貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『戦士何故強者を望む』

「……おぅヒシアマ。生きてるか?」

 

「…………なんとかね」

 

 

 シンボリルドルフには熱量が不足している。そんな話を聞いて黙っていられるほど、ヒシアマゾンというウマ娘は淡白でもなければ割りきれるような慎ましさも必要とはしていないのだろう。

 グダグダ考えるよりも実際に走ってみて確めるのが一番手っ取り早い。併走トレーニングを申し込み、案の定トレーニングの範疇を越えた本気の競り合いを挑み、そして──さも当然のように置き去りにされた。

 

 もっとも、肝心のシンボリルドルフの走ることに対する情熱を云々という部分では、一応それなりの手応えを感じることはできた。

 本格化の進行の差を考慮したのだろう、本気で走ってはいたのだろうが、あくまでそれは“いまのヒシアマゾンの能力”に合わせた走り方であった。手加減ともまた違う、ヒシアマゾンの全力を存分に発揮できるようにとの気遣いに溢れた、まさしく理想を願う生徒会長らしい走り方だったのだ。

 

 

 ヒシアマゾンはシンボリルドルフへ『とにかく本気で思いっきり走ってほしい』と頼んだ。

 

 シンボリルドルフはヒシアマゾンのために『相手に合わせることを考えながら』走った。

 

 

 能力に決定的な差があるのだから手心を加えられるのは当然のこと。それが悔しいのであれば自分が強くなるしかない。案ずるより産むが易しを地で行くヒシアマゾンにとって、それは何ら難しいことではないだろう。

 ただ、普段でさえ生徒たちのために忙しそうにしているのだから、こんなときぐらい走ることを純粋に楽しんでもいいだろうに……と、シンボリルドルフのどこか冷めたような、一歩引いたような対応に少しだけ心にモヤモヤするものが残ったのもまた事実であった。

 

「ま、言っちゃ悪いが予測可能回避不可能ってヤツだなコイツはよ。本格化についてもそうだけど、ルドルフ相手に余計なコト考えながら勝とうなんて身の程知らずってなモンだ」

 

「……へぇ。たしかにアンタが言う通り、ちょいと集中が途切れちまった場面もあったけど。そんなに分かりやすかったかい?」

 

「そりゃ分かるだろ。いくらルドルフと比べて能力に差ァあるったって、ヒシアマゾンの末脚があんな鈍いワケがねぇ。アスリートとしてのお前がタイマンに集中できないってのはありえねぇとすりゃ……どうせお節介焼きのヒシアマ姐さんがなんか抱えてんだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これにはさすがのヒシアマゾン、いやヒシアマ姐さんも苦笑いで誤魔化すしかなかった。先日の模擬レースへのリベンジという言い訳を用意してみたが、どうやらこのトレーナー相手には薄っぺらいウソなど通用しなかったらしい。

 知らないフリは彼なりの気遣いだろう。メイクデビューどころか選抜レースにすら出走できない自分がシンボリルドルフのことを案じて試そうというのだ、身の程知らずと笑われてもおかしくない。もしかしたら、抜け出した連中についてのお礼を言ったときのやり取りの意趣返しの意味もあるかもしれないが。

 

 

 ふと。シンボリルドルフとそのトレーナーのコンビのほうを見れば、先ほどの併走トレーニングについて真剣に話し込んでいた。

 詳しい内容まではさすがにわからないが、少なくとも現状に満足しているような素振りは見えない。もっとも、半端な向上心しか持っていないようではそもそもシンボリルドルフがトレーナーとして認めないはずだ。

 

 

「よッ! と……。悪いねトレ公、余計な世話かけちまって。さ! それじゃあ早速反省会といこうか! 場所はアンタのルームでいいかい? さすがにカフェテリアじゃあ落ち着かないからねぇ」

 

「んー? あぁ、なるほど。それも当然だな。……フフフ、憩いの場であるカフェテリアではな、そうだろうさ……。よし、じゃあルーム行くか。仕方ないから紅茶もイイやつ出してやる。ジャムでもママレードでもなく蜂蜜でな」

 

 相談する側なのにご馳走になるのはどうなのか、と思わなくもない。だが、このトレーナーがウマ娘たちに美味しいものを食べさせるときは本当に楽しそうだというのは経験者たちの間ではすっかり共通認識になっている。

 もちろんヒシアマゾンも前もってその情報は聞いているので、ここは素直に好意に甘えるのが正解だろうと大人しく後ろをついていくことにした。いったい何が仕方ないのかはサッパリわからないが。

 

 

 普段はあまり口にする機会のないような物が出てくることもあり、少しだけ楽しみにしながらレース場を出ていこうとしたそのとき──。

 

