貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせというよりは『一方、その頃……』的な時間。


『意地』

「……はぁ。なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ。よりにもよって俺の下で勉強させてくださいって、お前……こちとら万年評価Cのおっさんトレーナーだってのよぉ……ふぃ~」

 

 栄養ドリンク、と言うよりはそれを模したジュースと呼ぶほうが適切だろうか。少しでも頭をスッキリさせたくて炭酸を口にした中年男性トレーナーだったが、やはりどうしても名門の教えを受けている新人トレーナーが自分に頭を下げた真意が理解できそうになかった。

 最初こそなにかの冗談かイタズラかとも思ったが、いくら己がトレーナーとして二流が良いところだと自覚していても本気の眼差しを見誤るほど愚鈍であるつもりはない。夢や目標を語る口調に迷いがあっても瞳に強い光を宿しているウマ娘たちの姿を長年見てきた経験は伊達ではないのだ。

 

「育成評価の高い奴等からなんか言われるかな……言われるだろうな……。けどなぁ、マジな目ぇして教えてくれって頼んできた新人を断るってのもなぁ。俺だって、俺だって……一応『先輩』トレーナーだしよぉ」

 

 そのまま口から魂のようなモノでもユラユラと出てきそうなほど覇気とは真逆のなにかが表情を支配しているが、それでも中年男性トレーナーの中に指導を断るという選択肢は存在しないらしい。

 見栄、もあるだろう。実績はともかく、年長者としての責任感もあるかもしれない。あるいは、純粋に自分が必要とされている感覚に浸りたいという思いも否定はできまい。

 

 ただ、それよりも単純に──。

 

 

「おや、これは丁度良いところに。少々お時間をいただきたいのですが、構いませんか?」

 

「おっと……こりゃ失礼。えぇ、もちろん構いませんよ」

 

 

 噂をすればなんとやら──に該当するのかは微妙なラインだろうか? 名門の新人ではなくベテランのほうのトレーナーが現れた。それも、よりにもよって育成評価が『A』以上のグループのトレーナーたちである。

 全員が年下だがGⅠトレーナーということもあり、中年男性トレーナーは意識して丁寧な言葉を使うように心がけている。年齢とトレーナーとしての能力は別物であるならば、まぁ万年C評価トレーナーである自分が偉そうにする必要もないと考えているからだ。

 

 ついでに、余計なトラブルを避けるという意味もある。トレーナー業務に長い歴史を持つ名門は、どうも横の繋がりも庶民とは比べ物にならないらしい。

 極端に露骨な嫌がらせをされるワケではないが、明確に敵対するような真似をすればどこで誰にイヤな顔をされるかわかったものではないだろう。

 

 なのでなるべく関わりたくない相手なのだが……表面上だけでも丁寧な態度でお時間を下さいと言われれば断るのは難しい。

 たとえ普段であれば横を素通りするような連中が怪しからん笑みを浮かべて話しかけてきた時点でろくでもない予感しかしなかったとしても、だ。

 

「ありがとうございます。それでは、こちらの書類へ署名のご協力をお願いできますか? 内容について軽く説明をさせていただきますと、ウマ娘たちの健全なレース参加のために──担当トレーナーが不在で単独で出走登録に関する条件等の見直しについて、です」

 

 

 ピクリ、と書類を受け取る手が一瞬だけ止まる。

 

 

 忙しいと言い訳をして即座にこの場を離れるべきだった、そんな後悔を抱きつつ動揺を悟られないよう何事が書かれているのかを確認する。

 彼ら彼女らが口にする()()()()()()とやらがなにを目的としているのかは察しがつくが──やはり案の定とでも言うべきか。

 

「……なる、ほど。担当が不在のウマ娘たちが怪我をしたりメンタルを崩したときに充分なケアが必要だという理屈は私でもわかります。治療より予防が大事だということも含めて。しかしこれでは……出走の、インターバルが長すぎる気がするのですが。それに、GⅠレースに参加する条件も手厳しいというか」

