シドの国   作:×90

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111話 軍神ロゼ

 “バルコス艦隊”。元は200年前の戦争で祖国を失った海軍達が作った集落が起源とされている軍事国家。過去にはグリディアン神殿による襲撃を受け、またそれを仲裁した使奴らによって両国は共同軍事演習を行うまでの友好国となった。しかし、一度はグリディアン神殿に敗北したという事実はバルコス艦隊の歴史に深く刻み込まれ、年月を重ねるごとに半ば崇拝とも呼べる絶対的な上下関係となっていった。

 

 

〜バルコス艦隊 中央陸軍 崩壊した特別演習場〜

 

「ロゼ!! “軍神”ロゼだ!!」

「すげぇ!! 本物だ!!」

「ロゼ!!!」「ロゼ!!!」「ロゼ!!!」「ロゼ!!!」

 

 瓦解した演習場に、突如として現れた女性。それは、グリディアン神殿で統合軍最高司令官を務めていた異能者。ロゼであった。その姿に、軍人達はミシュラ教官の圧倒的敗北の衝撃など忘れて歓声を上げる。瓦礫の上で砂塗れになりながらも狂喜に叫ぶ様は、宛ら新興宗教の信者のようであった。

 

 ロゼが鬱陶しそうに辺りを見回すと、彼女の足元にミシュラ教官が不恰好に駆け寄って跪く。

 

「ロ、ロゼ最高司令官……!!! お、お久しぶりでございます……!!!」

 

 ロゼは何も言わずにミシュラ教官を見下し、すぐに前方のラデックに目を向ける。跪いているミシュラ教官はそれに気付かず顔を伏せたまま話を続ける。

 

「折角お越しいただいたのに、こんな有様で申し訳ありません!! お恥ずかしながら、奴等“人道主義自己防衛軍”のクソ共の策略を許しーーーー」

「おい」

 

 ミシュラ教官の話を、ロゼが小さく呟いて遮る。ミシュラ教官は身体をびくっと震わせて押し黙る。その呟きは他の軍人達には聞こえなかったが、ロゼの全身から息の詰まるような重苦しい波導が流れ出るのを感じ、全員が歓声をピタリと止めて沈黙した。

 

「…………お前、シスターに何をした?」

 

 ロゼの視線の先には、ラデックがおり、その少し離れたところに立っているハザクラ、ゾウラ、シスターの姿がある。ミシュラ教官は凄まじく悪い想像をして息を呑んだ。そして、その想像通りにロゼが唸るように言葉を続ける。

 

「俺の命の恩人に、何をした?」

 

 軍人達の沈黙が、徐々に恐怖の色に染まっていく。

 

「その仲間達に、何をした?」

 

 ああ、私達はきっとーーー取り返しのつかないことをしてしまったんだろう。

 

 軍神ロゼ。数年前に頭角を表したかと思えば、その後瞬く間に大出世を続け統合軍最高司令官にまで上り詰めた圧倒的実力者。その戦闘能力の高さは共同軍事演習の度に幾度となく目にしており、驕りも容赦も一切ない澄み切った純粋な気迫は、誰もが畏れ崇める“軍神”と呼ぶに相応しいものであった。そんな戦の神の怒りを買ってしまった。到底耐えられない恐怖に、ある者は膝から崩れ落ち、ある者は胃の内容物を撒き散らし、ある者は気を失ってその場に倒れ込んだ。そして、その怒りの矛先を眼前に突きつけられていたミシュラ教官は、全軍人の前だというのに失禁して足元を濡らした。

 

「あ、あ、あ……ああ……!!!」

「おい、ミシュラ。俺の恩人達に何をした? 何でシスター達が“スクラップ”に選ばれている?」

「あ、ああああっ……あ」

「それと……さっき“人道主義自己防衛軍のクソ共“とか言っていたな……」

「あ…………え……?」

 

 ロゼがミシュラ教官に背を向け、袖を通さずに羽織っていた上着を見せる。それはいつも着ている濃緑のグリディアン神殿統合軍の制服ではなく、紺色の“人道主義自己防衛軍”の制服であった。そして、風に靡く上着の胸ポケットと腕章には、“人道主義自己防衛軍ヒダネ”の紋章が陽の光を反射してギラギラと輝いている。