 

 

 

 

 

「……皇帝の杖、か」

 

 

 

 

 

 

「トレ公?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほら、アンタたち」

 

『『ご迷惑をおかけしてスミマセンでしたぁッ!!』』

 

 

 何事も、()()()というものは必要である。

 

 一度は折れかけた心をなんとか奮い起たせ、さぁもう一度気合いを入れてトレーニングを……というところで、お咎めなしで見逃してもらって知らんぷりとはあまりにも図太いというもの。

 そう考えたウマ娘たちは、まずは警備員の男性に謝罪しなければと考えた。同行者としてヒシアマゾンを頼りこそしたが、それでも自発的に頭を下げようと決めたのだから、彼女たちの態度は充分誠実であると褒めてもよいぐらいだ。

 

 しかし。

 

 

「さて……困りましたな。そのように唐突に謝罪をされても、こちらにはなんのことやらサッパリ心当たりがありませんなぁ。──ふむ? ラーメン? あぁ、そういえば何日か前にトレーナーさんが()()()、随分遅めの夕食を済ませて戻ってきたことがありましたね。恥ずかしながら香りが小腹を刺激しましてねぇ、ついついコンビニでインスタント麺など買ってしまいましたよ」

 

 説教も覚悟していたウマ娘たちは揃って呆けた顔をしているが、横で見ていたヒシアマゾンは事の次第がどのように処理されたのかを察していた。

 おそらく、目の前の男性警備員だけではない。あの日学園を巡回していたであろうスタッフの誰に聞いても、規則を破って学園を抜け出したウマ娘などいないと答えるに違いない。

 

 こうなってはどうにもならない。変に頭が働き始めて余計なことを口走る前に、まとめてトレーニングへ向かわせてしまったほうがいい。

 ありがたいことに自分以外にもお節介を焼くのを好んでいるウマ娘もいるらしく、サイズの合わない黒いジャージを羽織った先輩ウマ娘たちがガッシリ肩を掴んで連行していってくれた。ニヤリと笑う先輩たちに、帽子のつばを押さえながら軽く頷く警備員。そこにどんな繋がりがあるのかはわからないが、きっと良いことも悪いことも沢山あったのだろう。

 

 

「けど、本当にその……大丈夫なんですか? アタシとしてはアイツらがまた夢を追っかけられるのはありがたいことだけど、警備員さんは……なんかあったら責任とか、その」

 

「見くびってもらっては困りますな。きっかけは悪友に誘われたことですが、これでも長年トレセン学園の安全を守ってきたという自負があります。夜間に思い詰めた表情のウマ娘たちが出ていくのを見逃すこともなければ、そのすぐ後に信頼できるトレーナーが追いかけるように出ていったからといって、彼に任せればきっと大丈夫だと放置することもありません。老いぼれはしましたが、これでもプロフェッショナルですから」

 

 悪ガキという表現がピッタリな意地の悪い微笑みだが、その瞳にはどこまでも優しく暖かいモノが宿っている。

 亀の甲より年の功とはこういうことか、これは確かに若造の自分では勝てそうにない。あのトレーナーにしろこの警備員にしろ、規則違反のウマ娘を勝手に存在しないことにするなんて、なんとまぁ悪い大人もいるものだ。

 

「私ぐらいのジジイになりますとね、自分で夢を見るのが難しくなってしまうんですよ。だから、若い人たちが夢を本気で追いかける姿というものがとても魅力的でしてね。私などは夢は見れなくとも性根が欲張りなもので、少しでも沢山の輝きが見たくて仕方ないのです。では、これで」

 

 

 

 

「お疲れさま、ヒシアマ。一件落着……というにはもう少し時間がかかりそうだけど、ポニーちゃんたちの表情もだいぶ明るくなっていたね」

 

「アイツらの気持ちもわからなくはないんだよ。というか、思い知らされたってのもあるかな。本格化がどうとか、そういうのじゃなくてさ。会長の後ろを走ってるときにちょっとね」

 

「会長かぁ。うん、メイクデビューの走りは鳥肌が立つほど見事だったよね。トレーナーさんたちやファンの皆が、次のダービーウマ娘はシンボリルドルフだろうってウワサしたくなるのもわかるよ」

 

 フジキセキがどこか困ったような雰囲気なのは、シンボリルドルフの同期のウマ娘たちの心情を想像してしまったからだろう。

 

 強いウマ娘が注目されるのは仕方ない、勝負の世界なのだからそういうものだと割り切ることができるウマ娘がどれだけいるだろうか。結果として敗北するのならまだしも、走る前から引き立て役扱いされて愉快なはずがない。

