貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
そのウマ娘は決して優秀なウマ娘ではなかった。
しかし、その新人トレーナーにとってはそうではなかった。
スカウトのためと意気込んでいたワケではない。とにかく一度レース場で改めてウマ娘たちの走りを見ておこう、まずは行動しなければ始まらないと偶然その模擬レースを見ただけに過ぎない。
切っ掛けとしてはその程度でしかなかったのだが、それでもその新人トレーナーの青年はそのウマ娘の走りから目を離せなかった。もっと速く前を走るウマ娘よりも、もっと力強く追い上げるウマ娘よりも、そのウマ娘の走りに不思議な魅力を感じたのだ。
躊躇いは、あった。
トレーナーの評価は基本的にウマ娘の戦績で決定するのだから、この新人トレーナーがそのウマ娘に声をかけるかどうか迷うのは当たり前のことだろう。
だがその迷いは“そもそも彼女がスカウトを拒否する可能性だって普通にあり得る”という事実に気がついたところで綺麗サッパリと消え去ることになる。
トレーナーが優秀なウマ娘を求めるように、ウマ娘だって優秀なトレーナーを求めている。
なんの実績も持たない自分との契約は、ウマ娘側にとっても賭けにしかならない。
どんなことにも初めてがあるのだ、まずは当たって砕けろの精神で声をかけよう。それで担当させて貰えることになればそれでよし、ダメなら冷静に考えてから出直すか諦めるか決めればいい。
思い立ったが吉日。授業の終わりを見計らい探しに出れば、ありがたいことに目的のウマ娘はひとりでランニング中であり、喉の奥が砂漠化したかもしれないと錯覚するほど緊張していた新人トレーナーにとってはまさに千載一遇のチャンスだった。
そして、その青年は星を掴んだ。
◇◇◇
「いや~、まさかわたしなんかをスカウトしてくれるトレーナーさんがいるとは思いませんでしたよ~。だってわたしってば、模擬レースで入着したことなんて片手で数えるほどですよ? ましてや選抜レースなんてそれはもう……それはもう……ウボァ」
「自分で言っててダメージ受けるぐらいなら心の中にしまっておこうよ……。あー、まぁ。あまりウソはつきたくないから正直に言っちゃうけど、僕も君をスカウトしたのは能力とか将来性とか、そういうヤツじゃないし」
「その辺りは自覚してるんで大丈夫ですよ~? むしろ、ご指導いただけるだけでもありがたいというか。ど~にも、こう、あの黒ジャージ集団に混ざる勇気が足りなくてですね~。いや、ははは。まいっちゃいますねぇ~」
「あの先輩のチームのことは僕も少しぐらいは知っているよ。研修生のときに教官からも話を聞かされてるしね」
むしろ、若い世代のトレーナーで『彼』のことを知らない者はいないかもしれない。名誉に一切の興味を示さずメディアなどに露出することもない実力者となれば、気にするなと言われても難しいというものだ。
それで彼について楽しそうに語る者も、渋い表情を隠さない者も、口を揃えて「どう思うかは自由だが、アレの真似だけは絶対にするな」と忠告してくるのだからトレーナー研修生たちに知るなというほうが無理な話である。
クラシック三冠などは真似したいと思ったところで簡単に達成できるモノではなく、なぜ教官たちがそのような忠告をわざわざしてきたのかはわからない。
だが新人トレーナーは彼がGⅠレースで活躍するようなスターウマ娘だけでなく、言い方は悪いが重賞レースで入着すらできないようなウマ娘たちの育成も手掛けていることを知っていた。
故に、学ぶ。知識はあっても経験が無い自分が担当ウマ娘を育てようというのだ、利用できるものはなんでも利用するぐらいの覚悟がなくてどうする、と。
