貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『残り火』

 その男が偶然にも夜間練習に参加しているウマ娘に声をかけたのは、中途半端な評価のまま停滞している現状を変えたいという野心からであった。

 

 区切りと言われる三年間を無事完走させるだけの能力はあるのだが、重賞レースの勝利経験がほとんどなく育成評価はずっと『C』から変わらないまま過ごしていた。

 より上を目指すためにも能力の高いウマ娘をスカウトしたいところだが、そういうウマ娘は引く手数多ということもあり当然トレーナーを吟味する。名門出身というワケでもなく、評価もそこそこの自分が選ばれることなど無いと諦めていたのだ。

 

 少しでもいい、どうにかして評価を上げたい。なにか方法はないかと悩んでいたときに、模擬レースを見ていてあることに気が付いた。

 

 そのウマ娘たちは結果だけを見れば“悪くない”という程度の走りだったが、負けたにも関わらず表情に陰りがなかったのだ。

 落ち込んでいる時間なんてもったいないとでも言いそうな雰囲気で、友人同士で意見を交換し課題を見付け、すぐに次に備えている。

 

 とても褒められた考え方ではないが、それでもチャンスだと思ったのだ。

 勝てていない故に注目はされておらず、スカウトするにしてもライバルとなるトレーナーはいない。ウマ娘側にしても、結果だけでなく努力を認めてくれるトレーナーから声をかけられるのは願ったり叶ったりのはず。

 

 

 このスカウトは簡単に成功するだろう、男はどこか軽い気持ちでウマ娘たちに声をかけた。事実としてウマ娘たちはアッサリと担当契約に応じたのだが──。

 

 

(なるほど、ミスターシービーやマルゼンスキーみてぇなとんでもない()()()のトレーナー引き受けただけある。あの新人の指導は現状のセオリーなんざガン無視もいいところだ。コイツは骨が折れるぜ、マジで)

 

 夜間練習に参加しているウマ娘たちに配られたというトレーニングメニューは、男のような中堅トレーナーにしてみれば非常識としか言い様のない代物であった。

 

 脚質に合わせたトレーニングと言えば聞こえはいいが、いくらなんでも限定的過ぎる内容なのだ。条件が整えば勝てるかもしれないが、不確定要素の多いレースで望み通りの展開になることなど稀である。

 だからこそバランスよく能力を育て、様々な状況に対応できるようにするのがトレーナーの役目だというのに……これでは安定した戦績など望めない、勝てないのであれば入着すら危うい、そんな走りしかできないだろう。

 

 だが、理解できる部分もある。中途半端な戦績でその他大勢とひと括りにされるような立場で燻っていたトレーナーだからこそ理解できる。勝ちたいからだ。ほかに方法がないから、勝つために博打のような走り方を本気で練習しているのだ。

 それに気が付けてしまったからこそ、中堅トレーナーは悩んでいる。恐ろしいことに、一点特化型のトレーニングでありながらも、まだバランス型に()()余地は残されているのだ。

 

 これまでのノウハウを十全に活かすのであれば“普通に”トレーニングをすればいい。契約したウマ娘はふたりいるが、どちらもマイルからミドルの適性であり、得意とする作戦もオーソドックスな先行である。

 特別なことをしなくてもそこそこ勝たせるぐらいの自信はあるし、ウマ娘側がメンタル部分で優れているので上に挑戦するのもリスクは少なくて済む。少なくとも現状維持は確実、GⅠ勝利はムリだとしても運が良ければ評価『B』に届くかもしれない。

 

 そう、なにも悩む必要などない。あの孤高気取りの新人がウマ娘たちに与えたプランは、トレーナーという支えを得られなかった場合を想定して組まれたもの。言ってしまえば、選抜レースを生き残れなかった者たちが多少は悪足掻きできるというだけでしかない。

 だが彼女たちは違う。自分というトレーナーが支えとなるのだから、わざわざリスクの高いトレーニング方法を選ぶ必要などないのだ。適切なトレーニングで地道に育て、そして勝てるレースをしっかり選んでやればいい。

 

 いくら評価を上げたいという思いがあっても、ウマ娘に無謀な挑戦をさせて怪我をさせるのだけはダメだ。それを許容してしまったら2度とトレーナーを名乗れない。

 優先すべきは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがトレーナーとしての役目であり仕事であり矜持だ。そうだ、自分の判断は間違っていない。なにも間違ってはいないのだ。

 

 

「おっじゃま~。トレーナー、あんまりのんびりしてると選抜レース始まっちゃうよ?」

 

「ルドルフの走りはアタシらも気になってんだ、早く行こうぜ。もしかしたらメイクデビューもダブるかもしれねぇんだしさ」

 

「……あぁ、そうだな。待たせて悪かった。それじゃ、敵情視察といこうか」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 シンボリルドルフの選抜レースはトレーナーの間でも話題になっていた。生徒会長という立場を抜きにしても、模擬レースで見せていた高い能力は、さすがはウマ娘の名門シンボリ家の出身だと注目されていたのだ。

