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〜ピガット遺跡 ピガット・ウロボトリア遺跡下層〜
「――――盾に
「心許ないねぇ」
遺跡の入り組んだ通路の先の小部屋。その凹凸の隙間に身を隠すジャハルが、魔袋から取り出した持ち物を足元に並べている。それを異能による思念体でハピネスも眺めており、想像よりも遥かに貧相な装備に乾いた笑いを溢している。
「まあ……何もないよりマシかな」
「どこかで斥候部隊と接触していれば道具の補充が出来たんだが……。いや、どっちみち“ヒグマ”か“ゴウヨク”にしか会えないから変わらないか……」
「しかし、このラインナップ……。君、信頼されてないんだねぇ」
「しかし、ベル様の託してくれた装備だ。必ず勝ち筋になる筈だ!」
「うわあ。この子おめでたい頭してるよ。参ったねぇ」
ハピネスが何を語ろうとも、思念体からの意思表示は一切不可能でありジャハルの耳には届かない。故に彼女は何を理解しようとも、ジャハルの勇気に満ち溢れた横顔を糸のように細めた目で見つめることしか出来なかった。
「そうだハピネス。意思疎通をとる為に最低限の合図を決めておこう」
「ほう」
「否定的な意志の時は私の右手を、肯定的な意志の時には左手を触ってくれ。そうすれば少しの会話は出来るだろう?」
「そうだね」
「……あれ? 聞こえていないのか?」
「え? 提案終わりなの?」
ジャハルの提案に続きがあると思っていたハピネスは、慌ててジャハルの左手に触れ肯定を示す。
「そうそう。これならハピネスの異能による情報を私も少しは知ることが出来る」
「…………はぁ。ま、箱入りお嬢様にはこの辺が限界かな……」
ハピネスは呆れて溜息を吐きながらジャハルの両目に指を差し込む。
「うわっ。なんだハピネス! やめろ! 気持ち悪い!」
「えい。えい」
ジャハルは異能の発動条件が接触という点を利用して、ハピネスの思念体を感知している。そのためハピネスが今体のどこを触れているかを把握することだけが出来るため、両目に何度も気配を感じるというのは凄まじい違和感であった。
「遊んでいる場合じゃないんだぞハピネス!」
「それはこっちのセリフだよ。ジャハル君」
「馬鹿! 変なところ触るな! やめろ!」
「うりうり」
ジャハルはハピネスに全身を弄られ、小躍りするように身を捩る。
「いい加減にしろハピネス!! こっちは命の危険が………………?」
ふと、ジャハルは違和感を覚える。
「気付くのが遅い」
ジャハルの異能である“負荷の交換“の発動条件は、肌を直接接触させることである。実はその際に、相手の”抱えている負荷の度合い“も知ることが出来る。これにはある程度の集中力必要とするが、ラデックのような改造の異能者が相手の能力値を把握出来るように、ジャハルもまた交換対象となる負荷の度合いを測ることが出来た。
そしてジャハルは気付いた。ハピネスが”僅かではあるが怪我をしている“ことに。そしてそれが治療される気配が一切ないことにも。ハピネスのような魔力量が少ない人間でも低位の回復魔法で治療できる程の傷。それが手付かずのまま放置されていることに、ジャハルは強い違和感を覚えた。
「……まさか。交換しろというのか……?」
左手にハピネスの気配。肯定の意思表示。ジャハルが恐る恐る異能を発動すると、左腕にピリッとした鋭い痛みが走った。ジャハルが袖を捲って確認をすると、そこには刃物でつけられた沢山の細かい傷で”文章“が刻まれていた。
敵は2人。共に使奴部隊の可能性高。助けは見込めず。敗北必死。
「……傷で意志伝達か。分かってても簡単に出来るものじゃないだろうに……」
「君だってこれくらい出来るだろう。何を感心してるんだか」
ハピネスはジャハルの右手に触れ否定の意思を示しつつ、疑うような眼差しでジャハルの顔を覗き込む。
「さて……君は、先導の審神者様の警告に何と答えるんだい」
ジャハルは目を閉じて深く息を吸うと、諦め半分といった具合に微笑み目を開く。
「……何にせよ。立ち向かう他に道はあるまい。私に選択肢はない」
