貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
答えを繋ぐ時間。
成長を実感する。
それはウマ娘に限らず、レースに限らず、どのような分野でも共通する喜びであると同時に────ある種の絶望でもある。
何故なら、かつては能力差によって理解できなかったライバルとの隔たりを正しく認識できるようになってしまうから。自分とは違う、アレは特別なのだと。
多くの者はそこで潔く諦めるか、あるいは無謀な挑戦を続ける自分に陶酔することになるのだろう。
いずれにせよ、ほんの一握りのスターウマ娘たちを引き立てるという役目を終えてレースの世界から去っていくことに変わりはない。
だからこそ、彼女たちは。
そのウマ娘たちは、思うのだ。
夢に手が届くことを予感させ、諦めるという選択肢を自分たちから奪うアレは、悪魔以外の何者でもない……と。
◇◇◇
(……チッ、Routeが浮かんだ側からCancelされやがる。マルゼンのヤツ、長距離の足枷をSpeedとStaminaじゃなくてTechniqueで潰しにきたか。ハッ! 出会ったころに比べてずいぶんとHungryになったじゃねぇか……本当によ? いまの姿のほうがよっぽど上等だぜ、アンタッ!!)
後先を考えない、ゴールまで続くか否かの加速を続けるサイレンススズカとダイタクヘリオスはまだ無視できる。
しかしその後方でマルゼンスキーが速度を落とさないギリギリの動きで巧みに牽制を続けている、その影響でほかの逃げウマ娘たちは前に出るタイミングを掴めずにいる────と。大多数がそのように認識していることだろう。
実際は少しだけ違う。アイネスフウジンとメジロパーマーには進むべき道が、前に出るために必要な位置取りが見えている。それは細くて頼りない蜘蛛の糸のようではあるが、確かにハッキリと見えていた。
それはふたりの後ろで、彼女たちの迷いながらも焦りのない走りを見ているウマ娘にはすぐに理解できた。できてしまった。あぁ、そうか、やはりそうなんだな……と。これが才能と呼ばれるもの、これが努力だけでは決して届かない最後の境界線なのだと。
幼い日の戯れで。
学校の授業で。
トレセン学園の受験で。
教官の指導中に。
模擬レースで、選抜レースで、メイクデビューで、ジュニア級でクラシック級でシニア級で未勝利戦でオープン戦で重賞レースでGⅠレースで何人もの何百人もの何万人ものウマ娘たちから夢を奪ったレッドラインがそこにある。
もちろん
勝負の世界は夢や努力だけではどうにもならない厳しい世界だ。
それでも、彼女たちの中にはひとつだけ確かな事実がある。
────天才は、倒せる。
◇◇◇
(……焦るな、焦るんじゃあないよ私。可能性なんていつだってカスの絞り汁みたいな量だけが残されていたんだから、この程度のことで焦るんじゃあない。誤魔化しや慰めなんかじゃない、勝つための手段としてトレーナーさんを信じろ私……ッ!!)
いろんなトレーナーを見てきた。
レースに対するスタンス、トレーニングの方針、ウマ娘との関わり方……当たり前だが、どれも似ていることはあっても同じことなんてほとんどない。
それでも、多くのトレーナーが揃って口にする言葉がある。それがほんの少しのささやかな目標であっても、いまの実力では決して届かない大きな夢であっても、大抵のトレーナーたちはウマ娘に言うのだろう────君ならできる、と。
きっと、それは嘘ではないが本心とも少しだけ違うのだろう。何故なら未来なんて誰にもわからないのだから、本当に目の前のウマ娘がレースに勝てるかどうかなんて誰にもわかるはずがない。
だから、それはトレーナーにとっても希望なのだ。ウマ娘に希望を与えると同時に、自分自身も夢を見て、そして……敗北という現実に脚を掴まれて、そのままズルズルと舞台から引き摺り下ろされるのだ。
仕方ない。そうだ、それは仕方ないことなのだ。だってレースの勝者は常にひとりしかいないのだから、夢を見てゲートから飛び出しても
天才と凡才の壁はそれほどまでに高く厚い。
ならば、自分のような才能に恵まれないウマ娘は夢を掴むことを諦めなければならないのか?
