貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
ホテルの話がトレセン学園に広まるのは貴方にとっても想定の範囲内です。
そこから正式な申し込みという形になり、私的にではなく公的なイベントとして多数のウマ娘やトレーナーたちがリハーサルに協力することになったのも許容範囲でしょう。
せっかくなので課外学習という名目を設定したものの、さすがに全校生徒の受け入れは難しいので日程をどうしたものか……という話を聞きつけた複数の企業からの申し出があったことも──企業リストを「あらあら」と楽しそうに眺めていた老婦人トレーナーが一瞬だけ冷酷な狩人のような表情になって野暮用ができたと言って出かけたりもしましたが良しとしておきます。
しかし。
「いや~、まさかレース前にこんなリッチなホテルに泊まることになるなんて思わなかったよ。キミってば相変わらず面白いコトに愛されてるね~。あ、このわらび餅いいかも」
「ん~♪ こういうの、比べちゃうのはお行儀が悪いっていうのはわかってるんだけど……やっぱり高級ホテルのティラミスは別物ね!」
ホテル側とトレセン学園との間でやり取りが完結したのであれば、どうして自分がこの場にいるのだろうか? そんな疑問を抱きつつ、貴方はホテルのラウンジで抹茶プリンをチビチビと味わっていました。
明日の天皇賞(春)に出走するウマ娘たちがひとまとめにされるのはまだ理解できます。アスリートによる真剣勝負の世界ですから、ルームメイトとレースでぶつかることも日常茶飯事だからです。
ですが、よりにもよってウマ娘たちからもトレーナーたちからも警戒されている自分を巻き込むのはどう考えてもマイナスにしかならないのに……と、貴方は秋川やよい理事長と駿川たづな秘書の判断を訝しんでいる様子。
ウマ娘たちの幸せ、あるいはレースで輝く姿を尊ぶあのふたりに限ってこのような単純なミスを見逃すなどありえない。
ならば、自分のようなクソボケ外道トレーナーを放り込むリスクに見合うだけのリターンが存在する可能性が微粒子レベルで存在するのだろう。
そんな結論が出て自分が納得できたところで、貴方も素直に明日の天皇賞を楽しみにしつつ高級ホテルでのひとときを楽しむことにしたようです。
方向性としては“騒いで楽しむ”というよりも“心に安らぎを”といった部分を重視しているらしく、賑やかな娯楽設備の数は控え目なもののウマ娘たちは上手に時間を使っているようです。
一番わかりやすいのはレストランを利用しているウマ娘たちでしょう。どれだけ食べても当然のようにスマートに料理が運ばれてくることでキラキラが止まらない芦毛の怪物や、豚肉を練り上げて作られた麺を使用したチャーシュー麺というお肉至上主義のラーメンに出会いキラキラが止まらないシャドーロールの怪物など、明日のレースに全く関係がないのにも関わらず絶好調のウマ娘が量産されていて愉快なことになっています。
ほかには、ツインターボから聞かされた「ご飯の美味しいところにタダで一泊してレース観戦ができる」という情報に惑わされ「ほ~、そいつはお得ですなぁ~。せいぜいのんびりさせてもらうとしますかねぇ~」と気軽に構えていたところ、コンシェルジュから真っ白なテーブルクロスの席に案内されウマ娘世界ならではの野菜と果実のジュースを専門とするソムリエに対してガチガチに緊張した様子で応答する庶民派ウマ娘などが見所でした。
もちろん明日の天皇賞に出走するウマ娘とそのトレーナーは丁寧に打ち合わせを行っているのでしょうが、担当ウマ娘のいない給料泥棒系トレーナーである貴方には関係のない話です。
一応、取り引きの義理として簡単なアドバイスぐらいはしているようです。たとえば、目の前で甘いものをモムモムと食べているラスボスふたりに対しては「ほかのウマ娘がどのような作戦を選ぼうと関係ない。お前たちはもう自分のスタイルを理解しているのだから、ミスターシービーはミスターシービーらしく、マルゼンスキーはマルゼンスキーらしく楽しんでくればいい。むしろ、それ以外に必要なことがあるなら逆に俺に教えてほしいくらいだ」といった具合に、ちゃんと悪役らしく適当にあしらって終わらせてあります。
ついに最低限の役目すら放棄したことに呆れたのでしょう、ミスターシービーもマルゼンスキーも会話を続けることを諦めておやつタイムを始めてしまいました。
質量に対してエネルギーが豊富な甘味はウマ娘にとって理想的な食べ物ではありますので、このふたりであれば特に注意する必要もありません。
用心深く慎重な貴方は、このような細かい指導でヘイトを無駄に減らすようなことにならなくて良かったと安心しているようです。
場所がトレセン学園から高級ホテルに変わっても関係ない、真の悪役は活躍するステージを選ぶ必要がないのだと自画自賛しながらプリンを食べ終えた貴方は次はなにを頼もうかとメニューを開き……テンションが上がりすぎているウマ娘がトラブルを起こす前に宥めるのを手伝ってほしいというエアグルーヴの要請を受けて席を立つのでした。