貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 作:はめるん用
アスリートの身体はトレーニングだけで作られるモノではありません。精神も健康でなければ厳しい戦いの中で心を強く保つことは難しいでしょう。
健全なる精神を維持するためには充分な休息と適度な娯楽、そして栄養価だけではなく美味しさを追求した食事も必要不可欠です。
故に、名門の肩書きを持つウマ娘やトレーナーが『食』というカテゴリーでも他の追随を許さぬこだわりがあるのだろうと想像することは貴方にも可能でした。ですが──。
「えっと、その……私も急に連絡が来て、あんまり事情が飲み込めていないんですけど……。あ、でも味のほうは期待してくれて大丈夫ですよ! どれもメジロ家と直接取り引きのある生産者の方たちの素材ですから、お肉もお野菜も品質は確かな物ばかりのはずです!」
名門たるメジロ家が食にこだわるのは理解できても、何故そのこだわりの食材が自分のルームに運び込まれているのかはさすがの貴方でも理解できない様子。
メジロライアンの説明が紛れもなく真実であることは見た目だけでわかります。色艶や形はもちろん、言葉にせずとも伝わってくる生産者たちの“レースを頑張るウマ娘たちに美味しいものを食べさせたい”という真心が込められていることに気付けない者などいるはずがないと貴方は確信しているからです。
さて、このメジロ家からの挑戦状。正しく紐解かなければ貴方の追放計画にどのような影響が出るかわかりません。ここは高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変な判断ができるかが問われる場面です。
トラブルが発生したときこそ焦らず急がず冷静に。問題解決は順番に可能性を消す作業を地道に行うことこそが近道だというのが貴方のスタイルです。まずは食材が劣化しないよう丁寧に片付けるところから始めましょう。
貴方に利する行動をしてしまう不快さよりも食材たちへの敬意と感謝が上回ったのでしょう、片付けそのものはウマ娘たちが協力的かつ積極的に行動してくれたおかげでスムーズに終わりました。
そしてここからが貴方にとって本番です。まずは本来あるべき形──すなわち、担当ウマ娘と担当トレーナーという信頼関係が存在していた場合を仮定します。その場合はこれらの食材を使いメジロライアンに栄養バランスと美味しさが両立した食事を用意してほしいという厚意であると考えても許されたかもしれません。
ですが貴方はメジロのウマ娘たちにとっては不倶戴天の敵ですからそのような可能性は除外して問題はありません。となると期待や感謝、そして労いといった感情とは逆のモノが込められていると考えるのが妥当です。そこに相手側が勘違いしているであろう貴方だけが知る情報、実は守銭奴としてウマ娘たちを利用しようとしているのは世を欺くための仮の姿であるというヒントが加わることにより推理は完結しました。
残念だったなメジロ家よ。俺はトレーナーとして働くつもりなど雀の涙ほどにも考えていないのだ。だから、このような手段で嫌がらせを行うのは無意味でしかない。そう、こうして食材を押し付けることで“キサマ如きがウマ娘たちを指導しようなどと百年早い、異論があるならまずはそれらの食材を駆使してウマ娘たちの食事管理をしてみせろ”などという挑発を行ったところで俺のメンタルが揺るぐことはないのだ。
まさに唯一無二! これはラビュリントスの遺跡を超えるほど複雑な頭脳を持つ貴方でなければこの答えにたどり着くことは絶対に不可能だったことでしょう!
ここまで見事に謎を溶解したのであれば、かの名探偵エルキュール・ポワロでさえも推理を投げ出してワッフル片手にティータイムを始めてしまうに違いありません。
真実を手にした以上、貴方が取るべき行動はただひとつ。これらの食材を存分に悪用する、ただそれだけのことです。
◇◇◇
とある休日のお昼のことです。
たっぷりと水が入った状態で並ぶドラム缶をウマ娘たちが雄叫びをあげながら押している光景を見ながら、貴方は牛肉の塊を鉄板でじっくりと焼き上げる作業を楽しんでいます。
それはとあるウマドルの育成中のイベントをヒントに思い付いた、いわゆる“貴族の遊び”という高度な煽り行為。ウマ娘たちがドラム缶を押し始めると同時にお肉を焼き始め、1着になったウマ娘から順番に好きなお肉を選んで食べることができるという仁義なき戦いです。
当然ながらゴールが遅れれば遅れるほどお肉が焼け過ぎて美味しさが損なわれますし、全てのステーキがミリグラム単位で同じ大きさに整えられていることを知らないウマ娘たちにしてみればお肉選びは決して譲るワケにはいかないでしょう。
もっとも、チート転生者である貴方にとって炎を支配し操ることなど複数人の赤子の世話をしながらであっても容易く実行することが可能です。大家族の長兄として両親を手伝いながら弟妹たちの安全を守護ってきた知識と経験は伊達ではないのです。
ちなみに、貴方にも多少の人の心というものがあるらしく、この非公式ステーキステークスの参加にはとある条件を設けています。
無計画にお肉を食べる行為はアスリートとしては褒められたモノではありません。なので、すでにメイクデビューを果たしたウマ娘はもちろんのこと、担当トレーナーやチーム所属などで健康管理が必要なウマ娘たちの参加は認めていません。
転入したばかりで問題なく参加条件を満たしている芦毛の怪物が意気揚々とゼッケンを身に付ける横でS級トレーナーに自ら担当契約を持ちかけたことで戦いの場に立つことすらできず瞳が虚空を映している影をも恐れぬ怪物の姿なども見られますが、とにかく貴方が暗黒微笑を浮かべて楽しく牛肉を焼いていることだけは確かです。
次回はウマ貴婦人視点です。