貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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 答え合わせの時間。



『Champion Road』

 価値観とは流動的なモノである。

 

 少なくとも日本のレース業界に身を置くウマ娘にとって【最強】とはなにか? というテーマに対する答えが変化していることは間違いない。以前であれば凱旋門賞ウマ娘こそがレースの世界で最強のウマ娘と呼ぶのだろうと誰もが疑問に思わなかったハズなのに、だ。

 それこそ名実ともに日本のウマ娘を代表する者として相応しいと評判のシリウスシンボリ率いる(率いていない)ウマ娘たちの凱旋門挑戦への期待は高く、総大将たる天狼星の名を冠してチーム・シリウス(了承していない)が結成されたときは中央トレセン学園やURAの広報部が宣伝をしていないのにも関わらず情報が漏れて勝手にお祭り騒ぎになったぐらいにはブランドとしての価値がある。

 

 が。トゥインクル・シリーズを走るウマ娘たちの意識の変化はレースを見ていた者たちの意識もゆっくりと、しかし確実に広げていった。本命のウマ娘が期待通りに勝利する姿を想像しつつ、心の何処かでジャイアントキリングを望んでしまうのは、もしかしたら“自分も挑戦を恐れなければ、あるいは”という希望の灯火となっているのかもしれない。

 

 

 と。まぁファンを含めた部外者でさえも変わっているなら当然のように中央トレセン学園に在籍中のウマ娘たちの価値観なんて流動的とかそういうレベルではなくブチ壊されているワケで。

 

 

「ムムム……。やっぱり、世界最強を目指すなら凱旋門賞を……でも最近はジャパンカップのボルテージも最高にヒートアップしてマスし、まずは日本最強を……先にデビューしてる先輩たちやほかの皆はモチロン、日本一を宣言したスペちゃんと勝負しないワケには……」

 

「あら、宝塚記念や有マ記念のことは考えなくても良いんですか?」

 

「オゥ! 確かに、ファン投票で出走枠が決まるグランプリを制覇しないことには世界最強の道は始まりまセーン! チーム・ポラリスの未来のエースとしては、先輩たちのように黒ジャージをズバッ! と脱ぎ捨てるファンサービスも継承しなければデース!」

 

「そもそもポラリス自体が非公式のチームですが、それはそれで幕末の無頼ウマ娘のようで楽しくは……ありますね〜。さすがに辻レースを仕掛けようとは思いませんけれど」

 

「日本レースの夜明けデースッ!」

 

 

 日本の幕末と呼ばれる時期において新撰組と名付けられた組織に所属するウマ娘たちの勝負服が浅葱色のダンダラ羽織であったことは歴史研究家ではない一般人にも知られるあまりにも有名な話であるが、それはそれとしてエルコンドルパサーは現在これからの出走予定とそれに伴うトレーニングプランの作成をウキウキ気分で考えている真っ最中であった。

 

 大抵の場合、というより普通のトレーナーとウマ娘の関係の場合、目標レースやそこに至るまでのトレーニングプランはお互いに相談して決定するのが常識だろう。

 しかし非公式チーム・ポラリスではその普通が当てはまらない。もちろんトレーナーはウマ娘からの相談には不真面目な態度で真剣に聞くという器用な真似を披露してくれるのだが、基本的に……というよりも、余程のことでもなければトレーナー側からなにかを提案することはまず無い。

 

 たまに奇妙なトレーニングを突発的に行ってみたり、ヘンテコなイベントが急に始まったりするが……それらは個人のウマ娘のためではなく、取引中のウマ娘たち全体のコンディション調整という意味合いが強いことをポラリスに関わるウマ娘たちは気づいている。

 

 ちゃんと気に掛けてくれてはいるし、本当に危険なレベルで無茶をしようとすれば問答無用でしばき倒されるものの、ポラリストレーナーのスタンスはウマ娘の意思尊重を徹底したものだ。