 

「グリディアン神殿統合軍最高司令官改め…………人道主義自己防衛軍“ヒダネ”指揮官補佐、ロゼ。お前の言うクソ共の1人だ」

 

 この言葉に、全軍人が目を剥いて驚愕した。呼吸をするのも忘れ、演習場が再び静寂に包まれる。ロゼは気を失いそうな程に青褪めているミシュラ教官を一瞥すると、ハザクラの方に目を向ける。

 

「久しぶりだな。ハザクラ。いや……総指揮官殿、とお呼びした方がいいか?」

「いいや、ハザクラでいい。堅苦しい上下関係は好きじゃない」

「そうか」

 

 ロゼはシスターの方へを目を向け、心配そうに歩み寄る。

 

「久しぶり。シスター」

「はい。お久しぶりですロゼ。指揮官補佐になるなんて凄いじゃないですか」

「ただの天下りだよ……。人道主義自己防衛軍の奴らは気が良すぎる。不気味なくらいだ。そんなことより、シスター。コイツ等に何か酷いこととかされてないか?」

「そのコイツ等って言うのは……ハザクラさん達のことですか?」

「ははっ。どっちもかな」

「心配要りませんよ。私は大丈夫です」

「そうか。それならよかった」

 

 2人が少し冗談混じりに挨拶を交わすと、そこへ近くにいたゾウラが駆け寄ってロゼに挨拶をする。

 

「初めまして“軍神”さん! 私はゾウラと言います!」

「ああ、お前がゾウラか。話は聞いてる。あと、軍神ってのはやめろ」

「はい! ところでさっき“降参はしない”と言っていましたけど、ミシュラさんはもう立てないんじゃないですか?」

「あ、そうそう忘れてた」

 

 ロゼは何かを思い出してハザクラへと向き直る。

 

「ハザクラ、まずは礼を言わせてくれ。お前のお陰で、俺もザルバスも随分良い思いをさせてもらっている」

「その辺は俺よりもジャハルに言ってくれ。グリディアン神殿の制圧手順と捕虜の待遇措置を定めたのは彼女だ。俺は特に何もしてない」

「俺をヒダネに入れるよう口添えしただろ」

「適材適所だ。ヒダネは人道主義自己防衛軍の中でも瞬間火力を求められる軍団だ。ロゼのやり方に合っているだろう」

「ああ。確かに、俺向きだ。そんで一つ相談なんだが……。ちぃと胸貸してくんねぇか?」

「……特別演習の続きか? 意味があるようには思えないが……」

「意味なんかねぇよ。ただ、俺にも一応クソみたいな面子ってもんが残ってる。このバルコス艦隊軍は、俺が一昨年辺りから支配下に置いていた組織だ。確かに中身は腐ったハリボテかも知れねぇが……テメェの嘗ての部下がここまで馬鹿にされて黙ってるのも、人道的とは言い難いだろ?」

「全く同意出来ない」

「嫌ならいい。これは俺の勝手な我儘だ。上官様の命令には従う」

「そうか……」

 

 ハザクラは少し考える素振りを見せた後、視線を地面に這わせて口を開く。

 

「……ロゼの上司、現在のヒダネ総指揮官代理は誰だ? やはり前総指揮官のオルカイディスか?」

「ああ、そうだ。あのデブ猫サボり魔どうにかしてくれよ。雑用全部押し付けられて困ってる」

「そうか……なら、まあ」

 

 ハザクラは頷いてラデックの方へと歩いて行き、ミシュラ教官を連れて演習場の外へ出るよう顎をしゃくった。

 

「彼女の指導内容に少し興味が湧いた。相手しよう」

「助かる」

 

 ロゼが微笑みながら演習場へと歩いて行き、ハザクラの正面に立って睨み合う。つい先程まで、全軍人が待ち望んでいたハザクラの特別演習。しかし、もう誰一人として彼を笑う者は居なかった。誰もが固唾を飲んで見守る中、2人の戦いは何の合図もなく静かに始まった。