 

「そんなことはありません。格式あるGⅠレースに出走するという『名誉』を背負うことになるのですから、それに見合うだけの実績はもちろんのこと、充分な準備期間が必要になるのは当然のことでしょう。オープン戦から始めて、GⅢやGⅡでの勝利を経てGⅠに挑む。怪我などをしないように()()()()()()()()使()()()。それだけのことですよ」

 

 それは決して不自然な意見ではない。だがそれに付随する条件のひとつ“担当トレーナーの育成評価を加味して勝率や勝ち数による制限の強化”という案が通れば、確実に単独出走しているウマ娘たちが一気に弾き出されることになる。

 ほかにも“1着のウマ娘とのタイム差が大きいウマ娘に対するペナルティの追加”という案もそうだ。能力不足のまま格上のレースに挑むのは脚に過度の負担を強いることになるため、それを防止する必要があるという言い方はいかにもウマ娘たちのことを考えているように見えるが……。

 

(どう考えてもシービーのトレーナーが面倒見てるウマ娘たちを狙い撃ちにしてやがるな。一芸特化の連中は大勝か大敗のどちらかばかりだ、順番に勝ち上がるのが厳しいのはもちろん、勝率なんかボロボロのヤツしかいねぇ)

 

 才能に恵まれたウマ娘同士を平然と同じレースに参加させる。それに加えて脚質から外れたレースを目標とするウマ娘の出走も後押しする。これまではウマ娘側も無茶を承知の上で従っていたかもしれないが、GⅠレースに挑戦する資格を得られなくなるかもしれないと知ればどうなることか。

 能力に見合わない挑戦という意味では自分もヒトのことを言えないが、特に一度や二度の敗北で懲りずに繰り返しシンボリルドルフに挑んで返り討ちにされたウマ娘たちはもちろんそれだけ勝率は下がっているだろう。

 

 そして“相手の得意とする距離で勝ちたい”という理由からマイルでマルゼンスキーに勝つためにトレーニングをしているミスターシービーと、長距離でミスターシービーに勝つためにトレーニングをしているマルゼンスキーのふたりも勝率にしっかりと影響が出ているはずだ。

 

 だが、裏の狙いはともかく内容は真っ当なので反論もしにくい。ジャパンカップのあの走りをもう一度見たかったのに、中央トレセン学園やURAはなにをやっていたんだという意見があるのも知っているので余計にだ。

 本人が最初から引退を決めていたこと、メディアへの露出を控えているのはレース関係の仕事を目指して資格獲得に向け勉強に集中したいからだという説明で多少は落ち着いたようだが……。

 

 

「しかし、だとしてもこれでは」

 

「我々にご協力いただけるのであれば、必ず貴方にとってもプラスとなります。これまでさぞかし悔しい思いをなされたのではありませんか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────」

 

「まぁ、ファンやスポンサーに向けた興業としてはそれでも良いのかもしれませんが。勝ち目の薄いウマ娘による奇跡的な逆転劇は心踊るものがあるでしょう。しかし、我々はトレーナーとして現実的に物事を考えなければならない立場にあります。冷静に、担当ウマ娘を潰してしまわないためにも勝てるレースを選んでやることも必要なはずです」

 

「……そのためにも、こうしたルールが必要なんだって話ですか?」

 

「その通りです。担当しているトレーナーの判断だけでウマ娘を説得させようとした結果、下手に話が拗れて信頼関係が損なわれるようでは本末転倒ですから。ルールとして定められているのだから従う、これ以上にわかりやすい判断材料はありません」

 

「なるほど。たしかにわかりやすい」

 

「ご理解いただけたようでなによりです。お恥ずかしながら、以前も似たような内容で意見書を提出したことがあるのですが……さすがにGⅠレースへの参加そのものを制限するのは過剰だと反省したことがありましてね。いくらウマ娘たちのためとはいえ、可能性まで摘み取ってしまうのは如何なものかと考えを改めた次第でして」

