貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『TURFで夜露死苦!!』

「……では、どうあっても私のチームに参加する意思は無いのだな?」

 

「えぇ、ゴメンなさい。本気で栄光を求めている子たちが練習している横で、楽しむために走っているウマ娘がいたらジャマになっちゃうでしょ?」

 

「フン、いいだろう。キサマほどの才能を野放しにしておくのは癪だが、やる気のないウマ娘の世話をしてやるほど私も暇ではないからな。……なんだ、なにか文句でもあるのか?」

 

「いえ、ずいぶんアッサリと見逃してもらえるなと思って」

 

「キサマはなにを──あぁ、そういうことか。不愉快だな、あんな紛い物どもと同列にされるのは。ウマ娘に栄光を献上させるのを当然と考えるような俗物は名門とは言わん。ウマ娘に栄光を与えてやるのが名門の役目だ」

 

「あえて選抜レースで1着以外のウマ娘をスカウトするのも名門の役目なのかしら?」

 

「余計な癖を身に付けたウマ娘に私の指導を受ける資格などない、それだけのことだ。まぁいい、才能あるウマ娘を育ててやるのも名門の役目だが、才能あるウマ娘に挫折を教えてやるのも仕事の内だ。私のチームに参加しなかったことを、せいぜいターフの上で後悔するのだな」

 

 

 煌びやかに見える上流階級というのも、想像しているよりもずっと面倒で厄介なのだろう。

 

 いかにも高級なスーツで身を包みながら、ネクタイピンだけだいぶグレードの低い……それこそオープン戦の勝利ウマ娘に支払われる賞金で充分に購入できる品を身に付けた若い男性トレーナーを見ていると、名門とやらはずいぶん不自由なのだなと笑ってしまいそうになる。

 ガチガチに管理する指導方法は賛否両論だが、指示に従っていれば迷う必要がないから走ることに集中できると考えるウマ娘もそれなりの人数がいる。それでも名門という肩書きと命令による上下関係の明確化は批判の的にされやすい。自由を好むウマ娘や正義感の強いトレーナーからは特に狙われることが多いのだ。

 

 まぁ、事実として態度に問題のあるトレーナーもいるのだが。選抜レースを『品定め』と表現するようなトレーナーに指導してもらいたいと思うウマ娘はいないだろう。ただ、目の前の男性トレーナーなどはそうしたトレーナーを品性が足りていないと表現していたので、結局のところ名門や寒門は関係なく人間性の問題なのかもしれない。

 

 

「……後悔といえば、新人の中にひとり救いようのないトレーナーがいたな。奇抜なトレーニングで注目を浴びているが、参加しているウマ娘たちが憐れだな。どの程度効果があるかなどわからんというのに」

 

「ふ~ん? でも、止めようとはしないのね」

 

「そんな義理は無い。まぁ、学園に勤めるひとりの部下として、秋川理事長に諫言するぐらいの義務は果たすがな。あの男の奇行を黙認なさっているようですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()結果が伴わなければ無意味です、とな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 流行の最先端“つんでれ”を目の当たりにしトレンディさに磨きがかかったマルゼンスキーだが、これからのことを考えれば喜んでばかりはいられなかった。

 

 名門トレーナーからのアプローチがなくなれば、ほかのトレーナーたちがスカウトにやってくるかもしれない。どうやらトレーナーという立場から見ても自分の走りは魅力的らしく、なかなか強気な口説き文句をこれまで何度も聞いてきた。

 それは別にいい。問題は、マルゼンスキーには栄光を求める気概など初めから存在しないことだ。地元の後輩たちから薦められるままに中央トレセン学園に入学したこともあり、あまりガツガツしたトレーナーとは組みたいとは思えない。

 

 だからと言ってトレーナー不在でデビューするのも悩ましい。走ることは好きだが、好きだからこそ夢中になり加減が利かなくなるかもしれないからだ。レースで熱くなり過ぎたときに、外側からブレーキをかけてくれる存在がいるかどうかは選手生命に大きく影響するだろう。

 

 

「……そうねぇ、あたしも1度くらいは話してみようかしら?」

 

 

 賛否両論のトレーナーは大勢いるが、意味不明と表現されるトレーナーは間違いなく彼しかいない。

 

 ミスターシービーやトウカイテイオーなどはよく「口が悪い」「ひと言余計」「行動が謎」「言動以外はわりとまともなトレーナー」などと評価しているが、選ぶ言葉のわりに楽しそうに話しているあたり気に入ってはいるのだろう。

 気分屋の天才たちや礼節を知るご令嬢が指導を受け入れているあたり、トレーナーとしての能力は高いのだろうが……。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふーん、自分で組んでみたメニューねぇ。どれ、ちょいと拝見させてもらおうか」

 

 案ずるより産むが易し。夜の時間帯であれば確実に会えるのだから、直接確かめるのが一番手っ取り早い。

 

 よろしくない評価もチラホラ耳に入るが、その程度で怖じ気付くマルゼンスキーではない。一番得意とする作戦……かどうかは自分ではわからないが、一番走りやすい“逃げ”ウマ娘の標準的なトレーニングプランを組み、こうしてアドバイスを求めてみた。

 逃げウマ娘はトレーナーたちにあまり歓迎されない。展開もなにも関係なくガムシャラに走りたがる性格を面倒だというトレーナーもいれば、負けん気が強すぎて怪我のリスクが高く、抑えつければストレスで体調に影響が出るから指導の難易度が高いと頭を悩ませるトレーナーもいる。故に、先行や差しでも走れるようにあの手この手でトレーニングさせるのが普通だ。

