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〜バルコス艦隊 中央陸軍第三作戦会議室〜
ラデックがシャワーを済ませて半裸のまま作戦会議室の扉を開くと、中には仏頂面で直立したまま微動だにしないミシュラ教官と、椅子に腰掛けたまま居眠りをするハザクラと、机の上に広げたブランケットに並べたサンドイッチを頬張るゾウラの姿があった。ラデックが髪を拭きながら部屋の中に入りミシュラ教官に会釈をすると、彼女はラデックを見るや否や身体を大きく強ばらせて小さく悲鳴を上げる。ラデックは少し気まずそうに頬を掻き、席に着こうと振り向くと入口の方から長身の女性が近寄ってきた。
「む、こんにちは」
「………………」
「………………?」
長身の女性は何も言わずにラデックの脇を素通りし、ミシュラ教官の前で立ち止まる。
「とんだ災難であったな。ミシュラ」
「……まったくだ」
長身の女性はハザクラ達へと向き直り、酷く不服そうな面持ちで僅かに頭を下げる。
「バルコス艦隊中央陸軍元帥、ファーゴである……。して、竜の調査任務を希望とのことだったが――――」
ファーゴ元帥は咳払いを挟み、神妙な面持ちで口を開く。
「残念ながら、それにお応えすることは出来ない」
居眠りをしていたハザクラが目を開け、無機質な視線をファーゴ元帥に向ける。
「そういう約束だった筈だが……」
「反故にするつもりは毛頭ない」
「と言うと?」
「貴殿等が聞きたいのは、我が国に10年前から現れた“巨竜”のことであるな?」
「“巨竜”……まあ、そうだな」
ファーゴ元帥は少し悩んでから目を閉じ、思い出話をするように遠くを見つめる。
「うむ。貴殿も知っての通り、我が国は古くより続く“竜然教”、竜信仰の国である。しかし他の国の宗教と違って、我々は創造論を語ることはない。竜はそこに在わすだけで我々を悪きものから守り、我々も清廉に生きることで竜の住まうこの世を正しく保つ。ただそれだけの信仰である。国民もそう信心深くない者が少なくない。複雑な儀式だとか、何かを強制する制約だとか、そういった特別なものは一切なく、ただただ真面目に生き、どこかに在わす竜を日々思い感謝をすること。この漫然とした緩やかな信仰こそ、我々の竜然教の全てである。故に…………」
「誰も知らぬのだ。竜のことを」
ファーゴ元帥の言葉に、ハザクラは訝し気に顔を顰める。
「知らない? 体長20m近い未確認生命体が自国の周辺を飛び回っていて、誰一人として探求していないのか?」
「言ったであろう。竜然教は、竜に感謝して生きるだけの信仰であると。竜がどんな存在なのか、どのような見た目なのか、竜は我々に何を与え、我々は竜に何を返せばよいのか。そんなものを考える者はおらん」
「……バルコス艦隊にも生物を中心に扱う科学研究所があった筈だが」
「あそこにいるのは、殆どが他所者か斜に構えた有象無象だけである。結局、何年も研究して判明したことと言えば“竜の存在は集団幻覚ではない”などという戯言だけである」
「集団幻覚ではない……確かに、遠く離れた没落の湖にも竜の咆哮は聞こえてきた。あれは作り物ではないということだな」
「当然である。これで分かったであろう。我々から提供出来る竜の情報などない」
「分かった。じゃあ当初の約束だけ果たして貰おう」
「……? 情報は何もないと言っておる」
「俺達に“竜の調査任務”を命じろ」
「命じろと言われても……」
「内容や方向性はこっちで勝手に決める。貴方はただ、俺達に竜の調査任務を命じたことを宣言さえすればいい」
「…………はぁ」
ファーゴ元帥は半ば呆れながら首を傾げる。しかし、ミシュラ教官はファーゴ元帥の襟元を掴んで思い切り引き寄せ抗議した。
「飲むなファーゴ!! これは我々への“侮辱”!! “降伏宣言の強要”に匹敵するものだぞ!!」
ミシュラ教官の言う“降伏宣言”。それは、竜の調査任務を命じたことによる、世界各国から見たバルコス艦隊と人道主義自己防衛軍の関係性が著しく変化することに対しての言葉である。竜はバルコス艦隊の象徴。その竜の調査を他国の権力者に一任するというのは、バルコス艦隊にとってはこの上ない屈辱。また、それによって“バルコス艦隊は人道主義自己防衛軍に逆らえない”というイメージを世界に植え付けてしまう恐れがあった。
「しかしミシュラ……。貴殿はこの度、勝負に負けた。それを反故にしてあれやこれやと宣う方が、余程みっともないのではないか?」
「だ、だが……!!」
「それに、軍神ロゼまで圧倒的な敗北を喫してしまった。最早約束を白紙にするどころか、今後二度と彼等に逆らうことは出来まいよ」
「…………っ」
「10年前の”神鳴通り大量殺人事件”の件もある。あれだけの不可解で悍ましい事件を、我が軍は犯人の噂一つ嗅ぎつけることは出来なかった。結局右往左往しているうちに世界ギルド側の使奴達”悪魔”に管轄を奪われ、我が軍の信用を大きく傷つけた。もう、我らバルコス艦隊軍の味方をする者はおるまい」
「あれはっ……!! そもそも捜査がまだ途中だっただろう!!」
