貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『苦難を越える追い風を』

(2……3……4……この差でも喰らいついてくる? 当然よね、GⅠレースだもの。トレーナーくんに言わせるのなら“マイルのジュニア王者”を決めるレースなんだもんね。あんなこと言われて送り出されちゃったんだもの、みんな気合いブリバリになるのも当たり前──ねッ!!)

 

 先行で。

 

 差しで。

 

 追込で。

 

 それぞれの得意とする位置から鋭い気迫が背中に絡み付いてくる。

 

 本人の人柄もあり、普段の生活でマルゼンスキーが敵意を向けられるということはない。なので控え室でミスターシービーが楽しそうに話しているのを聞いていたときは「そんなものか」ぐらいにしか考えていなかった。

 だが、実際に体験してみるとやはり違う。大舞台で逃げウマ娘がなかなか活躍できないのも納得だ。GⅡやGⅢのレースと比べれば、背中にのしかかってくるプレッシャーがまるで違うのだから。これに耐えながら先頭を走り続けるのは、たしかに精神力の消耗も桁違いになるだろう。

 

 

 もっとも、何事にも例外はある。

 

 

「……いいわ。これだけやる気充分なら、遠慮なんていらないわよね? ──さぁ、かっ飛ばすわよッ!!」

 

 

 マルゼンスキーにとって強力なライバルの存在はリスクなどではない。彼女たちが同じレースを走ってくれているからこそ、自分も本気で走ることができる楽しさを味わうことができるのだから。

 好敵手という最高の追い風を背に受けて、赤い勝負服がターフの上を閃光のように駆け抜ける。単独出走のウマ娘がGⅠレースの勝利を、それも無敗で達成する。そんな場面に立ち会えるかもしれないと、観客席は最高の盛り上がりを見せていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ま、ある意味想定通りってヤツかね? マルゼンスキーの圧勝だったな。ついでに何人かのウマ娘が()()()()()()()のも概ね想定の範囲内だ」

 

「……先輩、そういう言い方はどうかと思いますけど」

 

「事実だよ後輩君。栄光の陰に挫折あり、さ。ただのファンなら無邪気に喜んでも許されるが、俺たちのような情報商売やってる人間は目ェ背けるワケにゃいかねぇよ」

 

「それは……そう、かも……しれませんが」

 

「あー、なんだ。別にお前さんの楽しみを奪おうってつもりはないんだがね。ただ、たまにいるのさ。レースの華々しさに憧れてジャーナリストになったヤツでな、現実に打ちのめされて辞めていくのが」

 

 難しい顔のまま黙ってしまった後輩の様子に、さすがに言葉選びを間違えたと思ったのだろう。一服してくると告げると、返事を待たずに男はレース場の外へ出ることにした。

 

 さきほどの話はウマ娘たちのレースに限ったことではない。勝負の世界とはそれがどんな種目だろうと、それこそ本来はただの娯楽であったゲームのようなものですらこんなものだ。煌びやかなウイニングライブの最中に、蹄鉄シューズをゴミ箱に投げ棄ててレース場を立ち去るウマ娘だっているのを男は知っている。

 だからこそ、そんな裏側を知る人たちが少しでも希望を感じられるような“画”を放送したくて現地での取材活動にこだわっていた。そして、先日の商店街で出会ったチームは男にとってまさに理想のそれだったのだ。良い意味でお互いに遠慮のない距離感、学生らしく放課後を楽しみながらも勝利への“渇き”を宿した戦士の瞳。それらを満足そうに眺める若きトレーナー。全てが男が欲していた光景そのものだった。

 

「なかなかいい“画”が撮れたと思ったんだけどなぁ。優秀すぎるのも……出る杭は打たれるってのはわかっちゃいるんだけど、もったいねぇんだよなぁ~。せめてあのオニーサンの育成評価がそこそこ高けりゃまだ──いや、どのみちムリか」

 

 トレーナーにインタビューを行ったときの返事といえば、大抵は日本ダービーのことを話すのが定番である。あとは時期によってはメイクデビューを頑張りたい、宝塚記念や有マ記念を走りたいといった内容になるパターンがほとんどだ。それだけ日本ダービーが特別だと皆が思っているのは事実だし、トレーナーが憧れる気持ちは理解できる。

 だが、そんな内容の放送を流すことになる度に思うのだ。スプリンターやマイラーのウマ娘たちは、こうしたトレーナーたちの言葉をどんな気持ちで聞いているのだろう、と。脚質が合わなくて日本ダービーへの挑戦を諦めて、それでも自分が全力を出せる舞台を精一杯走ろうと頑張っているウマ娘たち。そんな彼女たちにとって、トレーナーが中距離や長距離のレースへの憧れを語る姿を繰り返し見せられる日常は、それはもう想像するだけで胃がキリキリと痛む気がする。

 

 あのときのトレーナーは、彼の言葉は。あれは紛れもなく本物だった。テレビの取材だからと心にもないような美辞麗句を並べるような相手はうんざりするほど見てきたのだ、その程度の違いなど瞬時に見分けられる。

 彼の後ろで楽しそうにウマ娘たちが笑っていたのも、外向けに作られた態度などではないことを証明していた。普段から相当ウマ娘たちのために尽くしているのだろう、レースに貴賤などないと言い切った彼のことを疑っている様子は微塵もなかった。

 

 