自分自身の力でウマ娘を活躍させたいという気持ちはあるが、所詮は自己満足に過ぎない。下らないプライドのために担当ウマ娘を走らせるようなマネはしたくないとさえ思っていた。
あるいは。それは名門と呼ばれる流派に所属する若手トレーナーたちの“変化”も影響しているのかもしれない。イメージ通りのいかにも
彼らとて態度に少々アレなところはあるものの、決して怠け者というワケではない。それでも流派の教えに固執せず、様々な考え方を柔軟に取り入れる者たちと比べてしまえば評価は変わる。
名門出身の新人トレーナーたちでさえもそういう者たちがいるのだから、自分のような一般出身のトレーナーなど手段を選んでいる場合ではない。
開き直ってしまえばあとは行動あるのみ。幸運なことに許可を得て手書きのファイルやら動画データやらを持ち出した同期のトレーナーがおり、皆で研究しようと提案してくれたことからメイクデビューの準備は順調に進んでいく。
どうせなら直接話を聞いてみたいという気持ちもあったのだが……少しでも担当ウマ娘を成長させるヒントを得なければと、新人トレーナーは資料の解析にのめり込んでいた。
また気持ち的に、あまり自分のために時間を使わせたくないという部分もあった。トレーニングだけでなく、担当ウマ娘と過ごす時間もまた重要なものである。あれだけの人数のウマ娘をサポートしているのだ、安易にアドバイスを求めようとは思えなかった。
◇◇◇
「僕の見立てでは君の脚質は芝のマイル、次に中距離。短距離と長距離はあまり向いていないと思う。スピードと加速力のバランスがいいから作戦としては先行が安定するんじゃないかな」
「ふむふむ、王道の先行ですか。いや、実はわたし副会長の走りに憧れみたいな? ありまして。カッコいいッスよね~エアグルーヴさん! デビューのタイミングが同じになるって知ったときはふざけんな本気でくたばれ三女神って心の中で中指立てたぐらいですよ」
「いや、うん? いや……うん……憧れて萎縮するよりは全然いいけど……いや、いいのか? と、ともかく! 先行を選ぶウマ娘はたくさんいるけれど、ライバルが多いってことはそれだけ資料もたくさんあるってことだ」
「まずは使えそうなモノはなんでも使ってみる、ですねぇ~。いいですね、細かい目標を決めて順番にクリアしていくスタイル。いきなりメイクデビュー勝とうぜ~とか言われても困っちゃいますし」
逃げや追込を選ぶウマ娘は増えている。が、やはり安定感のある先行で走れるのであればそれに越したことはないと新人トレーナーは考えていた。
トレーニング方法やレース中の動きなどに関する資料の豊富さは、経験値の少ない新人コンビにとっては頼みの綱と言っても過言ではない。志を大きく持つことは大切かもしれないが、曖昧なゴールを設定したことが原因でスタート位置までもが不明瞭となっては困るからだ。
まずは、走れるように。焦らず丁寧に、担当ウマ娘がレースに勝つ姿を見たいという気持ちはそのままに、しかし勝たせたいという気持ちだけが先走って初心を──彼女が走る姿を魅力的だと感じたことを、だからこそ支えたいと思い声をかけたことを忘れないように。
新人トレーナーは思いつく限り細かいところから、言い換えればクリアしやすい目標を探すところから始め、ウマ娘もまた担当トレーナーの意図を理解してひとつひとつ丁寧に課題を克服していく。
それは傍目には遠回りに見えたかもしれない。だが丁寧に積み重ねられた基礎は決して裏切ることはない。教科書通りの走り方しかできなくても、その教科書通りの走りすらできなかったころに比べれば成長を実感するには充分なのだ。
そして。
