貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
「トレーナーさ〜ん、人生には諦めも肝心ですよ〜?」
「まだだ……まだ終わらんよ……ッ!」
「抵抗してもムダに苦しむだけって、なーんでわかりませんかねぇ」
「頭の回転の早さが、オセロの決定的な差ではないということを教えてやるッ!」
「感じ方を変えないと、ゴリ押しだけでは勝てませんよ〜」
「見えるぞ……オレにも勝ちが見える……そこかッ!」
「ほいっと♪」
「た、大差ぁ──ッ?!」
手加減をしているのではなく、本気で勝つつもりで決定的にゲームが弱い。それはチーム・ポラリスに出入りしているウマ娘たちにとってはわざわざ語るまでもない常識であった。最古参のミスターシービー曰く、パズルやボードゲームなど頭を使う遊びほど自信満々なのにビックリするほど弱いとのこと。
不屈の精神、と言えば聞こえは良いかもしれない。そんな解釈をしているウマ娘がいるのかどうかは別として、だが。一応お金など取り返しのつかないことになりそうなアレコレを賭けての勝負は大人としてトレーナーとしてしっかり取り締まる側ではあるものの、逆にそれ以外のモノならなにを賭けても許されると思っているようなところもあって。
「いやぁ、楽しみですね〜? どうしても日帰りじゃできないような楽しみ方もありますし、普段なら帰り道のことも考えて加減しなきゃいけなかったりしますから」
「処理のことは心配いらねーだろ、オプションでスペひとり追加されるだけで骨も残らねぇんだから……コッチに、いや、戦いは常に2手3手先を読まなければ……ここだッ!」
「ん〜、それじゃあココに〜」
「ぐふッ?!」
「さすがのスペちゃんも骨までバリバリ食べたりはしないんじゃないですかね。圧力鍋でガンガンに炊いちゃえば別ですけど。ふむ? 新鮮な海の幸をあえて生姜とお醤油で、そこに白いご飯っていうのも悪くないかにゃ〜?」
「いま美味しそうな話をしてましたか!?」
「スペさん、ステイ」
「はい」
目的はあくまでトゥインクル・シリーズで走るため心身を鍛える強化合宿。そこを間違えるほどセイウンスカイは甘い考えの持ち主ではない。むしろ、ポラリストレーナーの指導はウマ娘の能力を引き出すという点では一切の手加減が無いことを知っているので釣りを楽しむだけの体力が残るのか怪しいかもしれないとさえ考えていた。
オトナの余裕という言葉が似合うマルゼンスキーが笑っていない。珍妙な言動がトレセン名物のゴールドシップが険しい顔を見せる。薄笑いで他人の観察ばかりしているアグネスタキオンが自分の脚のことで精一杯に。イタズラ好きのシンコウウインディがトレーニングのために体力を温存していた。たまにコースの横で後輩のオグリトレが逆エビ固めを食らって……というのは手加減無しの意味が少し違うが。
気まぐれで気分屋な部分を自覚しているセイウンスカイにしてみれば、第9レース場は自分とは無縁の場所だった。トレーニングの効果は抜群なのかもしれないが、それもモチベーションが続かないのであれば意味がない。
その認識を改めなければならないと感じたのは先輩ウマ娘たちのメイクデビューが始まってから。天才とは違う、自分に与えられたチャンスを、限られた武器を鍛えて一か八かの勝負に全てを────と、本人たちは思っているらしい。
それを見当違いとまでは言わないが、レース中の駆け引きを重視するセイウンスカイにしてみれば厄介極まりない走り方だ。自分が勝てる状況になるまでレース展開を気合いと根性で無理やり引っ張ろうとするようなウマ娘でフルゲート、なんて想像しただけで気が滅入る。
想定外の大物を釣り上げるのもまた、釣りの楽しみではある。だからといってヤマメやイワナを狙ってお手頃なフライロッドを用意して出かけたら急にカジキマグロが食い付いた、なんてことを警戒しなければならないのは困るのだ。
転がるドングリを追いかけて池まで辿り着いたらドジョウじゃなくて首長竜がコンニチワしてくるという、外来種もビックリなほど生態系がしっちゃかめっちゃかになったのが現在の中央トレセン学園である。レースで勝つためには多少のリスクも受け入れる必要があった。