答えは“否”だ。普通に走るだけでは勝てないというのなら、普通ではないトレーナーに、夢や希望なんてガン無視した上で現実に喧嘩を売るトレーナーに頼ればいい。
真剣勝負の最中であるというのに、改めて出会いの頃を思い出せば口元には苦笑いが浮かんでくる。冷静に考えてみればとんでもなく酷い話だ、応援の言葉や慰めの言葉など一切知ったことではないと「次のレースに勝つウマ娘はアイツで、お前の勝てる可能性は1パーセントも無い」とハッキリ言ってのけるのだから。
もはやデリカシーが足りないなんてレベルの物言いではないだろう。夢も希望もヘッタクレもない容赦無い事実を叩きつける、それも本人は意図的にそういう言い方を楽しんでいることを隠そうともしない。その上で、アレは、あの男は、あの“トレーナー”は言うのだ。そのわずかに残された可能性を掴むためにはこれだけの準備が必要だ、と。
まったく、なんて酷い話だろうか。希望は無いと言い切ったクセに誰よりもウマ娘の可能性を信じているなんて矛盾の塊みたいなモノじゃないか。そのせいで、あのトレーナーが自分たちを信じ続けるせいで、本来なら決して立つことができなかったはずの舞台に立ててしまっていた。
(────いや、違うね。立ててしまった、なんて後ろ向きなコト考えてる場合じゃあないんだよ。私は、
普通のトレーナーとウマ娘の関係では、ない。
契約ではない信頼関係によるもの……とも、少し違う。
彼はトレーナーであることを楽しんでいる。自分たちはウマ娘であることを楽しんでいる。中央トレセン学園での生活を、トゥインクル・シリーズを走ることを楽しんでいる。
みんな、いま、この瞬間を楽しんでいる。それでいい、それだけでいい。ほんの少しだけタイミングが早ければ、ほんの少しでもタイミングが遅ければコースに立つことすらできなかったという幸運に恵まれたのも事実だがそれはそれ。せっかくのチャンスを全力で楽しんでなにが悪いというのか。
命を燃やし尽くせ。
ターフを焼き尽くせ。
未来のことなんて考えるな。そんなものは必要ない。なぜなら自分たちはいつだって“いま”が最高の瞬間なのだから。
「────って、うぇいッ!?」
なんか、いた。
どれだけキツくても一着をぶん取るために前を向けと心を奮い立たせていたら、どういうことなのか
驚きのあまりターフ目掛けてダイブしなかった自分を褒めてやりたいぐらいには現実離れした光景であったが、ひとつだけ理解できることがある。その幻影はとある可能性であると、もしかしたら手が届いたかもしれないもうひとりの自分であると。
奥歯のあたりが苦くなる。心当たりは充分にある。もしもトレーナーの指示を完璧にこなしていたら自分はあの位置にいたのだと、彼に甘えて多少の誤差は修正してくれるからと遊んでいた時間の差が幻影との距離なのだと思い知る。
理想の自分がそこにいる。なりたかった自分が前を走っている。なれなかった自分が手の届かないところを走っている。なんで、よりにもよって、コレが最後だと決めたレースでそんなモノを見せつけられなきゃいけないんだと脚が鈍りそうになる。
それでも止まるワケにはいかない。それでも勝つことを諦めるワケにはいかないと前を向き続けていると……ゆっくりと、幻影の自分がこちらを振り返った。
その顔は、笑っている。
それは不完全な自分を否定するような嘲笑ではない。
覚えている。
知っている。
幼い日の戯れで。
学校の授業で。
トレセン学園の受験で。
教官の指導中で。
ついてこいと、早くここまで上がってこいと、コイツならきっとここまで届くだろうと。
そんなふうに先輩たちや大人たちが見せた、期待を込めた優しい微笑みがこんな雰囲気だったことをウマ娘たちはちゃんと忘れずにいる。
ねぇ、アンタなにしてんの?
本気で、勝つつもりなんでしょ?
だったら、さ?
