁ……♪)

 

(…………)

 

(…………)

 

(…………辛いですわ~)

 

 

 どうやらカラシがちゃんと混ざりきっていなかったらしい。ツーンとした辛味と香りがウマ娘の繊細な嗅覚をビシビシと刺激してくるが……同時にメジロブライトは思うのだ。この不完全さも自分で用意したからこその出会いであり、決して悪いことではないのだと。

 とはいえ、カラシの強い刺激がいつまでも口の中に残り続けるのはさすがに困る。箸休めの甘い玉子焼きと、柚子の香りがする大根の塩漬けで一度リセットし、ネギと油揚げのお味噌汁をひと口すすって──再び納豆ご飯と向き合うのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 食後の紅茶まで抜かりなく朝食を済ませたメジロブライトは第9レース場に移動すると、さっそく午後の模擬レースへ向けて準備運動を開始した。

 

 まずは朝ごはんで摂取したエネルギーが全身に行き渡るようにコースの外ラチ側をゆっくりと歩く。すでにウォーミングアップを済ませたウマ娘たちがランニングをしている姿が見えるが……それはそれ、自分は自分のペースでのんびりとターフの感触を楽しめばいい。

 ぐるりと一回りして活力をしっかり全身に巡らせたら、お次はストレッチで筋肉を解してやる必要があるだろう。パフォーマンスの向上だけでなく怪我を防止する目的もあるとなれば疎かにするワケにはいかないと、じっくりたっぷり手抜きすることなく時間を使う。

 

 ストレッチが終わると同時にちょうど10時の軽食タイムということで、スーパークリークやニシノフラワーと一緒にトレーナーが運んできたいくつかのお菓子をつまむことにした。

 

 爆速ダッシュを繰り返してヘロヘロになっていたダイタクヘリオス、持久力を高めるために超長距離を走っていたライスシャワー、なにをしていたかは知らないがきっとハードなトレーニングをしていたのだろうスペシャルウィークなど、何人かのグループはお菓子ではなくおにぎりをモリモリと食べている。

 その光景を見てメジロブライトは考える。やはりウマ娘にとって食べる量こそがイコール強さに繋がったりするのだろうか? と。その理屈で考えるのならメジロのウマ娘の中では間違いなくメジロマックイーンこそが最強のウマ娘と呼べるのかもしれない、と。

 

 

 この驚くべき事実の発見、きっとメジロマックイーンに伝えたら喜んでくれるに違いない。機会があれば称賛の言葉とセットで炭水化物の贈り物をしようと密かに計画しつつ、みんなの大先生であるツインターボを先頭にしてランニングを開始する。

 

 

 時折フルパワーで駆け出しそうになるものの、トレーナーから言われた「お前は師匠として走るんだから、後ろからついてくる弟子がちゃんとついてこれるよう加減して走らないとダメだからな?」という言葉を思い出しているのか後ろをチラチラと確認しながら速度を調整しているようだ。

 それでもランニングが終わるころには見ているほうが心配になるほど消耗してグッタリしているが、本人は実に満足そうな笑顔を浮かべている。いつかライバルであるトウカイテイオーに勝利するため走れる距離を延ばすトレーニングをしているらしく、彼女なりに手応えを感じているのだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 準備運動を終え昼食を済ませたら、これから始まる模擬レースへ向けて打ち合わせを行う。

 

「それではトレーナー様。本日の模擬レースでは、わたくしはどのようなことを意識すればよろしいのでしょうか~?」

 

「最終的には差しと追込を使い分けるステイヤーとしてGⅠを()()ことになるだろうが……今日のところは差しのタイミングを意識して走ってもらおうか」

 

「ステイヤーとして、GⅠを」

 

 メジロのウマ娘である己を、ステイヤーとしてGⅠレースに勝たせると──否、()()()()()()()()()()()()()()()()プランを語り始めるトレーナーの姿に、メジロブライトの微笑みは普段とは少しだけ違う好戦的な色を帯びていた。

 褒められたことは何度もある。同じメジロのウマ娘たちからも、いつかレースで勝負しようと誘われたこともある。だが……トレーナーが語るのはきっと活躍することができるだろう、といった期待を込めた言葉ではない。

 

 

 迷いも揺らぎも無く、彼はメジロブライトが必ず勝利を掴むと確信している。

 

 

 さて。自分で言うのもなんだが、そんな予感を抱かせるような走りを見せた覚えについては全く心当たりがない。強いて言うならばターフを走るのに夢中になって時間を忘れてしまいハリセンなる紙の束で頭をスパンッ! と叩かれたことがあるぐらいなものだ。それでメジロブライトというウマ娘に何故そこまで確固たる可能性を見出だしたのかわからない……が。

