シドの国   作:×90

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110話 ごっこ遊びはここまで

〜バルコス艦隊 中央陸軍特別演習場〜

 

 バルコス艦隊陸軍潜入28日目、午後。

 

「これより、評価式特別公開実技演習を始める。ハザクラ・バルキュリアス!!! 前へ!!!」

 

 ミシュラ教官が怒鳴り声にも似た号令をかける。控え席にいたハザクラは居眠りを止めて顔を上げ、気怠そうにミシュラ教官の元へと歩き出した。

 

「お、出てきたぞ……」

「やっぱ今回の実技演習(スクラップ)はハザクラか」

「てことは他の編入組もだな」

 

 険しい表情のミシュラ教官とは打って変わって、観覧席の軍人達はへらへらと笑いながらハザクラの入場を見下ろしている。ハザクラは陰口を叩かれながら歩いて行き、ミシュラ教官の前に立つ。

 

「ハザクラ・バルキュリアス。お前は我々の厳しい指導も虚しく――――」

「ひとつ、頼みがある」

 

 ハザクラの発言に演習場が一瞬で凍りつき、ミシュラ教官の目に明確な殺意が宿る。スクラップに指名された出来損ないが教官の言葉を遮り、剰え要求を示したのは初めてのことであった。

 

「貴様……自分の立場が分かっているのか? ハザクラ…………!!!」

「この実技演習で貴方に降参をさせることが出来たら、俺達編入組4人を、“竜の調査任務“に指名して欲しい」

 

 再び、場が凍りつく。今度は刹那の静寂の後に、群衆が不穏に響めきだす。

 

「”竜“……!? アイツ今”竜“って言ったか……!?」

「一体何様のつもりで……!!」

「アイツ、死ぬぞ……」

「なんと非常識な……!! これは、知らなかったでは済まされんぞ!!」

 

 最早ミシュラ教官は軍人達の私語を咎めることもなく、憤りに満ちた目でハザクラを睨みつける。

 

「今の言葉が何を意味するか……分かっての発言だろうな……!!! ハザクラ……!!!」

「当然。この国は古くから竜信仰の文化が根付いている。竜という存在は、貴方達にとって外国人は疎か役職のある人間でさえ簡単には近寄ることの出来ない神聖なもの。それを外国人である俺に任せるということが、どれだけの無理難題であるかも理解している。理解しているが――――あくまで無理というのは貴方達の感情によるものだ。物理的な話ではない。だから、一度だけ首を縦に振って欲しいと思い――――」

「極めて悪意ある不敬罪と判断する!!! 今回の特別演習は、貴様にとって人生で最も辛い出来事になるだろう!!!」

 

 ミシュラ教官が長槍を構えてハザクラに突進を始める。しかしハザクラは少し考える素振りをしてから平然と口を開く。

 

「それともう一つ」

 

 長槍による刺突がハザクラの胴を捉える直前、ハザクラはひらりと身を躱して場外へと飛び退く。

 

「演習の相手はラデックからで頼む」

 

 そう言うと、ハザクラの後方にあるゲートからラデックが姿を表す。ラデックは眉間に皺を寄せたまま嫌そうにハザクラへと近づき耳打ちをする。

 

「……本当に俺がやらなきゃダメなのか?」

「総指揮官の俺が勝っても面白味がないだろう。ゾウラは万が一にも正体を知られたくないし、シスターの戦い方は派手さがない上にまぐれと捉えられる可能性が高い。お前が1番分かりやすい強者なんだ。出来る限り分かりやすくド派手に打ち負かせ」

「女性を痛ぶるのは気が引ける……」

「ミシュラは強者であり悪者だ。殺すまでは行かなくとも、鉄拳制裁くらいは妥当だろう」

「気分の問題だ。それに打ち負かすと言ったって……俺の発想力じゃ高が知れているぞ」

「この1ヶ月の間、ラルバとしょっちゅう会っていただろう。何をしていたのかは知らないが、何か下卑たアイディアとかも聞かされていたんじゃないのか?」

「……出来るかどうかは別だ」

 

 ハザクラはラデックの肩を叩いて裏手へと戻って行ってしまった。ラデックが不満そうにハザクラを見送ると、ミシュラ教官が地を揺るがすような怒鳴り声を上げる。

 

「いつまでマスかいているつもりだ!!! さっさと上がれボンクラ男!!!」

「……はあ。仕方ない」

 

