貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『それは名も無き花ではなく』

「……ふぅ! 私の勝ちですね。距離を詰められたときに内側のルートを潰そうとするのは悪いクセですよ。重心がブレた瞬間に外差しを狙われたらイチコロです」

 

「そんなもん見極めてステップできるヤツなんかそうそういねぇっての。ったく、あっという間に立場が逆転しちまったな」

 

 消灯までの僅かな時間、ライトで照らされたコースの上で数人のウマ娘たちがトレーニングを続けていた。その表情はいかにも“青春を謳歌している”といった様子であり、少なくとも怪我のリスクを無視して走り続けるほど追い詰められたようなモノには見えないだろう。

 

 ウマ娘の脚は消耗品であり、結果がどうであろうとレースを走るたびにスピードもパワーも徐々に衰えていく。トゥインクル・シリーズを引退するタイミングは基本的にウマ娘の自由意志だが、本人がどれほど走り続けたいと望んでも脚が動かなくなれば諦めるしかない。

 そこに一生のうちの一年間に1度だけ挑める『日本ダービー』や『オークス』のようなクラシック級のレースに出走することの名誉が加われば……ウマ娘たちが感情を制御できなくなってしまうのも理解できるというものだ。オーバーワークが原因でステップレースにすら挑むことができぬままトレセン学園を去ることを含めても。

 

 もっとも、それはあくまで過去の話である。現在のトレセン学園には本当にヒトなのかどうか疑わしい最強にして最恐の暴力装置が存在しているため、身体を壊すほどのオーバーワークを実行することは不可能と言っていい。

 警告はひとりにつき1度だけ。あとは容赦なくハリセンで意識を一撃で沈められる。外部に知られれば間違いなく問題になるのだろうが、ウマ娘たちは彼の問答無用さを心地好くも思っていた。言葉だけで心配だと繰り返しているばかりの常識ある大人よりは、手段選ばずでもコースまで足を運んでくれる変人のほうがずっと信頼できる。

 

 

「おーい、そろそろ片付け始めようぜー。シャワー浴びる時間もあるし、ゴミなんか落として帰ったら大変なことになっちまうぞ」

 

「夜間練習そのものが規則で禁止されたら困ってしまいますからね。管理スタッフの皆さんやガードマンの方々が善意で黙認してくれているのですから、コースを綺麗に使うぐらいのマナーは守らないと」

 

「あー、もうそんな時間? ならクールダウンのついでにコースを一周歩いてから……どうしたの?」

 

「いや……いつもなら、そろそろ誰かしらが1発くらってる音がするはずなのに、やけに静かだと思って……」

 

「言われてみれば……。もしかして、なにかあったのかな?」

 

 非公式チーム・ポラリスのトレーナーについては心配するだけ時間のムダなので考える必要はないが、ウマ娘側にトラブルが起きているのであれば話は別である。

 駆けつけたからといって自分たちにできることなど限られているが、なにか人手が必要な場面であれば手伝えることもある。手早く周囲の片付けを済ませると、ウマ娘たちは明かりがついている別のコース場へと急ぎ足で移動を始めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トラブル……まぁ、トラブルなのかな……」

 

「そこそこ緊迫した空気は感じるが、如何せんトレーナー側がな……ハリセン肩に担いでんだもんよ……」

 

 ウマ娘たちの視線の先で繰り広げられていたシンボリルドルフとポラリストレーナーの問答は、トレーナー側がシンボリルドルフの担当トレーナーを軽んじるような発言をした辺りからピリピリとした空気が物陰までとどいていた。

 覗き見をしているウマ娘たちに担当トレーナーはいないが、それでも自分の担当トレーナーを軽んじる発言に怒る気持ちは理解できないこともない。ただ、今回のシンボリルドルフの憤りに関しては『お前はなにを言っているんだ』と言いたくて仕方ない気分である。

 

 ポラリストレーナーに対し「担当トレーナーになるべく負担をかけたくないが故の判断だ」と反論するシンボリルドルフ。それが彼女の真面目さや責任感、レースへの真摯な思いから出た言葉であるのは理解できるのだが。

 

 

 

 

「あぁそうかい。まぁお前さんならそう言うだろうってコトは知ってたよ。それだけウマ娘たちに幸せになってほしいって、本気なんだろうってコトもな。だがなルドルフ、そんなに思い詰めるほどお前さんには──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

「うわぁ……えっぐい話題を容赦なくブチ込んでる……そりゃルドルフも固まっちゃうわ……」

 

「なるほどねぇ。全てのウマ娘の幸福って言葉、大した理想だな~と漠然と受け止めてたけど、そういう解釈もできるワケか……」

 

 全てのウマ娘の幸福という理想を求めて。その決意は立派だが、視点を変えればいまのウマ娘たちは幸福ではない、不幸であると言っているようなものである。

 

 それを屁理屈だと無視するには、シンボリルドルフというウマ娘は真面目過ぎた。ここでポラリストレーナーの指摘を否定すれば、彼女は自己満足のために理想を押し付けようとしている道化になってしまうだろう。