 

「で、今度こそ意見を通すためにこうして地道な署名活動をしている……と。わかりました、そういうことでしたら喜んで()()()()()()()()()()()()

 

「はい、それではこちらのほうへ──はい? あの、いま、なんと?」

 

「ですから、お断りさせていただきますと言いました。そりゃ、担当しているウマ娘たちが負ける姿を見て悔しいかと問われれば悔しいですよ? 本音を言ってしまえば、あの単独出走組のウマ娘たちがいなければ私の愛バが勝っていたのに、なんて考えたことだって何度もありますとも」

 

「ならば──」

 

 

 

 

「ですがね? だからってライバルとなるウマ娘たちがレースに参加できなくなるのを期待するってのは……それは、ちょいと違うでしょう?」

 

 

 

 

「いや、ですからこれはあくまでウマ娘たちがレースで無理をしなくて済むようにと」

 

「えぇ、えぇ。わかりますとも。私も凡人ですがトレーナーですからね。ウマ娘たちがヒトよりも頑丈だがアスリートとしてはガラスのように繊細なのは知っています。だから安全を優先して平凡なトレーニングプランしか組み立てられない。しかし、それでも……それでも、そんな私と一緒にトゥインクル・シリーズで夢を追いかけてもいいって言ってくれるウマ娘がいるんですよ」

 

 

 あのレース場で夜間練習をしていたウマ娘たちとの始まりが打算であったことを忘れるつもりはない。

 

 気持ちを切り替えたからといって急に天才になれるワケでもなく、本当に自分の指導で彼女たちの夢を叶えられるのかなどわからない。

 

 もしかしたら逆に夢を奪うことになるかもしれないという恐怖は、レースの勝敗に関わらずいつだって拭い去ることができずにいる。

 

 

 それでも。

 

 

「ま……いまのトゥインクル・シリーズが危なっかしい走りをするウマ娘たちのせいで、ずいぶん愉快なことになっているってのは私も同感ですよ」

 

「ならば、何故? このリストを見ていただければわかる通り、現状を憂いているトレーナーは何人もいるんです。ウマ娘たちの安全のために、そしてレースの格式と伝統を守るためにも、我々トレーナーが行動しなければ──」

 

「熱く語ってるところ申し訳ないが、ウマ娘たちの安全って部分はともかく、格式だぁ伝統だぁなんてのは私のような普通のトレーナーには無縁のモノでしてね。そんなものより担当ウマ娘たちの夢のほうが大事なんですよ」

 

「ですから、その担当しているウマ娘たちが安心して走れる環境のためにも秩序を取り戻す必要があるのです!」

 

「言ってることはわかりますとも。でも困ったことに──()の愛バたちはいまのイカれた環境でバチバチやり合うのを楽しんでいるもんでね。それなのに担当トレーナーが裏でこそこそ小細工してライバルを蹴落とすような真似をするワケにはいかないだろ?」

 

「小細工、だと……ッ!?」

 

「お前らの意見が間違ってるとまでは言わない。さっきも言ったが、いまのトゥインクル・シリーズが異常だってのは俺も同感だからな。でもよ? そんな中で格上のライバルと戦うのを楽しみにしてて、そんでいつかは必ず勝ってやるってウマ娘たちが意気込んでるのに、それをトレーナーが先に勝負を投げ出すのは……ダメだろ?」

 

 

 いつかの選抜レースを思い出す。自分が恐れたシンボリルドルフの走りを見て、それでも早く戦ってみたいと笑ってみせた担当ウマ娘たちの姿を。

 

 

「お前らに協力するってことはよ? つまりそういうことなんだよ。駆け出しのペーペーのときに先輩に言われててな、トレーナーはウマ娘の前では常に堂々としてろってよ。なのに、まさかお前、こんな『真向勝負では勝ち目がないのでライバルの脚を引っ張ります』なんてやり方に同意なんてできるワケねぇよなァ?」