「フッ……ついにこの日がきましたか。日頃の成果を試す──模擬レースの日がッ! あ、ヤバい。吐きそう。トレーニング頑張ったのに入着すらできなかったらどうしようとか考えるとお昼の焼き鯖まるごと口から出てきそうどうしよトレーナーさん大根おろしとポン酢を用意しないとぉッ!?」
「うん、慌ててるようで結構余裕はありそうだね。話題のチョイスが年頃の乙女というより給食の時間の男子小学生みたいなのは置いといて、そんなに自分を追い詰めなくて大丈夫だよ。勝てればもちろん一番いいけど、もしも負けたとしてもそれを経験にして次に活かせばいいんだから」
「そ、そうだよねぇッ! 先輩たちだって負けても負けても
「大丈夫、できることは全部やってきたんだ。今日は新しい走りでレースを楽しめれば実質勝ちみたいなものだよ」
どれほど華やかに見えようとも勝負の世界である以上、そこには必ず勝者と敗者が存在する。そんなことは新人トレーナーも担当ウマ娘もちゃんと理解していた。
同時に、レースに負けてしまっても俯くことなく次の勝負のために立ち上がり続けているウマ娘たちのことも知っている。ならば自分たちもそれを見習い真似すればいい、敗北は敗北として受け入れて成長するための糧にすればいいのだと割り切ることも難しくはない。
◇◇◇
模擬レースで念願の1着となった新人コンビの喜び方はベテラントレーナーたちから見ても微笑ましいものだった。
それこそ、トゥインクル・シリーズでの戦績がどうなるかは……ともかく。お互いを良きパートナーとして認め合い成長できる良いコンビになるだろうと思わせる雰囲気がそこにある。
「私、最・強ッ!! スミマセン調子こきました。でもでも! 練習の効果はバッチリでした~ねぇ~。当たり前っちゃあ当たり前ですけど、お手本があると気持ちがこう……楽、とは違うんですけどなんというか。モヤモヤしてた視界がハッキリしてるみたいな? 感覚が?」
「うん、わかるよ。僕もサンプル──いや、この言い方はちょっと気分的にイヤだな。参考になる資料がたくさんあって、トレーニングプランや走り方の方向性を考えるときに迷わずに済んだからね。いつかは自分で、とは思うけど、まずは君が本気で走れるような環境を整えるのが先だから」
それは“悔しい”という感情ほど後ろ向きなモノではなかった。あるいは、担当ウマ娘を活躍させたいという強く純粋な気持ちが嫉妬を丸ごと飲み込んでしまったのかもしれない。
いずれは、自分の力で担当ウマ娘の魅力を引き出してみせよう。
だが、それはいま拘るべきことではないのだ。
模擬レースで手応えを感じたトレーナーは、さらに多くの資料を集めて分析に力を入れるようになる。完全なゼロからオリジナルを生み出すことができるのは本物の天才か化物だけだと考えていた青年にとって、他者から学ぶという行為を恥じる理由などなかった。
そうした姿勢は担当ウマ娘との関わり方にも現れる。一方的にトレーニングプランを押しつけるのではなく、まずは提案し、説明し、本人が納得してくれるのが大前提であり、ときにはウマ娘からの意見を取り入れて大きく修正することも躊躇わない。
そんなふたりが次に考えたのは“どんな走り方を身につけてメイクデビューに挑むか”であった。
積み重ねた経験だけではメイクデビューに──エアグルーヴに勝てる可能性はとても低い。経験を活かしつつ、新しいスタイルを模索しなければならない。
憧れはあっても、ひとりのアスリートとして勝ちたいという願いを担当ウマ娘が抱いていることぐらいは経験の浅いトレーナーでも簡単に見抜けた。
トレーニングと平行してメイクデビューと同じ条件のレースに関する資料を集め、どのようなウマ娘がどのように勝利しているのかを分析し、担当ウマ娘が実力を100パーセント発揮するための走り方を構築して指導する。
