貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
己の行いを省みるという行為は、自身を成長させるために必須の行為である。
しかし、それが簡単にできれば誰も苦労などしないのだ。特に、なんらかの失敗をしてしまい、しかも自分に非があることを自覚している場合などは感情の制御に四苦八苦することになる。
「……はぁ。友人相手ならまだしも、いくら同期とはいえ会話もほとんどしたことのないような相手に僕はなんて乱暴な態度を……はぁ……」
「やれやれ、相変わらずお前はクソ真面目だな。あ、お姉ちゃん青リンゴサワーとタン塩1皿追加でちょうだい」
「はぁ~い、すぐにお持ちしますね~」
シンボリルドルフを担当する若きトレーナーは現在、師匠である老トレーナーに連れられてトレセン学園近くの商店街にある焼肉屋で──これ以上無いほど分かりやすく落ち込んでいた。
店員も他の客も全く気にする様子がないのは
「そんなに落ち込むこたぁないと思うがなぁ。良くも悪くもあの坊主はウマ娘のことにしか興味がないようだし。こりゃジジィの直感だがな、ありゃ明日にはお前との会話も半分は忘れとるぞ」
「それはそれで完全に眼中に無いって言われているようでキツいんですけど……」
「実際そーだろ。というかお前に限らずあの坊主が同期のトレーナーと話しとるとこ見た覚えがないし。筋金入りってのは、あぁいうのを言うんだろうな。形だけの
「……ミスターシービーにも」
「うん?」
「三冠ウマ娘じゃない、ミスターシービーだって睨まれたときに思い出したんです。あの子がそういう……ダービーに勝てるとか、三冠も夢じゃないとか、そんな評価ばかりされるのを嫌っていたことを」
「有名な話だな。熱心にスカウトを続けていた連中も悪気はなかったんだろうが、シービーにしてみれば鬱陶しいことこの上なかったろうに」
「そのときに誓ったんです。誓ったはずだったんですよ。僕はああはならない、ウマ娘の気持ちを無視するようなトレーナーになんてならないと。なのに、僕は……当たり前のようにミスターシービーのことを、三冠ウマ娘としてしか見ていなかった……」
「なるほど。ルドルフちゃんのこともあるんだろうが、実際に目の当たりにしたらそんな矜持は簡単にスっぽ抜けたと。儂が言うのもなんだが、それは確かにダサいわな。カッカッカ!」
「知ってましたけど先生、容赦ないですね……」
「お前の場合、情けなんざかけたら余計にウジウジと気に病むだろうが。まぁ、たまにはこういうこともあっていいだろ、若いんだから。タイミング的なものもあるだろうしな。担当ウマ娘がGⅠ勝ったんだ、気が大きくなるのも仕方ないだろ。……うむ、やはりタンは塩がウマイのぉ~」
(気が大きくなる、か……)
冷静さを取り戻したいまだからこそハッキリとわかるのだろう。シンボリルドルフがホープフルステークスを勝利したとき、自分が感じていたのは担当ウマ娘がGⅠレースを勝利した喜びだけではなかった。
安心したのだ、成果が出たことに。名門シンボリ家出身で、誰もが認める才能の持ち主。しかも中央トレセン学園の生徒会長としてウマ娘たちにも慕われている。そんなウマ娘をなんの因果か──いや、彼女の走りに魅了されて身の程知らずにも熱心にスカウトしたのは自分なのだが──ともかく、そんなシンボリルドルフにトレーナーとして認められたことが嬉しかったのは事実だが、同時に大きなプレッシャーもあったのだ。
だからだろう。
GⅠレースという
その結果が今日の失態である。相手がヘラヘラとした態度を崩さないことに苛立ちを募らせ感情的になり、最後は彼の聖域に土足で踏み込み逆鱗に触れてしまった。
「ま、良かったじゃないか早めに冷や水ぶっかけられてよ。そのままクラシック級走って、そんで三冠取れた日にゃ取り返しがつかなくなってたかもしれんからな。あ、お姉ちゃん生レモンサワーとハチノスひとつ」
「自惚れたまま、ルドルフの走りで与えられた栄光に溺れる……。あぁ、本当に、想像するだけで肝が冷える思いですよ。一方的に迷惑をかけておいてなんですが、彼には感謝しなければいけませんね。もちろん、感謝しているからといって勝ちを譲るつもりはありませんが。タマモクロスとゴールドシップ……彼女たちは特に手強い相手になる予感がします」
「ほぉ……どうしてそう思う? ふたりとも走らないと言われている芦毛だぞ?」
「だからですよ。芦毛のウマ娘が日本ダービーを勝つようなことがあればそれは──とても
