貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

175 / 223

 渇きを癒す時間。



『Master of Shadow』

 

 

 

 

 

 

 

 

『────もう、いいよ。だってブライアンちゃんと走ってもぜんぜんたのしくないんだもん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 風に舞う程度の弱い雨、といったところか。だが密度が高い。蹄鉄シューズの下からしっとりとした芝の感触が伝わってくる。距離設定が春の天皇賞と同じ3200であることを考えると、後半戦は泥が顔までハネてくるようになるかもしれない。

 ただ不思議と視界は悪くないようだ。これなら強気の位置取りも狙えるだろう。先行と差しという王道の走りを得意とするナリタブライアンとしては、やはり序盤から積極的に競り合いに参加して好位置を奪いたいところである。

 

 下手に後ろまで流されてしまい、ミスターシービーと真っ向勝負の形になるのは────。

 

 

「マ〜ベラ〜スッ!!」

 

「うぉッ!? ……なんだ、急に」

 

「今日のブライアンはいつもよりとってもマーベラス☆ ハヤヒデと一緒に走れるのが嬉しいんだね! で〜も〜? ブライアンだけじゃない、ハヤヒデだけじゃない、みんなマーベラスがギランギランのビッカビカに燃えちゃってるからさぁ大変! どうかな? どうかな! ブライアンにはゲートが何色のマーベラスに見える?」

 

「……さぁな。ゲートはゲートだろう」

 

「あははははッ! そうだね、ゲートはゲートだもんね☆ うんうん、それじゃあ続きはレースの中でマーベラスしようね!」

 

「なんだったんだ、いったい……?」

 

 

 相変わらずファンタジーゾーンを撒き散らす、体型的な諸事情から身長よりも大きいぶかぶかサイズの黒ジャージを着て騒ぐマーベラスサンデーのことはともかく。事前に老トレーナーにされた忠告に従いナリタブライアンは姉であるビワハヤヒデばかりを意識しないよう集中力を高めることにした。

 

 

 水を吸った髪が頬に張り付く。

 

 雫が首筋を伝う。

 

 ふぅ、と息を吐いたのは誰なのか。

 

 ゲートの開く音。いま。

 

 

 満点、とは言えないが満足できるスタートダッシュ。このまま先頭集団に混ざり、序盤はターフの具合を確かめながらスタミナを温存して様子見を。冷静さを保つためにも、一呼吸入れてから位置取りを調整しよう。

 

 そんなことを考えていたナリタブライアンの前に外枠から3人のウマ娘が飛び出してきた。ひとりはサイレンススズカ。これは予測の範疇である、むしろ彼女が大逃げ以外の戦法を選ぶようなことがあれば全校生徒が天変地異を疑うレベルである。

 もうひとり、アイネスフウジン。中距離を中心に出走しているが、長距離も走れることを菊花賞で証明している。負けたことをいつまでも引きずる性格ではないだろうが、勝てる可能性を与えてくれるトレーナーが身近にいるのに負けっぱなしで納得するとは思えない。

 

 

 ここまでは、知っている。

 

 だが。

 

 

(ツインターボか……スズカやアイネスと同じレベルで、中等部のヤツがスタートを……なかなかやる……ッ!)

 

 目の前で、アイネスフウジンとツインターボが視線を交差させる。本来であれば勝負など成立しないほどの差がふたりにはある、いや、事実としていまのツインターボがアイネスフウジンに勝てる可能性など存在しないはずだ。

 だが当人たちはそんなことは微塵にも思っていないらしく、お互いを対等なライバルであると認めるかのようにニヤリと笑っていた。そして連なる加速、カチリとギアが切り替わったかのように速度が上がり背中が離れて行く。あるいは、周囲のウマ娘たちが冷静でなければナリタブライアンもそれに引っ張られる形でペースを崩していたことだろう。

 

 

 まだだ、焦るんじゃない。

 

 お楽しみは、これからだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 逆噴射で有名だったウマ娘にいったいどんな手法で加減を覚えさせたのか、脚を使い切る前にツインターボは自分からコース横で待機していたトレーナーへ向けてダイブした。誰の目から見てもわかり易いほど渋々と言った様子でリタイアしたサイレンススズカとは大違いである。

 

 油断したつもりも、慢心したつもりもない。だが、今回の長距離模擬レースにおけるイレギュラーふたりが離脱したことにある種の“安心”があったことも否定できない。

 

 まだまだ長距離をフルパワーで走り切ることができないのか、サイレンススズカと入れ替わる形で先頭を走っていたアイネスフウジンの勢いが僅かに削がれている。このままギリギリまで脚を温存し、セオリー通り最終コーナーから一気に前を狙えばいい。

 このナリタブライアンの判断はなにひとつ間違っていない。ただ、認識が甘かっただけである。ここまでの流れがあまりにも普通のレースだったことから、チーム・ポラリスのウマ娘たちが秘めている()()()に気づくことができなかったのだ。

 

 

「────は?」

 

 

 ナリタブライアンを躱してビワハヤヒデが前に出た。

 