 

 先制したのはロゼ。カードデッキに手を伸ばすことなく、手品のように金属製のカードを出現させてハザクラへと射ち出す。四方からハザクラに襲いかかるカードのうち、1枚がハザクラの眼前で波導光に包まれた。彼が攻撃を警戒して咄嗟に顔を覆うと、カードは運搬魔法を発動してハザクラの体をほんの僅か空中に浮かせた。地面との接点を断たれたハザクラは身動きが取れず、残りのカードを蹴りと手刀で叩き落とす。しかし、カードは弾かれるや否や波導光を発して膨張し、巨大な火柱となって演習場に聳え立った。天を貫くような火炎の竜巻が起こり、ロゼは間髪入れずカードデッキに手を伸ばし追い打ちをかける。火柱を囲うように射出された2枚のカードは、ブーメランのように縁を描いて火柱の周囲を飛び回る。1枚は水魔法で巨大な水の球を召喚し、もう一枚が水の球を貫いてロゼの元へと戻ってくる。カードは水に濡れて尾を引き、その尾が途切れる前にロゼがカードを手にする。この瞬間、ロゼの肌と巨大な水の球は何かを解することなく接触した。

 

「“切り刻め”!!」

 

 ロゼの異能が発動する。巨大な水の球は、嘗てそこに存在したであろう物体に置換され、墜落寸前の戦闘機のプロペラに姿を変える。猛スピードで回転し突進するプロペラは真っ直ぐ火柱の中心へと向かって行き、燃え盛る空間をバラバラに切り裂いた。

 

 プロペラが地面に触れると大きく跳ね上がり、そのまま傍観している軍人達の方へと落下していく。呆然としていた軍人達が突然の流れ弾に大騒ぎして逃げ惑う傍ら、ロゼは額に脂汗を浮かべて火柱の中を見つめていた。

 

「……クソっ。ここまで差があんのかよ……!!」

 

 火柱がゆっくりと勢いを落として消えていく。その中から、ハザクラが全くの無傷で涼しい顔をしながら現れた。

 

「今のが最大火力か……。場所に依存する異能は使い勝手が難しそうだな」

 

 ハザクラが徐に手元に魔法陣を組み始める。恐ろしく悠長な攻撃の構えで、ロゼに半ば強制的な力比べを持ちかけた。ロゼは舌打ちをしながらもこれに応え、同じように魔法陣を展開する。

 

「クソが……!! 人道主義自己防衛軍ってのは、どうしてこうも戦い方が厭らしいんだ……!!」

「それはロゼが格下だからそう感じるだけだ。観察されるのが嫌なら強くなればいい」

「正論かますなクソがっ!!」

 

 ロゼが最大まで威力を高めた渾身の一撃を放つ。手元の魔法陣が大きく広がって、そこから大木のように太い紫色の光線が生成される。それは轟音と共に電撃と火炎を纏い、巨大な龍のように地を穿ってハザクラへと襲いかかる。

 

 今度はそれを迎え撃つ形でハザクラが魔法を発動する。魔法陣が手元を離れて地面に広がり、猿のような巨大な石像を呼び出した。猿の石像はロゼの光線を腹で受け止め、そのまま少しだけ腕を引いてから前方へ掌底を打ち込んだ。その一撃は空間を揺らすような衝撃と共に、ロゼの放った光線を蝋燭の火を吹き消すように掻き消した。その衝撃の余波はロゼ本人のところまで届き、ロゼはほんの数歩後退りして大きく吐血する。

 

「がっ……は……!!!」

 

 内臓を激しく揺さぶられたロゼはそのまま前方へ倒れそうになり、すんでのところで片膝をついて堪えた。

 

「はぁっ……はぁっ……ぐっ…………ぐぞったれ……!!!」

「うん。悪くはなかった。ただ、もう少し丁寧に魔法式を組んだ方がいい。手癖で属性と種類を見抜かれる。あと、もっと自分を信用しろ。オルカイディス総指揮官代理に言われなかったか?」

