貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『lord of darkness』

(手足が微かに痺れる感覚。このような感覚は久しぶり……いや、もしかしたら初めてかもしれない。ふふ、それも当然か。生徒会長として、シンボリのウマ娘として威風堂々たる振る舞いを心がけてきたが、百年河清を待つ想いでしかなかった理想へ向けて、ようやく1歩目を踏み出せるのだからな)

 

 割り当てられた控え室にて、己が指先が痺れる感覚を楽しみながらシンボリルドルフはこれから始まる皐月賞のことを考えていた。

 

 誰かのためではなく、自分のため。ウマ娘たちの幸福を願うのではなく、自分自身がウマ娘たちの輝く姿を見たいという私利私欲のために走ろうとしているのだから緊張するのも無理はない。

 厳格なる両親が今日の走りを見たらどう思うだろうか。もしかしたら失望されて、期待はずれだと見限られる可能性だってあるかもしれない。心の在り方というものは走りに如実に現れる。全身全霊で“我を通す”と決めた以上、それを理解る者に隠し通すことはできまい。そもそも隠すつもりなど微塵もないが。

 

「トレーナーとしては複雑な気分だよ。自分の担当ウマ娘が緊張している姿を見て“嬉しい”と思えるんだからね。……ルドルフ、タマモクロスやゴールドシップはもちろん、皐月賞で戦うウマ娘たちは本気でキミに勝つつもりだよ」

 

「当然だな。負けてもかまわないなどという半端な気概でGⅠレースの舞台に立つウマ娘などいない──などと、当たり前のことが言いたいワケではあるまい?」

 

「まぁね。キミが本気で、それこそ生徒会の仕事をエアグルーヴに協力してもらってまでトレーニングに励んでいた姿は皆が見ていたから、その影響なんだろう。なんというか……その、皮肉だな。ヒドい話だ」

 

「生徒会長として邁進していたときには見ることが叶わなかった光景が、生徒会長としての役目を蔑ろにした途端に見ることができた。そのことに不満が無いかと問われれば不満しかないがな。だがまぁ……後悔するのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

 

「そうだね。そのために僕もルドルフも厳しいトレーニングを頑張ってきたんだ。皐月賞に勝つために。──なぁ、ルドルフ」

 

「なんだい? トレーナーくん」

 

「こんなことを言ったらキミは怒るかもしれないが、生徒会長として理想のためではなく、ひとりのウマ娘としてライバルに勝つために強くして欲しいと言われたとき、僕は嬉しかったんだ。ひとりのトレーナーとしてね」

 

「む、それはズルいな。これでも私はずいぶんと悩んだのに。あれだけ偉そうなご高説を口にしておきながら、いまさら自分のために走りたいなどと頼んで嫌われはしないかと一晩中だぞ?」

 

「そこはもう少し信じて欲しいな。僕はキミのトレーナーだよ?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 シンボリルドルフがターフに立った瞬間、観客席からは万雷の声援が降り注いだ。もちろんそれはこれからレースを走るウマ娘にとって喜ばしいことではある。が……それ以上に彼女を昂らせるのは先にゲートの前に集まっていたライバルたちの視線であった。

 

「ハッ! ようやく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ──ほぼほぼ1年や。こんだけ待たせておいて、腑抜けた走りなんぞ見せた日には承知せぇへんで? そんときはァ……せやなぁ、今度の学園祭で漫才とかやってもらうのもエエな。ちょうどハリセンの予備もあることやし」

 

「ふむ、漫才か。考えてみればアレは聴衆側にとっては娯楽だが、演者には会話のリズムや言葉選び、時代ごとの流行や政治・経済といった幅広い事柄についての見識が求められるなかなか高度なエンターテイメントだ。もしかしたらレースを走るためのヒントが得られるかもしれないな」

 

