貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
答え合わせの時間。
自信とは日々の積み重ねによって構築されるモノである。
それは“自分はこれだけの努力を続け、こうした結果を出してきた”という向上心によって磨かれる……とは限らない。
ときには“自分はこうした肩書きを持つのだから、評価を得られるのは当然”という慢心に繋がる危険性も孕むものだ。
その点で言うのであれば、若さ故に苛立ちを隠しきぬまま歩いている名門出身の新人トレーナーは均衡の取れた……と言えなくもない精神性の持ち主である。
彼はトレーナーとして長い歴史を持つ一族の産まれであり、名門の系譜に名を連ねている自尊心から他者を見下す傾向があるものの、だからこそ日々の努力について妥協することを一切許さない性格をしていた。
横の繋がりや評価を軽んじることなく同じくエリート街道を歩む若手が集まる食事会に参加しながらも、酒や女に溺れることなく頃合いを見て中座しトレーニングジムに向かい心身を鍛える。美食にうつつを抜かして弛んだ腹を抱えレース場のVIPルームに移動するまでに息切れを起こしそうな連中を見て不快に思う程度には真面目な青年であった。
その勤勉さとエリートとしての自尊心、そこに大きく変化したトゥインクル・シリーズの現状────上級トレーナーと呼ばれていた者たちの不甲斐ない戦績と草の根と侮っていた者たちの奮闘により芽生えた野心はなかなか具合良く噛み合った。
生まれにも育ちにも自信がある。あとは有能なウマ娘さえスカウトできれば上を目指すことなど容易いだろう。リスクマネジメントを徹底し確実に戦績を積み重ねれば、GⅠレースの勝利も、己をチーフとするチームの設立も、やがては自分のスタイルを源流とする新しい流派すらも。高望みは留まることなく、そのためにもウマ娘たちの研究と観察を。
そんな彼が『ポラリス』なるウマ娘たちが自称する非公式のチームに目をつけたのは必然だったのだろう。
表向きは同じ流派の先達がチーフを務めるチームに頭を下げて所属させて貰いながら、老人たちの妄言を適当に聞き流しつつ中央トレセン学園の現状について客観的な情報を集めた。
誰が好き好んで沈みゆく船など有り難がるものか。いや、沈むことができるならまだマシなのかもしれないとさえ青年は思っていた。名門の肩書きを誇るベテラントレーナーたちの大半は、いまの自分が沈没することすらできない浅瀬で水遊びしていることにさえ気がついていないのだから。
何故ポラリスのトレーナーが正式な担当契約を嫌うのかについて理由は不明だがそれはどうでもいい。重要なのはポラリスには“才能に恵まれたウマ娘”が多数在籍していること、そして“ポラリストレーナーが認めればスカウトは自由”ということだけ。
王道の先行・差しを得意とするウマ娘を狙うよりは、逃げ・追い込みしかできないウマ娘を
「…………クソッ!」
────重賞の価値なんざ知ったこっちゃねえ、ウマ娘たちの勝負さえ見れりゃそれでいいって適当にしてる俺にはそこまで負けのリスクを嫌う理由が想像できねぇな。レースに限らず勝負の世界なんざ不確定要素の塊なんだ、それが面倒なら観客席で結果だけ見てりゃいいと思わねぇか?
育成プランにダメ出しされることは想定内。スカウトの成功率を上げるためポラリスからウマ娘をスカウトした先輩トレーナーたちに事前に話を聞いていたし、奇抜なトレーニングをウマ娘たちに実行させていることも知っていたからだ。
だが、負けるのが嫌ならば戦わなければいいと言われたことが何故か新人トレーナーの神経をどうしようもないほど逆撫でた。しかしそれは決して侮辱などではないのだろう、ポラリスのトレーナーは故障回避のためのリスクマネジメントはトレーナーとしての義務であると自分の育成プランに賛同してくれていたからだ。
「ボクはエリートなんだ……失敗が許される立場じゃない、凡俗のトレーナーとは責任が違う、立場が違──あぁ、クソッ!!」
言い訳をして自己肯定感を得るには新人トレーナーは視野が広すぎた。トゥインクル・シリーズの重賞をほぼ制覇しつつあるトレーナーが凡俗なワケがない。担当契約をしていないという事実があろうとも、彼が大勢のスターウマ娘の誕生に関わっていることは紛れもない真実である。
これが同期の、現実の見えていない寝ぼけた連中が相手であれば軽くあしらうことができていた。日本ダービーに勝ちたいという夢を支える、ウマ娘のことを信じてトレーニングをするのだと言えば聞こえはいいのだろう。だがそれでウマ娘の脚が故障してダービーどころかレースそのものをリタイアすることになったときにどう責任を取るというのか?
