貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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ひとりくらい、ホテルのラウンジでオシャレな時間を過ごすよりもお気に入りのラーメン屋で餃子のタレを用意している時間に幸せを感じる人間がいてもいい。

自由とは、そういうことだ。


かいわ。

「申し訳ありません。すでにご承知のこととは思いますが、場外市場モニターの前すらもあの通りでございまして……お手数ですが、レース関係者の方はトレセン学園の学生の皆様も含め向こうに移動をお願いしております」

 

 

 本来であれば自分のようなトレーナーという立場を利用して偉そうに振る舞いウマ娘たちを道具のように扱っているゴミカス野郎が軽々しく立ち入っていい場所ではないだろうに……と、思いつつも京都レース場の賑わいぶりを見てしまえば貴方には係員の誘導に逆らうつもりなど起きません。

 そうでなくとも課外学習というイベントが原因で中央トレセン学園のウマ娘だけでも100人単位で観戦にきていますので、混乱を避けるためにも素直に移動するしかないと判断しました。貴方の目的は中央トレセン学園から追放されることであり、こうして真面目に働いているレース関係者の邪魔をすることではないので妥当な判断であるとしておきましょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 大勢のウマ娘とトレーナーが集まっているだけあり、関係者席も転生者である貴方の視点からはなかなか興味深い光景が広がっています。

 

 ミホノブルボンのマスター兼サクラバクシンオーのストッパーである女性トレーナーの周囲にはほかにも中・長距離の重賞レースを目標とするウマ娘たちが……スカウトされた、というよりは押し掛けた様子。

 肝心の脚質改善についてはそれなりに順調らしく、軽くチートアイで確認したところミホノブルボンの長距離チャレンジは入着が期待できるぐらいに、そしてサクラバクシンオーの中距離チャレンジはまだまだ入着は厳しいものの勝負にはなる程度に成長しています。

 

 ほかには、とある名門出身だというA級トレーナーの隣で穏やかに微笑んでいるサクラローレルと緊張しながら背筋をぴーんとしているユキノビジンの姿も確認できました。

 どちらも高い実力を秘めているものの模擬レースや選抜レースでなかなか活躍することができず、トレーナーたちからはアスリートとしてあまり注目されていませんでしたが、どうやら無事に優秀なトレーナーからスカウトされたようです。

 

 選抜レースで入着どころか下位に甘んじていたウマ娘を中央最速と評価されているマルゼンスキーを相手に影を踏むところまで追い詰めた実力者に育て上げたその見事な手腕であれば、この世界のサクラローレルは凱旋門賞を見事に制覇してくれるかもしれません。ユキノビジンに関しては能力どうこうよりも謙遜する本人を説得するほうが大変なのではないかと貴方は予想しているようです。

 

 

 ある意味オールスターな光景に背後で過呼吸一歩手前といった状態に陥っていたマインドアナザーディメンションウマ娘がワンダーアキュートに背中をさすさすされて落ち着いたのか瞳を閉じて穏やかな表情で横になっているのを見届けた貴方は、天皇賞を観戦するべく現地にやってきた中央トレセン学園の生徒のうち自分が把握しているウマ娘たちが全員揃っていることを確認してから──よりレースを楽しむために、まずはお手洗いを済ませることにしました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 仕事やイベント事が始まる前の空き時間で、トイレを済ませたあとに飾り気もなければ利便性も足りていない簡素な休憩スペースで飲む缶コーヒーは特別な味がするのかもしれない。

 そんなことを考えながら貴方が時計を確認しながらのんびりしていると、同じようにあえて喧騒を避けての一服を楽しもうと考えたのかジャケット姿の男性がひとりやってきました。

 

 

「いやぁ~、天皇賞が盛り上がるのはいつものことですが、今日はまた一段と賑わってまぁ……レース関係者としては喜ばしいことかもしれませんが、迷子の子どもなんかが出ないか心配ですな! おっと失礼、自分はこういうものです」

 

 

 差し出された名刺から男性の正体が“月刊トゥインクルの記者”だと知った貴方は、驚きよりも男性から感じていた違和感に納得しているようです。

 飄々とした態度と会話のイントネーションは無難な仕事をこなすだけの三枚目のような雰囲気を作り出していますが、かつてはトレーナーとして、現在は悪役として数々の修羅場を踏み越えてきた貴方は男性の猛禽類のような視線に気がついています。

 

 刹那ほどの時間ではありましたが貴方のトレーナーバッジに向けた獲物を見るような、そして精密機械のように感情の存在しない値踏みするような視線……貴方はそれを「地道な努力を続けたおかげで、ついに月刊トゥインクルも自分を追放するために動き始めたかッ!」と心の中で和太鼓を乱打する大喜びといったところ。

 

 

「あぁ、別に取材の申し込みとかではありませんよ? アナタに担当ウマ娘がいないのは承知していますし、今日の取材は部下が──いや、まぁ、知識も情熱も素晴らしいんですが、如何せん記事がヒートアップしがちでね。ま、そこが彼女の持ち味でもあるんですが……おっと、重ね重ね申し訳ない。どうも……今日は半分プライベートみたいなもんでして、ひとりのウマ娘ファンとして天皇賞を楽しみにしてたんですよ。で、まぁ、ちょうどヒマそうなトレーナーさんがいたもんですから。時間までちょいと世間話でも、どうです?」

 

 

 ──よく喋る男だ。それでいて全く隙がない。

 

 

 これは間違いなく有能な記者であり、ここでの会話の流れ次第では追放計画が大いに加速するに違いない。そう考えた貴方は自分でよければと雑談に興じることにしました。

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