 

「なッ!? 担当ウマ娘を満足に勝たせることもできない、たかがC評価のトレーナーの分際でッ! よくも我々を──」

 

「ウマ娘をろくに活躍させられない無能なトレーナーとして嗤われるのには俺は耐えられるッ!! だがなッ!! そんな俺を信じてくれる奴らを裏切るような真似をすれば、今日までトレーナーバッジを棄てずにもがき続けてきた意味がないッ!! その程度のことがテメェらにはわからねぇのかッ!!!!」

 

『『『『ヒィッ!?』』』』

 

 

 ◇◇◇

 

 

(……あ~あ。やった、やってもーた。オラはやっちまっただ~♪ なぁにやってんだろうな~、あんな感情的になって大声をあげてよ。俺のほうが、仮にも年長者だってのに、年下のトレーナー相手にさぁ~。はぁ)

 

 先ほどの威勢はどこへやら。まるでホラー映画のゾンビのように生気を失った顔で中年男性トレーナーは背中を丸めてトボトボと歩いていた。

 あの名門トレーナーたちの言い分が間違っているとは思っていない。いまのトゥインクル・シリーズが、というよりはひとりで何十人ものウマ娘をレースに送り出しているあのトレーナーが異常なのだ。

 

 個人の能力で機能する組織が健全であるはずがない。たった一度、大きなトラブルが起きればレース業界に取り返しのつかない影響が出るのは確実だろう。

 URAはもちろん、秋川やよい理事長もその程度の事実に気がつかないワケがない。なんならスポンサーとなっている企業のトップたちだって無視できるようなリスクではないのだ。

 

(わからん。俺みたいな安全策しか選べないよーな凡人には、天才って呼ばれるような連中の考えることなんてな~んもわかんねぇよ。なんなの? どいつもこいつも頭おかしくない? なんでそんな簡単に覚悟バキバキに決められんだよ……。はぁ~)

 

 

 彼は自分が凡人であると強く信じている。駆け出しの新人のころから何人ものウマ娘たちを担当してきたが、どうにか無事にレースを引退させて卒業していくのを見送るのが限界だった。

 彼女たちが目標としていた夢を叶えられた記憶はほとんどない。むしろ、自分がいまでもトレーナーを続けていられるのは、ウマ娘たちが夢と引き換えに知識と経験を与えてくれたからだとさえ思っていた。

 

(次は春の天皇賞、か。誰が呼び始めたか『皇帝』シンボリルドルフを筆頭に、三冠ウマ娘のミスターシービーにマルゼンスキー、タマモクロスにゴールドシップにアグネスタキオン、アイネスフウジン、メジロライアン……愉快な黒ジャージ軍団が大勢出走するおかげで逆に枠に余裕が出たのはありがたいが、見事に天才と化け物のお祭りになっちまってよぉ~。はぁ……まったく)

 

 自分にできるのは、せいぜいウマ娘たちがレースで怪我をしないように仕上げて送り出してやることだけ。担当ウマ娘たちを格上相手にぶつけることを躊躇うことは無くなったが、どうしても指導方針を変えられない自分では天才たちを相手に“必ず勝たせる”などという強い言葉を使うことはできない。それが彼の自己評価であるのだが──。

 

 

 

 

「さぁて、どうやって天才どもを相手にウチのウマ娘たちを()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 苦虫を噛み潰したような表情で中年男性トレーナーは頭を抱える。自分が担当しているウマ娘たちが勝つのは難しいと考えながらも、勝てる可能性はゼロではないと信じて疑っていないことを自覚しないままに。




作者は栄養ドリンクに頼るよりはご飯モリモリ食べてさっさと寝る派です。あの味が苦手なもので(味覚お子さま)


続きは冷蔵庫の一角を占拠しているチョコレート菓子を減らしてから、次は春の天皇賞になります。


ちなみに圧倒的サトノ率でした。これは天井覚悟で回すしかねぇッ!!
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