 

 トレーナーに。

 

 お前は勝つと言い切られて。

 

 それで心穏やかにいられるウマ娘などそうそう居るものではあるまい。まして、自分は誇りあるメジロのウマ娘なのだから。

 

 

「つーことで、今日の目標は10着以内で。中盤までは最後尾でのんびり構えて、早めにギアを上げればそれぐらいはなんとかなるだろ。なぁに、タイミングについては俺がよぉ~く聞こえるように大声で指示を出してやるよ。ククッ……ッ!」

 

 ニヤリと不敵に笑うトレーナーの姿を見て、もうひとつ大切なことをメジロブライトは思い出す。自分の走りを楽しみにしてくれる誰かがいるのなら、走る理由としては充分だろう……と。

 

 

 もっとも。

 

 決意を新たにゲートから飛び出したところで、急に勝てるようになったりはしないのがレースの世界なのだが。

 

 

 とはいえ目標は無事達成である。大はしゃぎで喜ぶツインターボと、おめでとうと労いの言葉で出迎えてくれたメジロライアン。そして誰よりも静かなはずなのに、誰よりも自信に満ち溢れた様子で微笑むトレーナーの姿。

 ハルウララが楽しそうに語っていたことがあるのだ、なんでも「トレーナーがね! あんなふうにちょこっとコッソリうれしそうにしてるときはね! みんなに良いことが起きるときなんだよ!」と。

 

 良いこと、それは例えば……とメジロブライトは想像の翼を羽ばたかせる。いまは入着すらできないが、トレーナーが言うようにGⅠレースでも活躍できるほどの実力を身につけることができたなら。

 大舞台でメジロのウマ娘たちと、先にデビューしているウマ娘たちと、一緒にトレーニングに励む仲間たちと、心行くまで本気の勝負をバチバチと繰り広げるメジロブライトの姿を想像する。

 

(……ほわぁ♪)

 

 そのイメージをそのまま実現するためには30人ほどのウマ娘が入れるゲートを用意する必要があるのだが……そんな常識ではメジロブライトを止めることなどできないのだ。

 何故なら彼女はその気になれば父親が所有する遊園地という強力なカードがあるのだから。おそらく経済効果やウマ娘ファンの熱望云々よりもスターウマ娘が集合することについて様々な騒動が起きることのほうが危険だと判断されるかもしれないが。

 

 頭の中でトンデモレースを楽しんでいたメジロブライトであったが、たったいま模擬レースが終わったばかりであることを思い出す。次のレースを走るウマ娘の邪魔になってはいけないと現実世界に意識を戻したものの。

 

 

「あら~? あの~、ライアンお姉様? どうして皆さまこんなにもお静かになさっておられるのでしょう~? それに、トレーナー様もなんだかいつにも増して楽しそうにしておられますわ~?」

 

「楽しそう、かなぁ。ある意味ではそうかもしれないけど、いまのトレーナーさんの笑顔はだいぶ意味合いが違うというか。それと、うん。なんとなくそうかなって思ってたけど、ブライトはなんにも聞いてなかったんだね」

 

「ほわぁ?」

 

「う~ん、ターボならもっと早くギアもスピードもギュンギュンに上げて……トレーナーもスタートからガンガンに前に出るのもターボならアリだって褒めてくれてたし……あれ? なんかみんなソワソワしてるもん?」

 

「おっと、こっちもだったかぁ。うんうん、ふたりは気にしなくても大丈夫だよ。さ、トレーナーさんと一緒にルームに戻ろう。さっそくさっきのレースの反省会……じゃなかった、目標達成のお祝いでもしようか!」

 

 敬愛するメジロライアンが気にする必要がないと言うのならそうなのだろう。メジロブライトとツインターボは互いに向き合い、そのように納得して上機嫌のトレーナーの背中を追ってレース場をあとにする。

 忘れないよう夜になったら電話をしよう。そして今日の出来事を、模擬レースについて家族にはどんなふうに話をしようか。とりあえず“いつものように”確実に伝えなければならないことがひとつだけあるのは確かだろう。

 

 

 自分は、メジロブライトは中央トレセン学園で楽しく走っています、と。




納豆に入れるカラシは米粒ひとつぶんまで、それを越えると作者の鼻が古天明平蜘蛛します。ぬわぁーーーッ!!


続きは今シーズン(残り10話ぐらい)を今年中に終わらせたいのでなるべく早めに、次は最低最悪の悪役トレーナーから優秀なウマ娘たちを守護るために行動を始めた正義のトレーナーの話になります。
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