貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『愚者から始まる遥かな旅路』

 堂々と金銭目的であることを公言したトレーナーがいる。

 

 ウマ娘はもちろん、トレーナーや学園スタッフまでもが渋い顔をしている姿を見て、アグネスタキオンは「その程度のことで何故いちいち不快感など顕にするのか」と不思議で仕方がなかった。現代社会において、生活のためにはなんらかの手段でお金を稼がなければならないことなど子どもでも知っているというのに。

 有限ではないが厳しい選定による椅子の奪い合い、ウマ娘のレースという国際社会での立場にすら影響する巨大コンテンツを支えるという役目。トレーナーという立場に押し付けられている責任を思えば、それに見合う報酬を期待することぐらい大目に見て然るべきだ。

 

 

 もっとも、その考え方を許せるからといって、トレーナーとしての実力や方針についてまで無条件で認めるほど甘くはないが。

 

 

 集団の心理というものは面白くもあるが実に厄介なもので、勤勉さを維持できるのは全体の2割程度にしかならないのだ。半数はほどほどに手を抜いて活動することで満足し、残りの3割は堕落して使い物にならなくなってしまう。

 トレーナーであれば、育成評価を上げるよりも、適度にレースを勝利することで追加報酬を得ることに熱心な者が5割以上はいるということだ。もちろんそれはウマ娘側にも同じことが当てはまる。最初からGⅠレースなど夢に見るどころか興味無し、オープン戦でそこそこ楽しく走りながらそれなりの賞金を積み立てることができれば満足できてしまう者も確かに存在するのだ。

 

 アグネスタキオンにとって重要なのはその部分である。可能性の追求と向上心が決して切り離せないものである以上、件のトレーナーの“儲かる”という発言がどこを目指しているのかという部分に興味があった。

 安寧と停滞を望むようであれば論外であるが、育成評価を高めるために重賞レースに果敢に挑むというのであれば利用価値は充分にある。無茶な出走プランを押し付けられるようであれば困るが、本気で金儲けを考えるトレーナーであるならウマ娘の脚が消耗品であることを考慮しないワケがない。

 

 

 もっとも、全ては自分自身の脚の問題が解決してからの話だ。全力で走ることができないというウマ娘として致命的な欠点を克服できなければ、研究を優先するためにトレセン学園から去ることも考えなければならない。

 まずは保留、そして観察。なんとも好都合なことに、どういう事情があるのか彼のもとには面白そうなウマ娘たちが少しずつ集まりだしていた。彼女たちの変化を確認してから方針を組み直すのも悪くない。しばらくは様子見に徹してみようかと考えていたのだが──。

 

 

 ◇◇◇

 

「まいった困ったまいった困った。こうも有用なサンプルが多く集まってしまうと、研究が捗り過ぎて困ってしまうじゃないか。いやはや、データを読み込むだけでも一苦労で本当に困ってしまうねぇ!」

 

 どう見ても楽しんでいるようにしか見えないが、予想外の出来事が多すぎるという意味ではアグネスタキオンは確かに困っているのだろう。

 

 日本ダービーの最後の叩き合いが見事な勝負であったことに異論はない。だが、並みのウマ娘があの天才ふたりと互角に競り合うようなマネをすれば、限界を超えるスピードで走り抜けた代償としてその脚は()()()()()()()可能性が極めて高いのだ。

 だが、実際にはそんな不幸な結末は誰ひとりとして迎えてはいない。ほぼ全員が、夏合宿が始まるころには回復してレースにも再び出走できるレベルの疲労で済んでいる。

 

(実に興味深い……。彼女たちの脚はもう中距離以外は走れない。ギリギリで有マ記念ぐらいなら調整も可能だろうが、適性外のレースに出ようものなら悲惨なことになるだろう。いや、距離だけではなく走法もか。たったひとつの愚かなやり方……なにも知らない者はそのような評価を下すかもしれないねぇ)

 

