貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。   作:はめるん用

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答え合わせの時間。


『薬毒』

 我が子のメイクデビューを現地のレース場まで応援に行く。日本中の、いや世界中のトレセン学園に通う娘を持つ親たちが当たり前のように行使する権利でも立場が変われば事情も変わる。

 

 

(落ち着け、落ち着くのだ私。冷静さを失してはならん。メジロの名を持つ者として、いつ如何なるときも取り乱してはならない。それはわかっている、わかっているが……クソッ! なぜ私はメジロなのだッ! ライアンッ! 母はここでしっかりとお前の活躍を見ているぞッ! 頑張れッ! そこだ、まとめて引っこ抜けッ! 遠慮はいらんぞ、全員蹴散らしてしまえッ!!)

 

 

 メジロの一員として相応しい装いにて、拳を振り上げ大声で愛娘へと声援を送りたいという感情を鋼の意思で抑え込むひとりのウマ夫人。思考と表情が1ミリたりとも合致していない佇まいは名門としてのプライドがあるからこそ成せるスキルだろう。

 とはいえ、この女性がここまで昂りを覚えているのにもちゃんと理由があるのだ。我が子メジロライアンの勇姿、長く待ち望んでいた姿をようやく見ることが出来た感動はどれほどのものか。メジロの名を背負う意味を考えるあまり不自由になってしまった走りではなく、ただただ勝利のためにゴールを目指してターフを駆ける。若き日を思い出して脚が疼くほどに、愛娘の逞しく勇ましい姿は母親の心に希望と喜びの火を灯していた。

 

 

 あぁ、まったく。ライアンから日本ダービーを走るつもりだと連絡を受けた日のことが懐かしく思えるぐらいだ。学友のアイネスフウジンがダービーを目指すと知り、だからこそ本気で勝負を挑むつもりだと聞かされたときなど思考が停止してしまったものだ。

 かつての我が子であればそのようなセリフは出てこなかった、学友に遠慮してなにかしらの言い訳を──それこそ、メジロの悲願は天皇賞にあることを理由に回避するぐらいのことをしていたハズだ。それがこうまでも眼差しに闘志を宿して走るようになるとは。

 

 

 生真面目なメジロライアンに対し、迂闊に「メジロの名で自分を追い込むな」とは言えなかった。自分に自信を持てずにいる娘が母親からそのようなことを言われれば、失望されたと勘違いして余計に追い詰める結果になる可能性もあったからだ。

 しかし、だからといって……ここまで堂々と開き直った走りをされると、それはそれでメジロの者として悩ましくもあるなとウマ夫人は苦笑いをしたくなる気分でもあった。きっと、いや確実に。レース中のメジロライアンの心には名家としての矜持など存在しない。渇望のままに、餓えた獣の狩りのように、勝利という自身を成長させる最高の糧を獲るべく走っている。

 

 

(ライアンをここまで進化させてくれたことには感謝しているが……やはり1度、対話を試みるべきか? メジロの名を利用する意図が無いことぐらいは分かるが、だとしてもイレギュラーな存在であるのも事実だ)

 

 トレーナーとして類い希なる高い能力を持ちながら、頑なにウマ娘たちとの担当契約を拒む。

 

 かと思えば、迷えるウマ娘たちに暗闇の荒野へと踏み出すための勇気を惜しみ無く与える。

 

 まさに“薬も過ぎれば毒となる”とは件のトレーナーのためにあるような言葉だ。彼の活躍により救われたウマ娘もいるだろうが、余りにも現状の秩序を無視した手法は劇毒でもある。そして残念ながら案の定“メジロのおばあ様”ことメジロ家の現当主に彼の行動を制限しようという意思は存在しない。

 本来であれば秩序を守護る側であるはずなのだが、未だに中央トレセン学園で現役を続けている旧時代の怪物から得られたなんらかの情報がずいぶんと琴線に触れたらしい。まずはメジロライアンがどのようにトゥインクル・シリーズを走るのか見定めようではないかとの御言葉である。

 

 故に、当主の方針に従うのであれば迂闊に接触するべきではない。だがしかし、自分はメジロライアンの母親であり、彼はメジロライアンのことを最も詳しく理解しているトレーナーである。

 そう、メジロとしてではなく娘の話を聞きたいというどこにでもいる母親としての行動であればなにも問題はないのだ。ちょっと偶然レースの合間にちょっと偶然監視していた部下からの報告で行動を把握しちょっと偶然フードコートで出会うだけなのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「メイクデビューの勝者は誰もが素晴らしい走りをしていました。ですが、ひとり。そう……メジロ家のウマ娘、メジロライアンの走りはあまり褒められたモノではありませんね。名門としての品位が欠けていたように思います」

 

「そうですね、貴女の仰る通りです。今日のライアンの走りは名門の令嬢として見るのであれば相応しいとは言い難い走りだったかもしれません。まったく、困った走り方を教えた者がトレセン学園にいるようで」

 

「あら、意外ね。トレーナーという立場であればレースに勝てるウマ娘のことを高く評価するものだとばかり思ってましたが。自分が担当する愛バが負けてしまった、といった事情があるならば別でしょうけども」

 

「もちろんライアンのことは高く評価していますよ。彼女の能力であればGⅠレースでも充分勝ちを狙えるでしょう。ですが、彼女は“メジロのウマ娘”ですから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思いませんか?」

 

 

 訂正。劇毒よりも毒蛇のほうが適切である。知恵の果実を与えるところに悪意が無いのが幸いであり、これ以上無いほどに厄介だ。

 

 

