貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『サハス ラーラ』

 もしも、ルームメイトが興味を抱かなければ接点は永遠に得られなかったのだろう。

 

 無関心ではない。単純に、噂のトレーナーのことなど気にかけている余裕が彼女には無かったのだ。母親の付属品としてではなく、自分自身で一流の価値があると証明する必要があったから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇキング。最近なんだか走り方、変わったよね?」

 

「そう……かしら? タイムが縮んだのは確かだけれど」

 

「ふむふむ? これは誤魔化してるんじゃなくて、自分で気が付いてないパターンですなぁ。うん、まぁ、私は脚質が全然違うから上手く表現できないけどさ。な~んか変わったな~って思ってね。こうして秘密を探るためにコッソリ後をつけようとしたワケですよ」

 

「直接話しかけておいてコッソリもなにも無いでしょうに……」

 

 

 それはいつものように例のトレーナーのルームへ向かう途中のことであった。友人のひとり“セイウンスカイ”が走り方の変化について興味深そうに……というよりも面白がっているようにキングヘイローに語っていた。

 実際のところ指摘された通り、彼女自身には変化についての自覚はない。タイムなどの数値として見える部分での成長はともかく、走り方を意識して変えたつもりなどないからだ。心当たりがあるとすれば、せいぜいあの性格に問題のあるトレーナーの小言ぐらいなもので。

 

 

「やっぱり例のトレーナーさんのおかげ? さすがウマ娘で一儲けしようって堂々と宣言しただけあって、トレーニングもスパルタだもんね~。いやいや、セイちゃんには絶対ぜ~ったいムリですよあんなの」

 

「へ? あー、えぇ、そうね……スパルタ……。そうよね、なにも知らなければそう見えるかもしれないわね……」

 

「おや、その様子だと実際は違うと?」

 

「あれはその、タイムリミットがあるから仕方なくそうなっているというか……」

 

「??」

 

 

 曰く。

 

 ミスターシービーは一人暮らしなので家事その他を自分でやらなくてはいけないので早めに帰らなければならない。

 

 アイネスフウジンはアルバイトに行かなければならないので身支度や移動時間も考慮してスケジュールを組む必要がある。

 

 トウカイテイオーは調子にのってオーバーワークにならないようマヤノトップガンが上手に誘導して切り上げさせないといけない。

 

 ハルウララは以前よりトレーニングに集中できるようになった弊害で早々にエネルギー切れを起こしキングヘイローが回収している。

 

 

「ちなみにライアンさんには特に急ぐ理由はないのだけれど、ついでに巻き込まれている形よ。密度の濃いトレーニングが出来て満足だと清々しい表情をしていたわ」

 

「お、おぅ……。想像していたよりも普通と言うべきか、しょうもないと言うべきか判断に困る理由なことで……」

 

「あと、トレーナーもとんでもないサボり癖の持ち主だからすぐルームに帰りたがるのよ。というか、そもそも出ようとしないわ。いつもテイオーさんが部屋から蹴り出しているもの」

 

「えぇ……?」

 

 やれやれと肩をすくめるキングヘイローの態度に、適当さに自信のあるセイウンスカイも流石に呆れを隠せないでいた。トレーナーと呼ばれる者たちは、もっと融通のきかない堅苦しいものだとばかり思っていたからだ。

 だが思い返してみればあのトレーナーにはそういう雰囲気は最初からなかったかもしれない。服装が高級そうなスーツではなく、教官たちが着るようなジャージだったこともあり──いや、それ以前に。

 

「興味があるなら1度、彼のルームに遊びに行ってみることね。一応言っておくけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()よ?」

 

「……へぇ。それはたしかにお邪魔してみたくなる情報ですなぁ。テイオーちゃんたちが言ってた極上ソファーとやらも、お昼寝マイスターのセイちゃんとしては──あれ、着信? ……キング、出なくていいの?」

 

「えぇ。相手が誰なのか、用件がなんなのかもわかりきっているもの」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……さすがに、無視は卑怯だったかしら?」

 

 セイウンスカイを見送ってから端末の画面を確認すると、先ほどの電話は案の定──母親からのものだった。

 

 もともとレースの世界に飛び込むことを反対していたこともあり、トレセン学園に入学してから何度も諦めて帰ってこいと言われ続けている。

 つい先日もいつも通り、同じようなセリフを母親から言われたキングヘイローであったが……今回は少し事情が違った。全ての距離でGⅠレースに勝利するためのトレーニング中だから帰れないと反論したのだ。

 

 これにはさすがの母親も驚いたらしい。当たり前だ、レースはウマ娘の脚質に合わせて選ぶのが常識だ。そこを間違えればどれだけ才能に恵まれていようと勝つことは難しい。

 いや、勝てないだけならまだマシなほうだろう。最悪の場合、脚を壊して2度とコースに立つことは出来なくなる。例えば日本ダービーに憧れたスプリンターが、例えば2大マイル戦覇者が有マ記念で、といった事故は過去にもあったのだ。

 

 普段は淡々と否定の言葉を投げ掛けてくる母親も、このときばかりは狼狽えて説明を求めてきた。一瞬どうしようかと迷いもしたが、下手にトレーナーのことを説明して面倒を起こされるのも()()()()()と考え……意趣返しも兼ねて一方的に通話を終了したのだ。

 

 