 ラデックは大きく溜息を吐いて肩を落とし、意を決したように前を向く。

 

「まあ、恨みがないと言えば嘘になるからな。少しだけ過剰に仕返しさせてもらおう」

 

 ラデックがミシュラ教官の正面に立つ。ミシュラ教官が静かに槍を構え直すと、ラデックは気怠そうに話しかけた。

 

「生憎だが、俺にはか弱い淑女を痛ぶる趣味はない。早めに降参してくれることを願う」

「はぁ? 淑女? 私が、か弱い淑女だと?」

 

 ミシュラ教官は首を傾げて哀れみの目を向ける。あまりにも度が過ぎた挑発は、寧ろ頭の心配をされる。そのことに気付いたラデックは、気まずくなって少し言葉を詰まらせる。

 

「あ、いやー……なんだ。えー……。あ、槍は男根のメタファーらしいが、もしかして性転換願望があるのか?」

「殺す!!!」

 

 今度の挑発はミシュラ教官に思いの外刺さったようで、彼女は激昂してラデックへと襲いかかった。振り回された長槍の先端がラデックの首筋に迫るが、ラデックは当然これを躱して再び挑発をする。

 

「その男勝りな言葉遣いも男性への憧れからか?」

「黙れ!!! 誰が男なんぞ気持ちの悪い軟弱な種族に憧れるか!!!」

「そう恥ずかしがらなくたっていい。俺は寛容だ」

「殺す!!! 今ここで殺してやる!!!」

 

 ラデックの一方的なレッテル貼りに、ミシュラ教官は悪鬼羅刹の形相で槍を振り回す。当然、ただ闇雲に振り回しているわけではなく、バルコス艦隊軍流槍術の型に沿った極めて高度な戦法である。石突に仕込んだ風魔法の陣を小刻みに発動し、槍の刺突や薙ぎ払いの速度を柔軟に変化させ相手を翻弄する高等技術。

 

「うらぁぁああ!!!」

 

 しかし、今のラデックにとってミシュラ教官は警戒に値する人物ではなかった。

 

 笑顔による文明保安教会直属の信者。人道主義自己防衛軍“クサリ”総指揮官、ジャハル・バルキュリアス。なんでも人形ラボラトリーのギャング。真吐き一座の花形、タリニャ。スヴァルタスフォード自治区“悪魔郷騎士団”一番槍、ヤクルゥ。そして、ピガット遺跡“異能互助会門番”にして“ウォーリアーズ”所属、トール。これらの猛者達と手を合わせてきたラデックは、自分が思っている以上に戦士としての成長を遂げていた。

 

 槍の軌道が目で追える。目線から狙いが分かる。重心の位置から次の一手を予測出来る。波導の流れから魔法の種類と発動タイミングが読める。そして、それらを理屈ではなく漠然とした経験則と直感から導き出せる。

 

 ミシュラ教官も決して弱くはない。物心ついた時には既に酒浸りの父親に虐待されており、極端に色素の薄い肌から“悪魔病”だと虐めを受け、そんな劣悪な環境の中で血の滲む努力を重ね、幾度となく泥水を啜りながらも今の地位まで上り詰めた努力の天才。

 

「ぐっ……!!! おらぁぁぁああああ!!!」

 

 しかし、相手が悪かった。

 

「おっと」

 

 ミシュラ教官の攻撃を、ラデックが皮膚を掠るギリギリで躱し続ける。一見してラデックが追い詰められているように見えるが、実際に追い詰められているのは全力を出し続けているミシュラ教官の方である。

 

「行けっ!! そこだぁ!!」

「あの男ふらっふらじゃないか!」

「随分避け続けるな……教官が遊んでいるのか?」

「まぐれだろまぐれ!! あの槍捌きが見えるもんか!!」

 

 観覧席から聞こえて来る有象無象の声に、ミシュラ教官は苛立ちながら槍を握りなおす。

 

「クソっ……煩い奴らだ……。これが終わったら全員懲罰行きにしてやる……!!」

 

 ミシュラ教官は肩で息をしてラデックを睨みつける。しかし、自分の“体の異変”には気付かないままであった。

 

「意外に体力あるな。流石は軍人」

「でりゃぁぁぁああああ!!!」

 

 ミシュラ教官の槍術を躱しながら、ラデックは気付かれないようにミシュラ教官の指先に触れる。そして今回5度目の異能を発動した。

 