「いい覚悟だ。洒落た辞世の句を考えておいてくれよ。きっと高値で売れる」
遺跡の細い通路を、トレンチコートを着た灰亜種の使奴“メギド“が静かに歩いている。厚底のブーツを履いていながらも足音は一切立てず、コートの衣擦れさえ起こさず亡霊のように通路を進んでいく。そして微かな波導を感じ取って突然ピタリと停止し、機械のように首を左側へ向ける。その視線の先、通路の壁を数枚挟んだ向こう側は、今まさにジャハルが待ち伏せをしている場所だった。メギドは壁の向こう側にジャハルがいることを確信して手を翳し、一瞬だけ魔法陣を展開して高威力の土魔法を放った。
メギドの手元から生み出された金属の槍は、周囲から帯状の刃を形成し巨大な渦を巻く。不気味に輝く白いドリルは遺跡の壁をゼリーのように食い破り、瞬く間に砂丘までの風穴を開通させた。
しかし、開けたメギドの視界には何者の姿も映らず、肉片どころか衣服の切れ端さえ見当たらなかった。標的を見失ったメギドはすぐさま検索魔法を発動し、小さな羽虫のような魔法生命体を全方位へと拡散させた。だが、それでもジャハルは見当たらなかった。先程まで、確かにそこにあった気配が唐突に消失した。土魔法で跡形もなく消し飛んだと考えるのは早計。自分の感覚が狂わされている可能性はジャハルの異能から不可能と判断。となれば残りは――――
メギドは何の躊躇いもなく真っ直ぐと歩き出し、ジャハルがいたであろう場所まで歩みを進める。そして、目の前に転がる瓦礫一帯に向かって炎魔法による火炎放射を放った。
「ぐっ……!!!」
瓦礫の下に”隠れていた“ジャハルは、作戦が悟られていると判断してすぐさま逃げ出した。身に纏っていた”クローク“に火が燃え移り、忽ち灰となって宙を舞う。そこへメギドが追撃しようと土魔法で金属の槍を生成し撃ち込む。攻撃を予感していたジャハルは、背負った大剣のような”持ち手をつけただけの大楯”に身を隠すようにして上体を捩る。金属の槍が大楯に命中すると、凄烈な金属音を鳴り響かせて跳ね返した。そのままジャハルはスモークグレネードのピンを引いて足下へと転がす。当然メギドがこれを見逃す筈もなく、地面を踏み込み接近するのと同時に小石を弾いてスモークグレネードへと命中させた。”粘土“で作った本物そっくりのスモークグレネードに小石が食い込み、メギドは苛ついて顔を顰める。それと同時にジャハルの懐から勢いよく煙が吹き出し始めた。当然メギドは煙が彼女を覆い隠す前に追撃しようと魔法を展開し始めるが、それと同時にジャハルが”踵を返してメギドに突進を始める“。
「なっ――――!?」
「うぉぉぉぉおおおおおっ!!!」
彼女は世界最強の肉体と頭脳を持つ使奴に、あろうことか”正面突破”を挑んだ。
「ジャハル大尉。お前にもある程度”使奴との戦い方を教えておこう」
「ハイッ!! ベル総統!! よろしくお願いしますッ!!」
「……と言っても、大したことではない。お前の異能か私の道具。これをいかに当てるか――――それだけだ」
「そ、そんなことが可能なんですか? 使奴相手に……」
「無理だ」
「え」
「普通はな……。もし使奴がお前らを本気で殺そうとしているなら、最初から勝ち目はない。お前ら人間が幾ら必死こいて策を練ったところで、使奴から見たら子供が寝小便を隠すのと何ら変わらない」
「では……戦い方というのは?」
「お前らが“勝てる可能性”が存在する戦闘のみに対しての戦術だ。使奴がお前らの生捕りや屈服を目的としている場合、即死攻撃を仕掛けてこない限りは……ほんの少しだけだが反撃の余地がある」
「……相手の余裕を刺す」
「そうだ。その場合に限り、お前らを介して“私”と“敵”の騙し合いが始まる」
「私達を介した騙し合い……」
「私がお前たちに教えるのは”この上なく頭の悪い愚策“だ。これがひょっとすれば恐らく多分”会心の一撃“に化けるかも分からん」
「ひょっとすれば……恐らく?」
「多分」
「それは……策……なのですか?」
「勿論。問題は、命を賭した生死の狭間でこの稚拙な愚策を遂行出来るかどうかだ。それが出来なければ、そもそも勝ち目などない」
「……いえ。出来ます。やって見せます」