 当事者であるウマ娘たちには迷いなどなかったことだろう。なにせ限定的な条件が整わない限り決して勝てない代わりに、リミッターを振り切って天才相手に互角の勝負が出来るような脚が手に入るのだ。

 もとより選抜レースで結果が出せず誰からも注目されない状態からのスタートなのだ、ゼロか百かの賭けなど望むところ。挑戦するか傍観するかどちらがいいと聞かれれば、余程の事情がない限り答えなど決まっている。

 

 おかげで第9レース場はアグネスタキオンにとって宝物庫に等しい場所と化していた。少々歪ではあるが、ひとつの可能性の限界にたどり着こうとしているウマ娘が大勢いるのだから興奮しないワケがない。

 なにより、目的外のあらゆる可能性を排除して鍛えられた脚の驚くべき頑丈さは彼女にとって垂涎のネタであった。アレもコレもと欲張るよりも、最初からひとつに絞って鍛えたほうが強い。なるほど実にシンプルだが、だからこそ盲点だったのだ。

 

 

 それらを踏まえて。

 

 自分で言うのもなんだが、アグネスタキオンというウマ娘はそれなりの才能というものがある。慎重な見極めは必要だが、複数のプランを──例えばティアラ路線を目標にするならマイルと中距離を、クラシック三冠路線ならば中距離と長距離を。ひとつに絞らなくとも可能性を導くことも夢ではないかもしれない。

 

 

「……と、いうことでデジタル君ッ!」

 

「ひゃいッ!? なんですかッ!? 何事でしょうかッ!? もしかして私なにかやっちゃいましたかッ!? 申し訳ありません今度はちゃんと部屋の隅っこでダンボールに隠れてますのでどうぞお構い無く研究の続きを──」

 

「キミ、第9レース場の夜間練習に参加してみないかい?」

 

「──はい?」

 

「本当なら私自身が参加したいところではあるが……生憎と脚の具合が万全とは言い難い状態でね。現状でも有用なデータは集まっているが、ルームメイトであるキミが参加してくれるとより確実で正確な変化を記録することができ「ムリですッ!!」たんだけどねぇ……」

 

「ムリムリムリムリ私にはムリですよ! タキオンさんからのお願いとあらば身命をとして遂行したいという気持ちだけなら覚悟完了してますが第9レース場といえば選抜レースで惜しくも負けてしまい1度は夢を諦めそうになったウマ娘ちゃんたちがそれでも勝利を求めて切磋琢磨する誰もが光になれるまさにヘブン・アンド・ヘブン! そんなディバイディングな空間に私ごときが踏み込もうものならその瞬間にファイナル人生スタート承認焼きたてのピーチパイに乗せたアップルグミのようにあっという間にでろんでろんになっちゃうに決まってるじゃないですかッ!! 」

 

「いくら焼きたてでもそこまで簡単には溶けないと思うが。それに、どうせ乗せるならグミよりアイスクリームあたりでお願いしたいところだねぇ。しかし……ふぅ~む……」

 

 

 アグネスタキオンは考える。

 

 ウマ娘に対して独特の価値観と畏敬の念を抱いているルームメイトであれば、もしかしたら喜んで協力してくれるかもしれないと話を持ちかけた。

 だが、アグネスデジタルはウマ娘たちへ向けてよく“尊い”という言葉を使っているように、特別視するあまりどうにも距離をとろうとする癖もある。

 

 なので一応、断られるパターンも想定してはいた。だがこれは、研究の手伝いはそれとして、アグネスデジタルの才能を惜しむが故の提案でもあったのだ。

 

 彼女もまた、走る能力については光るものを持っている。学業の成績だって悪くないし、素行に関しては自分のほうがよほど問題児のカテゴリーに相応しいだろう。

 能力とウマ娘としての性格()()で評価するならば、本格化が進行すれば間違いなくスカウトの対象になるだけの素質はあるのだが……アグネスデジタルという個人の在り方が少々マイナス方向に作用しているのが現状なのだ。

 

 まぁ、仮に自分がトレーナーの立場なら彼女のスカウトを躊躇う気持ちも理解できなくはない。幸せそうに恍惚とした表情でほかのウマ娘の後ろを走っている姿を見せられては、どう扱えばいいのかわからないのが普通の感性だろう。

 

 

(それでもデジタル君の才能を放置するのはあまりにも惜しい。だがベクトルが明後日の方向ではあるが癖ウマの彼女を普通のトレーナーが導くのはそうとう骨が折れるだろう。しかし彼女の価値観を理解するのは普通のトレーナーでは──普通のトレーナーでは?)

