貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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 間違い探しの時間。



『カレイドスコープ』

 メジロアルダンは“ソレ”を病室に備え付けられていたモニターの向こう側に見ていた。

 

 己の脚が脆いことを知るが故にそれはとても恐ろしい光景であり、だからこそ同時にどこまでも美しい走りであると感じて────そのウマ娘が、一歩前に踏み出すたびに可能性の欠片が剥がれ落ちターフの上で砕けるのも構わずに楽しそうに走る姿に魅了されていた。

 

 

「これは……でも、いや……」

 

 

 くしゃり、と紙コップが歪む音。

 

 中央トレセン学園が誇る三冠ウマ娘、ミスターシービーとシンボリルドルフが同時にジャパンカップに出走する。今度こそ日本が世界から集うスターウマ娘たちに勝てるかもしれないと、一緒にレースを見ようとわざわざお見舞いにきてくれたトレーナーの表情は決して愉快なモノではなかった。

 立ち場が違えば同じレースを見ても感じるものは違う。ウマ娘であるメジロアルダンには自分の担当トレーナーが画面の向こう側のあの走りに対してなにを考えているのかはわからない、が……どのような感情を抱いているのかは少しだけ想像できる。

 

 それは恐怖、かもしれない。

 

 それは嫉妬、かもしれない。

 

 それは失望、かもしれない。

 

 

 あるいはそれは────羨望、かもしれない。

 

 

「あのペースで……このまま、逃げ切れるのでしょうか?」

 

「逃げ切れる、ようにしたんだろうな……きっと。根拠はないけれど、いや、根拠なら確かなものがある。あのウマ娘はどこまでも真剣で、どこまでも楽しそうに走っている、からな……全部、それこそ……自分の脚がどうなるのかを理解して……それでも“覚悟”を決めたんだと思う」

 

 

 自らの意志で脚を壊してでも走るという決意。そんなものを当たり前のように受け入れてしまえるようなトレーナーであれば、いくらメジロのウマ娘とはいえ自分のような入退院を繰り返していたウマ娘などスカウトしなかったのだろう。

 そんな優しいヒトであることを知るからこそ、メジロアルダンは担当トレーナーが苦虫を噛み潰したような表情の内側に葛藤を抱いていることを察することができた。それはそうだろう、自分の担当ウマ娘のトレーニングプランについて悩んでいるところに国際GⅠレースという大舞台で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 長く辛酸を嘗める日々が続いたジャパンカップで、念願の日本のウマ娘の勝利であると大歓声が響く光景を。恐らくはモニターの向こう側だから、というだけではない理由でメジロアルダンは何故か遠くに感じていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 希望とは、可能性とは、ときに現代医学すらも置き去りにしてしまうことがあるらしい。

 

 トレーナーと担当契約を交わしてからは脚の具合もだいぶよくなり、治療ではなく検査のための入院程度で済んでいた。ときに選抜レースの予定すら取り消さなければならなかったメジロアルダンにとっては、それでも充分過ぎるほどの変化であった。

 それが今度は体調そのものが改善したかのような気分でターフを走ることができている。もちろん脚の負担を無視するようなことはなく、ウォーミングアップもクールダウンも入念に行いトレーナーの指示に従って無理のないペースでトレーニングを続けるようにと律してはいるのだが。

 

 

 ただ、どうしても……憧れる。

 

 いっそのこと知らないままであれば、こうはならなかったのかもしれない。

 

 

 ベテラン、あるいは名門、果ては新人のトレーナーたちにまで否定されるような走りでも、いまのメジロアルダンにとってはひとつの答えであり残された可能性なのだ。

 それはアルダントレーナーにとっても同じであった。限られた条件の中で、それでも諦めることなく地道な努力を続けるメジロアルダンのことを支えたいと決意した彼だからこそ目を逸らすことができない。

 

 あのウマ娘はもう走れない。

 

 だがそれは本人が選んだ道。

 

 なにより、彼女はそこで終わることなく次のゴールを目指して前に進み始めている。

 

