貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

55 / 170
娘ウマ月 三のたち。

 ミスターシービーとマルゼンスキーの控え室は、本人たちの希望もあり同室となっています。

 

 これから勝負する相手と同じ空間で待機するのはどうなのだろうと貴方は思っていますが、そもそも練習でお互いの手の内は知っているのだから今さらかと納得することにしているようです。

 

 

「こういう言い方をするのはちょっとアレだけど、ホープフルのときよりもワクワクしてるのが正直な気持ちだよ。あのときは、スカウトされていった子たちの調整が間に合わなかったから……ね」

 

 後ろで呆れたように微笑むマルゼンスキーのことなどお構い無しといった様子で、ニコニコと笑いながらミスターシービーが弥生賞への意気込みを語りました。

 

 URAが定める規則そのものには移籍したウマ娘の出走を制限するようなものはありません。いくつかのステップレースでそれなりの成績を積み上げれば充分ホープフルステークスに間に合ったはずですが、トレーナーたちは自主的に出走を見送っています。

 その理由は単純明快。トレーナーたちはスカウトしたウマ娘たちとの信頼関係の構築を優先したからです。ウマ娘の個性をしっかりと理解してからレースを走らせることで、リスクを最小限に抑えることが目的でしょう。

 

 アプリではレースを走らせることそのものにデメリットはありませんでしたが、この世界ではそのような都合の良いシステムの保護など存在しません。

 ファンにとってはエンターテイメントでも、トレーナーとウマ娘にとってレースは常に危険と隣り合わせの真剣勝負です。自分のような自他共に認めるクズトレーナーですらその辺りは配慮しているのだから、真面目でまともな正統派トレーナーたちであればより慎重になって然り。おかげで安心してレースが楽しめると貴方も感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

「チラッと練習を見たけれど、みんな手強そうな感じに仕上がってたわよ? モチロン油断なんてするつもりはないけれど……ふふっ♪ 勝てるかどうかは、ちょぉ~っとアヤシイかもしれないわ」

 

「世間では私たちのどちらが勝つか、なんて予想を立てているらしいね。期待してくれるのは嬉しいけれど、ほかの子たちを過小評価しているのはいただけないかな。とんでもない伏兵が隠れている可能性だってあるんだから、ねぇ?」

 

 どうやらミスターシービーもマルゼンスキーも、GⅡレースだからと油断したり慢心したりといった様子はなく、適度な緊張感を保ちつつ出走を楽しみにしているようです。

 ふたりともGⅠウマ娘なのだからもう少し余裕のある態度でいてくれればよかったのに、というのが貴方の素直な感想です。どちらも『楽しむ』と『本気』を両立してレースに挑むタイプなのは当然知っていますが、こうも付け入る隙が無いのではさすがの貴方も煽ることが出来ません。

 

 これではまるで、出走前のウマ娘の様子を確認するために控え室にやってきたトレーナーではないか。万に一つでもそのように思われてしまえば、それは悪役トレーナーとしての沽券に関わる問題です。重箱の隅をつつく気概でなんとか粗を探さねばなりません。

 

 

 そこまで考えたところで貴方は気が付きます。あえて我関せずといった態度を見せればよいのでは? と。

 

 

 愛の反対は無関心とは有名な言葉だ。ウマ娘に積極的に関わるのが善良なるトレーナーの姿なのだから、悪徳を極める自分はその逆をゆけばいい。我ながらなんて冷静で的確な判断なのだ。

 貴方はミスターシービーとマルゼンスキーへ「自分から言うことはなにもない」と可能な限りアッサリとした雰囲気で声をかけました。一度コースに立てばそこはウマ娘たちの世界。トレーナーである自分の意志が介入する必要はないし、するつもりもないし、するべきではない。全ての結果はお前たちのものなのだから、自由に走ってくればいい。

 

 先ほどまでの楽しげで和やかな雰囲気は何処へやら。『ポカーン』という擬音が似合いそうなほど呆気にとられたウマ娘たちへ、勝者の余裕を含んだ微笑みを見せることで存分に煽り倒してから貴方は控え室を出ていきました。




次回は夜間練習からのスカウト組とそのトレーナーたちの視点になります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。