貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
トレードマークの紫色の勝負服をお出しすれば「ウマ娘の主人公として選ばれるならこの馬しかいない」と競馬ファンも納得の名馬・スペシャルウィークを語るのであれば、もちろん日本ダービーとジャパンカップを外すワケにはいかないでしょう。天皇賞春秋勝利と合わせ、まさに日本総大将と呼ぶに相応しい戦績の持ち主です。
もっとも、その二つ名はスペシャルウィークのために用意されたものではありませんが、ウマ娘ユーザーを含め「競馬の世界で日本の総大将といえばスペシャルウィーク」というイメージはしっかりと焼き付いているのかもしれません。だからこそ、彼女の夢であり目標である“日本一のウマ娘になりたい”という言葉にも説得力があるのだと言えます。
この世界でも同じように勝利を掴むのか、正直なところ貴方はそれほど興味はありません。前世の競馬では確かにそうであった、アニメやアプリのストーリーも確かにそうであった。しかし────この世界のスペシャルウィークの走りは、この世界を生きる彼女だけに許された伝説でなければならない。
良くも悪くも不確定な未来を楽しんでこそ転生者であると割り切っている貴方らしい考え方でしょう。それはそれとして前世の知識から余計なひと言が出てくるのは、一応ヘイトコントロールという目的のための手段なので貴方の思考と言動は決して乖離していないということにしておくしかありません。
貴方の神経伝達系もSpecialweakであることについて議論しても仕方ないので目の前で起きている出来事を分析してみれば、愉快そうに笑い声を上げるメディア関係者に対してスペシャルウィークは困ったような苦笑いを見せています。
その様子から貴方が導き出した答えは……希望に溢れた夢を聞いて笑顔になっているメディア関係者の態度はそれとして、あまりにもウケが良かったのが想定外で困惑してしまっているのだろう。そんな結論でした。素直さが長所のスペシャルウィークがアドリブに弱いのは貴方的には解釈一致なので、この考察にも絶対の自信がある様子。
そこが、悪役トレーナーとしての立ち振る舞いが付け入る隙となる。問題はどのようなネタで勝負を挑むか? そこを間違えばヘイトコントロールは成立しない、最悪の場合それがどんなに可能性が低いことだとしても勘違いが重なり好意的に受け止められてしまう。
ほんの僅かな失敗も許されない、やり直しは望めない一発勝負の緊張感に貴方の目付きも鋭くなります。しかし常人にとって無理難題とも思える逆境を軽々と乗り越えてこそチート転生者を名乗れるのだと口元は愉悦を隠し切れずにニヤリと歪んでしまいます。
そして、この土壇場でもキラリと天才的な発想に至るのが貴方という存在です! 素直さが魅力のスペシャルウィークが相手だからこそ、真っ向勝負で挑み打ち破ることに意味があり価値があるのだと気付きました!
これには脳内の英国紳士も「別にもう逆に考えるとかそういうの、全部どうでもいいんじゃない?」と優しく微笑みながら氷でキンキンに冷やしたティーカップにマックスコーヒーを注いでいることでしょう!
貴方がやるべきことはとってもシンプル。スペシャルウィークの語る素晴らしい夢に対して、貴方は自分自身の欲望にまみれた堕落に満ちた未来図について大声で宣言すれば良い。
トレセン学園の外では自分以外のトレーナーの名誉のためヘイト稼ぎにも制限がありましたが、敷地内であれば話は変わってきます。ウマ娘の、レース分野のメディア関係者の慧眼であれば一流の集う場所にも掃き溜めのような者が混ざることもあると分別ある判断を下してくれることを期待できるからです。
あとは、どういった言葉選びをするのが正解なのかを考えるだけ。そして効果的な言葉選びであれば貴方が最も得意だと過信している分野。
長々と語るのではなく必要最低限の言葉で最大の成果を出す、それこそが悪役ムーブの醍醐味。早々に貴方は脳内で下書きを完成させ大きく息を吸い込みました。
次に貴方は「面白いレースが見たい!」と大声で叫びます。
スペシャルウィークたちも、メディア関係者たちも、それらを遠巻きに様子見していたウマ娘たちも貴方の周囲にいたウマ娘たちも誰も彼もが突然の奇行に気を取られたのか一斉に視線が集まります。
それに関しては正しく認識できる貴方は続けて、トレーナーとしての責任など知ったことかと言わんばかりに無責任にレースを楽しみたいという自分の願望を恥じることなく堂々と宣言してみせました。
日本一のウマ娘になるという志に対して、真剣勝負の世界に生きるアスリートたちを前にして、彼女たちの本気を娯楽として認識していますと声に出す。しかもそれが、仮にも中央トレセン学園というレース業界の中心組織に所属しているトレーナーが大声で。
これは与えられたシチュエーションに対する完璧なアンサーだろうと貴方の自己評価は案の定100点満点です。ひとつだけ想定外のことがあるとすれば、何故か貴方と一緒に歩いていたミスターシービーやマルゼンスキーまでそれぞれのレースに向けた想いを大きな声で語り始めたことぐらいでしょう。
それだけではありません。まるで悪ノリでもするかのように他のウマ娘たちまでそれぞれの夢や目的を、やはり堂々とした声で宣言し始めたではありませんか。
当然、何年もの間ウマ娘たちからヘイトを稼ぎ追放されるため理想的な悪役ムーブを続けることで鍛えられた貴方の冷静で的確な頭脳はこの程度では狼狽えません。これは、自分の醜い欲望を聞かされたメディアが中央のトレーナーそのものが腐敗していると勘違いしないようにウマ娘たちがフォローしているのだと即座に理解しました。
ぐるりと周囲を見渡した貴方の表情はまるでイタズラが成功した子どものように憎たらしい笑顔になっていることでしょう。
少し予定とは違う形になってしまいましたが、ウマ娘たちがわざわざお膳立てをしてくれたのですからそれを利用しない手はありません。
その眼差しは油断なく鋭く、しかし今日も全てが思い描いた通り掌の上で転がっている事実にほくそ笑みながら、貴方はいつも通り薄氷を叩いて渡る慎重さでメディア関係者に向かってゆっくり歩き出しました。