 

 果たして目の前のトレーナーはどんなアドバイスを自分にくれるのか。マヤノトップガンやアイネスフウジンが気持ち良さそうに走っている姿はウマ娘だけでなくトレーナーの間でも話題になることが──。

 

「って、ちょっとちょっと! なにしてるのよ!?」

 

「んー? なにって、余計なトレーニング削ってるだけだけど? これもいらない、こっちもいらん。ここからここまでもポイッちょしましょーねー」

 

「もうッ! 人が一生懸命考えたプランを遠慮なく消してくれちゃって! ……ねぇ、これだと先行の練習にならないんだけれど」

 

「いらんよ、そんな練習」

 

「ちょっと本気? それだと逃げでしか走れなくなっちゃうわよ? いいの?」

 

「いいよ、それで。ソロでメイクデビューするんだろ? 小難しいこと考えながら走るくらいなら、先頭を走ってさっさとゴールするほうが面倒じゃなくていい。それに、窮屈な走り方は好みに合わないだろう? とことん加速しまくって、最後の直線をフルスロットルで駆け抜けるほうが()()()()()()()()()()()()()

 

 自分がなにを言われたのか頭が理解したとき、とうとうマルゼンスキーは笑いを堪えることができなかった。なにせ先頭を走る姿を“強い”と評価されることはあっても、その姿を“似合う”と褒められたのは初めてだからだ。

 

 これは確かにひと言余計だと言いたくなる気持ちもわかる。明らかにほかのトレーナーとは違う視点を持つ彼には自分の最高のパフォーマンスがどのように見えるのか、気にならないほうがどうかしている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 担当契約はひとまず置いておくとして、このトレーナーが手伝ってくれるなら楽しくレースを走れるかもしれない。

 そんな期待を胸にルームへ顔を出すようになったマルゼンスキーだったが……。

 

 

 

 

「お前ら勝負すんのはいいけど、距離はどうするつもりなんだ? 中距離より上ならシービーが勝つし、マイル以下ならマルゼンが勝つし、そのへん解決しねぇとお前ら普通に負けて終わるだけだぞ? レースになるかもわかんねぇよ」

 

 

 

 

 マルゼンスキーは強いウマ娘である。友人たちに、後輩たちに、トレーナーたちに君なら勝てると言われたことは数知れない。

 だが、お前じゃ勝てないと言われたのは初めての経験であった。それは目の前でキョトンとしている親友も同じらしく、聞きなれない評価を理解するのに時間がかかってしまった。

 

 

 うん、これは確かにひと言余計だ。

 

 

 こうもハッキリと「お前じゃ目の前のウマ娘に勝てない」と断言されると、さすがのマルゼンスキーでもフツフツと燃えるものが胸の奥に宿ってしまう。気心知れた友人同士ではあるが、それとこれとは別問題なのだ。

 

 なによりも頭にカチンとくるのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。ほんの一瞬だけ浮かんだ長距離の大舞台、有マ記念の最終直線で速度に陰りが見え始めた自分に迫る影がハッキリと想像できてしまった。

 どうやら友人も似たような想像をしたらしい。思い浮かべたのは安田記念かマイルチャンピオンシップか、あるいは短距離のスプリンターズステークスか。ミスターシービーには悪いが、こちらであれば影すら踏ませず圧勝してみせると自信を持って言える。

 

 

「まぁ……アレか。どうやっても走れないってワケじゃねーし、限界の壁をぶち破れるならチャンスぐらいはあるかもしれんね。そーゆーの、()()()()()()()()()()()()()()の定番だからな。ま、好きにしたらいいさ。どっちが挑戦者になるのかは知らんけどな」

 

 

 知らんと言いつつも態度が露骨過ぎる。少しも「私、楽しんでます!」という雰囲気を隠そうとしていない。

 

 先輩なら中央トレセン学園でも、トゥインクル・シリーズのGⅠレースでも活躍できる。そんな後輩たちの言葉がマルゼンスキーの唯一のモチベーションと言っても過言ではなかった。

 だが、今日この日からは違う。これまで勝てる勝てると持て囃されていたときには気付かなかったが、どうやら自分はしっかりと“負けず嫌い”だったらしい。友人だからこそ、ミスターシービーには負けたくない。

 

 きっと、お互いに同じことを考えている。最初の対決はきっと日本ダービー、こちらは朝日杯の冠を、向こうはジュニア王者と皐月の冠を──うん? これだと数が不公平だ。ちょうどいいGⅠレースがなにか……そうだ、NHKマイルカップがあるじゃないか。

 

 勝ちたいから、走る。

 

 負けたくないから、走る。

 

 楽しく走ることが一番という考えに変わりはないが、勝ち負けにこだわるのも充分楽しいじゃないか。やはりこのトレーナーに声をかけたのは正解だった、栄光がどうだと並べ立てるよりも簡単にハートに火をつけてくれたのだから。

 

 

 周囲のウマ娘たちが渋い視線で彼のことを睨んでいることなどお構い無しに、マルゼンスキーとミスターシービーは互いに見つめ合い笑い合うのであった。




昭和の名馬に……。

無理なんて言葉はないわ!(MHUMT)


続きは線香花火の煌めきに風情を感じるようになったら、次の登場ウマ娘は(ミスターシービーと)モブウマ娘になります。

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