最初は「いやいや、エアグルーヴさんに勝つなんてさすがに……」と自信無さげに遠慮していたウマ娘も、トレーニングを続けて走りに手応えを感じるようになってからは「どうせ逃げられないなら、やっぱり勝ちたい……ッ!」と気持ちが前向きになった。
お調子者で弱気なところもあるが、決して軟弱ではない。そんな彼女だからこそトレーナーとして全力で支えたい。
当然、ウマ娘のほうもそんな青年の気持ちを無駄にしないためにも全力で、本気でメイクデビューに挑むことになる。
◇◇◇
「SNSの反応は……思ったよりも悪くない、というよりもかなり好感触だと言っていいんじゃないかな。一番人気のエアグルーヴが負けてしまったことを残念だって声もあるけど、僕たちへ向けた否定的なものはほとんど見当たらないよ」
「ムフ、ムフフ~♪ いやぁ……勝利ってのは……いいもんですねぇ……フフッ。まぁエアグルーヴさんは副会長としての仕事もありますし、全部の時間をトレーニングに使えるわたしとは前提条件も違うのかもしれませんが……それはそれ。勝ちは勝ち、ですよね!」
「もちろんだ。彼女が生徒会の副会長としての役割を責任と誇りを持ってこなしている以上、それを不利だったなんて部外者が言うのは失礼なことだよ。先輩も、彼女も、本気でメイクデビューを走っていたはずなんだ、僕たちが素直に喜ばないのは良くないことだ」
「ですよね? ですよね! やっぱりアスリートとしては正々堂々戦っての勝利ですから、喜ぶときはちゃんと喜ばないとダメですよね! いやぁ~、きっかけひとつで世界が変わるって話は聞いたことがありますケド、こんなに勝てるようになるもんなんですねぇ~」
格上の相手に勝利したこと、それをレースファンが前向きに受け止めて応援してくれていること、それらの事実は新人コンビに自信を与えるには充分な効果があった。
何事も、まずは先人のやり方を学ぶところから。決して特別ではない、誰もが一度は試みるであろうトレーニング方法による勝利は心の支えとして強く機能することになる。
調査、分析、実践。
もちろんそれだけで勝ち続けることができるほど勝負の世界は甘くないが、選抜レースで入着すらできなかったウマ娘が重賞レースで勝てるようになったのだ。トレーナーも、ウマ娘も、その成功体験を元に自分たちのスタイルを組み立てることに互いに異論などなかった。
(いまならわかる気がする……どうして先輩が、ミスターシービーやマルゼンスキーのような天才ウマ娘だけを担当しないのか……。才能に溢れるウマ娘を見つけて育てることだけがトレーナーの価値じゃない、自分が惚れ込んだウマ娘を
もしもトレーナーとウマ娘の関係が一方通行の、トレーナー側から指示を出してウマ娘側がそれを実行するだけの機械的な関係であれば葛藤もあったかもしれない。
だがこの新人コンビはそうではない、しっかりと話し合い二人三脚でトゥインクル・シリーズに挑戦しているのだ。努力の苦労も勝利の喜びも分かち合いながらレースに挑んでいるということもあり、レースを楽しむことも前向きに考えることができていた。
「う~ん、レースに勝って飲むにんじんジュースは最高ですね! さぁトレーナーさん! 次はどのレースに挑戦しますか? ど~んな走り方でもきっちりバッチリ習得してみせますよ!」
「そうだね……せっかくだし、GⅠレースにも挑戦してみたいから──うん、阪神ジュベナイルフィリーズを目指してこのままマイルレースで経験を積んでいこう」
「じ、じぃわんですか……いえッ! なんでも挑戦してみないとダメですよねッ! 一生に一度だけのチャレンジなんですから、逃げちゃったらもったいないですよねッ!」
「そう、挑戦しなければ負けることさえできないんだ。もちろん挑むからには勝つつもりで僕も全力でサポートするよ。そのまま勝てればそれでよし、もしも負けてしまっても──」