────そんな
「〜〜〜〜ッ!? こん、にゃろぉッ!! 勝手なコト言いやがってくれちゃってぇッ!!」
他人に負けるのは、まだ、飲み込んでやってもいい。
レースに限らず勝負の世界というものはそういうものだ。頂点に立てる者はひとりだけなのだから、どれほど気に入らなくても敗北という結果を受け入れないという選択は選べない。
それは凡才だろうと天才だろうと変わらない。ふたり以上が集まって競い合えば、勝つために必要なモノが足りなかったヤツが負けるのは当たり前なのだ。そこに不満を持つようであれば、そもそも勝負の世界に乗り込むことが間違っている。
だから、他人に負けるのは納得してやってもいい。
しかし。
「ここまで、きて……いまさらッ! 自分から売られたケンカにッ! 負けを認めるとかッ!! んなもん絶対にありえねぇっつーのッ!!!!」
一歩。
踏み込んだ瞬間に、自分の脚から筋肉が剥がれ落ちるような感覚が全身を伝って脳まで響く。
それはもちろんイメージでしかなく、実際に痛みがあるワケではないが、しかしハッキリと感じる。焼け焦げた脚がボロボロの灰になって朽ちていくのがわかる。
普通のケガとは違う、
もっとも、恐怖なんていつだって感じていたのだが。どれだけレースで勝ちを重ねても、夢にまで見たGⅠレースで一着になっても、自分より人気も実力も上のウマ娘たちに勝利しても、自分の中から不安が綺麗さっぱり消えてくれるようなことなんてなかった。
なによりも“夢を追い続けること”がどうしようもなく怖かった。夢を見るのが楽しい季節なんてとっくの昔に通り過ぎて、いつのまにか幸せな時間が終わったあとのことばかりを考えていた。トゥインクル・シリーズから引退したあと、いったい誰が自分のことを覚えていてくれるのだろうか、と。
走るのも怖い。
夢を見るのも怖い。
諦めることさえ怖い。
だけど、それでも、そうだとしても。目の前に、本気で全力でありったけの想いと覚悟で前に踏み出せば届くところで
前へ、ひたすら前へ。脚だけでなく全身が焼けて灰になって崩れていくような錯覚にも怯むことなく、一緒にレースを走っているはずのライバルたちの姿が見えないことすら気にすることなく前へ踏み出す。
そして。
「────こんにちは、なりたかった私。今日で最後になるけれど、これからよろしくね?」
ようやく手が届いたとき、隣を走る
緑と青、ターフと冬の空で視界が満たされたところにファンの歓声が耳に届く。先頭を大逃げしていたはずのサイレンススズカやダイタクヘリオスの姿すら見えないということは、いつの間にか自分たちが先頭集団と入れ替わっていたのだろう。
実に最高の気分というヤツだ。もちろん前に出られて勝ちの目が見えたこともそうだが、なによりもずっと追い続けてきた理想の走りを天才たちに見せつけることができるというのが最高に快感だった。
そうだ、しっかりとその目に、記憶に、忘れられないように刻み込んでやる。お前たち天才が遥か遠くにある何処かに向かって走り続けている間に、私たちは私たちだけの夢を掴んでみせたぞ。まだまだ道が続くお前たちでは二度と追いかけることのできない、最高の走りを手にしたウマ娘の背中をその目に刻んでやる。悔しいか? ざまぁみろ。
「────さぁ、コイツが正真正銘のLast Danceだッ! 派手に踊るぞテメェらッ!!」
◇◇◇
「…………で。脚を使い果たしてシャワーもまともに浴びることができない、と。いや、実際よくガンバったとは思うけどね? バカじゃねーのとは言わないけどね? そりゃ有マ記念だもんさ、しかも引退するって決めてんだから仕方ないよね〜とは思うけどさ」
途中から驚異的な追い上げで先頭集団の座を奪ったウマ娘たちだったが、そのままのペースを維持することはできず最後の直線で見事に差し返された。結果は入着どころか全員仲良く大撃沈である。
シャワーなど浴びようものなら確実に転んで大惨事になるだろうと、最低限風邪だけは引かないようにと全員が雑に汗の処理だけをして上半身を毛布でグルグル巻きにしている。もはや着替えすら億劫な彼女たちは見栄えなど気にしない。
「いやぁ……やっぱ、強ぇわ。みんな強かったし、オグリキャップはマジで怪物だったわ〜。普段は天然ボケでマスコットキャラクターみたいな雰囲気のクセに、走ってるときの顔とか別人過ぎん?」
「それな。地方から中央にやってきたウマ娘が活躍して、って言うとシンデレラストーリーみたいでキラキラしてる感出てるんだけどな〜」
「メディアはオグオグ一色かな〜コレ。ま、わたしたちのこともなんか言われたりすんのかもしれんけど。有識者の皆さんがなんかこう、スパートが早すぎたとか、もっと抑えれば入着は狙えたとか」
「ハッ! Professional気取りのAudienceの言葉にどれだけのValueがあるってんだ。好き勝手に言わせておけ、どうせ連中はトレーナーさえ批判できれば満足だろうからな。当の本人はニヤニヤ笑ってるだけさ」
