貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『幸せの種』

「……さすがは中央、日本最大のトレセン学園というだけある。敷地も広いし設備も豊富でなかなか目的地にたどり着けなくて困っていたんだ。助けてくれてありがとう。道案内、感謝する」

 

「礼には及ばないよオグリキャップ。困っている生徒に手を差し伸べるのも、生徒会長として当然のことをしたまでに過ぎない。それに、キミはまだ転入してきたばかりだからね。学園生活に慣れるまでは迷うのも仕方ないさ」

 

「方向感覚には自信があったんだ。私が住んでいたところは自然が豊かな土地で、よく山や川で遊んでいたが一度も迷子になったことはない。都会は道の造りが複雑だとは教えられていたが、まさかこれほどとは……」

 

 地方トレセンから中央トレセンへ移籍したオグリキャップを待ち構えていた最大の強敵、それは都会という地域の持つ特殊な地形構造であった。

 山や森とは違い、似たような構造の建築物が建ち並ぶ都会の街並み。それは中央トレセン学園の内部も例外ではなく、似たような教室が大量に並んでいる廊下はどれだけ歩いても目的地が近付いている気がしなかった。それはまるで、ずっと同じところを何度も繰り返し歩いているのではないかと錯覚するほどである。

 

 とはいえ、その程度の苦難で萎縮するほど()()な覚悟で中央へ乗り込んできたオグリキャップではない。日本中が注目する大きな舞台で、強力なライバルたちを相手に本気のレースを。声援とともに送り出してくれた友人たちや地元の人々が喜ぶ姿を想像すれば、それだけで全身に気合いが漲るというものだ。

 あと、入学に伴う様々な出費に対して母親が事も無げに言った「アンタの食費に比べれば大したことないから心配するな」という衝撃の事実もオグリキャップが背筋を伸ばす理由のひとつである。美味しい物を食べるためにはお金が必要であるという現実を改めて突き付けられた彼女は、なんとしてもトゥインクル・シリーズで勝鬨をあげて賞金をこの手に……せめて自分の食費ぐらいは自分で賄えるようにと決意を抱いていた。

 

 

「やはり中央はいろいろと違う。驚くことも多いが、同じくらい勉強にもなる。走り方や得意な距離が私と同じウマ娘でも、並走してみるとまるで違うんだ。いや、この言い方は少し違うな……どう表現すればいいのか……走り方から伝わってくる気持ちが、なんだかワクワクする気がした」

 

「ほぅ? それは実に興味深い話だ。キミさえよければもう少し詳しい話を聞かせてはくれないか? 無理に表現を選ぶ必要はない、飾らない言葉で素直な感想を聞かせてほしい」

 

「わかった。そうだな……まずはアイネスやスズカと並走したときのことから順番に──」

 

 

 それはオグリキャップにとって衝撃的な出会いであった。大量に並んでいる美味しそうなたい焼きの群れの中で、圧倒的な存在感を放っていた巨大なたい焼き。たっぷりとつぶあんが詰まっていた胴体部分の味も見事だったが、残った尻尾の部分にチリソースを付けて食べているときも名残惜しくも幸せな時間だった。

 

 アイネスフウジンとサイレンススズカと知り合ったのもそのときの話である。好む作戦は違うが自分と同じマイルを得意とするウマ娘、そしてなによりも言葉にせずとも伝わってくる不思議な感覚はどうにも脚を疼かせる。

 このふたりはいまの自分よりもきっと強い。彼女たちと走ればきっと面白いことになるとオグリキャップは確信し、並走を申し込んだ。ありがたいことにふたりも自分の走りに興味があったらしく、快諾を得たあとは彼女たちのホームコースだという第9レース場の芝コースでさっそく勝負という流れになり──無事、オグリキャップの闘争心に火が着くことになる。

 

 

 ふたりの走りはオグリキャップの中にある『逃げウマ娘』のイメージを完全に塗り替えるものであった。トゥインクル・シリーズで“逃げを選ぶウマ娘”ではなく“逃げを得意とするウマ娘”が増えていることは知っていたが、知識として知っているのと実際に体験するのではまるで違うのだ。

 彼女たちの走りには迷いがない。常に後ろを警戒し続けながら走らなければならない逃げウマ娘であれば、ライバルの姿を視認できないが故の迷いで走りにブレが生じるのが普通なのだ。