「「経験を活かして次は勝つッ!!」」
◇◇◇
トリプルティアラを求めるウマ娘たちが集うジュニア級マイルGⅠレースということもあり、ゲートにも相応の実力者と認められたウマ娘たちが並んでいる。
勝利を重ねたことにより自信がついたのか、担当ウマ娘は初めて出会ったころに比べてずいぶんと落ち着いたような印象でゲートが開く瞬間を待っていた。
そんなウマ娘の様子を見守るトレーナーは、適度な緊張状態を維持できていることに対する安心と、これなら充分に勝利も狙えるかもしれないという期待に全身が満たされていた。
(必ず勝てるとは限らない。どのウマ娘も、それこそオークスを勝つと堂々と公言しているエアグルーヴは要注意だろう。だけど、それは僕たちだって同じだ。そうだ、今日まで
トレーナーは担当ウマ娘を勝つことができるウマ娘にするために。
ウマ娘は担当トレーナーを勝たせることができるトレーナーにするために。
スタート直後からレース展開は常識から外れていた。良い意味でレースを荒らすことで有名な黒ジャージ軍団のウマ娘のひとりが“いつものように”大逃げを選択したからだ。
余計な肉の重りを極限まで削り、スタミナを初動から爆発的に燃焼させ、力尽きるのが先かゴール板を越えるのが先かという博打の走り。もちろんファンはそのウマ娘の走りをメイクデビューから見ているので観客席からはさっそく大歓声が降り注いでいる。
(何人かペースを釣り上げられたか……僕のところは問題なく維持できているけど、油断はできない……速度が崩れたまま押し切ってゴールするウマ娘だっているんだし……)
普通のトレーナーならスカウトを躊躇うであろうペース配分を無視した走りを好むウマ娘も、ポラリスのトレーナーが指導すればGⅠウマ娘の称号まで駆け上がってくる。
勝率や安定感に問題はあるが、
(……いや、大丈夫だッ! 勝てるかどうかわからなくたって、それはウマ娘を信じるかどうかとは話が別なんだ……勝つために積み上げてきた努力は絶対に裏切らないッ!! ……はずッ!!)
日頃のトレーニングの成果か、はたまたトレーナーの祈りが届いたのか。ウマ娘はエアグルーヴの背後に入り込み、風避けだけでなくペース調整に巧く利用してスタミナを温存していた。
それは事前に考えていた作戦のひとつなのだが、それを大逃げのプレッシャーに引っ張られることなく冷静に実行できているのは見事と言っていいだろう。見て真似して学ぶということを繰り返していたウマ娘にとって、前を走るエアグルーヴのリズムを盗むこともそこまで難しくなかったことも幸運だった。
そしてついに、最終直線にて。
「──やったッ!! いいぞ、そのままゴールまで駆け抜けろォッ!!」
失速した大逃げウマ娘がエアグルーヴの隣に並び、そこに意識が向いたその一瞬のスキをついて──担当ウマ娘がふたりをまとめて抜き去った。
安心できるようなリードは得られていないが、徐々に後続のウマ娘たちから離れて前へ前へと進む姿は見間違いなどではない。完璧に流れを掴み、最高の形でラストスパートを仕掛けられている証拠だ。
ゴール板が近づいてくる。
勝利が、近づいてくる。
(僕が──いや違うッ!! 僕たちが、GⅠを勝つッ!! 僕が彼女をGⅠウマ娘にッ!! 彼女の走りが、GⅠレースを勝利するんだッ!!)
青年は、自分が見つけた星が燦々と輝く姿を幻視する。
そして。
『もう一度エアグルーヴッ!! もう一度エアグルーヴですッ!!!!』
「──え?」
なぜだ?
だって、差し切ったじゃないか。
僕のウマ娘のほうが速かったのに、どうしてエアグルーヴが追いついて……追い越している?
だって、もう、追い抜いて、残りはあと少しで、前を塞いだのは僕のウマ娘で、そこから加速して追い抜くなんて。
いや、まだだッ!!
