貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
「素晴らしい。水の上に浮かぶ直線の丸太たち、どこか文学的な美しさを感じる。しかし何故丸太なんだ、角材のほうがより直線的で美しいのは確定的に明らかつまりこの上を全速力で直進することで丸みを削り己の脚で直線を産み出すということだな。任せろ完璧な直線による正方形と長方形のコントラストを成形してみせるぞハァァァァッぺぷすッ?!」
超スピードで走るウマ娘にとって、レースというものは常に危険と隣り合わせです。ちょっとした事故がちょっとした怪我では済まされず、場合によっては複数人が巻き込まれアスリートとしての生き方を手放すことになる可能性すらあるでしょう。
トラブルを完全に予防することは難しいですが、予防するための努力は誰にでもできますし決して無駄になりません。貴方はエルコンドルパサーの希望通り難易度が高く、同時に体幹も鍛えられるトレーニングについて本気を出して考えた結果、水上丸太渡りが最適解であることを導き出しました。
なかなか大掛かりなトレーニングではありますが、ウマ娘たちが余計な風評被害を受けることのないよう事前準備も抜かりはありません。
ミニマム理事長が様々な施設を追加しようと計画してはグリーン秘書に却下されていたことからもわかるように、有効活用されていない土地は沢山あります。
トレーニング目的であることと準備から後始末まで学園に押し付けるようなことはせずしっかり自力で完遂させる前提であれば申請もそれほど難しくありませんし、即席プールを用意するための土木作業についてもマーベラス☆地鎮祭により目に見えないタイプのトラブルも対処済みです。
貴方が説明を開始するよりも先に威勢の良い水飛沫が陽の光に照らされキラキラと輝いていますが、それはそれとしてまずは手本を見せる必要があるでしょう。
と、いってもやることは簡単です。水の上で揺れる丸太に乗って、後ろ向きに歩くことで前に進む。体幹を鍛えるならもっと簡単なトレーニングなどいくらでもありますが、いまのエルコンドルパサーにはこれが最適解だとチート能力のお墨付きなので問題は無いでしょう。
そしてまるで普段通りに廊下を歩いていると思わせるほどスムーズに実行してみせた貴方を見て油断したウマ娘たちが次々と落下する中、招集した覚えのない高等部のウマ娘たちは上手下手の差はあれどずぶ濡れになることなくトレーニングを続けています。
やはり体幹、全身のバランス感覚こそがレースには肝要。物事の成否にはわかりやすい能力を鍛えるだけではなく、ときには柔軟性よりもまっすぐ軸がブレないよう直進する心構えも必要なのだ。
そう……チート能力を使いながら怠惰に過ごすという目標に向け中央トレセン学園から追放されるためミクロ単位の誤差も許容せず今日まで邁進してきた己のように。万が一にも追放フラグがブレてしまわないよう卓越したリスクマネジメント能力により厳重に保管・収納している貴方が言うと説得力が違いますね!
貴方が片付け上手の忘れ気味であることは再確認する必要などありませんでしたが、そんなことよりもエルコンドルパサーのステータス確認のほうが重要でしょう。
アプリでも活動的であった彼女の性格はこの世界でも同様で、中等部のウマ娘の中では丸太走りのコツをあっという間に掴んだ様子。
さすがに8BEATの木魚にリズムを合わせて踊りながら悠々と加速している高等部のとあるウマ娘ほどではありませんが、少なくとも事故の心配はしなくても良さそうです。
本来であれば最優先事項であったはずのヘイトコントロールについてはどうなのか? という問い掛けには「一応、このトレーニングを目撃しているトレーナーたちの中には驚きや戸惑いを感じている者もいる」と返答しておきましょう。
もちろん悪役らしく自分のことしか考えていない貴方は他者から向けられる感情を常に都合良く解釈する権利を気兼ねなく行使することができますので、きっと周囲のトレーナーたちは才能に溢れた中等部のウマ娘を遊び半分のようなトレーニングで無駄に消耗させるなんて指導者の風上にも置けないヤツめ! と怒り心頭なのだろうとご満悦です。
それはそれとして、案外ウマ娘たちの体力は消耗するものだな……と、貴方は少し意外に思いながらトレーニングを監視している様子。
負荷が無ければトレーニングとしての効果は得られない。そんなことはトレーナーでなくとも真面目に心身を鍛えることに挑戦したことがあれば誰でも知っていることです。
例外があるとすればダイエットを決意して縄跳びを購入して月あたり10回ほど跳んだだけで「自分は努力している」と悦に浸ることができる省エネ思考の持ち主ぐらいなものでしょう。
前向きな考え方と好奇心、そして挑戦を恐れない強気なスタンスはアスリートにとって武器となる。しかしテンションに身を任せて休息を怠ればトレーニング効果が落ちるどころか怪我によるマイナスになりかねない。
ここで安易に気遣うようなことをすればコツコツと積み重ねてきた悪役としてのブランドに傷が付く可能性もある……などと考えるうちはまだまた三流です。
一流の悪役チート転生者である貴方は、体力ゲージなど自分以外には見えていないのだから休息を促したところで適切なタイミングであるかなど他者には判別できないと気づいています。
状況を俯瞰し冷静に判断ができるあたり貴方の頭脳も疲弊している可能性がありそうですが、ともかくエルコンドルパサーを含め体力ゲージが4割を下回っているウマ娘たちは丸太から下ろさなければなりません。
問題は嫌われ者である自分の指示に素直に従うか、といういまさらな部分についてですが、案の定エルコンドルパサーは貴方の呼び掛けに応じてヒョイっと宙返りで丸太から飛び降りて近寄ってきました。
おかしい、本人もまだ自分が動けることは理解しているだろうに素直に休憩に入るなんて……? いや、そうか。トレーニング効果があるから仕方なく従っていたというだけで、本心では1秒でも早くトレーニングを終わらせたかったに違いない。
「ホイッと! ちょっと苦戦する場面もありマシタが……フフーン♪ エルにとってはアサメシマエのティータイムのようなものデース! トレーナーさん、どうやらまだまだエルの実力を甘く見ているようデスね? なんなら、ここから順番待ちになってるトレーニングプランを消化してもアダダダダダッ?!」
下剋上の心得は大いに結構なことですが、リセット機能の無い1度きりの学生生活でトレーニング失敗率18パーセントは見過ごせません。今日という日に新しい握力計が誕生したこと、これには初代名誉握力計の名を欲しいままにしていたアグネスタキオンもニッコリです。
次回はエル視点デース。
なんとなく退路を断ちたい気分になったので今後の予定を宣言しておきます。
エルコンドルパサー(いまココ)
↓
セイウンスカイ
↓
グラスワンダー(食ではない)
↓
ホープフルS視点
です。