貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
競馬を詳しく知らなくとも、オグリキャップという競走馬の名前を聞いたことがある人は大勢いることでしょう。
ウマ娘のオグリキャップに与えられた“アイドルウマ娘”という二つ名は伊達ではなく、引退レースである有馬記念の観客動員数17万という記録がそれを証明しています。
そんなアイドルホースのウマソウルを宿すオグリキャップは現在、貴方が焼いた80センチ級のたい焼きを幸せそうに味わっています。
本来であればほかのウマ娘たちから『食べ物で遊ぶとは何事か』と非難を浴びる予定でしたが、さも当然のようにオグリキャップが食べ始めたので“アレはそういうもの”とウマ娘たちは判断し受け入れてしまったのでしょう。
特に未来の黒い刺客と日本総大将などは興味津々といった様子でたい焼きが消えゆく姿を見守っている状態です。タマモクロスに至ってはオグリキャップの大食いを一切気にすることなくカスタードのたい焼きを食べながら、ルームメイトである転入生について貴方に丁寧に説明してくれています。
得られた情報はほぼ貴方が所有するアプリの知識と同じものでした。残念ながらアルファベットのアクセサリーがキュートなウマ娘は同行していないようです。
さて、オグリキャップの登場はレースの盛り上がりとしては喜ばしいことです。しかしトレセン学園からの追放を目的としている貴方にとっては、彼女の存在はかつてないほどの脅威であると言えるでしょう。
天然で愛嬌のある言動が多いのはオグリキャップの魅力ではありますが、天然で善性のウマ娘であるが故に貴方の悪役ムーブが通用しない可能性があるのです。
悪意を悪意として認識できない相手は、貴方にとって天敵と言えるでしょう。トレセン学園から円満に追放されるために極悪非道なトレーナーとして振る舞っているのに、それを善意によるウマ娘たちのための行動などと本来であればあり得ない勘違いをされては困ります。
しかしこの程度のアクシデントで慌てるような貴方ではありません。まずは冷静に周囲を観察し、プランの変更・改善に使えるヒントを見逃さないようにウマ娘たちの様子や状態を把握することにしました。
愛しのウマ娘ちゃんたちがたい焼きを食べながら楽しそうにしている場面に遭遇して意識がフェイズシフトした情緒ストライクフリーダムは現在ニシノフラワーの膝枕でスヤァしている。
カスタードクリームまでは受け入れることができたのに、ウインナー入りチリソースを認めるかどうかで頭を悩ませているグローバル大和撫子はどうせエルコンドルパサーが余計なことをするので放置。
自由三冠ウマ娘と破天荒は冷蔵庫を漁り変わりたい焼きの製作を始めている。あのふたりの性格からして食べられないものは作らないし、仮にゲテモノを産み出したとしても自分たちで処理するだろう。
やはり『食』というカテゴリーがウマ娘たちに与える影響は大きいのだと再確認した貴方ですが、同時に本来であれば発生していた混乱を意識することなく完封してみせたオグリキャップのスター性には脱帽するしかありません。
ならばここは逆転の発想。これほどの影響力を持つオグリキャップと理想的な敵対関係が構築できれば、貴方の追放計画はカウントダウンが始まったも同然というもの。
むしろ、こうしてターゲットをひとりのウマ娘に絞ればよい状況になったワケですから、実質今回の作戦は大成功したようなものだと貴方は内心ほくそ笑みを浮かべているぐらいです。
◇◇◇
「失礼します。トレーナーさーん、メイクデビューまでの食事メニューのことで少し相談が──ん? 油の音? あぁ、アイネス。トレーナーさん、またなにか料理してるの?」
「うん、なんでも手作りの油揚げを作るって。ホラ、水切りしたお豆腐がたくさん用意されてるの」
「へぇ~、油揚げってそんなお手軽に作れるものなんだ。……で、なんで油揚げ?」
「ライアンちゃん、トレーナーの行動にいちいち意味を求めてたら身が持たないよ。考えるな、楽しめの精神なの」
「そっか、それもそうだね。それにしてもできたての油揚げって、どんな感じなんだろうね」
もともとは追放ではなく賞金目当てのクズトレーナーとして正攻法で収入を得るつもりであった貴方は、当然の権利のように大豆など豆類を使った料理を嗜んでいます。
食べ盛りだがアスリートとして栄養バランスをコントロールしなければならないウマ娘たちのために、低脂質低コストでありながら創意工夫でいくらでも美味しい料理へ仕立て上げることのできる大豆料理はトレーナーとして必須スキルとなるだろうと研鑽を重ねてきました。
もちろん家族や友人、はては研修生時代に知り合ったウマ娘たちにも高評価だった大豆料理ですが……正道を自らの意志で踏み外した貴方には、そのスキルを悪用することに躊躇いなどありません。
ですが、知識と経験があるからと肩慣らしもせずいきなり複雑な調理に手を付けるのは蛮勇というものです。油断や慢心という言葉を嫌う貴方は、簡単な手順でありながら美味しく作るために高い集中力を要する『油揚げ』で感覚を取り戻すことにしました。
「あ、美味しい……。アツアツの油揚げなんて、初めて食べたかも。うんうん、これはたしかにシンプルな七味唐辛子とお醤油が合うね!」
「むむむ……とっても美味しいけど、見様見真似では簡単に再現できそうにない深みを感じるの。そもそもお出汁のこだわりが尋常じゃないの」
揚げたてでパリパリのものを適当なサイズに切り分けて好みの調味料で、別枠としてお湯で軽く油抜きをしたものをお出汁にくぐらせて直火で炙ったものを。
トレセン学園屈指の常識ウマ娘であるアイネスフウジンと、令嬢として舌が肥えているであろうメジロライアンのふたりが美味しいと認めましたので、小手調べの結果としては上等と言えるでしょう。
あとは段階的に難易度を上げていき、最終的に“とある料理”を作り──それを食したウマ娘たちを絶望の淵に叩き込むだけです。
覚悟するがいいオグリキャップ。チート転生者であるこの俺が直々に、お前に大豆料理の真の恐怖と旨味を思い知らせてやる。しっかり手を洗って待っているがいい。ちゃんと爪の間と手首まで忘れずにな。クックック……ッ!
「そういえばライアンちゃん、トレーナーになにか相談することがあったんじゃないの?」
「うん。だけど雰囲気的に頼まなくても解決してくれそうだから別にもういいかなって」