 たった一度の放送で世間の価値観など簡単には変わらない。それでも、何気ないたったひと言が誰かの救いになることだってある。

 スプリンターやマイラーのウマ娘たちを本気で育てているトレーナーたちにとってもそうだ。彼のような若い世代のトレーナーでも短距離やマイルのレースに注目して楽しみにしてくれている、そんな姿は追い風になったかもしれないのに。

 

 

(真面目に努力しているトレーナーほど、彼の態度が癪に障るかもしれない、ねぇ。たしかに、なんとか担当ウマ娘にダービー走らせたいって神経磨り減らしながら育成してるトレーナーにしてみりゃ、なんでもアリでいいだろうってスタンスは違う意味で刺さるだろうな)

 

 面白いトレーナーがいて、面白い画が撮れた。これは是非とも流さなければと上機嫌なスタッフたちは、上司に指摘されるまで彼らがチームではないことに気が付けなかった。

 担当が見付かっていない評価『G』のトレーナーだから、ウマ娘たちに対してなんの責任も背負っていないから、あんな気楽な態度でいられるのだ。そんな批判が向けられるという可能性を示されれば、スタッフたちも黙るしかない。上司もこの世界で飯を食って長いことやっているのだ、自分たちよりもずっと理不尽な現実を見る機会も多かったはずだ。

 

 

「……やめよう。考えてると俺までムダに落ち込みそうだ。もっと前向きなことに──そうだな、今年のルーキーは粒揃いだし、そっち方面の取材について予定立てるか。無敗のGⅠ勝利、そしてホープフルステークスのほうも無敗のジュニア王者誕生が……なるだろうな、確実に」

 

 今年は単独出走のウマ娘がなかなかいい走りを見せて活躍しているが、メディア関係者としてレースに関わってきた男にしてみれば、それだけでもかなりの異常事態だった。

 トレーナーの存在はウマ娘にとってかなり大きい。トレーナーとしての能力は当然重要だし、指導方法が優しい厳しいという性格的な部分でウマ娘との相性の良し悪しも当然ある。だが、それ以上に大事なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部分にあるだろう。

 もちろん希望と適性のすれ違いで衝突する場面などにも出会したこともあるが、どんなトレーナーであってもウマ娘たちを勝たせたいという気持ちだけは本物なのだ。それが彼女たちの精神的な支えになっているのは疑いようのない事実である。

 

 その支えを得られない単独出走のウマ娘にとっては、未勝利戦すら抜け出すことは容易ではない厳しい戦いである。それが今年は1勝クラスのオープン戦どころか重賞レースにも多数出走しているのだ。

 件のトレーナーと一緒にいたウマ娘たちもそうだ。あまりにも自然な雰囲気で一緒にいたので頭からスッポリと抜けてしまっていたが、彼女たちも単独出走でオープン戦を勝ち上がり、重賞レースでもしっかりと入着している実力者たちだった。

 

 極め付けは今日の勝ちウマ娘であるマルゼンスキー。そして同じジュニア級で無敗のままホープフルステークスに挑むミスターシービー。トレーナー付きのウマ娘たちを相手に圧勝しているこの2人に関しては、レース関係者たちも驚きを隠せずにいるぐらいだ。

 これほどのウマ娘に担当トレーナーがいないのは何故なのか。まさかメイクデビューから急激に覚醒したワケでもないだろうし、育成評価の高いトレーナーからのアプローチだって確実にあったはず。

 

「まぁ間違いなく……中央トレセン学園の中でなにかが起きてるのは確実だな。単独出走のウマ娘たちで良い成績残してる子たちは、勝っても負けてもみんなイイ顔して走ってる。ついに痺れを切らしてトレーナーに頼らないトレーニングも充実させたのか? 秋川のお嬢ちゃんならやりかねないが……」

 

 母親のほうもあっさり娘に理事長の席を渡す程度には行動力がブッ飛んでいたが、娘のほうも母親に負けず劣らず日々賑やかに過ごしているのは有名な話だ。駿川たづな秘書がいなければ、いまごろトレセン学園は魔境と化していたかもしれないと言われるほどウマ娘のためならあらゆる手段を躊躇わないという。

 あの理事長であれば単独出走で苦労しているウマ娘たちのことは以前から気にかけていただろうし、何かしらの手を打っていたのが実を結んだ可能性もゼロではないだろう。

 

「となれば……あえて単独出走のウマ娘たちを追いかけてみるのも面白いかもしれないねぇ。マルゼンスキーやミスターシービーはほかの連中も注目するだろうし、どうせなら商店街で出会ったウマ娘たちにもう一度取材を申し込んでみるか」

 

 ウマ娘たちはもちろん、もしかしたらあの若いトレーナーからもなにか情報が得られるかもしれない。それを抜きにしても、あのトレーナーがどんなウマ娘をスカウトしてどんな育て方をするのか個人的に興味がある。

 来年の予定はそれなりに楽しいものになるかもしれない。そんな予感で多少は気分が楽になったのか、男はコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ棄てると軽い足取りで車に向かい──ウイニングライブが残っていることを思い出して、慌てて引き返すのであった。




ジュニア王者を決める大事なGⅠレースであるホープフルステークスを、クラシック三冠に挑む前のおみくじ代わりに使ってるトレーナーがいるらしい。

私だ。


続きは塩飴系の需要が増えたら、次はシンボリルドルフの選抜レースの話になります。
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