ウマ娘とは『資産』なのだ。ならば資産の管理と運用についてリスク回避を優先するのは当然であり、勝率の低い冒険などするべきではない。それが名門と呼ばれるトレーナーたちにとっての
だが、あの男はなにかが違う。上手く言語化できないが、なにかが……見ているモノ、あるいは価値観そのものが決定的に違う。だからなにも言い返せなかった。
同期の無責任に夢ばかり語る連中とも違う、過去の栄光ばかりを得意気に語るばかりの老人たちとは比べるまでもない、しかし管理と言うにはあまりにも緩いトレーニング方針、なのにレースを見ているだけでいいと言いながらもウマ娘の脚の仕上がりは見事のひと言に尽きる。
意味が、わからない。
◆◆◆
「……ん? ここは……ダートにウマ娘がひとりだけ? 珍しいこともあるんだな……」
苛立ちのまま無目的に歩いていた新人トレーナーは、いつの間にかとある練習場にたどり着いていた。
いったいどのような偶然が重なったのか、少なくとも青年が知る限り普段であればターフもダートもそれなりに賑わっているはずの練習場ではたったひとりのダートウマ娘がひたすらコースを走っているだけ。
(…………なんだ、アレは。全然ダメじゃないか。そもそも走り方がおかしいぞ? いったいなにを考えて──いや、基礎が不充分なまま上級生のスタイルを真似て走っているのか。まぁ、中央トレセン学園に合格する程度には能力は……それなりにあるようだけど)
的外れで無駄な努力。スカウトはもちろん、チーム加入のためのトライアルでも即座に弾かれる。下手な夢など追いかけることなく大人しく地方のトレセン学園に入学していればそこそこ走れた程度のウマ娘。
コレに関わる価値は無いとその場を立ち去ろうとする新人トレーナーであったが、苛立ちで精神状態が荒れているせいかそのウマ娘の走り方がどうにも気に入らなくて無視することができなかった。中央トレセン学園に入学したクセに、なんて無様な走り方をしているのだ……と。
つまり、いまから始まるのは感情を制御できない若者による八つ当たりなのであるが。
「オイッ! そこのキミッ!」
「ほえ?」
「なんだその走り方はッ! 直線もッ! コーナーもッ! 加速の加減から脚運びまでなにもかもがデタラメでバラバラじゃないかッ! いったい授業でなにを聞いていたんだッ!!」
「チッチッチ。いいですか謎のおにいさん、これは現在トゥインクル・シリーズで活躍している先輩の走りを独自に研究した気分で走る高等テクニックなんですよ〜? 実際タイムも縮んでるからもーまんたいなのですよ!」
「あのなぁ……誰をモデルにしてるのかは知らないが、メイクデビューを済ませたウマ娘の走りをそのまま真似しただけでレースに勝てるなら誰も苦労しないんだよッ! なんのために教官の指導があると思っているんだッ!」
「んー? そうねぇ〜、どうせならカレーにでも例えてくれると私ちゃんわかりやすくて助かるな〜」
「わざわざ大多数が美味しいと評価してくれるカレーのベースを準備してくれているのに、デタラメにアレンジしてゲテモノ作ってるんじゃないって話だよ……」
「おぉッ! なるほどッ! でも結構走れてんじゃん?」
「だから問題なんだよ……そんなこともわからないのかキミは……いいか、少なくともキミは中央に合格できるだけのポテンシャルは持っているんだ、不適当なトレーニングでも続ければそれなりの成果が“出てしまう”んだよ。カレーライスが雑に料理してもそこそこ食べられるようにな」
「拙者、カレーならば大抵の食材は許せる侍で候」
「お前だけ満足しても周囲に通用しなきゃ意味ないんだよッ! そして一度完成させてしまったら、溶け込んだ余計な隠し味を取り出すことは不可能なんだぞ? いまのお前はその一歩手前だ、このままトレーニングを続けていたらずっと未勝利戦で負け続けるだけで現役が終わるかもしれないんだぞ?」