「はぁっ!! はぁっ!! クソっ……!! クソ野郎ぉ……!!!」

「まだそんなに元気なのか」

 

 ラデックが先程からミシュラ教官に施している改造。それは、体温の上昇。発汗量の増加。筋力の低下。の3種類。どれも僅かな変化のため自覚しづらいが、ミシュラ教官には既に5度目の改造が施されている。そのせいで彼女の体温は現在39.3度、夕立にでも降られたのかと思う程の滝汗をかき、筋力に至っては既に3割以上を失っている。高熱で意識は揺らぎ、視界には靄がかかり始める。蒸し風呂のような暑さを錯覚しながらも、多量の発汗により凍える寒さを同時に味わう。更には多量の汗をかいたことにより脱水症状を起こし、鬱陶しい頭痛と全身を這い回る悪寒と倦怠感をそんな中での筋力の低下は、戦闘パフォーマンスよりも呼吸や血液の循環、そして眼球の操作に致命的な支障をきたした。

 

「うあぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 ミシュラ教官の渾身の大振りがラデックの側頭部を捉える。しかし――――

 

「む」

 

 ラデックが頭突きで槍を押し返すと、その衝撃が槍越しにミシュラ教官の掌に伝わる。

 

「ぐ…………あっ!!!」

 

 そして、その反動でミシュラ教官は槍を落としてしまった。大慌てで槍を拾うも、同時に観覧席の軍人達が異常事態に響めき出す。

 

「え……今、槍……落とした?」

「なんかおかしいぞ……」

「何が起こってんだ? あの金髪何したんだ!?」

 

 ラデックはぐるりと辺りを見回し、困惑する軍人達を見て呟く。

 

「潮時だな」

 

 そして再びミシュラ教官に目を向けると、彼女は槍にしがみついて何かをブツブツと呟いていた。

 

「違う……違う……! 何かがおかしい……! なんで……どうして……!!」

「ミシュラ教官」

 

 名前を呼ばれ、ミシュラ教官はハッとした顔でラデックを見る。いつもと変わらぬ間抜けな編入生ラデックの顔が、ミシュラ教官の目には恐ろしく不気味に見えた。

 

「約束、忘れないでくれよ」

「約束……? だ、誰が貴様等に竜の情報なんか……!!」

 

 ラデックはミシュラ教官を突き飛ばす。

 

「きゃっ!!」

 

 そして自身に改造を施し、腕を思い切り振りかぶる。

 

「これで終わりだ」

 

 改造の異能により限界まで筋力を引き上げられた肉体から放たれた拳は、尻餅をついているミシュラ教官の足元の地面に振り下ろされた。ラデックは拳が地面に触れると同時に地面にも改造を施し、演習場を古びたガラスのような脆い素材へと変化させた。当然演習場の台は崩壊し、その衝撃は観覧席にも伝わり施設諸共粉々に打ち砕いた。

 

 大火事の煙幕以上の土煙が上がり、無惨に崩れ落ちた演習場のあちこちから痛みに呻く声と不安に狼狽える声が交差する。ミシュラ教官は態と外された一撃の威力に恐れ慄き、土煙越しに立っているラデックを腰を抜かしたまま見上げて震え上がる。

 

「な……な……んだ……お前……!!!」

 

 ラデックは地面を殴った手を痛そうにプラプラと振りながら口を開く。

 

「ハザクラは俺より強いぞ。降参しないなら続けるが……どうする?」

「誰が……お前等などに竜を……!!」

「続行か?」

「ひっ!」

 

 ラデックが脅かすように拳を構えると、ミシュラ教官は両手で頭を抱えて顔を逸らす。

 

「降参した方がいいと思うぞ」

「ふ、ふざけ……」

「降参はしない」

 

 土煙の向こうから不意に割り込んできた声。ラデックがそちらに視線を向けると、こちらへ歩いてきている何者かの手元から1枚の刃が発射された。

 

「うおっ!!」

 

 慌ててラデックが体を逸らして避けると、その“銀色に輝く金属製のカード”は突如光り輝いて爆風を引き起こした。目も開けられないほどの暴風が土煙を一瞬で晴らし、術者の姿が露わになる。そして、その姿に軍人達は思わず声を漏らした。

 

「あ、あれは……」

「“軍神”……!! “軍神ロゼ”だ!!!」

 

 ラデックの前に現れた人物。それは嘗て、女尊男卑の国、グリディアン神殿で統合軍総司令官の地位にいた人物。ロゼの姿だった。

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