幸いにして、と言うべきか。それとも驚くべきことに、が正しいのか。全体練習ではヘンテコだったりスパルタだったりするポラリストレーナーの指導だが、個別に用意するトレーニングプランはそこまで過激なことは書かれていない。
それはアスリートであると同時にうら若き女子校生でもあるウマ娘にとっては間違いなく幸運なことだろう。それを100人近く面倒を見ていて個別に用意できるのは間違いなく頭がおかしいハズだが、高等部のウマ娘たちに気にしている者は見当たらない。
(冒険、冒険かぁ……。そういうの、セイちゃんのキャラじゃなかったような気もするんだけど……好奇心っていうのは実に厄介ですなぁ。自分のコトなのにね。ま、結果的には? コッチのペースに合わせてくれるし、このままの〜んびりメイクデビューに備えるだけだけど)
「トレーナーなら、盤面を活かせなければ……ゲームオーバーだウンスぅぅッ!!」
「感情を制御できないのはまだまだですね〜」
「なんとぉ────ッ?!」
◇◆◇◆
「……と、お楽しみの予定を考えながらオセロを楽しんでいたハズなんだけど、な〜んでこんなことなっちゃったかな〜」
「スカイさんッ! がんばってくださいねッ!」
「ホント、こういうのってセイちゃんのキャラじゃないと思うんだけどな〜」
トレーナーを相手にオセロで勝負してあげていたはずが、気がつけば手ごろな練習場で模擬レースをすることに。両手でギュッと気合のポーズで応援してくれているニシノフラワーとは対照的に、セイウンスカイの表情はとても勝負の前とは思えないほどのほほんとしている。
こうしたシチュエーションは別に珍しいことではない。変化を望まない者たちにとっては、それがウマ娘でもトレーナーでもポラトレの存在が目障りなのは理解できないこともない。
スポーツ業界とは予算との戦いでもある。世界的な興行に備える、しかも大勢の学生をアスリートとして抱えるなら尚更のこと。なら、その資金源をコネクションその他で支えてきたエリートたちにしてみれば、その辺りの加減を無視して好き勝手されては面白くないだろう。
気持ちはわからないことも無い。各社メーカーが心血注いで開発した最新鋭のトレーニングマシンで多数の知識人からアドバイスを貰いながら練習に励んでいたところをドラム缶を転がしてる連中にGⅠを横取りされた(と思っているらしい)のでは敵意を向けたくもなる。
普段の態度を含め、ポラトレが喧嘩を売られるのは自業自得。本人に被害者意識が無いのだから学園側も動きようがない。というか動くつもりがない。何故ならウマ娘は誰も困っていないから。
最近の大人たちの動きで強いて関係ありそうなことがあるとすれば、とあるウマ娘の内なる存在が普通に出歩いていることについて「超常現象だとしても本体は我が校の生徒であり個人としての意思も食欲もあるのだから彼女にも正式に学籍を用意するべきでは?」といった議題で大真面目に会議が行われたぐらいなものだ。
そんなワケで、たまに勝負を仕掛けてくるトレーナーがいたとしても誰もいまさら驚かない。大抵の場合はそのとき近くにいるウマ娘が適当に相手をして終わる。今回、まさか自分がその役目を担うことになるとは思っていなかったセイウンスカイのように。
「それで〜? これから始まる模擬レースに向けて、トレーナーからウマ娘になにか言うことはないんですか〜? なにかこう、メンタル的な部分でアドバイスとか」
「あー、そうだな。今日の気分で言うならブラックバスよりイサキとかヘラブナ釣る感じでいいんじゃねェの?」
「ほほぅ? トレーナーさんはスポーツフィッシングより実益派ですかにゃ? ヘラブナは好みが分かれるところですけど、イサキはだいたいなにやっても食べれますし」
「うん? まー、そうな。イサキ。オレも実家で食費を節約するため料理して下のヤツらに食わせてたな。100匹ぐれぇ料理しても妹たちがウマ娘だからあっちゅうまに無くなるんだよ」
「わーお、想像よりガッツリやってますねぇ! せっかくですし、宝塚記念が終わるころにでもゲットしに行っちゃいます? 塩焼き、唐揚げ、煮付け、ムニエルにアクアパッツァなんかも美味しいですよ〜」