 だからと言って、まさかその通りだと肯定するワケにもいかない。様々なめぐり合わせに恵まれないウマ娘も確かにいるが、夢を掴むために一生懸命に走り続けているウマ娘たちも大勢いるのだ。ポラリストレーナーの発言を認めるということは、そんな彼女たちに「お前は不幸だ」と言い放つも同然の行為である。

 

 

「……私が間違っていると。全てのウマ娘の幸福という理想のために走ることは無意味であると、そう言いたいのか?」

 

「え? 違うけど?」

 

「……は?」

 

「いきなりなに言ってんだお前は? そんなんお前、意味があるかないかの極論始めたら、世の中の大抵のモンに意味なんかねーだろ。俺が知りたいのは、担当トレーナーがいるクセに相談もしないでこんな時間までトレーニングしてるバカがなに考えてンのかって、それだけの話だよ」

 

「理由なら……先ほど話しただろう? 普段のトレーニングやレース出走の段取りなどでトレーナー君には()()をかけているんだ、こうした個人的なトレーニングぐらいは自分で──」

 

「夢を応援するのに迷惑もクソもあるかよ。理想を追いかけるのも結構だがなルドルフ、お前はまず人が誰かに夢を見る瞬間ってのがなんなのか、どういう感情なのかを知る必要があるな。ってコトで、おやすみ」

 

「キミはなにを────ほぶッ!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うーん、まるでギャグマンガのように見事な気絶っぷりですな」

 

「ルドルフのことを尊敬してるヤツらには見せらんないな。担当トレーナーさんにも」

 

 おそらくは生まれて初めてであろうハリセン脳天唐竹割りを頭頂部で受けて立ったシンボリルドルフは、普段の威厳ある佇まいとはかけ離れた有り様で意識を手放していた。

 覗き見ついでに美浦寮まで運搬よろしく、と。当たり前のように隠れていたことを見破られたウマ娘たちだったが、その程度でいまさら驚くような者はこの場にはいない。どのみち自分たちもこれから帰るところなのだ、断る理由もないだろうと世話を引き受けることにした。

 

 

「真面目なヤツは極端から極端に走りたがるとは聞いたことあるが……ルドルフに関してはお手本みてぇにゼロか百かだったな。トレーナーに迷惑かけたくないから黙ってトレーニングとか、アホかコイツは。知らんところで勝手なコトされたほうがよっぽど困るだろ」

 

「不器用なのは知ってたけど、ここまでとは思わなかったなぁ。せっかく担当トレーナーがいるんだから、頼れることは頼ればいいのに」

 

「使命感が強すぎるのも考え物だな。それでトレーナーさん、コイツどうすんの? このままだとムチャのし過ぎでブッ倒れんじゃね?」

 

「時間が解決してくれるべ。たぶん」

 

「え……えぇ~? アレだけ色々と言っておいて時間が解決って……えぇ~?」

 

「真面目な頑固者に言葉を尽くすのは時間の無駄。本人が納得できる形でなにか……御大層な出来事なんかじゃなくてよ。もっとささやかで、身近で、両手におさまる程度の小さな幸せでいい。遠くのバラより近くのタンポポ、見逃してるだけで案外足下に幸せの種なんて沢山落ちてるモンだ」

 

「小さな幸せ、ね」

 

「ちなみにだけどさ、トレーナーさんにとっての幸福ってなに?」

 

「俺の幸福か。そうだな、特になにかコレって考えたことねぇな。お前らが本気でレース走ってる姿を見てるだけでも俺ゃ充分人生楽しめてるし。……どうしたお前ら、揃いも揃ってデケェため息ついて。幸せが逃げてっても知らねぇぞ?」

 

 これがもし、ほかの誰かの言葉であれば「そんなものか」程度の感想で済んだ話だった。だが目の前のトレーナーは三冠ウマ娘の担当という名誉にさえ一切の興味を示さず、ただただウマ娘のレースを楽しむことしか考えていない本物の酔狂である。言葉の持つ重みや説得力がまるで違う。

 

 もしかしたらシンボリルドルフの視野が狭くなっているのはコイツにも原因があるのかもしれない、そんなことをウマ娘たちは考えていた。常識の外側に生きるこの男の行動は、常識の中の世界しか知らない彼女が理解するのは難しいだろう。

 それでもシンボリルドルフは彼からなにかしらを学ぼうと試みたはずだ。本来ならば表舞台に立つことも難しかったウマ娘たちを、メイクデビューどころかGⅠレースを走れるまでに導いてみせたのだから。そして学びの過程で盛大になにか勘違いか思い違いをしてしまったのではないか、というのがウマ娘たちの見立てである。

 

 

「なんつーか、トレーナーさんってあんまり悩み事とかなさそうだよね」

 

「あれだけ大勢のウマ娘たちを担t……取引をしているのに、迷っているところを見たことがありません」

 