「親子の愛情と心の在り方は別、か。どうしてそんな単純なことに気が付けなかったのかしら。……一流を名乗るには、まだまだ視野の広さが足りていないわね」

 

 

 本気でトレセン学園を辞めさせたいのであれば、わざわざ説得などしなくても方法はいくらでもある。なにせ学費を含め、トレセン学園で生活するための費用は全て家が負担してくれているのだから。

 おかげでアイネスフウジンのようにアルバイトなどしなくても、勉強やトレーニングに集中できる環境にある。どう考えても諦めさせたい親の対応ではないだろう。

 

 

 もしかしたら、娘の可能性を信じたいという気持ちはあるのかもしれない。

 

 だが、レースの世界の厳しさを知るが故に成功を疑うのも理解できる。

 

 

 信じたいのに疑ってしまう。だがそれはきっと特別なことではなく、誰もがそうした心の弱さを抱えているのだろう。どこかのおバカのように感情も常識もお構い無しに自分を貫けるほうが稀有な存在だ。

 

 まぁ……結局のところ、これはただの推察でしかない。あるいは、そうあって欲しいという願望か。それに、仮に母の考えが理解できたからといって素直になれるかどうかは別の問題だ。

 いまさら心配してくれるなら仕方ないと考えを改めて帰るのは──なんというか、負けた気がする。向こうが意地を張っているところに自分だけ折れるのはプライドが許さない。なにより、このまま帰るにはトレセン学園での生活は魅力的過ぎるのだ。

 

 ならばどうするか? 決まっている、貴女の心配など時間の無駄だと証明してやるしかない。私が貴女の娘である限り走り続けるしかないのだと、それだけ私にとって貴女の背中は憧れなのだから諦めろと……いや、これはムリ。こんなもの伝えるのは恥ずかし過ぎて頭が確実に沸騰する。

 おそらくあの頑固で不器用な母のことだ、どれだけ結果を示そうとも、それこそ本当に全ての距離でGⅠを制覇したとしても素直に認めるようなことはしないだろう。これは予感ではなく確信だ。そうでなければ自分はもう少し楽な生き方を選べる性格に育っていたはずだ。

 

 思わず笑いそうになる。なんとも下手くそな親子関係もあったものだ。

 

 どういうわけか、レースが終わるたびに言い合いをする姿が簡単に想像できてしまう。第三者から見ればなんとも滑稽な姿だろう。

 だがきっと、私たち母娘はそれでいいのだ。なに、母親のことが苦手な一流のトレーナーがいるのだから、母親のことが苦手な一流のウマ娘がいてもおかしくはない。

 

 

「……っと、いけない。急いでルームに向かわないと。またウララさんが水槽へにんじんアイスを入れようとしたら大変だわ」

 

 

 次の着信にはしっかりと応答しよう。そしていつものように帰ってこいと言う母親に、いつものように帰らないと言い返そう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……で、あなたたちはなにをやっているのかしら?」

 

「いや、ホラ。疲れたときには甘いものがいいって言うでしょ? だからさ、スポーツドリンクにもタップリはちみつを入れれば効果も倍増すると思って」

 

「冷蔵庫の中にね、おいしそうなはちみつがた~くさんあったんだよ! だからね、これでドリンクを作ればげんきもた~くさんでるねっておはなししてたんだ!」

 

「……うん、まぁ、なんというか。ほぼハチミツの味しかしないの。これを運動のあとの水分補給にするのはさすがにキツいの。ぜってー喉に引っかかって飲めないの」

 

 途中アイネスフウジンと合流しルームにたどり着けば、部屋を開けた瞬間に脳天にハリセンを叩き込まれたかと錯覚するほどの甘い香りが襲いかかってきた。

 どうやらトウカイテイオーとハルウララが冷蔵庫にあった物でスポーツドリンクを自作していたらしいのだが、ひと口味見をしたアイネスフウジンの眉間がとんでもないことになっている。

 

 キッチンスペースを見れば空っぽの瓶がふたつ。それだけ使えば甘味もとんでもないことになるだろうと何気なくラベルを確認したキングヘイローだが……。

 

「──ッ!? ちょ、テイオーさんッ! あなた、これ冷蔵庫にあったのよね!? もしかしなくてもトレーナーの私物よねッ!?」

 

「そりゃトレーナーの部屋の冷蔵庫にあったヤツだもん、もしかしなくてもそうだよ。中の物は自由に使ってもいいって言われたのキングだって知ってるでしょ? いったいなにをそんな慌てて──う゛ぇッ!? コレってッ!?」

 

 

 キングヘイローは一流を自負するウマ娘である。故に、嗜好品の値段についても明るいのだ。例えば、国内ではすでに生産されていない、所有しているだけでステータスになるような超高級なハチミツの銘柄だって知っているのだ。

 ただ、そんなヴィンテージ物をスポーツドリンクのために無断で使用したときにどう対処するのが正解なのかまでは……さすがに教養の範囲外であったらしい。




もちろんキングヘイローのことは大好きです。ときどきホーム画面のセンターに設定しているくらいには。(いつもはランダム)

ついでにカミカゼキングのことも大好きです。ホローチャージで粉々に吹き飛ばしてやりたいぐらいには。(いつでもガッデム)


続きは蚊取り線香が活躍するようになったら、次の登場ウマ娘はエアグルーヴになります。

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