貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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世の中にはたこ焼き味のラムネや桜えび風味のサイダーがあるそうで……。


やしょく。

 トレセン学園の夏。

 

 9月から始まる様々な距離のGⅠレースに向けて大勢のウマ娘たちが夏合宿で猛トレーニングに励む時期ですが、担当するウマ娘がいない貴方にはもちろん何ひとつ関係はありません。

 当然取引中のウマ娘たちに同行するようなこともなく、バスに乗り込む皆を悪役らしさの演出のために屋上から見送っています。どうやら免許の取得が間に合わなかったらしく、アプリとは違いマルゼンスキーもちゃんとバスに乗って合宿所へと向かっていきました。

 

 とはいえ、合宿に参加しなくとも取引中のウマ娘はそれなりの人数が学園に残っていますので、彼女たちへの最低限のアドバイスはしっかりと用意しなければなりません。

 特に、ゴールドシップとタマモクロスまでもがトレーナー不在でメイクデビューを終えてしまったのは、ふたりのことを知る貴方にとって見過ごせない事実です。

 

 シンボリルドルフの同期になってしまっただけならばともかく、トレーナーの支えを得られないまま彼女と競い合うのはかなり分の悪い賭けになることでしょう。

 

 一応貴方も取引として、トレーニングプランの改善を手伝ったり走り方やレース運びで気になる点を指摘したりオーバーワークによる怪我を防ぐために休むように命じたり姿焼きではないイカ焼きを出す店があると聞いてタマモクロスと一緒に食べに行ったり焼きそばの品質向上のために熊本までゴールドシップと辛子蓮根を食べに行ったりなどもしました。

 ですが、結局のところ多少の交流があるだけで貴方は彼女たちを支えるための担当トレーナーではありません。ガッツリかち合っている史実の戦績やアプリの目標レースのことなどはいまさら気にしていませんが、トレーナー不在という圧倒的不利をあのふたりがどの程度克服できるのか? という致命的な問題についてはさすがに不安を抱かずにはいられません。

 

 そして、悩んだ末に貴方が導きだした答えは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 これはおそらく世界でも日本人特有の感覚かもしれませんが、人間というものは不思議なことに突然ラーメンが食べたくなる生き物です。

 幸いにして夏場は商店街も夜遅くまで賑わっているため、趣味であるウマ娘たちのトレーニング鑑賞を終えたあとでもお店選びに不自由はありません。

 

 取り返しのつかない出来事について悩むのは時間の無駄なので、なにか大きなトラブルが起きたときに全力で対処すればいい。そう結論付けた貴方は難しいことを考えるのは止めて、引き続き普段と変わらない悪役ムーヴで彼女たちと接することに決めました。

 こうして今後の方針が決定した貴方は心置きなく庶民グルメを味わうため、帰宅前に商店街へと繰り出しているところです。もちろん商店街の人々は夏の間もウマ娘が必死に努力していることを知っていますので、お気楽に夜遅くラーメンを食べに来ているトレーナーの姿はさぞかし癪に障るはず。賢い貴方はそのあたりの事情もキチンと計算済みという気分なのでしょう。

 

 

 さて、食前酒代わりの野菜ジュースをベンチで飲み終えてから機嫌よく歩き出した貴方ですが、本来ならばいまの時間のこの場所にいてはならない存在──トレセン学園のジャージを着ているウマ娘たちを発見してしまいます。

 

 なるほど、アスリートとはいえ彼女たちも青い春を満喫したいお年頃。夏の解放感に誘われて友人同士でちょっとスリリングな思い出作りに挑戦したのか。

 本来ならば注意と指導を必要とし、速やかに学園に連絡を入れて連れ帰る場面でしょう。ですがそれは真面目なトレーナーの模範的行動であり、模範的悪党である貴方はもちろんそのようなことはしません。

 

 ですがウマ娘たちは“学園を抜け出したところをトレーナーに見付かった”というシチュエーションに影響されているらしく、あからさまにバツの悪そうな表情をしています。

 先入観と思い込みで客観的な判断をできずにいるウマ娘たちのことを微笑ましく思いながら、貴方は近くのラーメンの屋台で注文を始めます。

 

 タップリの野菜に合わせたコッテリのスープ、お客さんの注文を受けてからチャーシューを切り分けてタレを付けながら炭火で炙るパフォーマンス。夜食ラーメン欲求を満たすには最高クラスの条件が整っている1品です。

 ゴクリと喉を鳴らしたウマ娘たちの姿を見た貴方は、当たり前のように彼女たちの分のラーメンも注文します。店主は一瞬だけこちらを見て「まいどあり」と小さく返事をして調理に取りかかりました。

 

 始めこそ困惑していたウマ娘たちですが、成長期のアスリートにとってラーメンの誘惑に立ち向かうのはこれ以上ない困難だったのでしょう。控え目な動作で、しかし力強くどんぶりを受け取ってしまいます。

 

 

 さぁ、これでもう全ては貴方の思うがままです! 

 

 

 この場にいたのがウマ娘たちだけであれば、規則違反の責任は彼女たちだけに向けられたことでしょう。しかし、学園所属のトレーナーである貴方がいれば話は違ってきます。

 さすがに昼間に比べれば人目は少ないかもしれません。ですが、こうして堂々とウマ娘たちにラーメンを食べさせている姿を見せているのですから既成事実としては充分です。誰がどう見ても悪いトレーナーがウマ娘たちに夜食ラーメンという禁忌を教えているようにしか見えまいと、貴方は心の中でほくそ笑んでいます。

 

 こうして夏の夜の商店街に、楽しそうにラーメンをすするトレーナーを真剣な表情でラーメンを食べるウマ娘たちが囲んでいるという珍妙な光景が誕生したのでした。




これほどの悪行、アンチ・ヘイトタグが無ければ警告待った無しに違いない。

それが深夜ラーメンの持つ魔性のカルマ……ッ!!

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