 それらの“事実”がメジロアルダンとアルダントレーナーの()()()()()()()()()()()()()()()()()、いったい誰が彼女らを責めることができるのか? それを可能とする者がいるとすれば────。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なァ、お前はよ? 初めてトレーナーバッジが欲しいと思ったときのことはちゃんと覚えてンのか?」

 

 

 このとき、アルダントレーナーは初めてポラリストレーナーと視線を合わせたような気がした。

 

 メジロアルダンのためにあのウマ娘のトレーニングプランを見せて欲しいとルームまで頼みに行ったときも、今回の謎の催し物について手伝うように言われたときも、ちゃんと正面から向き合って会話をしていたはずなのに。

 お前の決意など上辺だけの紛い物だと、お前のやっていることはお遊びも同然だと貶されたときには顔に熱を感じるほど荒れ始めていた心が……自分でも驚くほどに急速に冷えていくのがわかる。睨まれているワケでもないのに動くことができない。

 

 

「俺は一度だって自分がなにをしたいのか、ってコトを忘れたことはないぞ? いつでもどこでも誰が相手だろうと自分の在り方を変えたことはないし、もちろんこれからも変えるつもりはない。俺は欲張りなモンでね、欲しいものはなんでも手に入れなきゃ気が済まないタチなもんで我慢する気がないんだ」

 

 

 その言葉を聞いていた黒ジャージ組のウマ娘たちが「あ〜あ」とでも言いたげな表情を見せる。どこか困っているようで、しかし普段を知らない者でさえも喜びの感情がそこにあると確信できる表情だった。

 

 彼が欲しいものとはなんだろうか? 

 

 お金が欲しい? それは無い。ウマ娘との担当契約が終わっていない最低評価のトレーナーでも中央トレセン学園所属ともなればそれなりの給料が支払われているのはもちろん知っているが、そんなものはミスターシービーやマルゼンスキーの活躍によって得られたはずの賞金に比べれば大した額ではない。

 

 名誉が欲しい? それも無い。取り引きと称して彼が育てた数十人のウマ娘たちが重賞で活躍してるのは知っているが、正式に担当契約をしていない以上それらの成績は全てウマ娘個人のものとして記録されている。本来ならばG1レースを含め100を超えるトロフィーを手にしていたはずなのに、未だに頑なに担当契約を拒むような者が名誉を欲しているはずがない。

 

 

 ならば、彼が欲しいものとは。

 

 

「なぁ、お前はよ……別に金が欲しいとか、一流のトレーナーとしてチヤホヤされたいとか、そんなこと考えてたワケじゃないだろ? それならもっと勝てそうなウマ娘に声を掛けるのが“普通”だからな。メジロアルダンの脚は弱い。将来性なんてわからない。それでもお前にはメジロアルダンを選ぶだけの理由があった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……ッ!? それ、は」

 

「アルダン、お前もだ。下らない同情で、脚が不自由だからという理由で毒にも薬にもならないような安っぽい正義感でコイツが動いたワケじゃねぇってコトぐらい理解しているんだろう? だから信じた、だから託した、だからこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………その、とおりです」

 

「そもそもの話、だ。誰かの真似して一流になれるんなら誰も苦労なんざしねぇって話だ。マニュアル読んだだけでプロの技を簡単に再現できるなら、世の中猫も杓子もプロフェッショナルだらけでありがたみがねぇだろうが。別に他人のやり方を手本にすることを間違いだなんて言うつもりはねぇが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それで自分を見失っちまったら()()()()()だろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー? トレーナー、なんか急に難しい話しだしたけど、つまりどういうこと?」

 

「簡単なことですよ? つまりトレーナーさんは、ターボさん師匠がレースで元気いっぱい走っているところを見られるのがとっても嬉しいと言っているワケです」

 

「な〜んだ、そんなことなら簡単だぞ! だってトレーナーはいつだってターボの走りを褒めてくれるからな! まだ練習とかイベントでしかレースは走ったことないけど、ダービーだってなんだってターボが一番楽しい走りをしてやるもんッ!」

 

 

 あぁ、それで。

 

 トロフィーのように特盛のケバブサンドを掲げて得意気に勝利宣言? のようなものをするツインターボの姿を見て、メジロアルダンは自分の心に纏わりついている靄の正体を理解した。