 

 

 その瞬間、アグネスタキオンの中に潜む悪魔が囁き始めた。

 

 たしかに普通のトレーナーではアグネスデジタルというウマ娘を担当するのは難しいだろうねぇ。しかし、いまのトレセン学園には普通の枠では収まらず、かつ気軽に話しかけることができる程度の育成評価しか得ていないトレーナーがひとりだけいるだろう? 

 

 

「ふむ。それなら、例のトレーナーくんのルームに遊びに行くのであればどうだい?」

 

「ほぇ?」

 

「キミがウマ娘たちの活躍を陰ながら見守ることに熱心であるように、彼もまた担当を持たないまま努力するウマ娘たちを支えている。もしかしたらシンパシーのようなものを感じることができるかもしれないだろう? それとも、デジタル君も彼には思うところがあるかな?」

 

「そうですね~、なんでちゃんと担当契約をしないんだろうって不思議ではありますよ。シービーさんと契約していればすでにGⅠ3勝、それもダービー含めてですからね。さすがにトレーナーランクはすぐには上がらないでしょうけど、いまごろチーム申請だって通っていたと思うんですよ」

 

 そこにマイナスの感情は一切無く、ただ純粋に疑問を抱いているルームメイトの姿に思わずニヤリと笑ってしまうアグネスタキオン。

 

 これならばほんの少し()()するだけで彼女をあのトレーナーの担当ウマ娘……ではなく、取引相手に据えることができるだろう。

 癖ウマの扱いに関しても普段から当然のようにゴールドシップとコミュニケーションが成立しているし、以前賭け事でヒートアップしたらしいナカヤマフェスタとシリウスシンボリを正座させている姿を見たことがあるので問題はないはずだ。聞いた話ではふたりがその場の勢いでトレセン学園の退学を賭けたらしく、それを知らされたあのトレーナーが静かにキレたらしいが……あのときの空気の冷え方は、正直トラウマになりそうなのであまり思い出したくない光景である。

 

 ともかく。

 

(ウマ娘たちの活躍を堪能するために、芝もダートも関係なく走ることができる彼女をトレーナーくんが育てるのであれば……()()()()()()()()()、かなりの成長を見込めるし、それに比例して私の研究も捗ることだろう。まったく、楽しみが尽きなくて困ってしまうねぇ……ッ!)

 

 

 畏れ多くも敬愛するウマ娘たちとお揃いの黒いジャージを羽織り喜びに悶えるルームメイトの姿を想像してしまい、アグネスタキオンはいよいよ声をあげて笑いそうになるのをグッと堪えていた。

 後に研究の成果が無事に実り、本気で走ることができる脚を手に入れた彼女もまた──有象無象のトレーナーたちのスカウトの煩わしさから逃れるために、同じ黒のジャージに袖を通すことになる。




作中の登場人物の賢さの限界は作者次第とのこと。
つまり、本作ではアグネスタキオンはもちろん、ほかの知的キャラもなんとなくフワッとした仕上がりになるということです。
そのあたりは所詮素人の二次創作と生暖かい眼差しで見守っていただけると助かります。

作者の知能なんてメルカトル図法とモルワイデ図法の説明すら出来ない程度ですし、もうひとつのヤツは名前すら覚えてません。
なんかこう……清虚道徳真君法みたいな名前だったのは覚えてます。


続きはラムネを溢れさせず開栓することに成功してから、次の登場ウマ娘はヒシアマゾンになります。

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