 故に、全ては自分で選択しなければならない。ターフかダートか向き不向き、スタミナと脚質に合わせた距離適性、性格的な部分も含めて有効な作戦、それらの情報を与えてくれるところまではしてくれる。その上で、どんなレースを求めるのかはウマ娘の自由であり────自己責任、という形に落ち着く。

 

 世間体など二の次以上に興味ナシ。とある先輩ウマ娘など勝てるレースだけを選んで出走して賞金を貯め込み、レースとは全く無関係の進路を選んで卒業していった。

 当然SNSなどでは好ましくない方向で盛り上がっていたし、自分より弱い相手を狙い撃ちにする走り方には学園関係者も複雑な表情をしていたが……ポラトレの元へ届いた手紙によれば、年配の考古学教授と一緒に世界各地の遺跡でフィールドワークを満喫しているらしい。

 

 

 まさに人生は全力で楽しんだ者が勝つ、としか言い表せない顛末。さすがに格下狩りなどと批判されるようなレースをしたいとは思わないが、夢を掴むまで自分の価値観を貫き通して見せた先輩ウマ娘の姿は世界最強を証明したいエルコンドルパサー的にはクリティカルであった。

 だからこそ悩む。汝、何事を為して最強と至る也や? と自分自身に問い掛けることになったから。日本ダービーに勝てば、有マ記念に勝てば、ジャパンカップに勝てば、凱旋門賞に勝てば、それはきっと“周囲は”エルコンドルパサーのことを強いウマ娘として持て囃してくれるのは間違いないのだろう。

 

 しかし、だ。例えば最近、ポラトレの計らいで並走する機会の多いタイキシャトルであればどうだろうか? 最強マイラーと名高い彼女も負け知らずというワケではないし、ダートではスマートファルコン相手に接戦までは持ち込めても差し切れたことはない。

 それでもファンはタイキシャトルのことを最強マイラーとして応援し続けている。常勝不敗でなくともタイキシャトルというウマ娘のパワフルな走りは、その姿を見た者たちに「彼女こそがマイル路線において最強なのだ」と思わせるだけの説得力がある。

 

 

 大きな舞台で勝利して実力を知らしめたいという気持ちに偽りは無い。

 なによりも、強力なライバルたちとの真剣勝負が待ち遠しくて仕方ない。

 

 友人たちはもちろん、先輩たちとも模擬レースやイベントレースではない形で本気の勝負を。

 

 が、そんな素敵な勝負の舞台に挑むからには脚の調子も準備万端に仕上げる必要があるワケで。

 それはつまりほかのウマ娘の誰でもない、()()()()()()()()()()()()()()()をじっくりコトコト煮詰める必要があるワケで。

 そのためのトレーニングプランを考えるにしても、目標とするべきレースが定まらないと次の段階には進めないワケで。

 

 案ずるより産むが易し、ナントカの考え休むに似たり。わからないことはわかる誰かに聞けば良し、幸いにして模擬レース等々の場で能力を示してみせたエルコンドルパサーをスカウトしたいと申し出るトレーナーはそれなりにいた。

 ポラリスの環境に不満は無いが、やはり担当トレーナーという存在は長く険しいトゥインクル・シリーズを駆け抜ける上で必要不可欠……な、ハズ。アスリートとは多くの支えがあってこそ十全なパフォーマンスが可能となるのだから。

 

 

 ポラリスで行われた様々なトレーニングに参加していた効果でスタミナと頑丈さには自信がある。それでも取っ替え引っ替えスタンスの違うトレーナーたちが考えた練習を消化するとなれば負担も少なくないが、それこそポラリスのルームには小まめに顔を出しておけば手遅れになることもない。

 特に焦りなどは無かった。練習の成果など一朝一夕で実感できるモノではないと、エルコンドルパサーはもちろんトレーニングを提案してきたトレーナーたちも理解している。大事なのはエルコンドルパサーの走り方と、担当を希望するトレーナーの考え方がしっかりと噛み合うこと。能力“だけ”を評価して担当契約しましょうかとはならないのだ。……少なくとも、ポラトレと関わってしまった者たちにとっては。

 