「いま美味しそうな話してましたよね!?」
「スペさん」
「はい」
「以上。アドバイス終わり。よっしゃセイウンスカイ、ここからはお前の出番だ。あとはもう好きなように走ってこい。そうそう、あとでなんか揉め事とか起きたら……全部オレのせいにしてかまわねェぞ? クックック……!」
「はいは〜い。……狙うのは“レジャー目的のバス釣り”じゃなくて
◇◆◇◆
最初のざわめきはセイウンスカイが相手の後ろに付けたところで。逃げウマ娘に初手からプレッシャーを仕掛けるべく強気で踏み込んだところを、まるで最初からそれを予測していたかのように自然な足運びで先頭を譲った。
「コレ、決まったか?」
「トレーナーさんとなにか話してたし、そうじゃない?」
「ウンスのヤロー、相変わらず猫被りやがる」
「こーゆー中等部のクセつよ後輩どもの姿を見てると、潔く引退して良かったって思うわね」
「それな。前も後ろも天才まみれとか胃潰瘍なるっつーの」
自分たちが対戦相手からどんな評価をされているのか知らない自称一般的先輩ウマ娘たちが気楽な立ち場からセイウンスカイの意図について意見を出し合う。
後輩たちよりも値踏みの視線に晒される時間が長かった彼女たちは、セイウンスカイがやる気のない態度の裏でしっかりライバルたちの様子を観察していることに気づいていた。
相手は本気で勝負しているつもりなのに、こっちは完全に練習のつもりで走っている。それを滑稽と思うか、それとも失礼な態度と思うか。少なくとも先輩ウマ娘たちはセイウンスカイのことを卑怯だとも無礼だとも思っていない。逃げウマ娘が駆け引きの手札を簡単にひけらかすワケがないのだから。そのために目先の勝利を捨てることになったとしても。
(……な〜んて具合に、先輩たちにはバレバレなんだろうな〜。ま、セイちゃんスタイルをご存知の皆さんに隠し通すのはムリムリムリのカタツムリでしょ〜けど……そっちは、どうかな?)
チラリ、と。
前を走るウマ娘と視線がぶつかる。
なかなか上手にできたスタートダッシュを台無しにする前提でわざわざ先頭を譲ってあげたのだから……と、期待しながら振り返るのを待っていた甲斐がある。
ポラリスのウマ娘たちはトレーナーから「気配を探るために目や耳が動くのは仕方ないとして、骨と筋肉が連動しているのだから首は動かすな」と教えられていた。
それでもついつい動いてしまうのがウマ娘のサガ、それを最後まで律儀に守れるのはサイレンススズカとダイタクヘリオスぐらいではないだろうか?
確認できた御尊顔は初手で先手を取れて勝利を確信したのか、そこまで自惚れていなくとも狙い通りに思惑を潰せたと余裕があるのか。大変結構コケコッコー、これで相手のウマ娘の選択肢は
以前なら逃げウマ娘は脚を使い果たしたところをラストスパートで釣り上げてしまえば良いとされていた。それがいまでは先輩ウマ娘たちの活躍により野放しにしてはならないと言われている。スタート直後に前を取ってしまった彼女は“最後まで”そのまま走り切るしかなくなった。
もちろんセイウンスカイは前に出ない。スリップストリームを利用して安全な車間距離、いやウマ間距離をキープしてじっくり観察させてもらうだけ。
作戦云々を抜きにしても前を走るウマ娘のスタイルは勉強になる。親がGⅠレースを含む重賞で活躍していたエリート2世だと自慢していただけあって、そのフォームは良い意味でまともな走り方のお手本として大変素晴らしいと言ってもいい。
トレーニング施設として第9レース場の環境は、最先端技術と比べて方向性こそ明後日にかっ飛んでいるが理想的といっても過言ではない。ポラトレによる個別指導の内容も本人の希望と素質の両方を汲み取って考えてくれている。が、それだけに参加しているウマ娘たちの走りは唯一無二だらけで駆け引きの参考にするには少々厳しかったりするのだ。
ライバルと呼べる友人たちは、いる。
身内の贔屓目もあるだろうが、彼女たちは強い。
