貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『Dragon install』

 羨ましい、と。心の何処かでそんな感情を抱いていたのかもしれない。

 

 レースを、ウマ娘を金儲けの手段だとハッキリ宣言したトレーナーがいると聞いたときにはイヤな気持ちになった。当たり前だろう。それはつまり、トレーナーという立場でありながら、ウマ娘たちの夢を()()()()()でしか見ていないということなのだから。

 

 なんてヤツだ、許せない! と怒るウマ娘がいた。

 

 そんなトレーナーの担当なんてお断りだと蔑むウマ娘がいた。

 

 儲かるのは事実だし、優秀ならそれでいいと中立的な立場で評価するウマ娘がいた。

 

 金銭目的でもいい、それでも指導を受けられるならと縋る思いのウマ娘もいた。

 

 

 そして、その傍若無人な在り方を羨むウマ娘がいた。

 

 

 他者の評価など何一つ無価値であると言わんばかりの堂々とした姿に、他者の評価というしがらみに囚われ迷いながら走り続けているウマ娘にとっては、あるいは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いやぁ~、それにしてもようやくって感じなの」

 

「なんのこと?」

 

「本気になったライアンちゃんと、全力で勝負ができるってこと」

 

「う゛っ」

 

 ふたり並んでランニングの最中にアイネスフウジンがこぼしたひと言は、メジロライアンにとっては避けたい話題であったらしい。ニヤニヤと楽しそうに笑う親友とはうってかわって実に渋い表情だ。

 

 何度思い出しても顔から火がでそうになる。ほかでもない、自分こそが半端な気持ちで走っていたくせに、アイネスフウジンのことを悪し様に言われた途端、感情的になって反論してしまったのだから。

 先の模擬レースの結果について彼が語り始めたときにも自分自身への不甲斐なさで情けなかったが、それ以上に彼にアイネスフウジンを侮辱するかのような言葉を言わせてしまったことを後悔しているのだ。

 

 

「はぁぁぁぁ~~…………。わざわざ励ましに来てくれたのに……それなのに、私はトレーナーさんにあんな……ムキになって……。はぁぁぁぁ…………」

 

「あちゃー。まだライアンちゃんの心のキズは癒えてないの。からかうのは時期尚早だったの」

 

 本気で金儲けを企むのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 名家のウマ娘と担当契約できたからといってトレーナーの給料に色がつくワケではない。それなりの実績を残して初めて能力に見合う報酬が支払われるのだ。

 

 もちろん名家のウマ娘は幼いころから専門的なトレーニングを積んでいる分、ほかのウマ娘よりもレースで有利かもしれないが──メジロのウマ娘に関してはまた事情が異なる。

 なにせ現在、中央トレセン学園に在籍しているメジロのウマ娘たちは誰ひとりとして活躍の兆しがない。迷いのせいで勝ちきれなかったメジロライアンはもちろん、ほかのウマ娘たちも模擬レースどころか普段のトレーニングの様子もお世辞にも褒められたものではない。

 

 それでもトレーナーたちがメジロのウマ娘に対して“表向きは”丁寧な態度を崩さないのは、結局のところ過去の栄光によるものでしかないのだ。

 

 つまり、彼が言葉通りに賞金を得るための道具としてのウマ娘を欲しているのであれば、面倒な肩書きに見合う能力を示せていないメジロ家に、メジロライアンに声をかける理由はない。

 

 まぁ、要はそういうことなのだろう。落ち込む親友が立ち直ったとき、あのトレーナーの表情が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のをアイネスフウジンは見逃さなかった。

 あの気分屋のミスターシービーが認めるくらいだ、悪いようにはならないだろうと物陰から見守っていたが、案の定というべきか。やはりウワサだけで人を判断するものではない。

 

「ライアンちゃん、落ち込んでるヒマなんてないの。クソ真面目なのはライアンちゃんのいいところだけど、恩返しがしたいなら走りで返すしかないの」

 

「アイネス、言葉遣いが行儀悪いよ……。でも、そうだね。せっかく憎まれ役を演じてまで私に期待してくれたんだから、次の模擬レースはしっかりと勝たなきゃだよね!」

 

「そうそう、その調子なの! あ、でも一応言っておくけど、あたしも負けるつもりはないからね? なにせ未来のダービーウマ娘だからね~」

 

 

 ◇◇◇

 

 

(あのトレーナーさんのことだから、たぶん……あ、やっぱりいた)

 

 普通のトレーナーであれば、ウマ娘たちの走りを評価するために我先にとコースの近くに陣取るだろう。だが、メジロライアンには彼がほかのトレーナーと同じように身を乗り出している姿が想像できなかった。

 もっと広い視野で模擬レースを眺めるために、全体を見渡せるような場所にいるはず。そう思い壁際を見ればやはりいた。

 ミスターシービーはもちろん、最近走り方の完成度が高まっているとウワサのトウカイテイオーと、教官たちの指導に反抗的だったのが改善しつつあるマヤノトップガンも一緒にいる。

 

 