(ふ~む、思ったより立ち直りが早いな。たしかに坊主の気迫は尋常ではなかったが、それだけでは……あぁ、そうか。ルドルフちゃんに気後れしとったぶんだけ自信の積み立てが少なかったからか。ふぅ~むぅ~? 喜ぶべきか呆れるべきか悩ましいところだな、コレは)
GⅠレースの栄光はウマ娘もトレーナーも容易く狂わせるほど甘美である。インタビューに答える教え子の瞳の中に狂気の片鱗を見つけたとき、老トレーナーの脳裏には苦い記憶が甦っていた。
自分にはトレーナーとしての特別な才能があると思い込んで増長し、ウマ娘の信頼を失ってトレセン学園を
同じレースにチーム・ポラリスのメンバーであるタマモクロスとゴールドシップが出走しており、担当トレーナーである彼が中山レース場にいたのはまさに幸運、三女神による天の助けに等しい。
同期でありながら1歩も2歩も先を行く彼でなければ愛弟子を“折る”役目は頼めない。老トレーナーでは立場と育成評価Sの肩書きが邪魔をして言葉を尽くしても心までは届かなかっただろう。
「それで……これからお前はトレーナーとしてどんな道を歩む」
「ルドルフの隣を歩きます。導くのではなく、共に夢を掴むために」
「トレーナーの立場を棄てるのか?」
「答えを知っている前提で成り立つのが指導です。僕はルドルフが求めている“全てのウマ娘の幸福”がどんなものかを知りません」
「なんだ、ただの優等生だったボウヤが言うじゃないか。いいのか、いまでさえ色々と言われているんだろう?」
「だからこそ、いまさらですよ。ありがたいことに理事長やたづなさん、それにエアグルーヴも……まぁ、なにか言いたそうに睨まれることもありますが」
「……そんなに怖かったか? 坊主を怒らせたのは」
「いやいや先生、怖いとかそういう……なんかもう、そんな次元じゃなかったんですって! あれなら大声で怒鳴られたほうが百倍マシですよ! 人間と会話してる気がしなかったんですよ、本当に」
「うん、まぁ……うん。それな。儂も覗き見してたけど、巻き添えで心臓握り潰されるかと思ったもん。なんなんアイツ、マジでどんな生活しとったらあんなヤベェ凄み出せるんだろうな」
「しばらくはトラウマになりそうですよ……。僅かな時間とはいえ、自分を偉いと思い込んだ罰だと思って耐えるつもりではいますが……いや、いまは考えるのは止めましょう。──追加注文お願いします、この“前沢牛食べ比べセット”を1人前で」
「は? ……はぁ!? お前、ちょ、なにどさくさ紛れに頼んでんのよ!? そりゃ儂の奢りって言ったけど! 遠慮なく頼めって言ったけど!」
「明日から心機一転、クラシック三冠ウマ娘目指してルドルフを支えないといけないんで」
「前言撤回だ。お前ただの優等生じゃねぇわ、イイ度胸してんじゃねぇか案外よ。お姉ちゃん、儂のぶんも追加で!」
「はぁ~い、ありがとうございまぁ~す」
良薬口に苦し、どころか劇薬だったらしい。懐がいくらか身軽になるのは避けられないが、可愛いバカ弟子の纏う雰囲気が好ましいものに変化したことに老トレーナーはひとまず満足することにした。
だが、これで問題が全て解決したワケではない。ウィナーズサークルでシンボリルドルフはハッキリと言っていた。言ってしまったのだ。
彼女に悪意など欠片も無い。これから挑むクラシック級のレースで、三冠ウマ娘を目指す中で、己に理想を語るに足る実力があるかどうか見極めて欲しいという願いでしかない。
ファンはシンボリルドルフの走りに更なる期待をするだろう。
彼女を慕うトレセン学園のウマ娘たちも心から応援するだろう。
しかし。
(大義名分と感情は別物だからなぁ~。黒ジャージ組やそこに所縁のあるウマ娘たちは坊主が巧いことやってくれるかもしれんけど……それ以外のウマ娘やトレーナーたちはどうなるかねぇ。儂が口ィ挟んでも拗れるだけだろうし。皐月もダービーも菊も、今回はいつもとは違う理由で荒れるだろうな)
パキッと折ってペタッと修理。
ルナトレくんをメインにしてストーリーを作ることもできるかもしれませんが、それが本作の面白さに繋がるかはまた別だなと判断してサクッと流すことにしました。……というのが建前です。
ただのオリキャラが立ち直る話に何パートも使ってたらテイオーの三冠チャレンジ書くまで何百話かかるんだよって考えるのが面倒になったというのが本音です。作者はウマ娘の話が書きたいのです。賢さGはそえるだけ。
続きはコタツの温もりが恋しくなってきたら、次の舞台は冬季選抜レースになります。