「くれぐれも忘れるな。使奴相手では、お前の考えなど全て見透かされていると」
ベルに命じられた通り、ジャハルの正面突破に策などない。手に握り締めた“対象を必ず気絶させるスタンガン”を当てることだけを考えた猪突猛進。しかし、メギドはこの愚策と呼ぶのも躊躇われる程の気の狂った行動に、思いがけず狼狽えることになった。
敢えて行われる奇行の殆どは、ただの愚行と変わりない。誰も行っていない奇策は、誰も行う価値がないと判断した愚策であり、気を衒ったものの殆どは気を衒うことが目的の塵である。それは使奴のみならず、ある程度何かしらの物事に精通した者であれば必ず理解出来る常識であり、紛うことなき真実である。
故にメギドは早急に見破らなくてはならない。この愚策に覆い隠されたベルの奇策を。自国の総指揮官の命を溝に捨てさせてまで狙っている形成逆転の一手を。それは果たしてこの攻撃を”避けると“発動するのか。ジャハル本人が“迎撃されると”発動するのか。或いは“既に発動している”のか。その能力の正体は何なのか。メギドは必死に思考を巡らせ、ベルの狙いを推測した。幸い、メギドには時間があった。ジャハルの突進によってスタンガンがメギドに当たるまで僅か数秒。使奴にとっては充分過ぎる思考時間。
しかし、この時点で既にメギドはベルの策に片足が嵌まっていた。
使奴の殆どはハザクラの解放宣言を聞いている。その命令内容である”生き延びろ“という命令は今尚使奴を縛っている。そしてこの瞬間。生存命令である筈の言葉は、今度はメギドの四肢を縛ることになる。
ベルの策を見破らんと思考を巡らせているメギドは、今目の前にある”ベルの異能がかかったスタンガン“よりも、”未だ見えぬベルの奇策“を警戒してしまっている。例え、スタンガンは喰らったとしてもジャハルが使奴を戦闘不能にさせることはほぼほぼ不可能であり、そんな些細なことよりも、”使奴であるベルが考えた形勢逆転の一撃“の方が確実に避けるべき凶弾であった。あの冷酷で独善的なベルは、自国の優秀な人間を守る為に必ずや一撃必殺の弾丸を放ってくる。この推測は、今までのベルという人物の悪い意味での信用からくるものであった。しかし、この信用こそがメギドを縛る鎖であった。
ハザクラの生存命令によって、メギドはベルの見えない策を喰らうわけにはいかない。そして、ジャハルのスタンガンを喰らうことは“生存命令には違反しない”。この二つの条件が成立したこの瞬間。ジャハルの考え無しの猪突猛進が一撃必殺の凶弾へと変貌した。
「あ――――」
メギドは気付いた。ジャハルと服が擦れ合った直後。その手に握られたスタンガンとの距離僅か数mm。自身の身体が動かない事に。逃亡も、反撃も、ハザクラの命令に違反してしまう事に。今のメギドに残された唯一安全な生存策は――――
バチバチバチバチッッッ!!!
けたたましい電撃音。ジャハルの握ったスタンガンは、メギドの身体に強く押し当てられバッテリーの中に蓄えられたエネルギーを放出させた。意識が途絶えたメギドが膝から崩れ落ち、その傾いた身体は重力に引っ張られて弱々しくジャハルへともたれかかる。
「や」
ジャハルは愚策の完遂を未だ信じられないまま、無意識の内に声を漏らす。
「勝っ――――――――」
右手にハピネスの気配。否定の合図。
「え、あっ――――!!!」
ジャハルは咄嗟に体を逸らすが、不意に飛んできた“巨大な白い鉄球”に吹き飛ばされ地面を転がる。幸いにも、懐のスモークグレネードは未だ煙を噴出し続けており、第三者からの追撃の心配はなかった。しかし、これを幸いと呼ぶのは些か無理があったかも知れない。
「うっ……!!! あっ……!!!」
左腕、左肩、肋骨、左大腿骨の骨折。地面を転がった事による脳震盪と首の捻挫に全身の打撲。あちこちに散らばっていた瓦礫の所為で、身体中に卸金をかけられたかのような裂傷が惨たらしく鮮血を溢れさせている。ジャハルは逃げる為に最大限の回復魔法を使い出血を止め、足の骨折を最大限治癒させる。しかし、人道主義自己防衛軍No.2の技術を以ってしても、骨折による腫れを少しだけ抑えることが精一杯であった。