 だからだろう、選抜レースでシンボリルドルフの完璧な勝利を見ても“納得”する者はいるが“感動”している者は誰もいない。

 

 いや、それ以上に──。

 

 

(マジかよ……なんつープレッシャーだ……。理想のために、って話は聞いていたが、まさかこれほどとは思ってなかったぜ。こりゃ、見に来たのは失敗だったかもしれんなぁ……)

 

 

 シンボリルドルフの走りは強すぎた。それは運否天賦などという考え方が介入する余地などなく、偶然など何一つ許さない“絶対”という言葉しか出てこないような勝利であった。

 それはもちろん、シニア級を走るウマ娘であれば勝てる程度の──などという楽観も許さないほどに。シンボリルドルフはここからさらに成長する。恐ろしいことに、まだ彼女の走りは未完成なのだ。

 

 それを理解できるからこそ、トレーナーたちは誰もシンボリルドルフをスカウト出来ずにいる。これほどの才能に恵まれたウマ娘の担当になれることは名誉だが、それ以上にトラブルが起きたときの責任が恐ろしい。

 

 もしもシンボリルドルフの担当トレーナーになったとして、もしも彼女がレースに勝てなかったら? まず最初に彼女を慕うウマ娘たちから睨まれることになるだろう。そのあとはほかのトレーナーに好き勝手に扱き下ろされて、最後は一部のメディアが面白おかしく追い詰めてくるかもしれない。

 もちろん全員が敵になるとは限らない。だが、こういうものは悪意のある者ほど大声で騒ぎ立てるのが常である。そのようなストレスの中でトレーナーを続けられるほど図太いメンタルをしている者など、そうそういるものではない。

 

 

 そして、トレーナーすら怯ませるほどのプレッシャーがウマ娘たちに影響を与えないはずもなく。

 

 

(まぁビビるわなぁ。比較的余裕っつーか、安心してんのはスプリントやマイル路線の子たちか? ルドルフはクラシック三冠ウマ娘を目指すって言ってたからな、ステップレースに選ぶとしても中距離だろうし……そうもなるか。しかし──)

 

 よほど好戦的なウマ娘でもなければ、()()と勝負したいなど口が裂けても言えないだろう。男は頭の中でレースプランの変更について考え始めていた。

 この様子では中距離は捨ててマイル路線を中心に走らせるしかない。少なくとも秋川理事長は、トレーナー評価に距離による贔屓など持ち込まないのは知っているので問題はない。

 

 それに、ウマ娘たちだってレースに勝ちたいという気持ちはあるのだ。リスクを避ける判断は彼女たちのためでもある。現にふたりともシンボリルドルフの走りを見て及び腰になって──。

 

 

「いや~、さすがはルドルフちゃんですなぁ。四字熟語でいうなら『威風堂々』っての? なんかもう、生徒会長より王サマって感じだね!」

 

「だな。教科書みてぇ……は、褒め言葉としては微妙か。手本に出来そうなぐれぇキレイな走り方しやがるぜ。ありゃマジで三冠とっちまうかもな」

 

「メイクデビュー、中距離くるかな?」

 

「くるだろ。王道路線だし。あぁ、本当に──」

 

 

 

 

「早く勝負したいなぁ~」

「早く勝負してぇなぁ~」

 

 

 

 

「────は?」

 

 新たな担当ウマ娘たちと過ごした時間は指折り数えられる程度でしかなく、彼女たちのことを理解したと自信を持って言うことは出来ない。それぐらいの自覚はあるが、それでもウマ娘たちの言葉を聞いた中堅トレーナーは自分の耳を疑わずにはいられなかった。

 

 あの走りを見て、あの他者の追随を許さないと言わんばかりの絶対的な走りを見て尚、それと勝負がしたい? そんなバカなと、どんな強がりだと思ってウマ娘たちへと視線を向ける。

 だが、それでわかったのはふたりの言葉が本心からのものである、ということだけだった。耳は垂れることなくしっかりと立っているし、尻尾も機嫌が良さそうにゆらゆらと揺れているのだ。

 

 

「お前たち……怖く、ないのか? アレ見て、ルドルフと走りたいだなんて……なんつーか、たいした度胸してんな……」

 

 自分は怖くてたまらない。その言葉をギリギリ飲み込んだのは意地によるものだろう。

 まだ中堅トレーナーが新人であったころ、指導を受けていた先輩トレーナーから教えられたのだ。トレーナーがウマ娘の前で格好つけるのは見栄ではなく義務なのだと。そうでなければウマ娘が不安になってしまうと、その教えが折れかけた男の心をかろうじて支えていた。

 

「怖い? うーん、どうかな? たしかにルドルフちゃんスゴいな~とは思うんだけど」

 