「継続は力なりって昔の偉いヒトも言ってたし。負け続けるのは得意って言ってたパイセンもこないだ打ち上げしとったからイケるイケる」
「どうせ続けるなら正しいトレーニング方法を実践しろよッ! いいか、お前の場合は──」
「へー、ほー、わーお。ふむふむ? やるねぇおにいさん、見上げたもんだよ屋根屋のフンドシってヤツだねぇ」
「もっとマシな褒め方あるだろ……いいからさっさと走ってこい。ちゃんと見ててやるから」
「あいよッ! せっかくのご指導ご鞭撻、そんじゃちょっくら走ってみるとしますかッ!」
「……はぁ、なにをやっているんだボクは。ボクはエリートなんだ、まずはクラシック三冠を、そしていずれは凱旋門賞を、世界に日本のウマ娘たちの走りを見せつけてやる必要があるのに」
やってしまった、と。
予想外に走り方が改善したのが楽しいのか、先ほどよりも目に見えてわかりやすく楽しそうにダートを走るウマ娘をしっかりと見据えたまま……青年の口から愚痴が垂れ流されていた。
ウマ娘とは『資産』であり、同時にレース業界や中央トレセン学園にとって大事な『商品』でもある。ならばトレーナーによるスカウトとはより商品価値の高いウマ娘を選別して仕入れる行為も同然であり、それだけに他人の指導を受けたウマ娘のスカウトを嫌がるトレーナーもいるのだ。
特にトレーナーとしてレース業界で活躍してきた歴史がある流派はその傾向が強い。実績のある独自のメソッドを持っているトレーナーが余計なクセのついてしまったウマ娘の指導を好まないのは当然と言えば当然であるし、そのことはロジカルな育成プランこそが最も効率的であると信じている青年にも理解できる。
それでも彼がサイレンススズカのスカウトを試みたのは“自分の実力であればウマ娘の矯正など容易い”という自信があったから。能力の不足している十把一絡げのトレーナーと違い、名門としてエリートとして恥じぬ努力を続けている自分ならば問題ないという自信があったからこその行動である。
そしてその『自惚れ』が、いまこの瞬間ジワジワと新人トレーナーを追い詰めているのだ。
(ムリだ、あの走りじゃ……メイクデビューどころの話じゃない、もしかして模擬レースでも負けっぱなしなんじゃないか? あんな弱いウマ娘をいまのトゥインクル・シリーズで勝たせるなんて────
凡人ではこのウマ娘を勝たせることなど逆立ちしても無理だろう。
そもそもこの程度のウマ娘をスカウトしようなどという酔狂なトレーナーがいるワケがない。
ならば余計な指導など引き受けずに立ち去るのが正解なのだろうが、この青年にとってその行為はエリートとして恥ずべき行為として認識されている。
ウマ娘は商品なのだ。スカウト前のウマ娘へ指導を行うのは陳列されたケーキに指を突き立てて味見をするという品性や人間性を疑われるほどの愚行でしかない。
たとえそれが意図したものでなくても、今回の行動は苛立ちからの不注意で商品に手垢をつけたようなもの。エリートの自覚を持つ者としては、店員に丁寧に謝罪して購入するぐらいのことは当然なのだ。
他人がこの価値観に同意するか、それならポラリスのトレーナーの振る舞いはどうなるのか、などというのは関係ない。何故ならこの青年にとって重要なのはほかの誰でもない、自分自身が名門出身のエリートトレーナーであると誇れることなのだから。
(同門の連中からは嫌味を、いや、下手をすれば実家だって縁を切られる可能性もあるのに……クソッ! どうしてボクがこんな目に遭わなければいけないんだッ! ボクはエリートなんだぞッ!? いずれは育成評価Sのトレーナーとして日本のレース業界に貢献するはずだったのに……なんで、こんな、能力の低い、それもダートなんかのウマ娘のために────)