「そうそう、お笑いもレースも失速しないよう勢いで走り抜けるのが大事ってなんでやねんッ!! マジメかッ!! ボケなのか本気なのか判断に困るわッ!! はぁ~。ま……ええわ。ヘンな緊張はしとらんようやし、100パーセントのルドルフ、見せてもらおか?」

 

「もちろんだ。その前にひとつ、皆に謝罪しておきたいことがある」

 

「なんや、さんざん待たされたことならウチは別に水に流してやってもええで。たぶんほかの連中も同じ気持ちやろうけど」

 

「それについてはウマ娘らしく、言葉ではなく走りで応えてみせるさ。私が皆に謝りたいのは他でもない、全てのウマ娘の幸福が見たいという私の……野心を現実のモノとするために、今日は遠慮無く皆の夢を踏み砕かせて貰うことについてだ。皐月賞を──この勝負を、勝つのは私だ」

 

 

 それはおそらく誰ひとりとして、両親を含むシンボリ家の者たちも、同じ学園で生活をしているウマ娘たちも、教師や教官などのスタッフも、生徒会のメンバーも、おそらくは担当であるあの若きトレーナーですらも見たことがないであろう()()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿。

 ウマ娘たちの日々を慈しみと共に見守る生徒会長としての彼女とは真逆。鋭い眼光と暴力性が剥き出しの微笑みは、それを正面から受け止めたウマ娘たちに雷光の如きオーラを錯覚させるほどのものであった。

 

 

「……イイねぇ、こりゃ期待通りの想像以上だわ。そりゃそうなるよなってハナシだわ、トレピッピのヤツが皐月賞に勝つかルドルフに勝つかどっちがいい? なんて選ばせてくるのも納得ってな。いやぁ~、ムチャを承知で両取りしたかいがあったってもんだ本当に。本当によォ……面白くなってきたぜ──ッ!!」

 

「ほーん? なかなか言うてくれるやん。ええでルドルフ。アンタのその喧嘩、高値で買ぉたる。 ほんなら今日は思う存分──ウチらとヤり合おうやァァッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「絶景! ウマ娘たちがなんのしがらみもなく本気で競い合う姿を見ることができる、これに勝る幸福はなかなかないだろう。それが皐月賞という大舞台であるならばなおさらだ!」

 

「えぇ、そうですね。理事長の仰る通りだと私も思います。ただ……」

 

「一部のトレーナーたちが褒められたモノではない態度でいることが不満、か? たづな、気持ちはわかるが彼らの言い分にも理はある。ルールが……秩序がなければ競技は成り立たないからな」

 

 理事長・秋川やよいのもとに届けられた名門トレーナーたちからの嘆願書。回りくどい文章が長々と続いていたが、それを要約すると“担当トレーナーがいないウマ娘のGⅠレース参加は制限するべきではないか”という内容であった。

 ウマ娘たちを愛するひとりのファンであると同時に経営者でもある秋川やよいは、この嘆願書の内容を全くの無意味なモノであると安易に否定するほど視野は狭くない。中央トレセン学園の理事長の椅子は、トレーナー不在のウマ娘がGⅠレースに勝利したことの影響力が理解できない程度の者が座れるほど安くはないのだ。

 

「事実! URAや各地のレース場スタッフはともかく、歴史と伝統を重んじる者たちはずいぶん愉快なことになっている。先日お会いしたサクラ家のご当主に関しては本気で楽しそうにしていたが。若い連中が青春を全力で楽しんでいる現状に不平不満なぞ抱くものかよと豪快に笑っておられた。文句があるなら我ら桜の女たちが真っ向から受けて立つ、ともな」

 

「なんというか、お立場のことはともかく大人としては模範的な回答なんでしょうね。バクシンオーさんやチヨノオーさんのような方が育つのもよくわかります」

 

「だが、あまり歓迎できない影響が出てくる可能性があることも無視できん問題だ。ミスターシービーとマルゼンスキーの活躍に憧れるのは結構だが、それがトレーナーという存在への否定的な意見に繋がるのは阻止しなければならん」