「ふぅむ。これは……絶体絶命だね」
ハピネスが思念体越しにジャハルの惨状を眺めている。そして、スモークグレネードによる“隠蔽”によってジャハルを見失わないように気を付けながら上昇し、煙の外へ顔を出す。そこから、倒れ込んでいるメギドと“メイド服姿の灰亜種”の姿が見えた。
「メギドちゃん。起きて下さい」
メイド服の使奴がトレンチコートの使奴を”メギド”と呼び、介抱している。そして回復魔法を発動させると、メギドは薄っすらと目を開けて辺りを見回した。
「う……ハ、ハイア……」
「見事に負けです。メギドちゃんの」
「手……出すなっつったろ……」
「限度ってものがあるのですよ」
「くそッ……ベル何かに負けるなんて……」
「メギドちゃん。今のところ全戦全敗ですよ」
「うるせー……まだ、ヤれるっつーの……!!」
メギドがゆっくりと身体を起こしたのを見て、ハピネスはすぐにジャハルの元へと戻る。
「あーらら。敵さん起きちゃったよ。スタンガン、役に立たなかったねぇ」
「ぐっ……ああっ……」
「あー。こりゃ重症だ」
ジャハルは激痛に見舞われながらも何とか立ち上がり、壁に手をついて体を擦り付けながら進んで行く。
「次……次の……手を……か、考え……ないと……!!」
その呟きは、半分以上現実逃避によるものであった。自分はまだ負けてない。絶望的な今を、未来に目を向けることで見ないようにしていた。情けなく見っともない悲壮感に塗れた戦士の背中を、ハピネスが伏し目がちに見つめる。
「……ま、よく頑張った方だよ。ジャハル」
そう言って彼女は、ジャハルの左手を掴んで肯定の意思を示す。すると、ジャハルは次第に歩みを止めて啜り泣きを始める。
「ハピネス……ありがとう……すまないが、最期まで、そこに居てくれないか……? 1人は、1人で逝くのは、嫌だ……!」
ジャハルがその場に力なく倒れ込む。勇ましい戦士の顔を、涙と鼻水がぐしゃぐしゃに汚している。
「ハザクラ……すまない……!! ベル様……申し訳、ありません……!! 私は、私は――――」
「さっさと立て」
ハピネスがジャハルの右手に触れ否定の意を表す。
「ハピ……ネス……?」
「君の上司の策は失敗したけれど、安心するといい。先導の審神者様からも、とっておきの策をあげよう」
「一体、何を……」
「乾杯」
ジャハルは自らの感覚を疑った。これは怪我による麻痺でも、出血による判断力の低下でも、絶望による思考の狂いでもない。確かな事実。
「ハピネス……!?」
「さて、次は……」
ハピネスの体力が、凄まじい勢いで減り始めた。
「な、何をしているんだハピネス!? 誰かに襲われているのか!?」
「なわけないだろう……うっ!! ぐっ……!!!」
ハピネスは致死量とも思える程の血を吐き出してその場に倒れ込む。意識は朦朧とし、次第に手足の感覚が無くなっていく。
「こ、これは……まさか……!!」
「……ごぽ……。ふーっ……ふーっ……」
ハピネスはゆっくりと呼吸をしながら必死に痛みを堪える。全身が痙攣を始め、掌から“猛毒の入っていた小瓶”がするりと転がり落ちる。
「“入れ替えろ”というのか……!? 私の異能で……」
彼女はもう片方の手で握っていた竹串を両手でしっかりと握り、最後の力を振り絞って“自らの両眼に突き刺して抉り取った“。
「私を経由することなく……“あの使奴”と!! “ハピネス”を!?」
「ぐぅっ……!!! がっ……! はぁっ……!! はぁっ……!! ふーっ!!」
そして竹串に刺さった目玉を抜き取ると、今度は耳に差し込んで“鼓膜ごと内耳を突き刺した”。
「そんな、無茶だ……!! 私の異能は自分と相手の負荷を入れ替えるんだ!! 第三者同士は出来ない――――!!!」
「っ――――!!! ああっ!!! うっ……ぐっ――――!!!」
ハピネスはジャハルの右手に触れ、否定を示す。
「出来ない……出来ないんだよ……!!」
「ふーっ……!! ふーっ……!!」
右手に気配。否定の合図。
「そんな……ああ……!!! ハピネス……!!!」
「がはっ……!!! はぁっ……はぁ……ふふ……。あーっはっはっはっは!!!」