だがレースというものは最後の最後まで誰が抜きん出てゴール板の前を通過するかはわからない。事前人気でちょっとイマイチ……と思われていたウマ娘がウイニングライブのセンターに立っている姿だって何度も見てきた。
王道はどんなときでも通用するから王道なのだ。真っ向勝負で勝てるだけのモノがあるなら正攻法の走りが1番強いに決まっている。リスクを無くすことはできなくても減らすことはできる、せっかくの機会なのだから存分に学ばせてもらおう。
「────ッ!? オマエ……ッ!!」
「にゃは♪ さすがにバレちゃいましたか〜」
さすがはエリート2世、どうやらプレッシャーには敏感らしい。なるほど、真後ろにピッタリ張り付かれているのに脅威を感じないのであればセイウンスカイの思惑にも気づけるというものか。
だが、もう遅い。初めからゴールを譲るつもりのウマ娘を相手にどんな駆け引きを仕掛けたところで、初心者の如くじっくり丁寧にお手本の走り方を真似するだけなのだから意味がない。ターフの上は勝負ではなく学習の場にされてしまったのだから。
◇◆◇◆
「次は、私が勝つ……ッ!」
「……これでも、かな〜りマナー違反をやらかしてる自覚はあるんですけど」
「関係ない。私は失敗して、アンタは成功した。レースは、努力は、全ては結果を手にするためのものよ」
「ストイックだね〜。ま、そういうことなら次回もお楽しみに〜ってコトで」
「ひとつだけ、謝罪しておくわ。アンタのこと、中央に入学したクセにやる気のない落伍者だって決めつけてた。ゴメンなさい。でもそれはそれ。次は本気のアンタ、絶対に差し切ってやるから」
「おぉ〜、怖いコワイ。メイクデビューで同じレースになったときはお手柔らかにお頼み申しま〜す」
「フンッ、言ってなさい。……またね」
レースに勝って勝負に負けたスッキリした表情のウマ娘と、担当ウマ娘が勝ってポラトレにも勝ったつもりでスッキリした表情のトレーナー。
似ているようで違う、近いようで遠い歪な距離感。
あのトレーナーの優秀さは担当ウマ娘と走ることで、まぁ、そうなのだろうと納得したが、あのウマ娘と一緒に休日に遊びに出かけたことはあるのだろうか?
なんとなく、だが。もしもメイクデビューで彼女が負けるようなことになれば、反省会と称してスイーツでも食べに行きそうな気がする。もちろん誘うのはきっとウマ娘のほうから。
「うーん、エリートってのも楽じゃないってコト?」
「ハイお疲れ。オセロは中断されたから無効試合な。いや〜、オレの光が逆流するかのような華麗な逆転劇を見せられなくて残念だわ〜」
「うん、全然勝敗とか気にしてないね。なんならケンカ売られてた自覚無い感じ? 知ってたけど」
「ところで、スカイ」
「はいはい?」
「お前、なんで逃げなかった?」
字面だけ拾えば負けたことに対する叱責のようにも取れる。もちろんポラトレの表情に曇りは無く、ただただ楽しそうにカラッとしていた。
「ん〜、なんとなく? 今日は後ろで様子見の気分だったもので」
「そうか。気分なら仕方ねェな。こんだけ天気もイイんだ、そういう日もあっていいだろ」
釣られて上を見る。
穏やかな風心地の地表とは違い、空の上のほうでは強い風が流れているのだろうか? 雲の塊がそれぞれ自由な速さで動いているような気がした。
逃げウマ娘・セイウンスカイ。
光るものはあるが、レースに対するモチベーションや勝負根性を感じられないとスカウトされることなくメイクデビューに単独出走登録。
同じ理由からレース前の人気はやや低め。敗北を糧に、悔しさをバネに成長すればアスリートとして期待できるだろう。
そんな前評判を覆し、ただの1度も影を踏ませぬ圧勝でトゥインクル・シリーズに乗り込んだ。過去の名ウマ娘を振り返る番組などで、とある有識者ウマ娘が芦毛のトリックスターを語るときに決して外さないエピソードである。
同じ空繋がりでコントレイルが実装されたらどうなるのかなー、とか考えています。名前がもう浪漫要素なので。
そういえば毎年のことではありますが、この時期は何故か朝晩の交通量が少なく通勤と退勤が楽になる日が数日間続くので助かってます。
続きは田植えの準備を進めてから、次の登場ウマ娘はグラスワンダーになります。