貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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カス。

「フンッ。メイクデビューが近いというのに、ずいぶんと余裕そうだな? たまたま才能に恵まれたウマ娘を偶然スカウトできただけのトレーナーが、重賞レースのトロフィーを手にして勘違いしているのか?」

 

 

 仮初の信用を得るための小細工の一環として合宿先を釣りが楽しめる民宿等で調整する権利を賭けたオセロ対決でご機嫌取りのため少しは忖度してやるかと意気込んでいたにも関わらず案の定セイウンスカイに一方的に追い込まれているところから起死回生の一手を手繰り寄せるべく腕を組んでマジ顔になっているヒト耳に届いているかは別として、今日は珍しく貴方に直接文句を言いに比較的若手のトレーナーが担当ウマ娘たちを連れてやってきました。

 

 育成評価の高い名門トレーナーが集うチームに所属するそのトレーナーにしてみれば、まともにトレーニングをせずオセロに興じている貴方という存在が不快なのは当然のこと。

 1分でも、1秒でも、高みを目指すアスリートにとって貴重な時間をお遊びで浪費させるような真似をしている貴方のことが許せないと考えたとしても不思議ではありません。きっと同行しているウマ娘たちもセイウンスカイの未来を心配する気持ちは同じなのでしょう。

 

 急遽現れた正義のトレーナー、ここは追放を希望する悪役トレーナーとしては是非とも利用したい場面ですが……とても惜しいことに、このトレーナーはひとつ致命的なミスを犯しているため貴方の反応はあまりよろしくありません。

 

 何故なら、貴方はただのひとりもウマ娘をスカウトしていないからです。もちろん取引ウマ娘たちが重賞レースに勝利していることは把握していますが、それらの名誉その他は当然ウマ娘たちのものであり、貴方には一切無関係なのは考えるまでもありません。

 誰かがやってきて、なにかを喋っている……という部分まではさすがの貴方でも理解しています。しかしスカウトやトロフィーといった単語が出た時点で処理速度に完全特化した貴方の思考回路は“このトレーナーは、少なくとも自分に話しかけているのではない”という結論を導き出しました。

 

 

 なぜ、急に自分の近くで独り言を始めたのかはわからない。だが、そんなことより目の前の勝負を諦めるワケにはいかない。大人として、勝負の世界とは厳しいモノだと叩き込んでやらねばならぬ。

 

 

 動揺を悟られぬように余裕の態度でオセロを指先で弄びながら、貴方は邪魔な独り言トレーナーに静かにしてもらえるよう「悪いが独り言なら他所でやってくれ。自分はいまセイウンスカイのために時間を使っているんだ」と視線を盤上に固定したまま発言します。

 この待ち時間はあくまでウマ娘との時間であって、決してオセロで追い詰められているワケでもなければ逆転の兆しが見えずに長考し手が止まっているワケではない。そう、あくまでセイウンスカイというウマ娘にワナを仕掛けるため必要な仕方ない時間なのだと上手くアピールしたのです。

 

 これでようやく勝利の方程式に集中できるだろう。もちろんそんな貴方の目論見は無事に破綻します。独り言トレーナーは立ち去るどころか急に自慢話を始めたからです。

 いまさら最新設備の使い心地について熱く語られたところで、育成評価に応じてより良い条件でトレーニングできるよう配慮されていることなど中央トレセン学園に採用されたときに貴方も聞かされています。

 

 こんなところで油を売っているヒマがあるなら、それこそ自慢のトレーニング環境を有効活用するか、あるいはウマ娘たちとの交流でモチベーション管理をすれば良いのに。

 

 常在戦場の心意気で常にヘイトコントロールのチャンスを逃さぬよう気をつけている貴方ですが、どうやら一方的に自慢話を聞かされている状況を活かす手段までは思いつかなかったのでしょう。

 独り言トレーナーの行動ロジックがどうにも不思議に感じてしまい集中力が乱れてしまったのか、はたまたオセロに集中したいという気持ちもあってなのか。貴方はついセイウンスカイに相手をしてやれと雑に頼んでしまいます。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 盤外戦術でオセロから意識を切り離し、その間に起死回生の一手を打ち戦況を覆し、余裕が崩れたところを一気果敢に攻め立てる。