「ゲホッ……ゲホッ……い、いきなり言われて出来るかよ……!! お前等はもう少し、正しさっつーもんについて、よく考えろ……!! お前等が思ってる程、“正しさ”っつーもんは“正しくない”……!!」

「ああ。知ってる」

「タチが悪ぃ……!!」

 

 ロゼは再び大きくえずいて血を吐き出すと、亡者のようにゆらりと立ち上がって空を仰ぐ。そして、少し離れたところで依然として腰を抜かしているミシュラ教官の元へフラフラと歩いて行き、彼女を虚な目で見下ろす。ミシュラ教官が血相を変えて後退ると、ロゼは強化魔法で声の音量を上げ、ミシュラ、そして全軍人に向けて呼びかける。

 

「あ、あー、ゲホッ!! ゲホッ! っ……ああ……。見ての通り、我々は敗北した。よって、ハザクラ并に同行者3名に“竜の調査任務”を割り当てるように」

 

 満身創痍のロゼの指示に、軍人達は怯えながらも顔を見合わせて響めく。未だロゼの足元で泣きべそをかいているミシュラ教官ですら、素直に首を縦に振ることなく目を泳がせている。それを見ると、ロゼは虫ケラを見るような眼をより細めて一歩横にズレる。

 

「不服か? ミシュラ。ならお前がリベンジしろ。ラデック、もう一回相手してやってくれ」

「え、俺か?」

「別にゾウラでも、この際シスターでも構わない。どうせマトモな勝負にはならんだろう。ほら、ミシュラ。口利いてやったぞ。さっさと立って構えろ」

「ミシュラ教官を脅かした俺が言うのも何だが……ロゼ。少しやりすぎじゃないのか?」

「やりすぎ? この程度で? 頬の一発もぶたれずにやりすぎだと? ラデック、お前が受けた仕打ちはこの程度だったのか?」

「俺と彼女じゃぁ苦痛の度合いが……」

「それとこれとは話が別だ。虐めるのはいいが、虐められるのは嫌だ。そんな我儘、軍隊で認められるわけがない」

 

 ロゼは大きく息を吸い込んで、周囲の軍人達にも叫び始める。

 

「ほらどうしたバルコス艦隊のゴミ共!! 文句があるなら力で示せ!! お前等の大好きな馬鹿でも分かる実力主義だろうが!! ハザクラに竜の情報渡したくねぇって奴は一歩前に出ろ!!」

 

 しかし、ロゼの声に応えるものはおらず、それどころか辺りからは靴を地面に擦り付けて後退る音が聞こえ始める。ロゼは呆れて溜息を吐き、帽子を目深に被ってハザクラの方へ向き直る。

 

「……手合わせ、ありがとうございました」

「随分律儀だな」

「育ちが良いもんでね。じゃあ、俺はこれで戻るとするわ。シスターのこと、よろしく頼むな」

「ああ、任せろ」

 

 ロゼの去り際、シスターが駆け寄って手を握る。

 

「あまり無茶はしないでください……。私は平気ですから……」

「……シスター以上の無茶なんか、弱虫の俺にはできっこないよ。……旅が終わったら、また一緒に飯食いに行こうな」

「ロゼ……。はい、必ず」

「じゃあね。シスター」

 

 後ろ手を振って去って行くロゼを、シスターが手を振って見送る。ハザクラは疑念と敵意と恐れに満ちた崩壊した演習場を眺め、小さく呟く。

 

「ふむ……少し派手過ぎる気もするが、まあ良しとしよう」

 

 ハザクラは座り込んでいるミシュラ教官の元へと歩み寄り、しゃがんで彼女の顔を覗き込む。

 

「さて……じゃあ約束通り、竜の情報を渡して貰おうか」

「ぐっ…………!!!」

「嫌ならもう一戦付き合っても良いぞ」

「ひっ……!!」

 

 冷淡にミシュラ教官を睨むハザクラに、ラデックが呆れて文句を溢す。

 

「とても世界を救おうという正義漢には見えないな……チンピラみたいだ」

「うるさいぞラデック」

 

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