 おかしい、ラストスパートを仕掛けるにはタイミングが早すぎる。常に冷静な走りを得意とする姉がそんなミスをするはずがない。

 だがそんな疑問など知ったことではないと言わんばかりのペースでビワハヤヒデは前へ前へと進んでいく(離れていく)。それに呼応するかのように周囲のウマ娘たちも。

 

 

 

 

「……7、8、9、じゅっ。イチ、ニ、さっ、しっ」

 

 

 

 

 不気味なほど規則的なカウント。

 

 背後から。

 

 そしていつの間にかトーセンジョーダンが横に並んでいる。顔に付着した泥を拭うこともせず、そこに普段の軽い調子など微塵も残されていない。

 

 ごく自然に、外側からアッサリと抜かされる。

 

 

 前からひとり脚が鈍ったウマ娘。メジロマックイーンのスタミナが切れたか、それとも周囲の変化にリズムを乱されたか。一瞬だけ見えた横顔、表情から察するに両方かもしれない。

 

 

 内側から風の動き。

 

 エアシャカールがそこにいる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 マズい。

 

 コースの外で雨具も身に着けずに立っている老トレーナーが苦虫を噛み潰したような顔をしているのが見える。

 

 ポラリスに所属する“黒ジャージ組”と呼ばれているウマ娘たちが早めにスパートを仕掛けてくるのは知っていた。

 だが雨の影響によりコース上のコンディションが悪化するのであればその限りではないだろうと、ターフの表情が気難しければ走りも慎重になるだろうと思い込んでいた。

 

 

 普通のトレーナーなら、雨天に合わせた走りをウマ娘に覚えさせる。

 

 普通じゃないトレーナーは、雨天でも普段と同じ走りができるようにウマ娘を鍛えたらしい。

 

 

 これは似ているようでまるで違う。パフォーマンスの上限が100から80に限定される中で最善を尽くすウマ娘と、どんな環境でもお構いなしに100の力で走ることができるウマ娘が競い合えば、どちらが勝利するかなど考えるまでもない。

 

 勝ち目は消えた。

 

 それどころか、このままでは入着すら叶わないだろう。才能に恵まれているからこそ、敗北を正確に理解したナリタブライアンは。

 

 

 

 

 

 

「…………ククッ、ハハハハッ!!」

 

 

 

 

 

 

 身体の奥底から湧き上がる歓喜を抑えることができなくなってしまった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「18人中、いやスズカちゃんとターボ先生がリタイアしたから16人中で9着か。とりま中等部には負けなかったし、なんとか高等部としてのメンツだけは守り通せてホッとひと息といったところかの〜」

 

「下らん慰めはいらん。言いたいことがあるならハッキリ言え」

 

「いやマジな話まさか入着すらできないとは儂も思わなかったんだもん。ホントによぉ、ちぃっと……勘違いしてたわ。ウマ娘の夢を後押しするロマンチストだと思っとったが、勝利のために障害となるモノを徹底的に潰すリアリストでもあったワケだ。あのシャカールの嬢ちゃんが普通に黒ジャージ着る程度には信頼してる時点で気づくべきだったな」

 

「それで……どうするんだ?」

 

「どうもこうもねーべよ。まさか雨が降ったので三冠取れませんでした、晴れてたらウチのブライアンが絶対勝ってました〜なんてクソダセェ言い訳なんかしてられんだろ。これでも儂は天下のSランクトレーナーだぞい? 若造にナメられたまんまで引き下がれっかい!」

 

 間違いなく向こうはそんなことまったく意識してないだろうな……と。シャワーも着替えも済ませて老トレーナーのルームでのんびり温かい飲み物を口にしていたナリタブライアンは担当トレーナーの悲しい独り相撲を呆れたように眺めていた。

 別にそれでやる気が出るなら大いに結構。自分より強いウマ娘との勝負に餓えていたナリタブライアンであるが、それは勝ち負けにこだわらないという意味ではない。強い相手と()()()戦い、そして勝つ。そのために必要なトレーニングであればどれほど厳しくても望むところである。

 

「雨天用のトレーニングはお前さんには向いとらん。下手にロジックを組むよりも天性の野生で臨機応変に対応したほうが確実だな。マックちゃんを追い越したあたりから自分で試しとっただろ?」

 

「当然だ。負けたくなかったからな」

 

「実際、トレーナーとしてはアレは厄介でしかねぇんよ。一点集中で限定された条件に全ブッパするウマ娘たちのことは警戒していたが、そりゃ悪天候なら勝たせられる〜なんてデタラメな走りを教えられるヤツが、ほかのウマ娘にソレのコツを教えねぇ理由はねぇわな」

 

「安心しろ、ウマ娘側から見ても厄介だからなアイツは。半年前は警戒する必要すらなかったヤツが、いつの間にか自分の前を走っている……退屈しないのはいいが、こうも大きく負けるとさすがに悠長なことばかり言ってられん」

 

「いつの間にか、なぁ。……ブライアンよぅ、お前さんな? アイネスちゃんは本来ならダービーなんか絶対に勝てないはずだった、って言ったら信じるかい」

 

「いきなりどうした。事実としてダービーウマ娘になっているだろう」

 