僕たちは負けても負けても勝つために何度だってッ!!
だから、もう一度ッ!!
もう一度ッ!!
「────なん、で」
◇◇◇
「え~っと、その、負けちゃいました。いやぁ……エアグルーヴさんは強敵でしたねぇ~。でもでも! GⅠレースで2着なら戦績としては悪くないですよね~」
「そ、そうだね! 最後にもう一度、差し返されたのは本当に……なんだろうね、その。さすがは副会長というか、その」
「うんうん! やっぱり普段からオークス勝つって、GⅠウマ娘なってみせるって堂々としてるだけありますよね~。最後の最後でガッツリ引っこ抜かれちゃいましたよ」
「……あの、さ?」
「はい?」
「最後さ、その。その……うん! 惜しかったな! 頑張ればギリギリで差し返すことも狙えたかもしれないけど」
「あ~、そうですね~。でもホラ、負けは負けとして受け入れて次のレースを頑張ればいいじゃないですか! それがわたしたちのスタイルで、強さなんですから! ね?」
「あ、いや……そうだね。ただ、もうちょっとで勝てたかなって思うと、やっぱり惜しかったなって考えちゃうからさ」
「ホントですね~。まぁでも──
「先輩、も……か。それも、そうか。負けてしまったのは仕方ない、君の言う通りだ。僕もトレーナーとして結果を受け入れて、次のレースに勝つために準備しないとダメだ」
「負けたレースは次に活かせばいい! ですね! それで、なんですけど~。やっぱりGⅠレースは諦められないというか、せっかくだし桜花賞とか目指してみたりとか、なんちゃって!」
「桜花賞、か。きっと、いや必ずエアグルーヴも出走するだろうね。──よしッ! 今度こそ差し返されないように、ラストスパートを改善できないか過去のレースを研究しないといけないね! 君も、手伝ってくれるかい?」
「もちろんですよ~? そりゃなんと言ってもわたしが勝てるようにってトレーニング考えるワケですか~らね~♪」
勝負の世界で“もしも”を考え始めたらキリがない。それを知っているトレーナーは次のレースに集中するために未練を断ち切ることを選択する。
そう。
もしも──もしもあのとき。
エアグルーヴに差し返された担当ウマ娘が、敗北を受け入れることなく勝利を求めて最後まで足掻き続けたら……などという仮定に意味はないのだ、と。
(ポラリスのトレーナーも、彼の指導を受けているウマ娘たちも同じだ。たとえ負けてしまったとしても、次は勝てるようにと努力しているじゃないか。大事なのは諦めないことだ。だからこそ僕は──
努力が必ず実を結ぶとは限らないが、努力した時間は無駄になることはなく努力した者を裏切ることもない。
故に。そのトレーナーも、そのウマ娘も、ふたりで協力し敗北を糧とし何度でも勝利を信じてレースに挑み続けることになる。
そこに悲壮感は無く、挑戦者として強敵との勝負を楽しむ余裕すらあり、掴んだ勝ち星の数も決して少なくない。
それはきっと、トレーナーとウマ娘の関係としては非常に良好であり──ある種の理想的な形なのだろう。
だが。
あの日、青年がその手に掴んだ星がいまも同じ輝きのままなのかは……誰にもわからない。
☆読むのが面倒だった人へ☆
今回の話はエアグルーヴが阪神JFに勝利したということが書かれています。ちなみに競走馬のエアグルーヴはビワハイジに逃げ切られて負けてしまいました。
そしてそのビワハイジはアドマイヤジャパンとブエナビスタのお母さんだったりします。どちらもウマ娘を知っている方なら名前ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?
続きはオマケを投稿してから、オマケの内容は清楚で大和撫子な武士ウマ娘と鍋料理になります。
※ビワハイジの話は「史実のレースではこうだった」というだけの小話であり、このモブウマ娘がビワハイジをモデルにしているというワケではありません。