 うん、一度視線を交わせば充分だ。話したいことはレースが終わってからでもいい。

 

 

 レースが始まると同時にまずはアイネスフウジンが綺麗なスタートを決めた。それに逃げウマ娘たちが続き、先行策のウマ娘たちが好位置を狙い競り合う。その後ろで脚をためる差しウマたちの中にメジロライアンはいた。

 いつもより視野が広くなったように感じる。否、事実としてそうなのだろう。いままではレースの最中ですら自分のことしか考えていなかったのだ、周囲を走るウマ娘たちのことが見えていなかったのだから当たり前だ。

 

 思わず笑いが込み上げてきたのを歯を食いしばって耐えた。勝ちたいという思いでレースに挑んだ途端、ほかのウマ娘たちの気迫を感じて自分の中に様々な感情が生まれたことが可笑しくてたまらない。

 緊張と焦燥、興奮と歓喜。そうだ、これは幼いころにも確かに感じていたモノだ。純粋に走ることを楽しんで、負けたくないと見栄を張って、とにかく前へ前へと走っていたのだ。

 家の名前を意識するあまり、こんなことすら忘れていたらしい。いや、この言い方はあまりよくないだろう。メジロの名に相応しいかどうかで迷っていたのは事実だが、メジロのウマ娘として産まれたことを後悔したことはないのだから。

 

 それならばとメジロライアンは割り切ることにしたのだ。メジロの家名に相応しい走りが出来ているのかどうか、自分で判断することを放棄したのだ。自分がどういった心境で走ろうと、それを見る人々が何を感じるかなどわからないのだから。それこそ、メジロライアンの情けない走りを見てアイネスフウジンの批判をしたどこかのお節介なトレーナーのように。

 

 余計なことは考えない。ただ、本気で走るだけ。それぐらいなら自分にだって出来る。ただ全力を出せばいいのだから簡単なことだ。

 

 ラストスパートに向けて位置取りを前に押し上げる。ライバルを追い抜く度に背中に鋭い気配が突き刺さる。ようやく“それ”が自覚できるようになったのだなと呆れ半分喜び半分でさらに加速する。

 観客席から歓声が聞こえるが関係ない。いまは一番の親友にしてライバルの背中を捕まえることに夢中でそれどころではない。

 

 

「ライアンちゃんには悪いけど……全力だからこそ、本気の勝負だからこそね。──あたしが勝つッ!!」

 

「負けないよ。せっかく勝負を楽しいって思えるようになったんだから。──勝つのは私だッ!!」

 

 

 うん、これは面白い。

 

 アイネスフウジンとは気安い友人としてそれなりの時間を一緒に過ごしてきたが、ここまで好戦的で楽しげな彼女を見たのは初めてだ。

 それだけ自分に遠慮していたのだなと思うと、やはり申し訳ない気持ちになってしまう。これから彼女に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その上で、本気で挑む価値がメジロライアンにはある、そう判断してくれたことが嬉しくて仕方がない。

 

 これはいい。この方向性で気合いを入れるのは自分の気質に合っているかもしれない。真剣勝負を、全力の競り合いをするだけの価値があるウマ娘として自分を高めるというのも悪くない。幸いにして身体を鍛えるのは得意だし、趣味と実益が合致しているのも好都合。

 悩んでも答えが見つかりそうもないことに悩み続けるのは時間がもったいない。自分がメジロに相応しいウマ娘かどうかなんて判断は有識者を名乗るヒマ人たちに任せてしまえばいい。どうせ自分は自分らしく走ることしかできないのだから。

 それでおばあ様から御叱りを受けることになったらそのときは──いっそのこと、あのトレーナーさんも巻き込んでしまおうか? 恨むなら迂闊に名門に手を出したリスクマネジメント意識の低さを恨んでもらおう。

 

 

 いまはただ、家のためではなく友のために。

 

 勝った負けたのさらにその先で、ライバルたちが『私はメジロライアンと同じレースで本気の勝負をしたのだ』と胸を張って言えるぐらいに。

 

 

 これはただの模擬レース。本番に向けての練習でしかない。

 

 出走しているウマ娘たちも、本格化が完全に終わっていないヒヨッコばかり。

 

 だが、それでも。

 

 メジロライアンの走りを、その輝きを目の当たりにした者たちが、彼女のことを“麗しき実力者”として語るようになるのは時間の問題だろう。

 

 

 

 

 ────まぁ、それはそれとして。

 

 模擬レースとはいえ、いまの自分たちの全力を出し切り最高の走りができたと満足しているメジロライアンとアイネスフウジンのふたりだが、その光景を望んだはずの張本人の姿がどこにも見当たらないと気付いたときに。

 目的の人物と一緒にいたウマ娘から「レースが始まる前に帰ってしまったよ」と教えられたときに何を思ったのかは……誰にもわからない。




とくに理由はありませんが、メジロのおばあ様って空間認識能力が高そうですよね。


続きはイベント配布ライスシャワーの回収が完了してから、次の登場ウマ娘はキングヘイロー(とハルウララ)になります。

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