「さて、その質問に対しての返答はなかなか難しいものですね。貴方の意見に同意してしまえば、名門以外のウマ娘たちの努力を否定することに繋がりかねませんので。トレーナーの皆さんも、名誉だけを求めてスカウトするワケではないでしょう?」

 

「そうですね、トレーナーがウマ娘に求めるものが名誉だけということはないかもしれません。そうでなければライアンも引く手数多だったはずですから。メジロの肩書き、ターフを抉るほど力強い末脚。本当に、どうしてスカウトされなかったのか不思議で仕方がない。もしかしたら天皇賞という目標にトレーナー側が怖じ気づいた、なんて可能性も無いとは言い切れませんね」

 

「それは……あの子では天皇賞を勝つことはできないと、そう仰りたいのですか? ライアンではメジロの期待に応えることができないと。だから、トレーナーたちはあの子をスカウトすることを躊躇ったのだと」

 

「さぁ? 私にはわかりませんよ、そんなこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──なんだと」

 

 

 

 

「トレーナー、あの女の人とすごく楽しそうにお話してるもん! なんだろ、さっきまでのレースのことで盛り上がってるのかな? う~、ちょっと気になるけど」

 

「ターボ、ホラ見てごらん。あの屋台うなぎの蒲焼きおにぎりだってさ。アンタもひとつ食べてみるかい?」

 

「うなぎ! うなぎの蒲焼き! おいしそうッ! 食べてみたいッ!」

 

 

 

 

「私が楽しみにしているのは、あくまでライアンの走りだけでしてね。メジロ家が掲げる天皇賞への想いなんてどうでもいいんですよ。知る必要もなければ知りたいとも思わない」

 

「メジロ家が天皇賞の勝利を悲願としていることを知りながら興味が無いと。ライアンであればGⅠレースでも勝てると、あの子の走りを楽しみだと言っておきながら、それでも興味が無いと言うのか。自由な走りを取り戻してもライアンとてメジロのウマ娘だと理解しているだろう」

 

「それがどうした。ライアンが天皇賞に挑むのであればそれは彼女自身が望むからだ。メジロの悲願、確かにライアンの性格であれば期待を背負うこともするだろう。だがレースの価値を、勝利の意味を定めることができるのはその瞬間コースを走っていたウマ娘たちだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……勝負の真価は、戦った者たちだけが知っていればそれでいいじゃないですか。大丈夫です、これからライアンが残す蹄跡には必ずメジロの誇りが現れますよ。必ずね。なにせ彼女は“メジロライアン”ですから」

 

 

 訂正。これは毒蛇などという可愛らしいモノではない、この青年は悪魔と言っても過言ではない。語る言葉に込められた自信が、信念が、あるいは確信が。とにかくウマ娘を信じるというトレーナーに最も必要である要素が──あるいは、ウマ娘がトレーナーに最も必要とする要素が桁違いに強すぎる。

 間違いない、最早間違えようがない。全てはこのひとりの悪魔がウマ娘たちを狂わせたのだ。本来であればレースを走ることさえ叶わなかったであろうウマ娘たちを、三女神でさえ取り零してしまったウマ娘たちをお人好しの悪魔がまとめて救い上げてしまったのだ。

 

 気がつけば、周囲で聞き耳を立てていたウマ娘たちの視線がこちらに集まっている。誰もが彼の言葉を聞いて、困ったように笑って──いや、よく見たらひとりだけ食事に夢中なままだが──とにかく、特別心が動いた様子もなく「またやってるよ」と言わんばかりに呆れていた。

 

 

 面白い。

 

 

 まさか、中央トレセン学園がこれほど面白いことになっているとは想像もしなかった。

 

 

 メジロ家の事情を知り、その上でメジロライアンがレースを存分に走ることを望むのであれば()()()()()()()()()()()()()()と堂々と断言するほど徹頭徹尾ウマ娘のために動くトレーナー。

 そんなトレーナーの存在を当たり前のものとして受け入れているウマ娘たち。ミスターシービーのメイクデビュー以来担当不在のウマ娘たちの走りが注目されるようになってきたが、そんなものはまだまだ氷山の一角に過ぎなかった。本当に大変なことになるのはこれからだ。

 

 

「……なるほど。貴方の考えはよくわかりました。今日のところはこれで失礼しましょう。では──また、いずれ」

 

 

 これ以上の対話は必要ないと判断し、ウマ夫人は優雅に一礼して中央の悪魔に背を向けた。我が子メジロライアンはすでに手遅れであり、そしてなにも心配する必要などない。ただ、トゥインクル・シリーズをどのように駆け抜けるのかを楽しみにしていればそれでいいのだ。

 それで仮に天皇賞を逃すことになったとしても、あのトレーナーが側にいて尚敗北するのであれば誰が担当したところで勝ち目など皆無である。まぁ、ある意味ではあのトレーナーが原因となり敗北する未来もあり得るが。同期か、それとも先にデビューした者たちか、真剣勝負を楽しむためのライバルに恵まれているのは確かである。

 

 

(さて、おばあ様にはなんと報告したものか。ライアンの走りで見定めるという意見には改めて賛成するとして……そうだな、子どもたちのレースを親が邪魔するものではないと説教されたことはちゃんと伝えなければなるまい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう進言するとしよう)




Q,遅かったじゃないか。

A,ロマ○ガ3とボーダーラ○ズと風来のシ○ンやってました。レアアイテム集めはたのスィーです。


続きは人々がコタツで食べるアイスの危険性に気がついたら、次の登場ウマ娘はエアシャカールになります。

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