 

 そんな貴方の勝利への道筋は、何故か唐突に開催された模擬レースに巻き込まれたことで虚しく崩れ去りました。

 セイウンスカイであれば適当にのらりくらりと会話の相手をしてくれるだろうと期待しましたが、どうやら今回は上手く口が回らなかったのかもしれません。

 

 

「トレーナーさ〜ん? これも、ひとつ。貸しですからね〜?」

 

 

 いったい誰のせいでこうなったと思ってるんだ、という言葉は大人の余裕で飲み込みます。目まぐるしい状況の変化に巻き込まれても、その場の環境を最大限に利用してこそ一流の悪役トレーナーというもの。野次馬の中には何事かと興味を持ったトレーナーもそれなりの人数がいますので、ここでセイウンスカイの存在をアピールすればスカウト率は天より高く跳ね上がることでしょう。

 育成評価の高さ、つまりはデータとして見たときにトレーナーに必要な能力が優れているに越したことはありません。ですが、セイウンスカイを担当するのであれば書類や数字に強いだけでは足りません。彼女の気まぐれで気分屋な性格を受け入れ肯定し、自由な心と綿密な智謀というふたつの性質を同時に尊重できる人物であることが望ましいからです。

 

 そんな都合の良いトレーナーを炙り出すための一手目として、それでレースプランはどうするんだと目で訴えているセイウンスカイに対して貴方は「今日はブラックバスよりヘラブナやイサキの気分」と返答します。

 

 当然ながら指示の内容そのものには特に意味はありません。貴方が知っているのは全部調理法次第で美味しいということぐらいです。しかし、この意味も意図も含まれていない指示こそが重要でした。

 これから走るウマ娘に向かってワケのわからないことを言い出す無能で無責任なトレーナーと、それでも自分の頭でレースを組み立てて活躍する優秀で有望なウマ娘という対比は、必ずスカウト心を鷲掴みにするだろうと貴方は余裕の笑みすら浮かべています。

 

 もっとも、そんな余裕もセイウンスカイが独り言トレーナーが担当するウマ娘の後ろを追走する形でレースを展開したことで一瞬だけ曇ってしまった様子。

 どうして窮屈な戦法を、逃げではなく先行策を選んだのか? もちろんとても賢い貴方がその答えに辿り着くまでにそれほど時間を必要としていません。

 

 

 そう、つまりはモチベーションの問題と手札の隠匿にあると貴方は考えます。

 

 

 アプリでもセイウンスカイとの関わり方についてトレーナーが指摘されたときに走りで勝負をする場面がありましたが、アレは信頼関係が前提のイベントなので自分には関係がないと貴方は確信しました。

 メイクデビューに向けて可能な限り自分自身の情報は隠しておきたいのがセイウンスカイというウマ娘なのですから、次のための布石としてライバル候補の後ろにピッタリと位置取るのは理に適っていると言えるでしょう。

 

 無事セイウンスカイは手札を隠し通し。

 

 独り言トレーナーは担当の勝利に満足。

 

 案の定、直接勝負をしたウマ娘だけはセイウンスカイが意図的にそうしたことに気づいて若干の苛立ちを感じていたようですが……そこはきっと、上機嫌な担当トレーナーと仲間たちが上手にケアしてくれることを期待しましょう。

 

 

 念のため確認として、頭の後ろで手を組んだお馴染みのポーズでライバル(仮)たちを見送るセイウンスカイに先行策を選んだ理由を聞いてみれば「そういう気分だった」という実に彼女らしい答えが返ってきます。

 アプリに出てくるようなウマ娘専用トレーナーであれば、ここで気の利いたセリフのひとつやふたつが簡単に出てくるのだろう。そんな場面を想像しながら、セイウンスカイに嫌われても構わない貴方は「気分なら仕方ないな。天気も良いし」と空を見上げながら雑に応じました。




 次回はスカイ視点です。
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