貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
それはまるで映画のワンシーンのように、革靴が硬質な床を叩くコツコツという音が厳かに響く中を不敵に微笑みながら静かに余裕を持って歩く……というイマジナリー悪役トレーナーの姿を脳内でバッチリ再現しながら、貴方はのんびりスペシャルウィークたちに近付きました。
場の空気は充分に整っていると言えるでしょう。謎に始まった未成年たちの主張も一区切りとなったらしく、あれだけ騒がしかったウマ娘たちもすっかり静かになっており、視線が貴方やスペシャルウィーク、そしてメディア関係者の皆さんに集中していることがわかります。
これは、期待の眼差しだな。トレーナーとしての責務を堂々と否定するドス黒い欲望を恥じることなく吐き出した愚か者が、ウマ娘の夢を笑顔で祝福してくれる真っ当な大人たちの義憤によって断罪される瞬間を皆が待ち望んでいるのだ。そんなシチュエーションを確信した貴方もまた期待感が昂ぶっている様子。
さて、このままメディア関係者のターンに移行するのを待ってもよいのですが、理想的な追放劇を求める貴方に妥協などあり得ません。
貴方が発したお湯の水割りの如く濁り切った願望をより強く否定させるために、スペシャルウィーク以外の黄金世代にも夢を語らせたら面白いことになりそうだと考えました。
そんな水のお湯割りの如く底の見えない悪意による悪魔的発想から、貴方はキングヘイローに、エルコンドルパサーに、セイウンスカイに、グラスワンダーに。たったひと言、名前を呼び掛けます。
普段のヘイトコントロールが効果を発揮しているのでしょう、説明など必要ないと言わんばかりに彼女たちもそれぞれのスタイルについて堂々と宣言しました。そこにはメディア関係者たちに目の前のクソボケトレーナーをどうにかしてくれという想いが込められているのだろうと貴方も大満足です。
ダメ押しとばかりに改めてスペシャルウィークに夢はなんだと問い掛ければ、信念の光が宿り揺らぎも恐れも無い強い瞳で貴方を睨みつけながら再び“日本一のウマ娘だ”と答えました。
ここまで流れを作ってしまえば、あとは致命的に空気の読めない愚か者でもなければ次の展開も完璧に予測できるだろう。そんな確信を得た貴方はメディア関係者に向けて、自分が語った面白いレースが見たいだけ、という無責任で自分本位な目的について好きなように笑えばいいと開き直りました。
しかしそんな貴方の様子が、育成評価が最低ランクとはいえ仮にも中央トレセン学園という日本国内でもレース関係のエリートが集う組織に所属しているとは思えない破廉恥な言動が、まるで信じられないと呆れているのかもしれません。次は彼らのターンであるというのに、どういうことなのか誰もリアクションを返してくれません。
一体これはどうしたものか? 何故、言い返してこないのか? こんなにもわかりやすく正義を執行できる場面なのに、どうしてウマ娘たちの味方であるメディア関係者が黙ったままなのか。
もしかしてなにか事情があるのだろうか、例えば職業倫理的に公共の場で強い言葉を使うワケにはいかず冷静に理性的に感情をコントロールしなければならないというプロフェッショナルとしての責任があるのかもしれない。
なんという素晴らしき姿勢なのか! などと悠長に感心している場合ではありません。
ここでメディア関係者の皆さんが悪役トレーナーである自分を糾弾してくれなければ、ここまで常勝不敗を誇る追放計画に初の黒星が付けられてしまうとさすがの貴方も焦りを感じ始めています。
安易に成果を求めるのは愚策なれど、場の空気や流れを掴めず指を咥えて逃がしてしまうのは間抜けも同然。ですが奇策を自由自在に使いこなす賢い貴方であれば簡単に流れを掴み取ってしまうことでしょう!
まずは自己分析から感情のコントロールを支配するところから。チート能力という最強の手札に惑わされることなく貴方は自分が焦っていることを認めるため、肺の中の空気を軽く「フゥッ」と吐き出すことで体内を巡る氣の流れを一瞬で整えました。
いかなる状況であろうとも冷静さを取り戻すことさえできれば怖いものなど無いと貴方は知っています。不意を突かれ動揺させられたことも含め、メディア関係者を相手に言い包めを試みるのは不確定要素アリ。ならば言葉選びは簡潔にするのが吉と見て、貴方はシンプルに「笑わないのか、それとも笑えないのか」と問い掛けました。
すると……なんということでしょう! メディア関係者たちは怒髪天を衝く勢いで貴方を断罪する────こともなく、一斉に退散してしまいました!
想定外の連続に、ついに貴方も“これが……敗北の味……ッ!? フッ、面白くなってきたじゃねぇか……ッ!!”と前向きにショックを受けているようです。
百戦百勝は善の善なるものに非ず、この敗北はきっと悪役トレーナーとしての糧になる。否、敗北こそ己を研磨する最高の素材としなければ理想の追放など望めない。いつでも向上心だけは本物の貴方は早々に気持ちを切り替え移動する……前に、1度立ち止まりました。
取り引き相手であるキングヘイローはもちろんのこと、ほかの4人も余暇すらトレーニングに費やす習慣があるのか第9レース場で練習する姿を見かける日が週に6日はある気がしています。
いつか、それこそ近々行われる選抜レースが終わるころには全員がスカウトされるのは確実としても。それまでは自分の目の届く範囲でトレーニングをしているのだから、貴方としても未来のトレーナーのためにも彼女たちの脚を鈍らせるワケにはいかないのです。
当然のことながらウマ娘の成長のために尽力するトレーナーなどという悪役として無様な姿を見せるような貴方ではありません。傲慢さをタップリ含ませて、指一本の雑な仕草で付いてくるよう促しました。あとはそこに一声、今日のコンディションは東京レース場だと添えれば振り返る必要など無いでしょう。
次回はスペちゃん視点です。