「アイネスフウジンはマイラーだ。だから2大マイル制覇を狙うべきだ。あえて中距離に挑むのであれば身体が完成するシニア級の天皇賞・秋の2000にお試しで出す程度だ。それが“正解”なんだよ。この儂がそう判断したってことは、ほかの誰がスカウトしても同じ答えにたどり着く。アイネスフウジンには東京優駿のゴールは遠すぎた、はずなんだ」

 

 いつもの戯言ではない、本気の目だ。

 

「さっきの模擬レース、トーセンジョーダンがスタートからゴールまで完璧にペース配分して走っていた。3200を、だぞ? それもひとりでトレーニングしてるんじゃねぇ、不良のバ場でレースしながらだ。それこそなんの冗談だよ。知ってるか? ジョーダンちゃんトレーナーどころか教官からの評価も低かったんだぞ?」

 

 そんなバカな、と。トーセンジョーダンの強さを知るナリタブライアンには信じられない話だった。以前の、他人への興味関心が薄かったころの評価だと考えれば自分が知らないのも納得できるが、仮にそうだとしても。

 

「なんでだ? ヤツはどうしてアイネスフウジンがダービーに勝てると判断した? なんでトーセンジョーダンの成長を信じることができた? ヤツにはいったいなにが見えている? わからねぇ、儂にはどっちの未来も見えなかったんだ……だから、怖い。どれだけナリタブライアンを本気で三冠ウマ娘にしてやると意気込んでも、どれだけナリタブライアンの能力を鍛えても、ヤツはそれを前提条件としてそれ以上のウマ娘をクラシックでぶつけてくるんじゃないかって考えちまう。まるで姿の見えない化け物の影が、いつの間にか身体を這い上がってきて首に手をかけているみてぇに不気味でしかねぇ」

 

「ジイさん…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「満面の笑みで言うセリフか? それは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テヘペロ♪」

 

「キモいぞジジイ」

 

「だってぇ〜、まさかこの年になってこんなワクワクが止まらない経験するなんて思わねぇじゃ〜ん? ヤベェ、めっちゃ滾るわい……それなりに観察しとったけれど、自分で育てたウマ娘をぶつけるとまた視点が変わるってのがたまらんのぉ!」

 

「アンタはアレだな、真面目な顔が5分しか保たないタイプのようだな。熟練のトレーナーであるアンタにも悩むことがあるのかと少しは心配してやった私がバカだった」

 

「そんな寂しいこと言うなよ〜。最後の弟子が一人前になるの見届けたらマジで引退しようかなって考えてたの! ほしたらトレセン学園はどんどん愉快なことになるし、そのタイミングでお前さんが、ナリタブライアンっていう才能に溢れたウマ娘からの逆スカウト来るしでさ〜、もう引退? なにそれ美味しいの? いまなら凱旋門もいけんじゃね? カッカッカ、首を洗って待ってろよロンシャンのパリっ子どもめ、健闘を称えられる屈辱をテメェらにも熨斗つけて叩きつけてやらぁッ! なぁブライアン……儂と凱旋門リベンジしようや……」

 

「わかった、わかった。凱旋門でもなんでもトコトン付き合ってやるからキャラの迷走しながらまくし立てるな鬱陶しい」

 

「言質、とったど〜! 実際問題、あの坊主が育てたウマ娘が怖いのは本当の話だよ。最初にも言ったけどな、お前さんが入着すらできないとは想像もしとらんかった。お前さんはどうだ? これからどんどん四方八方からお前さんを絡め取ろうって影の手が伸びてくるぞ?」

 

「フンッ、私をあまり見くびるなよ。もとよりターフの上に立てば自分以外は全員が蹴落とすべき敵……いや、ライバルなんだ。そいつらが私の首を求めて影の手とやらを伸ばしてくるというのなら」

 

 

 

 

 あの日の言葉を思い出す。

 

 そこに込められていた想いを、きっと自分は一生理解することができないのだろう。

 

 

 だが、それがどうした? 

 

 私はナリタブライアンだ。それ以外の何者にもなれないし、何者にも変わるつもりはない。

 

 

 レースの世界で、強敵たちを相手に、どこまでも貪欲に、ただ己を貫き通すのみ。それがナリタブライアンというウマ娘なのだから。

 

 

 

 

「────それら全てを、走って、斬り捨てるのみ。影をも恐れぬ怪物として、ターフの上に君臨してやる」




 気温が高いせいで頭の中がポカポカしているのか、ちゃんと書きたいことが書けているのか不安になる今日このごろ。
 作者の中では『コジコジ』や『ちいかわ』みたいな日常のほのぼのとした描写にこだわったつもりです。きっと読者の皆さんにも伝わっていると信じよう。


 続きは購入しておいたコラボの缶コーヒーを飲んでから、次のヘイト稼ぎ目標ウマ娘はライスシャワーになります。


 なにやら勘違いしている方がいらっしゃるようなので一応説明しておきますが、今シーズンとは次のオマケまでなので、まだまだ高等部ウマ娘たちへの極悪非道な扱いは続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。