貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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初めてバ○ホーテンのココアの粉を練る作業をしたときは感動したものです。

いまは面倒でお湯を入れるだけのココアばかり飲んでますが。


おおもり。

 ときに成功体験というものは、自信を与えてくれるだけにとどまらず増長を招いてしまう危険性があります。

 しかし、悪役トレーナーとして日々鍛練を欠かさない貴方はゾル・オリハルコニウムの如く肉体と精神を鍛え上げスーパーボールの如く躍動感ある頭脳を身に付けていますので、どれほど個人的成功体験を積み重ねようとも向上心を忘れることはありません。

 

 

 そんな貴方は現在、トレセン学園追放計画が順調に進んでいることから奇策を用いる余裕は充分にあると判断し──大量のたい焼きを焼いているところです。

 

 

 これまで貴方はウマ娘たちのヘイトを直接的に自分に向けることだけを考えていました。ですが、地道な努力を続け成長したいまの自分であれば、より高度なヘイトコントロールに挑戦することも可能であると気付いてしまいました。

 むしろ、ここで挑戦から逃げるようでは真の悪役に至れないとすら思っていることでしょう。安定を言い訳にして停滞を受け入れるなど言語道断、軟弱な心の在り方は簡単に表面化してしまうだろう。ウマ娘たちが倒すべき敵として、情けない姿など細胞ひと欠片分ですら見せるワケにはいきません。

 

 そこで編み出したのが“たい焼きの好みでウマ娘同士を仲違いさせちゃうぜ大作戦”です。中身の種類が別のたい焼きを大量に用意することで価値観の違いを浮き彫りにし、互いの主張をぶつけ合う状況を産み出すという恐るべき計画でウマ娘たちを混乱させるつもりなのです。

 

 もちろんなんの根拠もなくこの作戦の成功を確信しているワケではありません。少なくとも貴方の見える範囲では、ウマ娘同士の仲間意識は非常に良好であると評価できるもの。

 ならば最終的にはウマ娘たちは無事和解して、その勢いで絆に綻びを生じさせようとした黒幕である貴方を一致団結して倒すべき相手だと再確認することでしょう。

 

 

 ウマ娘たちの友情を特等席で楽しみつつ、悪役として王道展開で追放されることもできる。まさに一石二鳥、無駄のない完璧な作戦です。

 

 

 たい焼きの量産については問題ありません。必要な食材は買うまでもなく何故か貴方のトレーナールームに集まってきていますし、たい焼き作りは実家で何度も繰り返しているので手慣れたものです。

 限られた経済状況で両親の愛の証である大勢の弟妹たちの食欲を満たすべく、チート能力も全力で併用し創意工夫で食卓やおやつの時間を華やかなものに仕上げてきた貴方にとって、たい焼き作りなど視界を封じても難なくこなすことができるのです。

 

 もっとも、貴方はそのことを苦労だと感じたことはありません。弟妹たちを守護るのは役目でも義務でもなく、兄として産まれた自分の魂にプログラムとして存在する本能であると考えているからです。

 弟妹たちのために山野を駆け巡り海の底まで潜り食材を集めるのは、貴方にとっては呼吸や瞬きとなんら変わらないのでしょう。そんな貴方の背中を見て逞しく育ったウマ娘の妹のひとりが、レースの世界よりも狩猟免許の獲得を優先してしまったのも避けられない運命だったのかもしれません。

 

 

 貴方が実家暮らしをしていた学生時代は拾ってきた廃材の鉄板の表面を目玉焼きが滑る程度に磨き上げ金槌と釘を使いひとつひとつたい焼きの型を刻んでいましたが、今回は商店街でお店を畳むという老夫婦から頂いた物があるのでそちらを使っている様子。

 当然ながら貴方はお金を支払って購入するつもりでしたが、老夫婦は頑なに金銭を受け取ろうとせず「これは貴方にお預けします。トレセン学園のウマ娘たちが満足したら返しにきてください」と微笑みながら渡してきたものですからどうにもなりません。

 

 商店街を行き交う大勢のトレセン学園のウマ娘たちを長い時間見守ってきたであろう鉄板、それを託されたからには絶品と呼ぶに相応しいたい焼きを焼かねば無作法というもの。貴方は作戦の確実な成功のため、4種類のたい焼きを用意することにしました。

 

 王道の『つぶあん』

 

 覇道の『こしあん』

 

 革命の『カスタード』

 

 侵略の『チリソース』

 

 2種類の小豆については語るまでもなく、濃厚な味わいで肉体の疲労すら駆逐する洋の甘味、そこにメインとしてのボリュームだけでなく口直しにも使えるウインナー入りの塩味と辛味。

 これぞまさに現代に甦った『四方髪の術』である。一分の油断も隙もない布陣にはさすがの貴方も大満足で笑みを隠すことが難しいでしょう。味見と称して楽しそうに食べ比べを始めているセイウンスカイとエルコンドルパサーのことも気にならないほどウキウキ気分で焼き続けています。

 

 この作戦が成功した暁にはまたひとつ、悪役トレーナーとしての貫禄が身に付く。そんな思いを抱きながら焼き上がったたい焼きをお皿に並べる貴方でしたが──。

 

 

 

 

「ここだ、この部屋からとても美味しそうなニオイがしているんだ。授業中からずっと気になっていたんだが──おぉ! 見てくれタマ、とても美味しそうなたい焼きがあんなにたくさん並んで……。この香ばしい香り、焼き立てに違いない。これが中央トレセン学園……なんて凄い場所なんだ、ここは……ッ!」

 

「く……ッ! ツッコミたいけど目の前にホンマにたい焼き並べられとるからなんも言えん……ッ! 言っとくけどなオグリ、こないな状況フツーはありえんからな? 自分のルームでたい焼き焼いてるトレーナーなんぞほかにおらんからな? これが中央やと勘違いすんなよ?」

 

 

 

 

 状況の変化に合わせ臨機応変に作戦を修正するのも黒幕キャラの腕の見せどころ。貴方は即座に現在進行中のプランを破棄し、激辛ソースをブチまけようとするエルコンドルパサーの額目掛けてロリポップキャンディーを射出しながら新しい作戦を考え始めるのでした。




ちなみに作者はチョコレートのたい焼きとか好きですね。30円ぐらいで販売している駄菓子のヤツ。

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