 

 

 迷い? なにそれ美味しいの? と言わんばかりに意気揚々と先頭を走り続けるサイレンススズカ。自分の走りに興味があるというセリフはなんだったのかと思わずにはいられないほどの我が道を往くスタイルは尊敬に値する潔さである。

 ならば時折こちらの様子を伺いつつペースを管理していたアイネスフウジンは違うのかと問われればそんなことはない。サイレンススズカに比べれば冷静に頭の中でレース展開を組み立てながら走っていたのだろうが、それでもほんの一瞬。視線が交差したときに「追い付けるものなら追い付いてみろ」と挑発してきたのは気のせいなどではない。

 

「きっと、あのふたりは自分にはどんな走りができるのか、自分がどんな走りをしたいのかハッキリとしたイメージが出来上がっているんだと思う。だから、こう……走るのを楽しんでいることが凄く伝わってくるんだ。なりたい自分というか、夢や目標に向かって迷わず進んでいるから。私もあんな姿を故郷のみんなに見せられるように頑張ろうという気持ちになった」

 

「なりたい自分、か。そうだな、夢の実現のために精励恪勤する姿は確かに見る者の心を動かすかもしれない。それにしてもオグリキャップ、故郷の人々に活躍する姿を見せたいとは、キミも誰かの想いを背負ってレースに挑むのだな」

 

「誰かの想い? ……誰かの想い。誰かの……想い……」

 

 予想外に真剣な表情で悩み始めたことに慌てるシンボリルドルフの様子に気が付かないまま、オグリキャップは“想いを背負う”という言葉について考えていた。

 

 中央トレセン学園に転入することが決まったとき、友人知人の皆が喜んでくれたのは確かだ。トゥインクル・シリーズで活躍する日を楽しみにしていると応援して送り出してくれたし、気が早いことにGⅠレースに出走することが決まれば必ずレース場まで見に行くと大いに盛り上がってもいた。

 だが、想いを背負って走ると言われるほどの大袈裟なドラマは正直いってなにひとつ思い当たるモノがない。病気の子どもを元気付けるためにレースに勝ってみせる、といったシチュエーションをテレビで見たことはあるが、幸いにしてそのような約束を交わすような相手はいなかった。無事是なんとやら、オグリキャップの周囲はヒトもウマも優良健康で心配事は少ないのだ。

 

 切実な理由となり得るもので思い付くものといえばお金に関することぐらいだが、仮に母親へこれまでの食費の恩返しだと賞金を仕送りをしようものなら「子どもが余計な気遣いするんじゃない」と静かにキレる未来しか見えない。穏やかな微笑みを浮かべ鮮やかなサブミッションで丁寧に絞め落とされることになるだろう。母の愛は偉大であり強大なのである。

 

 

 期待してくれているのは知っているし、それに応えたいとは思っている。自分の走りを見て楽しんでくれる人がいれば素敵だとは思うが、それは結局のところ──。

 

 

「うん。やはり私はそういうのとは違うな。故郷のみんなにトゥインクル・シリーズで活躍する姿を見せたいとは思うけれど、別にレースを走るよう()()()()ワケではないからな。ただ私がそうしたいと思っているから走るんだ。ルドルフは違うのか?」

 

「いや、私は──」

 

「タマから聞いたんだ。あ、タマというのは寮で同じ部屋に住んでいるタマモクロスというウマ娘のことなんだが、学園を案内してくれているときに教えてもらった。ルドルフは全てのウマ娘が幸せになれるように頑張っていると。だから、それは」

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

「……? ルドルフ?」

 

「フッ……ふふ、ははは……ハハハハハッ!」

 

「ッ!?」

 

「は、はは……ッ! いや、突然すまない。驚かせるつもりはなかったんだが、つい、その、堪えきれなくてな。決してキミのことを笑ったワケではなくて……ンフフ」

 

「だ、大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫だ、問題ない。あぁ、うん。そうだなオグリキャップ、キミの言う通りだ。たしかに全てのウマ娘の幸福は私の願いだ。私自身がそれを願ったんだ。そして──本気で走ることができる、本気で……夢に挑戦できるということは、それだけでも幸せなことなのだろう」

 