 トレーナーとウマ娘、相互理解を深めて担当契約へ。……と、ここだけ切り抜けば大変よろしい関係に思えるが、実際はなかなか難しい問題であった。主にトレーナー側にとって。

 

 エルコンドルパサーは常日頃から世界最強を公言して憚らないことはトレーナーたちも知っている。その前向きなモチベーションはアスリートにとって強力な武器になることも知っている。

 だがしかし、ウマ娘から「世界最強ってつまり、なに?」と問われて即答できるかは別問題なのである。エルコンドルパサーとて簡単に答えが出るとは思っていないので、一緒にトレーニングしながら考えようと歩み寄る姿勢を見せているワケだが……それが逆に、トレーナーたちの精神性を揺さぶった。

 

 

 三冠ウマ娘なら最強なのか? だがミスターシービーだけではない、シンボリルドルフもオルフェーヴルもナリタブライアンも負けたことはある。それでも彼女たちのファンは我らの推しウマ娘こそが最強だと言い切るだろう。

 格式あるレースに勝てば最強なのか? 凱旋門賞が歴史と伝統あるレースなのは関係者でなくとも一般常識として広く知られているが、ならば未だ勝ちを知らない日本のウマ娘たちに“挑戦者”という立場で世界各国からジャパンカップに乗り込んでくる理由は如何に。

 

 そもそもトレーナーであれば自分が担当するウマ娘こそ最高だと……いや、最高のパートナーであることと最強のウマ娘は意味合いが……しかしエルコンドルパサーほどのウマ娘を担当するなら世界最強は自分の担当だと自信を持って言い切るぐらいしなければトレーナーバッジに誓った覚悟を思えば……。

 

 

 ある意味、良い循環と言えばそうなのかもしれない。トレーナーとして、ウマ娘を最も身近で支える者として、考えなければいけないことや忘れてはならないことと改めて向き合う機会となっているのだから。

 

 しかし、だ。仮にも────気持ち的にはポラリスのメンバーではあるものの、今後を見据えて担当トレーナーを選ぶつもりでトレーニングしているエルコンドルパサー側としては、いつまでもピンッ! と来る出会いがないのは普通に困る。

 なんか、こう、やたらスッキリした顔して「申し訳ないけど力不足でキミの問い掛けに答えられない」みたいなコメントだけ残されて立ち去って行くワケだが……トレーニングには一生懸命に取り組んでくれた手前、お礼を言って見送るしかないのだ。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 そして今日もまた、キミの活躍を心から願っているという趣旨のお祈りのアイサツを済ませターフの上に残るエルコンドルパサーがひとり。

 

「……ムムム。なんだか想像していた展開と違いマース。エルのことをスカウトしたいって言ってくれるトレーナーはたくさんいるのに、なかなか話が進みまセーン。いろんなスタイルを勉強できるのは良いコトなんデスけど、いっそのこともう少しハードなトレーニングでアピールをしても────あだッ?!」

 

 

 ドスン、と頭部に重み。

 

 ベコン、と耳に響く音。

 

 練習終わりの疲れているウマ娘にこんな乱暴な形でペットボトルを差し入れする人物など一人しか心当たりがない。年頃の女の子の頭を打楽器にしてみたり握力計にしてみたりと春夏秋冬いつでも楽しそうでなによりだ。

 

 

「本日の営業は終了しました、オレにハッ倒されて寮長に引き摺られたくなきゃ素直に閉店しやがれください」

 

 

 反論は、しない。するだけ無駄だから。普通のトレーナーなら比喩表現かもしれないが、このトレーナーは普通ではないので本気で平気で一気にウマ娘をハリセンでしばき倒してトレーニングを中断させることは誰でも知っている。

 渋々と、しかし止められたということはそういうことなのだろうとエルコンドルパサーはペットボトルを受け取った。改めて見れば、それはスポーツ飲料ではなくガッツリ甘いフルーツオレであった。この手の嗜好飲料は水分補給には適していないと注意する側のハズだが。

 

 

「んくっ、んくっ……ぷはぁ〜! ンン〜♪ つま先までじっくりじんわりタップリ染み込んでいきマース……」

 