「トレーナーちゃ〜ん、こんな感じぃ〜?」
「アァッ!? なんだ……そうだよ、キミだってやればできる──オイ待てそこで急に変なアレンジをするんじゃないッ!! さっきのボクの話を本当に聞いていたのかキミはッ!! えぇい、ちょっと一回こっちに戻って……いや、もういいッ! さっさと着替えてこいッ! キミはまず一度ゆっくり席についてミーティングをしてからじゃないと──クールダウンも忘れるんじゃないぞッ!」
「あいあ〜い。……うん? ミーティング? およ、およよ? コイツはもしかしてもしかしたりするのかな?」
「なにをニヤニヤしてるんだキミは……ルーム、は、契約書を用意してからになるし、まずはカフェテリアあたりで充分か……」
「……ッ! ハッ、了解であります隊長ッ! ただちにシャワーを浴びて着替えて参りますッ! あ、トレーナーちゃん売店でキャロロング買ってってもいい?」
「ん? あぁ、それぐらい好きにしろ……」
「わーい♪」
「……? なんなんだアイツは、急に機嫌が良くなったりして……はぁ、まずは事務局に行って書類を申請して……チームのほうは……えぇいッ! もう知ったことかッ! どうせ向こうはいつか沈む船なんだ、エリートのボクならゴムボートから始めたって豪華客船にまで昇り詰めることだってできるんだッ! ゴチャゴチャ五月蝿いようなら顔面にタブレット端末を叩きつけてやるッ!! チクショウ、ボクはエリートなんだッ!! ……JBCスプリントを目標に、シニア級の合宿前までに一回ぐらい重賞で好成績を狙いたいところだな……はぁ〜」
こうして名門出身という肩書きとプライドが災いし、自尊心と責任感に溺れる形でひとりの新人トレーナーがダートの短距離を唯一の活路とするウマ娘と契約することになる。
それは芝の中距離を特別視する者たち、いわゆる上級トレーナーや有識者を自称する者たちからは蔑まれ嘲笑される判断であった。
それは一部のベテラントレーナーから評価の低いダート短距離のウマ娘を担当したことについて「せっかくの知識と技術をそんなレベルの低いウマ娘のために使うなど」と名門としての誇りを問われるほどにだ。
もっとも、自尊心と野心により他者を見下すことに慣れている青年にとってその程度の戯言などまともに相手をする価値などあるはずもない。
なにより自分の言動により担当ウマ娘の品格まで疑われるなど“エリートトレーナー”にあるまじき行為である。その価値観に従うのであれば丁寧に頭を下げて謝罪するのも当然の行為であり──公共の場で己の愛バを侮辱した相手に対して「若輩者の私はその知識と技術とやらで皆様が活躍している姿を知らないもので申し訳ありません」と礼儀正しく喧嘩を売るのは“トレーナー”として当然の行為であった。
やはり転生チート作品で転生者の影響によりエリート街道を踏み外す噛ませキャラは必要だと思うんですよ。
続きはビーフシチューにチーズを入れると実は美味しいという秘匿が暴かれたら、次は年代ジャンプのためのオマケ回(ブライアンと肉)になります。
その後は高等部ウマ娘たちによる有マ記念か、賢さG引率による地方出張といったのんびりネタをいくつか投稿して中等部メインの話に移行する予定です。なんで追放希望の悪役が出張と引率を引き受けてるんですか?
ちなみにオマケのネタもだいぶ渋滞していたりして。いつかの月刊トゥインクルの男性記者から見た中央トレセン学園の変化、凱旋門トレの現状、グラスの御節もいいけどカレーもね、本人の意思や意見が全て却下された上で日本総大将を押し付けられたシリウス率いる日本チーム(ゴルシ・ナカヤマ・タップ・カフェ)と打倒日本を掲げる世界連合によるジャパンカップなんかも書きたいですね。