 まして、トレセン学園の内情を知らないであろうファンだけならばまだしも、学園に所属しているトレーナーたちまでそういう話題で盛り上がっている姿は全く面白くないに決まっている。職業柄ウマ娘の能力に注目するのは仕方ないし、決して悪気などは無いのはわかるが──。

 

「トレ公のところにいるウマ娘はそういうの、気にしちゃいないだろうけどさ。イヤな言い方になっちまうけど……タマ先輩とかも含めて、それほど注目されていなかったからね」

 

「タマ先輩はあの体格だし、ゴルシはあの性格だから尚更かな。メイクデビューでしっかり走れる姿をお披露目してからは、ずいぶん評価も変わっていたようだけど。さしずめ……王に反逆するふたりの白騎士の物語、みたいに面白がっているトレーナーさんたちもいるぐらいだよ」

 

「その王様ってのは、まぁ会長のことなんだろうね……。王様、ねぇ……。なぁフジ、アンタこう演劇とか舞台とか詳しいだろ? そういうので“皇帝の杖”って言葉に聞き覚えっていうか……なにかピンとくるものはあるかい?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なるほど……。確かにあのトレーナーさんが言うからには、なにか意味がありそうな気はするね」

 

「皇帝、ってのが会長のことを言ってて、それを支える役目のトレーナーを杖に例えてるのはわかるんだけどさ。どうにも引っ掛かってね……。そりゃ会長の走りは凄いけど、皇帝なんて大袈裟な言い方するのはなんだかトレ公らしくない気がしてね」

 

「──責任感の強さ」

 

「うん?」

 

「ヒシアマも聞いたことぐらいあるんじゃないかな? ほら、タロット占いで“戦車”とか“月”とか“運命”なんて単語をさ。皇帝のアルカナだとほかには意思、行動力、安定、軸、あとは成功や権威なんてのもあったかな」

 

「へぇ~、あの絵柄にそんな意味がねぇ。そう言われると会長にピッタリな表現じゃないか、その皇帝ってのは」

 

「私もそう思うよ。そしてタロットには杖の暗示もあってね。情熱や始まり、秘めたる思いを引き出す……なんて意味もあるんだ。理想を抱く皇帝シンボリルドルフが、トレーナーという杖を得て全てのウマ娘の幸福のために歩み始めた、という解釈をするならなかなか詩的で面白いんじゃないかな? 正位置ならね」

 

「ひとりのアスリートとしてだけじゃなく、上に立つ者としてレースに挑もうってワケかい。ふ~ん……。そりゃ生徒会長だし、シンボリ家っていえばレースの世界じゃトップクラスの名家だし、そうなるのも仕方ないのかねぇ」

 

 そもそも前提として考え方や視点が違う、そう思えば併走トレーニングでの態度もだいぶ理解しやすい。シンボリルドルフなりに考えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけのことなのだ。

 ならば話は早い。要は実力に差があるから、それだけの余裕を相手に与えてしまっているから勝負に熱くなることが出来ずにいる。つまり、気遣いなど考える暇が無くなるほど強くなって競り合ってやればいいだけの話でしかない。

 

 残念ながらその役目はゴールドシップとタマモクロスが先に果たすことになってしまうが、併走トレーニングでも模擬レースでも協力できることはいくらでもある。

 あとはいずれメイクデビューを終えてシニア級の舞台までたどり着いたら、改めて挑戦状を叩き付けてやれば万事解決。まぁ、その前にライバルとの勝負で熱量を取り戻している可能性のほうが高いが、それならそれで本気のシンボリルドルフと戦えるので結果オーライというもの。

 

 方針は決まった。なに、難しいことはない。生徒会長殿に足りないものは周囲が支えて補ってやればいい、ただそれだけだ。

 

 

「よしッ! 会長が夢のために走り出したんだ、世話焼きでお馴染みのヒシアマ姐さんとしてもしっかりサポートしてやらないとね! 差し入れでも繕い物でも、協力できることはバッチリ手伝ってやろうじゃないか!」

 

「うんうん、変に悩むよりもそのほうがヒシアマらしくて素敵だよ。でも繕い物はやめたほうがいいんじゃないかな」

 

「……そんなにダメかね? イモムシのワッペン。ライスやロブロイなんかは絵本のキャラクターみたいだって褒めてくれたんだがねぇ」




皇帝のイメージ? もちろんセイメンコンゴウですね。

『フジキセキならタロットにも詳しいだろう』ではなく『アルカナの意味を答えられないフジキセキの姿が想像できなかった』といった具合です。
つまりどういうことかと言うと……すまんフクキタル、お前さんの出番はまだ思い付いていないんだ……。


続きは田んぼのライスたちの選抜レースが始まったら、次はミスターシービーの菊花賞となります。

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