「トレっちにはないの? こう、ルドルフみたいにさ。自分のやってることに対してイロイロ考えちゃったりとかそういうの」

 

 それはウマ娘たちの純粋な疑問であった。ひとりのウマ娘とひとりのトレーナーというだけでこれだけ問題を抱えることになるのだ、何人ものウマ娘たちを同時に指導するとなればその苦労も何倍に膨れ上がるはず。

 まして、目の前の男はそれをひとりで面倒見ている。普通のチームであれば複数のトレーナーが所属していたり、経験の浅いトレーナーがサポートに付いたりと、それこそ先ほどのシンボリルドルフではないが相談する相手がいるし、全ての責任をひとりで抱え込むこともないだろう。

 

 彼のスタンスからして、シンボリルドルフに対する干渉はきっとこれが最後になる。好き勝手に振る舞っているようで、トレーナーとしての矜持……あるいは聖域とでも言えばいいのか、そういう部分にはとても真摯であり厳しい人物である。

 そうでなければ、いや、だからこそ秋川理事長はポラリストレーナーを野放しにしているのだ。変な言い方になるが、進むべき道に迷っているウマ娘がいる限り、この男の信念が歪む可能性など皆無であると信じているのだろう。

 

 が、それはそれである。どうすればそこまで自信満々で生きることができるのか、ヒントのひとつでも聞き出してみせなければならない。

 それぐらいはしてやらなければ先輩としての立場がないというものだ。背中で狸寝入りしている不器用で努力家な後輩のためにも。

 

 

「なんだ、お前たちは俺がうつむいてオロオロしてる情けねぇ姿が見たかったのか。そいつは知らなかったな、今後はご期待に応えられるよう善処してやるぜ。クックック……!」

 

 

 うむ、完全に聞く相手を間違えている。そういえばこのトレーナーは自分の幸せというか、趣味のためにウマ娘たちを支えているだけだし、なんなら本人にウマ娘たちを導いてる自覚がないタイプのバカだったのを忘れていた。

 最初からこのバカが背中のバカの担当していれば万事丸くおさまっていたのに──いや、それだと夜間練習組の逃げ場がなくなっていたし自分たちもレースを走れなかった可能性があるからダメだ。

 

 つまり最初から八方塞がりだったということか。おのれ三女神、運命を弄びよって。このトレーナーを中央に送り込んでくれたことには感謝しますがもう少しなんとかならなかったのかメンドくせぇ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ……なんだ。あのトレーナーさんはちょっと例外だとしてもさ、アンタにもちゃんと担当トレーナーが付いてるんだ。一緒に夢を追いかけたいって名乗り出てくれたんだろう? もう少し信じてやんなよ」

 

「ルドっちだってさぁ、後輩とか、ほかの子たちに頼られたら嬉しいでしょ? みんなおんなじなんだよ。担当のトレーナーさんもそうだし、生徒会のメンバーだってさ。特にエアグルーヴとかね」

 

「あ~、あのへんな~。ルドルフの理想を手伝うことに生き甲斐感じてる連中はそうだろうな。お前、間違ってもアイツらに迷惑がどうとか言うなよ? 誰かを支えることに幸せを感じるヤツだっているんだから。クリークみたいにな」

 

「いや、あれはちょっと違いませんか? この間も同室のタイシンという子が騒動に巻き込まれて──」

 

「そうそう、チケゾーちゃんが中等部の子と一所に特撮ヒーロー見て影響されてさぁ。したらバクちゃんとヒシアマが──」

 

 美浦寮までの帰り道。背中で大人しくしている後輩を励ますつもりだったはずが、すっかり話が逸れてしまいいつものように下らない話で盛り上がるウマ娘たち。

 

 全力で目標に向かって走り続ける仲間であり、ときにはライバルとして競い合い、そしてコースの外では気の合う友人として語り合う。

 GⅠレースの勝利、といった名誉などは得られていないが、そんな彼女たちの姿もまた、ひとつの“幸福なウマ娘”という答えになるのだろう。

 

 それは上を見ているだけでは気が付かない、足下に咲いていた小さな幸せの花。だが、ひとつひとつは小さな花であろうとも、それぞれが大地に根を巡らせれば何者が踏みしめようとも揺るがぬ強固な地盤となる。それこそ、全てのウマ娘の幸福という果ての見えない夢を追い続ける者さえ支えることができるほどに。




下拵え、完了です……。

だいぶ駆け足というか、お茶漬けの如くサラサラと流していますが、本作はシリアス物ではありませんしルドルフがメインキャラというワケでもないのでこんなものでしょう。目指すは豪華なおフランス料理ではなく、ガイパッキンラーカオぐらいのお手軽感です。

ついでにモブウマ娘ちゃんたちも少々焦げた気がしなくもありませんが、トレセン学園追放RTA的には誤差だよ誤差。

続きはココアの湯気に癒しを感じるようになったら、次の登場ウマ娘はオグリキャップになります。

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