 限られた条件の中で、自分だけの走り方を模索していたはずなのに。薄皮を1枚1枚貼り重ねる程度でしかなかったとしても、それでもひとつひとつ努力が実を結んでいくことが楽しかったはずなのに。

 

 可能性という言葉に溺れ、大事なことを忘れていた。せっかくウマ娘として生まれ、せっかく中央トレセン学園に入学したのに、誰かの道を模倣することに集中しすぎて自分こそが一番だという気持ちを蔑ろにしたまま走るなんて、それは確かになんと“つまらない”走りだろうか。

 

 

「さぁて、くだらないことで俺の手を煩わせた罰だ。食材はまだまだタップリあるからな、あとはお前がどうにかしろ。俺はちょっくら別の用事を済ませてくる。クリーク、ひと通り食い終わって片付け始めたら呼べよ」

 

「はぁ〜い」

 

「あ、あのッ!」

 

「おん?」

 

「先輩は……どうしてトレーナーになったのか、聞いても?」

 

「なんでトレーナーなったかって? そんなんお前……」

 

 

 顎に手を当てて、ほんの数瞬。

 

 

 

 

「ウマ娘が、いるから」

 

 

 

 

「……はは。すげぇや」

 

 

 あまりにもシンプル過ぎて、もはや答えにすらなっていないような答えを聞かされたアルダントレーナー。ポラリストレーナーが立ち去るのを見送ると、緊張が解けたのか社会人として正した言葉遣いも剥がれ落ちてしまう。

 

 なるほど、確かにこれは簡単に勝てる相手ではないし、迂闊に真似をしようとすれば簡単に道を見失うだろう。あまりにも行動理由が強すぎる。

 

 同時にポラリストレーナーが自分を未熟者扱いしたことにも納得した。担当ウマ娘の可能性を引き出すのがトレーナーの役目であるにも関わらず、ほかのウマ娘の走りでメジロアルダンを“上書き”しようとしていたのだから、彼にはさぞかし滑稽なごっこ遊びに見えていたことだろう。

 

 

「トレーナーさん。怒られて、しまいましたね?」

 

「そうだな。アルダン、すまないが新しいトレーニングプランについては全部キャンセルだ。もちろん参考にできるところは参考にして、貪欲に勝利を求めていくことに変わりはないけれど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは挑発というよりも、新たなる決意の宣言なのかもしれない。それを理解している周囲のウマ娘たちは気を悪くするようなこともなく、メジロアルダンとアルダントレーナーのことを、強力なライバルが現れたことを心から祝福した。

 

 

 

 

 

 

 と。

 

 それはいいのだが。

 

 

「残りの食材どうにかしろって言われたけど、あれだけ先輩が片っ端から料理していたはずなのに……まだまだ多い、な?」

 

「これだけ残っているのであれば、どんなお料理でも作れてしまいますね。さぁ、トレーナーさん。このような機会は滅多にありませんし、せっかくですから色んなメニューに挑戦してみましょう!」

 

 

 やる気満々で中華鍋とお玉を両手に装備してTKGなる料理を作ってみたいとドヤ顔するメジロアルダンの様子を見て「あ、コレあれだ。今後はいろいろ吹っ切れたアルダンに振り回されることになるヤツだ」と確信するアルダントレーナーであった。




★話の流れを忘れてしまった人へ★

 ここで偉そうになんか喋ってる先輩トレーナー(笑)は、アルダンコンビがハジケリスト路線を走るものと思ってます。


 いろんな作者様がそれぞれの事情で更新が遅れたりしているようですが、少なくとも本作の作者には特別な事情はありません。ちょっとフォーチュンタワーを登るのに忙しかったり、アビスゲートを閉じるのに忙しかったりしていただけです。
 マゼルン合成の順番を間違えてメイン武器をロストしたり、かと思えば竜槍スマウグをあっさりドロップしたりと情緒が安定していなかったのも事実ですが。強いてトラブルがあったとすれば、稲刈り前に大雨で田んぼが水没したり通勤に使っている道路が水没したりしたぐらいですかね?


 続きは扇風機を片付けるか続投させるか決断できたら、次はマチカネフクキタルが犠牲となる賢さGの日常編になります。
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