「手強い相手なのはそうだし、勝ち目は薄いってのもわかるがよ。まぁ……なんだ。たしかにルドルフは強いけど、()()()()()。怖くはないな、うん」

 

「マジか。……マジかぁ~。トレーナーとしては担当のメンタルがタフなのはありがてぇ話だけど、よくまぁそんな楽しそうにしてられんなぁ」

 

「だって、ねぇ」

「だって、なぁ」

 

「うん?」

 

 ウマ娘たちの視線がレース場の壁際へと動いたのに合わせて中堅トレーナーもそちらへと顔を向けると、そこには例の第9レース場の主の姿があった。

 どういうつもりで頑なに担当契約をしないのかは知らないが、それでもライバルの存在は気になるのだろう。ミスターシービーやマルゼンスキーも秋の天皇賞のようなシニア・クラシック共通のレースではぶつかることになるだろうし、彼が面倒見ているウマ娘たち──生徒の一部多感な思春期どもはなにやら黒歴史になりそうな名称で区分しているという噂もあるが──夜間練習に参加しているソロデビュー組候補などはメイクデビューからガッツリ競い合うことになるのだ。彼がシンボリルドルフの選抜レースを見に来ることに不思議はない。だが。

 

 

(なんでだ……なんでお前はそんな顔が出来るんだよ。なんで、あのルドルフの走りを見てそんなふうに笑っていられるんだよ……ッ!?)

 

 

 獲物を見付けた狩人のような、などという上等なものではない。それは夏休みに浮かれた虫とりの少年が大きなカブトムシを発見したときのテンションとでも言えばいいのだろうか、ただ単純に“楽しい”という感情だけの笑い方に見えた。

 

 

 あのトレーナーもたしかに彼なりのやり方でウマ娘たちを支えてはいる。だが本来あるべき形……格式、様式美、伝統とでも言えばいいだろうか、そういうモノを重視するトレーナーやウマ娘はいまでもあまりいい顔はしていない。

 そうしたウマ娘たちの代表格であろうシンボリルドルフとの相性は間違いなく最悪のはずだ。さすがに敵対関係、というほど殺伐としたものにはならないだろうが、それでも名門シンボリのウマ娘、そして中央トレセン学園の生徒会長という肩書きは彼にとって不利に働くというのに。

 

 

「なぁトレーナー。アンタ、さっきルドルフのことが怖くないのかって言ってたけどよ。ぶっちゃけ、あのトレーナーさんのとこにいる連中のほうがずっと厄介だと思うぜ? レース中になにしてくるかわかんねぇからな」

 

「私たちは自分だけで頑張るのに限界を感じてたからトレーナーのスカウトを喜んで受けたけどさ、あのヒトのところにわざわざ()()()子たちはそうじゃないからね~」

 

「…………マジ、なんだろうなぁ」

 

 ウマ娘たちの言っていることが紛れもない真実であることを中堅トレーナーは知っている。あの若いトレーナーの教えは博打のような走り方であると理性では否定しているが、()()を天才相手に実行してみせたウマ娘がいることを知っているのだ。

 だから、もしかしたら。あのシンボリルドルフの走りを見ても臆することなく、挑戦者としての輝きを瞳に宿しているこの子たちも。もしかしたら、あのメイクデビューのような限界を乗り越える走りを──。

 

 

 

 

 いや、違う。

 

 

 そんなものに引っ張られるな。

 

 

 

 

 トレーナーにとっては新しいウマ娘を担当する毎に新しいトゥインクル・シリーズが始まっているが、ウマ娘たちにとっては一生に一度の挑戦である。それをまるごとギャンブルのような感覚で走らせるなどトレーナーのやることではない。

 自分はなにも間違っていないのだから悩むな。そうだ、ウマ娘たちが全力で走れるようにするのがトレーナーの仕事なのだ。そのためには全てを肯定して背中を押してやるだけでなく、ときには厳しい態度で彼女たちを抑え込むことも必要なのだ。

 

(冷静になれ。なにバカなこと考えようとしてんだ、まずはウマ娘たちのことが最優先だろ。夢を見るのは別にいいだろうさ。だがトレーナーの仕事は堅実に、そして誠実に、だ。まずは安全、当たり前のことだろうがよ。俺はなにも間違ってねぇ。間違ってねぇハズなんだ……)

 

 

 

 

 

 

 担当ウマ娘たちの希望を受け、日本ダービーにふたりまとめて送り込んでみせると中堅トレーナーが覚悟を決めることになるのはメイクデビューを終えてから数ヶ月後──菊花賞を見届けた後のことである。




そのうちトレーナー評価あたりも含めた世界観説明でもしましょうかね。なんとなく答え合わせを5の倍数に戻したいというクッソどうでもいい理由もありますが。


続きはテリブルラビを全てねだやしてから、次はウマ娘たちの弥生賞になります。

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