メディア云々については出走したウマ娘たちだけではなく、彼女たちを出迎えたチーム(仮)メイトのウマ娘たちも「まぁ、そうなるだろうな」と同意していた。
もともと取り引きの内容など曖昧なもので誰かに話すようなことではない。ウマ娘側が満足するまで走り続ければトレーナーも勝手に満足して取り引きは完遂されたことになる。
他人から見れば引退を決意したポラリスのウマ娘たちは“もったいない”ウマ娘が多いのだろう。まだまだ走ることは出来るだろうに、それだけの実力があるのに引退するのが早すぎるのではないか? と思われているのかもしれない。
実際に天皇賞を制覇したメジロライアンやオークスを勝利したエアグルーヴだって未だにレースを引退することなく走り続けているし、ミスターシービーやマルゼンスキーなどはインターバルこそ余裕を持たせているがまだまだ成長を続けている。
あんな壊れた蛇口のように才能がドバドバ溢れ続けている連中と比べられても困るのだが……だからといって過剰な謙遜は彼女たちの努力を否定することに繋がるので真っ向から反論するのも面倒でしかない。一度は勝利したという事実があるのだから、努力を続ければ2回目もあったのではと期待したくなる気持ちはわかる。
つまりは、結局のところレースの舞台から立ち去る自分たちは敗北者としてしか認識されていないということだ。なるほど、勝った負けただけでしか物事を判断できないような連中とはポラリスのウマ娘たちの価値観は決して交わることはない。
「あのさ……もっと、こう、アレよ。終わったら泣けたりすんのかな〜って思ってたんだよ。ドラマとか、マンガとか、満足できたとか言いながらやっぱりもっと走りたかった〜みたいな流れのヤツ」
「あー、あるある」
「でもさ、ぶっちゃけ気持ちよかった〜っていうアレだけあって、なんかもう別にいいかなって感じするわ。自分でもビックリするぐらい……なんてーの? あぁ、ようやく私の物語が終わるんだな〜って」
「別に学校はまだまだ続きますけれどね。今度は進学や就職という名のレースが待っていますよ? 違いがあるとすれば入着さえできれば勝ちというところぐらいでしょうか」
「あーあー、聞きたくねぇ〜いまそんなこと言わなくていいだろ現実に引き戻すなよ」
「普段からもっと勉強しろ勉強。ヘリオスやパーマーみたいにフラワーからLectureしてもらえ」
「それはそれで高等部としての恥は知らんのかお前ら」
「誉れは机で死んだんだろ。シャーペンで腹を切れ、介錯つかまつる。しかしまぁ、言ってることはわかるよ。いや受験のほうじゃなくてね? スッキリは……したかな、うん。走ってて、いままでで一番気持ちよかったよ」
「などと本人たちは供述しておりますが」
「いや〜、めでたくここにまたひとつ、トレーナーさんとの取り引きを終わらせたウマ娘が誕生したワケですな! いいんじゃない、別に無理にテンプレみたいなアオハルしなくたって。よそはよそ、うちはうち。メソメソされても慰めるのがメンドクセーだけだし」
「うーん、この。晴れ続きのダートより乾いた言葉、容赦無いねぇ」
「しょ〜がないじゃん。いままで取り引き終わったヤツで湿っぽい感じになったことないんだから。泣くぞ、次は泣くぞ、絶対泣くぞ、ほら泣くぞ……って身構えて毎回ムダになってんだからもういいでしょ」
「それはそう。ホラ、そろそろ脚も回復したでしょ。いつまでもダラダラしてないで帰ろうよ。トレーナーさんが待ってるよ」
誰ひとりとして担当契約していないトレーナーが綺羅びやかな表舞台に立つことはない。今日もきっと、いや必ずムカつく笑顔で負けたウマ娘たちのことを出迎えてくれるのだろう。
さぁ終わった、みんなで反省会だ、トレーナーのお金で腹一杯になるまで焼肉でも食べようか。場を和ませるための空元気などではない、やりたいことをやりきった本心からの清々しさに包まれてウマ娘たちが歩き出す。
ふと。
ひとりのウマ娘が後ろを振り返る。
そこには────もちろん、なにもない。
「…………さようなら、なれなかった私。今日が最初になったけれど、いままでありがとね」
ひとりのウマ娘が夢を叶えるとき、その裏側で何人ものウマ娘たちの夢が砕けて散っていく。
だが、もしも砕けてもなお夢の欠片が輝きを失わずにいてくれるのならば。
夜空に瞬く星のように、暗闇の荒野に踏み出そうとするウマ娘たちの足元を微かに照らす道標となってくれるのであれば。
その煌めきに見送られながら、きっと次の夢が走り出す。
問,投稿間隔が空いてるけど今度はナニしてた貴様。
答,ユニコーンオーバーロードはいいぞぉ。
のんびりしている間にまさかアーモンドアイが実装されるとは、このはめるん用の目を持ってしても以下略。
特にレジェンドたちの登場に関しては、驚きや喜びよりも「許可出たんだ……」という感想になりました。ドゥラメンテのときよりある意味ビックリですね。
続きは他作品をいくつか更新してから、中等部編の最初の犠牲者はスペシャルウィークです。が、その前にオマケが2本くらい挟まると思います。