貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

153 / 223
うまし。

 数日前までとあるロイヤルウマ娘が意気揚々とやってきて担当トレーナーが謝罪しながら回収していったりするほど胃袋を刺激する香りで満たされていた貴方のルームは、現在苦味と酸味のハーモニーが心地よいコーヒーの香ばしさで満たされています。

 守銭奴アピールの一環としてお高いコーヒー豆の中から第一印象で良い具合のオーラを感じたモノを適当に購入して戸棚の賑わいにする予定の物品でしたが、どうやらマンハッタンカフェを筆頭とするコーヒー派には刺さるものがあった様子。ここしばらくはコーヒーミルが奏でるガリガリ音もすっかり日常の一部となりました。

 

 

 しかしここは悪役トレーナーである貴方が支配するルームですので、そうそう簡単にリラックスタイムなど許すワケがありません。

 

 

 なぜなら貴方の目の前にはまたひとり、ウマ娘をスカウトするために勇気を奮い立たせた新人の男性トレーナーが立っており、貴方の手元には彼が立案したとあるウマ娘のためのトレーニングプランが存在するからです。

 どうして新人男性トレーナーが自分のところにそれを持ち込んだのかについて貴方は欠片ほども理解できていないようですが、ここで知らぬ存ぜぬと計画書を突き返すワケにもいかないためじっくりと内容を読み込んでいます。

 

 悪役トレーナーとしての振る舞いは、あくまで円満かつ潤滑に追放されるための演技です。宇宙世紀で名前を変えて真っ赤なロボットを操縦するサングラスのパイロットの正体のように完璧に隠し通していますが、貴方の心の中にはウマ娘たちの健やかなる成長を願う気持ちが存在しています。

 ここでトレーニングプランの評価を蔑ろにした結果、この新人トレーナーが担当したウマ娘が怪我などを理由に引退することになってしまえば──トレーナーとウマ娘、それぞれお互いの精神を抉るような言葉が飛び出てしまう可能性など、たとえ万里に蔓延しようと残らず擂り潰さなければなりません。

 

 

 内容そのものに大きな問題はなく、チート能力と自前の知識を駆使して行ったシミュレーションも完了しました。あとは新人男性トレーナーの魂の色を確かめるのみです。

 

 

 本来であれば人が人の価値を試すなど驕りが過ぎる行為ですが、悪役トレーナーである貴方にとって人間性を疑われるのは逆に喜ばしい出来事でしかありません。

 闇よりもなお昏く、夜よりもなお深く、隠された秘密のように甘く、それを暴く昂揚感も含み、血に飢えた獣のように貪欲で、果てが空に続く海のように限りなく、そして覚悟が足りぬ者を無慈悲に焼き尽くす灼熱の意志を持って睨むでもなく慈しむでもなくただただ真っ直ぐに新人男性トレーナーと視線を交えます。

 

 

「────ッ!?」

 

 

 ──耐えてみせたか。やるじゃないか。

 

 

 1歩、後退してしまったものの。歯を食いしばり拳を握りしめ「オレがあのウマ娘の走る姿に惚れ込んだこの気持ち、この程度で手放してたまるかッ!!」という無言の叫びが聞こえてくるかのような意気地を見ることができた貴方は大満足です。

 知識や技術の不足分など、これだけの心の強さを持っているならばいくらでもカバーができるだろう。そう評価した貴方は新人男性トレーナーに「そのウマ娘はスポーツドリンクは甘過ぎると苦手にしているから、差し入れをするならお茶にしておけ」と言いながら計画書を返しました。

 

「……ッ!! はいッ! ありがとうございますッ! 失礼しましたッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「フッフ~ン? いまのトレーナー、なかなかミドコロがあったんじゃなぁ~い? ま、強力なライバルは多いほうが無敵のテイオー伝説も賑やかになって──ほみゃッ!? ふりふえふ、はひふゅへうひょひゃッ!?」

 

「シリウスから、言われている。テイオーがexcite──昂っているときには、こうして頬を引っ張ってやることでrelax──落ち着かせてやってほしい、と」

 

「ひりうひゅ~~ッ!!」

 

 

 本日のログインもにゅーんを確認したところで、貴方はここ数日間の新人トレーナーたちの活動について振り返ることにしたようです。

 

 残念ながら新人女性トレーナーはトウカイテイオーのスカウトには失敗してしまったものの、現在も第9レース場にほかの新人たちと一緒に積極的に通いつめています。

 さきほどの新人男性トレーナーもその新人チームのひとりであり、こうして悪役トレーナーである貴方から見事にウマ娘をひとり救い出してみせました。もしかしたら一度目のスカウトは袖にされてしまうかもしれませんが、あれほどの情熱と正義感の持ち主であれば必ずウマ娘の心を射止めることができるだろうと貴方は確信に近いものを感じている様子。

 

 

 これは実に良い流れです。この調子で新人トレーナーたちが取引ウマ娘、第9レース場常連、夜間練習組からどんどんウマ娘たちを引き抜いてくれればトゥインクル・シリーズはますます面白いことになるでしょう。

 

 

 彼ら彼女らもウマ娘たちと二人三脚で成長を続ければ、若手トレーナーやベテラントレーナーたちと協力して自分をトレセン学園から追放するために行動を起こしてくれるはず。

 洗練されたヘイトコントロールにとどまらず、こうして己の手駒を減らしつつ敵対戦力の強化も怠らない見事な手腕を心の中で思う存分自画自賛した貴方はマンハッタンカフェが横からそっ……と差し出してくれたコーヒーをひと口楽しんでから、新入男性トレーナーと入れ替りでルームにやってきた新入生ウマ娘数人から差し出されたトレーニング計画書を受け取るのでした。




次回はとあるベテラントレーナー視点です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。