 

 

 名門トレーナーたちの言い分そのものはただの逆恨みである。GⅠレースの枠が欲しいなら、そのレベルまで担当ウマ娘を育てるのがトレーナーの仕事であり存在意義というものだ。才能? 幸運? いやいやキサマら、彼が面倒を見ているウマ娘たちの境遇がどういったものか忘れたのか。

 が、それはそれとして単独出走のウマ娘たちがレースに勝つ姿は希望だけではなく誤解も与えてしまっているのは悩ましい問題なのだ。中央トレセン学園内で活動している者は非公式チーム・ポラリスのことを知っているからまだいいが、そうでない者は「トレーナーに頼らなくてもレースに勝てるなら、ウマ娘だけでよくね?」などと考えてしまうかもしれない。

 

 

「信念! 彼が正式にウマ娘を担当してくれれば問題の解決も楽になるが、それは期待しないほうがいいだろう。ミスターシービーやマルゼンスキーほどの原石を見事に磨き上げて尚、手放すことになんの躊躇も感じていないようだからな」

 

「本人たちも契約の意思こそありませんが、彼の側を居心地よく思っているようですね」

 

「酔狂! まるで映画に登場する大怪盗のようだな。宝物を手にするまでの過程が楽しいのであって、宝物そのものを欲しているワケではない。レースの結末はあくまでウマ娘たちのモノであり、自分の役目はコースに立つ前の時点で完結していると。うむ! 期待以上の逸材だッ!」

 

「正直に申し上げますと、私自身も半信半疑でした。URAの友人から『もしも彼を採用するなら干渉せず自由にさせておけ』と言われたときは」

 

 採用試験の前に新人トレーナーについてある程度の情報交換をするのはいつものことであるが、あの青年に関しては担当者が普段とは比べ物にならないほど楽しそうに語っていたのだ。

 彼はどうやってもウマ娘たちを導かずにはいられない性分をしているから、変に首輪を付けるよりも放し飼いにしたほうが役に立つ。アレは仕事ではなく生き方としてしかトレーナーができない大バカモノだ……と。

 

 新人トレーナーのサポートも仕事としている駿川たづなとしては、自分の役目を放棄するように言われているも同然で複雑な心境であった。学園での生活に慣れるまで、可能であれば何れかのチームに見習いとして所属するまでは。一般家庭の出身であればなおのこと、()()()()()()から遠ざける意味でも。

 それでも駿川たづなが最初にトレーナールームの鍵を渡すという大博打ができたのは、面接試験で見せた尊敬に値するほどのふてぶてしさが理由だった。名誉ばかりに眼が眩んだ名門のお坊ちゃんお嬢ちゃんたちを小馬鹿にしたような「トレーナー業は儲かるから」という発言も、友人たちから提供された予備知識があればまた印象が変わるというものだ。

 

 なるほど、研修生時代に()()()が過ぎる教官やら先輩やらを相手にイロイロとやらかして楽しませてくれたという話にも誇張はないのだろう。まったく、面接試験の途中で危うく思い出し笑いをしてしまうところだったじゃないか。

 

 

「む? そろそろ始まるな。さて、せっかくの皐月賞だ、気が滅入るような話はこれぐらいにしておこう。貴重な休日を仕事の話で浪費するのはもったいないからな!」

 

「ふふっ、そうですね。でも理事長、さりげなく今日を休日扱いしようとしてもダメですよ? 学園に戻ったら早急に処理していただかないといけない案件がいくつもあるんですから」

 

「……無念ッ!」




身体が闘争を求め闇堕ちしたシンボリルドルフ!

9年は……長かった……。


深い意味はありませんが、たづなさんの友人って足が、いや脚が速そうな女性とか多そうですよね。深い意味はありませんが。


続きはこれから始まる大晦日へ向けて色とりどりの鍋のもとに期待が膨らんだら、次の登場ウマ娘は……メジロチェイサー? になります。
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