貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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さいごうたかもり。

「タマ、中央のトレーナーとは凄いんだな。こんなにたくさんの種類の料理が作れるなんて……。なるほど、これなら納得だ。いっぱい勉強するだけじゃなく美味しい料理も作れないといけないんだ、中央に入るのは難しいに決まっている」

 

「んなワケあるか。ほかのトレーナーたちのルームからはメシのニオイせぇへんかったやろ。単にウチらのトレーナーが気まぐれで料理しよるってだけや。なんで模擬レースんときより迫真の顔しとんねん」

 

 

 数日後。貴方は打倒オグリキャップのために考案した料理──大豆を加工してお肉に見せかけた様々な品々をルームのテーブルに並べています。

 もともとは学生時代に「お金がないけど腹一杯お肉が食べたい」という男子特有の欲望について友人たちと語り合っていたときに考案したものですが、それがいまになって役に立つのですから人生なにが経験として活きるかわからないものです。

 

 今回の作戦の最大の難関は“如何にして嫌われ者である自分がウマ娘をルームに呼び出すのか”という部分でしたが、オグリキャップには食べ物という明確な弱点がありますので無事ルームへ誘きだすことに成功しています。

 これが取引相手であればもう少し気楽に構えていることもできたかもしれません。ただ、難しい課題には適度な緊張感を維持するという側面もありますので、順風満帆のときこそ気を引き締めるという意味では丁度よいかもしれないと貴方は前向きにとらえています。

 

 

 今回、貴方が用意した料理はハンバーグや焼売など奇を衒わない一般的な品が中心です。馴染みのないメニューで先手を打ち撹乱することも考えましたが、ここはあえて食べなれた料理を出すことで希望と失望の落差を強化することにしました。

 

 そう……お肉という食材が有する“ごちそう感”というものは老若男女誰もが知る特別なもの。それを期待して食べたというのに、その正体が大豆だと知ったときのウマ娘たちの表情。

 その瞬間を想像するだけで、貴方は悪役トレーナーに課せられた低俗なる義務と責任を果たした充実感に満たされることができて大変お得となっております。

 

 もちろん、貴方の目的はウマ娘を不幸にすることではありませんのでアフターケアも抜かり無しです。原材料が大豆なので本物のお肉よりも食べやすいのでしょう、パクパクと順調に量を食べ進めるウマ娘たちが塩分過多にならないようにサイドメニューにもこだわっています。

 トマトやバナナなどカリウムを手軽に摂取できる食材を用いてサラダやスムージーなどを用意することでバランスを保つ名采配。これには呼ぶつもりはなかったのに何処からともなくいつの間にか参上したナリタブライアンに同行しているビワハヤヒデもニッコリです。

 

 何故かメジロライアンとアイネスフウジンには貴方が豆腐でこうした料理を作ろうとしていることが看破されていましたが、そちらの対処は悪党らしく“口止めの取引”というカードを使うことでクリアしています。

 今回利用した豆腐料理を初心者でもある程度は再現できるように、難易度を下げたレシピを提供することで情報漏洩は完封済み。もはや貴方の計画を妨げる要素は微塵もありません。

 

 

 なにも知らず貴方が作った大豆料理をお肉と勘違いしたまま和気あいあいと食すウマ娘たち。ウォーミングアップが終わり、いよいよ本格的に箸が動き出そうとするその瞬間を待っていた。貴方はゆっくりと口を開き「この場にお肉は出ていなかった。ひとつもな」とクールに言い放ちました。

 

 

 バナナスムージーをストローで飲み続けているひとりを除き全員の動きが一瞬ですが停止したのを確認すると、貴方は続けてこれらの料理の正体が大豆であることをカミングアウトします。

 当然ながらウマ娘たちからは驚きの声が上がりました。どういうワケかメジロライアンとアイネスフウジンからはとても微笑ましいものを見守る姉のような視線を感じますが、ともかくウマ娘たちへの奇襲は成功です。

 

 さぁ、ここまでやればオグリキャップと言えどもションボリすること間違いなし。ただ食べ物を与えるだけでは善人として判断される可能性が微粒子レベルで存在しますが、これは勘違いでもなければうっかりミスでもない意図的な虚実のすり替えです。

 なんなら落ち込むどころか尻尾を逆立てて怒るぐらいのリアクションもあり得るだろう。そう期待してオグリキャップのほうへと視線を動かす貴方でしたが──。

 

 

 

 

「そうなのか! そうか、これが全部大豆で作られた料理だなんて……本当に、笠松を出てからは新しい発見ばかりで退屈しているヒマがない。中央に来ることができたのは本当に幸運だったな。あ、この焼き鳥っぽいヤツと、それからトマトのゼリーのようなものが乗っているサラダをおかわりしてもいいだろうか?」

 

 

 

 

 常にスマートな悪役であることを心掛けていなければ、いまごろ貴方は無様に狼狽えていたことでしょう。

 自然な動作で焼き鳥風味に拵えた豆腐を追加で焼いていますが、その背中には修行中に対峙した闇夜の如く見事な漆黒の毛皮を纏う巨大な猪らしき獣のことを思い出させるほど冷たいものが流れています。

 

 小細工など通用するものか。貴方が仕掛けた豆腐料理の包囲網をどこまでも泰然自若とした態度で正面から食い破る。三國志は長坂の戦いにて、単騎で戦場を駆け抜けた趙雲子龍の姿を眺めていた曹操はこのような気分だったのだろうか。

 ここまで滞りなく進んでいた追放計画に初めて生じた小さな綻びに驚きつつも、貴方は心のどこかでこうした状況を──すなわち、チート能力を以ってしてもコントロールできない不確定要素が現れることを望んでいたのかもしれません。

 

「バカな……このハンバーグも、このとんかつも、全て肉ではない……だと……? 私は大豆を肉だと思い込んで食べていたのか……? この私が……この私が……ッ!!」

 

「ブライアンッ!? しっかりしろブライアンッ!! そんなに大豆を美味しいと思って食べたことがショックなのかッ!? クソッ、なんでもいい! ちゃんと肉が使われている食品はなにかないかッ!?」

 

「えっとねー、たしか冷蔵庫に……トレーナーちゃーん、この手作りベーコンちょっと貰うねー」

 

 円満にトレセン学園を追放され自由をこの手に掴むため、七難八苦を打ち砕く覚悟で挑まねば倒せない強敵。貴方にとってそれがオグリキャップというウマ娘なのでしょう。

 強敵を相手に勝負を避けて、あえて逃げの一手を選ぶのも間違ってはいません。ですが、二度目の人生はとことん楽しむと決めている貴方に『後退』という選択はあり得ないことです。勝負どころで日和見に徹して妥協するなど、なにも面白くありません。

 

 料理の借りは料理で返す。背後で今回用意した豆乳や豆腐を使ったデザートでどれが一番美味しいかでウマ娘たちが一触即発の状態になっていることにも気が付かないほどの決意を滾らせ、貴方はトレセン学園追放までにオグリキャップを料理で屈服させてみせると心に誓うのでした。




おぐりつよい(かくしん)

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