貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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おから。

 トレーニングのことで話がしたい。

 

 そう女性トレーナーから言われたとき、貴方はいよいよ追放が始まるのかと内心ウキウキでした。

 効果はともかく、奇抜なトレーニングをウマ娘たちにアドバイスしていたことはさすがの貴方も自覚していたので、ついにA級トレーナーが直々に釘を刺しに来たのかと喜んでいたのですが……。

 

 

「私の担当──サクラバクシンオーとミホノブルボンのトレーニングについてアドバイスが欲しいの。ふたりともスプリンターとして素晴らしい素質を持っているんだけど、目標レースが中・長距離でね。キミ、なかなか愉快な方法で脚質改善をしているようじゃない?」

 

 

 女性トレーナーの言葉を聞いた瞬間、貴方の中で賑わっていた浮かれ気分は一瞬で消し飛びました。

 

 これは不味い。少なくとも多数のウマ娘たちがいるこの場で会話を続けることだけは絶対に不味いのだ。貴方はトレーニングの話であればルームのほうが話しやすいと提案し、時間稼ぎも兼ねてとにかく場所を変えることにしたようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 貴方の作った唐揚げに一番合う調味料についてウマ娘たちがヒートアップしていたので、お行儀が悪いからほどほどにするようにとだけ言い残してルームに移動しましたが……状況は悪化こそ防げたものの、改善はしていません。

 とりあえずコーヒーを出してから詳しい話を聞きましたが、担当であるサクラバクシンオーとミホノブルボンの脚質改善の手伝いを頼みたいとのこと。ウマ娘を適性通りに育てるためのノウハウには自信があるが、そうでない育成方法──スプリンターやマイラーをミドル以上の距離で走らせる方法についてはお手上げなのだそうです。

 

「貴方はかなりの人数のウマ娘たちのトレーニングを指導……いえ、手伝っているでしょう? メイクデビュー、楽しませてもらったわ。残念ながら一着になれたウマ娘はほとんどいなかったけれど、将来性を感じさせる──いえ、正直に言うわ。とてもワクワクするレースばかりだった。で、そんなレースを見事演出してみせた貴方の知恵を借りることができれば、バクシンオーもブルボンも限界を超えられるんじゃないかと思ったワケね」

 

 ポーカーフェイスを保つ貴方ですが、背中はすでに冷や汗でびっしょりと濡れています。

 

 担当契約をしていないのだからウマ娘がどれだけ活躍しようとも無関係を貫けると思っていましたが、このような勘違いを起こすトレーナーが現れる可能性を全く考えていなかったのです。

 これは危険な流れだ。貴方はすぐに女性トレーナーの誤解を正さねばなりません。なにか効果的な説得材料は無いものかと考えたとき、貴方はあのウマ娘との取り引き内容について思い出すことに成功しました。

 

 そう、メイクデビューに挑んだウマ娘たちは全員が勝ちたいという願いを胸に出走してるのです。ふたりほど例外がいたものの、貴方がアドバイスをしていたソロデビュー組のウマ娘たちは、ほぼ全員が担当契約をしているウマ娘たちに負けているのです。

 貴方は女性トレーナーに淡々とした口調で言い返します。彼女たちはレースに勝てなかった、ならば自分はトレーナーとしての役割は果たせていないことに他ならない。なによりも、ウマ娘たちの努力を自分の手柄のように扱われるのは不愉快だ……と。

 

 これでいい。ここまでわかりやすくハッキリと事実を伝えれば、この女性トレーナーも正気を取り戻して申し出を取り下げるだろう。貴方はこれで問題は解決だなとコーヒーに手を伸ばそうとしましたが──。

 

 

「なら何も問題は無いわね! だってバクシンオーとブルボンのことで責任を持つのは私だもの。担当でないキミには関係ないでしょう? キミのアドバイスをどう活用するのかは全部私の判断。お手柄も私が独り占めね。これならキミも心置きなく口出しできるから問題無し! と、いうことで脚質改善の協力……よろしくね♪」

 

 

 この返しには貴方も戦慄を覚えずにはいられなかったようです。ここまで見当違いの思い込みを正しいものとして行動できるものなのかと。

 ですが、同時に納得できることもあります。これならばサクラバクシンオーとミホノブルボンの夢を応援することにも躊躇うことなどないだろうな……と、貴方は素直に感心しているようです。

 

 説得は諦めた貴方ですが、せめて守銭奴としてのラインだけは守らせて貰おうと手伝いではなく取り引きという形に話を持っていきました。まずはふたりの走りがどれほどのものか確認してから、そしてアドバイスをするだけの価値があれば条件付きで引き受けよう。

 女性トレーナーは貴方の提案を承諾しました。時間稼ぎには成功しているが危機的状況はまだまだ続いているということだけは何故か正しく認識できている貴方は苦虫を噛み潰したような表情を必死で隠している様子。次回までにこの女性トレーナーからの評価を落とすための作戦を完成させなければならないので当然でしょう。

 

 

 ──チート転生者である自分をこうも焦らせるとは。なるほど、面白い。これが本物のトレーナーか。

 

 

 ……どうやら追い詰められる悪役の気分を味わえていることで、貴方は少しだけテンションが上がっているようです。


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