貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

91 / 170
こおてぇ。

 贅沢は悪党の嗜みである。そんな考えを持つ貴方が“もっとも速いウマ娘が勝利する”と言われている皐月賞を観戦するにあたって、レースを楽しむための環境を整えることに妥協をするはずがありません。

 海岸線のゴミ処理をしているときに偶然発見した大型モニターを修理したものを正面に置き、筋肉や骨格などスポーツ医学や解剖学の知識をフル活用してパワーアップさせた最高クラスのリラクゼーションを誇るふかふかソファーの3代目、そしてテーブルに並ぶ色とりどりの味が揃っているコアラのマーチ。冷蔵庫には薬局で購入しておいたキンキンに冷えたジンジャーエールも用意されており、まさに非の打ち所がない完璧な布陣と言えるでしょう。

 

 強いて唯一の誤算をあげるのであれば、取引中のウマ娘たちが貴方と会話をすることもなく当然の権利のように皐月賞が行われる中山レース場へ黙々と運搬し始めたことぐらいです。

 山の神に捧げられる生け贄というよりも土木作業現場の資材のように扱われている貴方を見て新入生らしきウマ娘や新人らしきトレーナーなどはいったい何事かと驚きの表情をしていますが、そのほかの学園スタッフや警備員の皆さんなどは特にリアクションもなくその様子を見送っていました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 連れ出されてしまったものは仕方ありません。頭の切り替え速度はサイクロトロンに勝るとも劣らぬ貴方は素直にオープン戦などじっくりレースを楽しむことにしました。

 本日のメインは間違いなく皐月賞ですが、真面目にトレーナー業務に取り組む姿勢が微粒子レベルにも存在しない貴方にとってそのような俗世の価値観は意味を成しません。レース場のグルメを片手に顔見知りのウマ娘たちを冷やかしつつ、緊張感とは無縁の様子でのんびり楽しく皐月賞の開始を待っています。

 

 

 今回の皐月賞の主役は、なんと言ってもここまで無敗のシンボリルドルフでしょう。三冠ウマ娘になると公言し、その発言に見合うだけの実力を示していますのでファンの期待値もかなり高いことでしょう。もしかしたら、先に三冠ウマ娘を達成しているミスターシービーと一緒にトレーニングに励む姿などが公開されていることも関係あるかもしれません。

 ターフの上に次々とウマ娘たちが現れ、観客席もそれに合わせてどんどん盛り上がり、ついに本日の一番人気シンボリルドルフが姿を見せたその瞬間。大歓声で出迎える大勢のファンたちとは真逆、貴方は静かに彼女が纏う気迫の変化を楽しんでいました。

 

 

 ホープフルステークスのときとはまるで違う。優等生としてレースに参加することしかできなかったウマ娘が、ずいぶん上等で狂暴なオーラを放つようになったじゃないか。

 

 

 どうやら貴方の周囲にいるウマ娘たちもシンボリルドルフの変化をしっかりと感じているらしく、トウカイテイオーなどは「練習のときよりも、いまのカイチョーのほうが何倍もカッコいい!」とはしゃいでいます。

 喜んでいるわりには憧れよりもギラギラとした戦士の輝きをその瞳に宿しているあたり、この世界のトウカイテイオーはシンボリルドルフの影を追いかける気などまるでなく、いつでも追い抜いてやると意気込んでいるのでしょう。トレーナーの助けも無くその境地に至れるとは、マヤノトップガンもそうですが天才とはズルいものだと貴方は呆れてしまいました。

 

 さて、ゲートの前ではタマモクロスとシンボリルドルフが睨み合っています。なにやら勝負の前に会話をしている様子ですが、光源が一切存在しない闇が支配する黒い森の庭を聴覚と嗅覚を頼りに平地の如く駆け抜けることが可能な貴方には全て筒抜けです。

 

 タマモクロスが「ほぼほぼ1年も待たされた」と愚痴ったことに対し、シンボリルドルフが「待たせてすまない、だがそれはそれ。今日のレースに勝つのは私だ」と返答しました。

 ふたりの間にどのような約束事が存在したのか貴方は知りませんし知りたいとも別に思いません。そんなことよりも、ターフの上にいるウマ娘たちのやる気が絶好調に──ゴールドシップでさえアプリの最終直線で見せるような『イケメンモード』になっていることのほうが貴方にとっては重要なのです。

 

 期待通りの展開。シンボリルドルフはもちろん、担当トレーナーも巧くやってくれたのだろうと貴方は大満足といったころ。

 

 

 ──あそこにいるのは生徒会長などではない。己の夢を実現するため、己の意地を貫き通すため、屍を踏み越え覇道を歩む覚悟を手にした『皇帝』シンボリルドルフだ。

 

 

 ついうっかり声に出てしまった呟きに、周囲のウマ娘たちはすっかり黙ってしまい、ただシリウスシンボリだけが心底楽しそうにニヤニヤと笑っています。もちろん目の前のレースのことしか頭にない貴方がそれらの様子に気がつくことはありませんのでご安心ください。




次回はルドルフ視点です?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。