「? それはそうだろう? 少なくともトレセン学園にいるウマ娘たちはレースを走るために入学しているんだからな。もちろん勝てたほうがもっと嬉しいだろうが、ライバルと本気で競い合っている時間だって心が震えるようだ。まぁ、アイネスとスズカには結局差を付けられて負けてしまったんだが」

 

「ふふ、あのふたりに勝つのはデビュー済みのウマ娘たちでも怪しいところだぞ? なにせ、全てのウマ娘が本気で走れるように取り計らうことができるトレーナーの指導を受けているのだからな」

 

「そんなことができるトレーナーがここにはいるのか! そうか、やはり中央に来ることができたのは幸運だった。私が得意なのはマイルのレースなんだが、いったいどんなライバルたちと走ることになるのか。本当にデビューが楽しみだ」

 

「大した気概の持ち主だなキミは。しかし、楽しみにしてくれるのは結構なことだが、故郷の人々に活躍する姿を見せるのは……レースに勝つのは容易いことではないと覚悟したほうがいい。どんなレースでも、どんな距離だろうとも、それぞれにスペシャリストが“いまは”存在するからな。──中央を、無礼るなよ?」

 

 目の前には堂々とした微笑みを浮かべるシンボリルドルフ、そんな彼女が放つ闘気を正面から受け止めることになったオグリキャップ。

 事前にルームメイトであるタマモクロスから強いウマ娘であると聞かされていたが、こうして直に話してみるとそれがよくわかる。きっと、先ほどまでは初対面ということで遠慮していたのだろう。いまは別人の如く、澱みや揺らぎなどは一切感じない気力が全身に満ちているのがハッキリと感じ取れる。

 

「あぁ、もちろんだ。どんなレースだろうと、誰が相手であろうと、私はいつでも全力で挑ませてもらう」

 

「フフ、キミと勝負できる日を楽しみにしているよ。ところで、だ。あー、その、なんだ。オグリキャップ、これからなにか予定などはあるだろうか?」

 

「いや、とくに急ぎの用事はないが」

 

「そ、そうか。それならその、一緒に食事でもその、どうだろうか? 大事なことを気付かせてくれたお礼というか、親睦を深めたいというか……その、すまない。プライベートで誰かと外食に行く機会があまりなくてな。どういった手順で誘えばいいのか、詳しく知らないんだ」

 

「よくわからないが、一緒にご飯を食べに行こうという話だろう? それなら丁度いい、実は笠松の友人たちが中央に行くならとオススメのお店をいくつか調べてくれていたんだ。私が満足できるようなお店をわざわざ探してくれたらしくて、これなんだが……」

 

「ほぅ。店名が必勝無頼軒、そして店主からの挑戦メニュー『挑発伝説セット』とはまた個性的で好戦的な店舗があったものだ。しかし必勝や伝説などという単語が使われているのは、我々のように勝負の世界に生きるウマ娘にはお誂え向きのメニューだな。よし、ここはひとつ、私とキミとで伝説とやらを食い尽くして景気付けといこうじゃないか」

 

「なるほど、景気付け。そういうのもあるのか。うん、それはいい考えだ。美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、胸が熱くなるようなレースを走る。これに勝る幸せはないな……!」

 

 

 いまはまだ。オグリキャップというウマ娘にとって、中央トレセン学園は、トゥインクル・シリーズは楽しい予感で溢れている場所という認識でしかない。強力なライバルたちとの火花を散らす勝負の果てに、彼女自身がワクワクを与える側になるのはもう少し先の話である。

 

 そしてこのあと、顔色の悪いシンボリルドルフを気遣うように肩を貸して歩いているシリウスシンボリの姿が目撃され様々な噂話が飛び交うことになるのは少し別の話である。




テッ♩ テッ♪ テッ♩ テッ♪
テッ♪ テッ♩ テッ♪ テッ♩

テッテテ テテテ ♪
テンテテ テレレ♪

テレレ テレレ テレレ テレレ テンテテレテ♪

<ジョウズニヤケマシター!

真面目な二次創作であればもっと丁寧に調理するところでしょうが、本作はアンチ作品なのでこれぐらいが適度な塩梅でしょう。
ちなみにアプリの育成ストーリーだとタイミングと拗らせ方がまた絶妙の(ここから先はキミ自身の目でry)


続きは冬用タイヤの装着率が高くなったら、次の舞台は皐月賞(の、ゲートイン前まで)になります。

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