貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
インタビューは当たり障りのないお名前確認から始まりました。
テレビの取材ということでテンションが上がっているウマ娘たちとは違い、貴方は嫌味にならない程度に冷静で丁寧な対応を実行しています。ウマ娘たちとの関係が良好に見えると言われたときも、心の中で「このスタッフの人はなにを言っているのだろう?」と不思議に思いつつも、新人トレーナーとルーキーウマ娘とで少しだけ会話が多いだけですよと軽く流しています。
そんな貴方とウマ娘の様子から、どうやら取材班のスタッフはインタビューの内容を切り替えることにしたようです。先日のジャパンカップについて道行く人々にコメントを求めていましたが、新人チーム相手にわざわざ負け戦の話題を持ち出すこともないと判断したのでしょう。
インタビューは全年齢対象のほのぼのとした空気のまま淀みなく進みます。途中「普段より言葉遣いが丁寧過ぎて気色悪い」と言い出したひとりのウマ娘の頭の上にポンッと手を置き、工事現場のアルバイトで鍛え上げられた指の力を使い黙らせることでさりげなく心の狭さをアピールしたりなどもしつつ、貴方は穏やかで平凡なトレーナーを無事に演じることに成功しています。
せっかくトレセン学園のトレーナーとウマ娘を捕まえたから、ということもあるのでしょう。自然と話題は年末のレースに関するものへと流れていきました。
有マ記念の予測などは学園内で先輩後輩の立場的なもので言いにくいかもしれない。新人トレーナーやルーキーウマ娘ではダートの東京大賞典はチョイスとして渋すぎる。スタッフはジュニア王者について貴方たちに取材することにしたようです。
「そりゃ~モチロン狙いにいくっしょ。ありがたいことに今年のホープフルは出走枠に余裕があるっぽいし、せっかくのGⅠだし」
「チャンスがあるなら掴みにいかないとね! 宝くじだって買わなきゃ当たらないんだから、え~と、なんだっけ? 同じアホなら踊らなきゃ損とか、なんかそういうヤツ!」
「あんたそれ例えとして普通に色々と失礼だからね? まぁでも、余計なこと考えて悩むよりは、思いきって全力で挑戦するって意味ではあってますけど」
「チッチッチ。そうじゃないだろ」
「挑戦なんて曖昧な言い方はよくないよ?」
「ん? あぁ、そういえばそうだったね」
ウマ娘たちから先ほどまでのかしましい雰囲気が消え去り、そのまま真剣な表情でカメラのほうへと顔を向けました。カメラマンも「これは絶対いい画が撮れるヤツだ!」と位置取りを再確認しています。
いったい何事が始まるのだろう? 疑問に思う貴方のことなどお構い無しに、ウマ娘たちは揃って力強く握りしめた拳を突き出し「勝つのは私だッ!」と、堂々と宣言してみせました。
こちらに向き直り「これでどうよ!」とイタズラが成功した子どものように不敵に笑うウマ娘たちの行動にはさすがの貴方も驚きましたが……同時に感心もしていました。
謙遜ならば誰にでも簡単にできます。あるいは一生懸命に走る、全力で挑む、とにかく頑張るなど曖昧ですが前向きの言葉でやりすごすことも可能だったはずです。
ですが、目の前のウマ娘たちはハッキリと自分が勝つと言い切りました。それもテレビの取材ですから、当たり前ですがこの映像はお茶の間に流れるのです。まさに背水の陣という表現が相応しい覚悟でしょう。
トレーナーのサポートも無しに、ここまで堂々とした姿を見せてくれるとは。なるほど、やはり学生でも一端のアスリートということか。
あるいは、自分の知らないところで教官なり正当なトレーナーなりにアドバイスを受けたのか。どちらにせよ、これだけの気概をウマ娘たちが持ち合わせることができる環境がトレセン学園にはあるのだから、なんの憂いもなく追放されることができるじゃないか。
貴方が余計なことを考えて満足そうに微笑んでいると、今度はこちらにマイクが向けられました。どうやら今年のジュニア王者の誕生について意見を求められているようです。
いまの貴方は平凡で普通な上に担当ウマ娘もいない残念なトレーナーなので、知恵者のふりをして勿体ぶるような言い回しは必要ないでしょう。
ホープフルステークスはもちろん、阪神ジュベナイルフィリーズや朝日杯フューチュリティステークスの冠をどんなウマ娘が頂くのか、いまから楽しみですと答えたのですが──。
「いや、あの。私もマイルはもちろん楽しみですけども、いまはその。中距離の、えー、ジュニア王者についてですね、トレーナーとしてのご意見を伺いたいのですが……」
困惑する取材班の様子を見て、貴方もまた困惑しています。ジュニア王者について聞かれたからこそ3つのジュニア級GⅠについて答えたはずなのに、と。
なにかおかしなことを言っただろうかと不思議そうにしている貴方の後ろでは、ウマ娘たちが「またなんか始まったぞコイツ」といった様子で楽しそうにしています。
もちろんそんなウマ娘たちのソワソワした姿は貴方には見えていません。
リポーターとレポーター、調べてみたらどちらも正解とのこと。
ちなみに放送局や出版社はリポーターで統一するようにしているのだとか。
とりあえず面倒だったのでスタッフと表現しましたが、今後はなにかこう、なにか考えておきます。