 

 美味しいと感じるモノは大抵の場合、カラダが欲している物。どうせこんなことだろうと思って口をつけたが、やはりと言うべきか自分で意識しているよりも脚は消耗していたらしい。

 これは、今日はもう本当に終わりにするしかないだろう。ムリを押し通せば疲労は残り明日のパフォーマンスも低下する。トレーニング効果が落ちるだけでもアスリートとしては考えものだし、それ以上のトラブルに繋がってしまえば後悔しても遅いというもの。

 

 つい先ほどまで別の場所で別のウマ娘たちを指導していただろうに、通りすがりで良く見ているものだと感心したエルコンドルパサーは────そのとき、ふと思い出した。世界最強についてポラトレにはまだ聞いたことが無かったかもしれない。

 

 

「トレーナーさん」

 

「おぅ、なんだ。マンボならお友達と一緒に向こうのほうで遊んでるぞ。最近は空き缶を使ったよくわからんルールで勝負してるな」

 

「オゥ! あのつるすべの石で不思議な首飾りをしてるオシャレさんなカラスのことデスね! マンボにもたくさんのフレンドができてエルとしても嬉しい……って、それはいまはどーでもよくて。トレーナーさん。世界最強って、なんだと思いマスか?」

 

「しらね」

 

「ケッ?! まさかの即答ッ!?」

 

「だって興味ねーもん」

 

「えー? だってシリウス先輩にだって、凱旋門()()()()()〜って、言ってたじゃないデスか」

 

「あぁン? そんなこと……あー、言った、か? いや、うん。言ったかもしんねぇわ。で、それが世界最強になんか関係あんの?」

 

「関係あんの、って……」

 

「いや、別にヨ? オメーが世界最強だってんのを否定はしねーよ。自分からそういうコト堂々と宣言できるってのは、人生を楽しむためにも必要だしな。ただな〜、世界最強だろ? そんなモン、永遠に終わんねぇだろ。お前がそれを目指す限りさ」

 

「終わらない?」

 

「そらそーよ。だって、考えても見ろよ。仮に、たったいま。今日この瞬間に、ここにいるエルコンドルパサーが世界最強だって世界中のレースファンが認めたところで────」

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうせ明日のオメーがそれを否定するだろ。だって止まれねーんだから」

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

「明日、強くなるために。今日を、より強く……だったかな。その日、世界最強になったと確信したところで次の日のエルコンドルパサーがもっと速く走りたい、速く走れるハズっつって延々と終わんねーよそんなもん」

 

 

 単純に、オーバーワークを止めることが目的だったのだろう。これ以上のトレーニングを続けようとする気配が無くなったことを察したのか、言いたいことを言い終えたトレーナーは立ち止まることもなければ振り向くこともなく立ち去ってしまった。

 

 取り付く島もない、と思う者もいるだろう。トレーナーでありながらウマ娘からの相談を雑に切り捨てる姿は指導者として不適格だと騒ぐ者もいるだろう。

 

 だが。

 

 

「明日、強くなるために……今日を、より強く。なるほど〜? これは確かに、想像していたよりもずっとハードでエンドレスでエキサイティングなレースになりそうデース……ッ!」

 

 

 世界最強を名乗るウマ娘(自分自身)に勝ち続けなければ、世界最強に至ることはできない。

 それが正解なのかは別として、実にわかりやすくシンプルで好みに合う答えを聞けて満足したのか。息を整え、黒ジャージを拾い上げ……気持ち新たに袖を通したエルコンドルパサーは、上機嫌でフルーツオレを飲みながら寮へと帰っていった。




 過去の自分が上振れを引き寄せ苦労して育成を終えたウマ娘を、新シナリオのお任せでアッサリ更新すると妙な快感を覚える反面、酷く虚しくなる……かもしれない。


 続きはフルーツ牛乳の美味しさがイチゴ牛乳やコーヒー牛乳と覇権争いができると証明されたら、次の登場ウマ娘はセイウンスカイになります。
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