「その言い訳に誰が耳を貸すかね」
「ぐっ……!!」
「世界ギルドに負け、人道主義自己防衛軍に負け、グリディアン神殿にも見捨てられた」
「まだ、まだ終わってないだろう……!!」
「いや、終わりである。ミシュラ。我々は負けたのだ」
ミシュラは強く歯を食い縛って顔を伏せる。ファーゴ元帥はハザクラに目線を戻し、威圧するように重く口を開く。
「しかし、だからと言って全てが思い通りになると思うな。ハザクラ。貴殿の要求が一線を超えた時、我は全力でこの国を護ろう。それがどんなに見苦しく醜悪なものだったとしても――――!!!」
「いい心構えだ」
ハザクラは徐に立ち上がり、会議室の外へと歩いて行く。
「では、宣言は明日の朝礼で」
その後に続いてゾウラが退出し、ラデックもシャツに袖を通しながら会議室を出て行く。2人取り残されたファーゴ元帥とミシュラ教官は、互いの顔を見ることなく出口の方を見つめている。
「……すまない、ファーゴ。勝手なことをした」
「そこが貴殿の良いところである。昔の引っ込み思案から、随分と成長した」
「私があんな勝負を受けなければ、こんなことには……」
「どの道こうなっていたであろうよ。彼等には、それを成し遂げるだけの力がある。まあ、この先は我に任せておけ。貴殿は充分働いた」
「……すまない、ファーゴ。君には助けられてばかりだ」
「何を言うか。我も、貴殿に随分救われておるよ」
「そうか……ありがとう」
「うむ」
〜バルコス艦隊 中央陸軍食堂〜
ラデックが食事を受け取りにお盆をもって受け取り口にくると、配膳係がビクっと身体を震わせて慌てて食事を持ってくる。山盛りの白米に、瑞々しいサラダとスパイス香る分厚いステーキ。スープにデザート。更には袋に入ったよく冷えた缶ビールまで支給された。
「…………先日のミミズ定食とは雲泥の差だな」
ラデックの呟きに配膳係は再び身体を大きく震わせ、逃げるように奥の部屋へと駆けて行った。ラデックが席を探そうと振り向くと、近くにいた軍人達が皆怯えて後退り、海を割るように道が作られる。その中をラデックは気まずそうに進み、ハザクラ達のいる席を見つけて近づく。
「少し脅かし過ぎたかも知れない」
ラデックは席に着いてステーキをナイフで切り分ける。ふと、お盆の外へチラリと視線を向けると、ハザクラとゾウラのお盆にも同じように豪華な献立が輝いているのが見えた。そしてラデックは、仲間が1人足りないことに今更気がついた。
「あれ、シスターは?」
ラデックの問いに、口一杯にステーキを頬張っているゾウラが答える。
「シスターさんなら、ロゼさんが立ち去った直後にカガチ達のいるホテルに戻りましたよ。ナハルさんから呼ばれたそうで」
「そうか。じゃあ竜の調査任務は俺とハザクラとゾウラの3人か?」
「いえ、後で合流すると仰っていたので、明日の朝には戻るかと」
「じゃあシスター帰ってきたら俺抜けてもいいか?」
ラデックがハザクラの方へ目を向けると、ハザクラはデザートのケーキを齧りながらギロリと睨み返した。
「……駄目か。ケチ」
ハザクラは口元を丁寧にナプキンで拭い、空になった食器を持って立ち上がる。
「ラデック達にはまだ頼みたいことが多く残っている。特に今回はゾウラ、君にはちょいと大仕事を頼む予定だ。頼りにしているぞ」
「はい! 頑張ります!」
ゾウラが元気よく返事をすると、ラデックはやる気満々のゾウラを少しだけ恨めしそうに睨んだ。
「どうかしましたか? ラデックさん」
「…………ゾウラが反対してくれれば2対1だったのにと思ってな」
「反対? どうしてですか?」
「さっさとホテルに戻って朝食バイキングしたいだろう」
「ここのご飯も美味しいです!」
「博物館行きたいだろう!」
「大っきい竜も楽しみです!」
「君のポジティブさが今だけ恨めしい……!」
「ごめんなさい!」
〜バルコス艦隊 中央陸軍修練場〜
背の高い壁に囲まれた屋外の修練場。そこで中将クラスの軍人達が、ミシュラ教官を取り囲むように立っている。そして皆一斉に魔法を発動し、霊体人形の兵隊を生成してミシュラへと突撃させる。ミシュラ教官は小さく息を吐いて身を屈め、目にも止まらぬ速さで槍を突き出し兵隊を粉々に破壊していく。そして最後の兵隊が破壊され霧となると、その勢いのまま今度は術者である中将達へと斬りかかった。
「ミっミシュラ教官っ――――!? があっ!!!」
1人が側頭部を強打され倒れ込むと、他の中将達は慌てて構えて反撃を試みる。しかし誰一人としてミシュラ教官の攻撃を躱せる者は居らず、次々に渾身の一撃を食らって薙ぎ倒されていく。
「はぁっ……! はぁっ……! 何を狸寝入りしている!! 立てゴミムシ共!!」
ミシュラ教官が中将の1人の胸倉を掴み無理矢理立ち上がらせると、修練場の入り口からファーゴ元帥が近づいてきた。
「……先の特別演習で貴殿を笑った者達か。治せない外傷は作るでないぞ」
「黙っていろファーゴ……!! これだけ手加減して拵えた怪我など、慢心の証のようなものだ!! もし役に立たなくなるようであれば、四肢を切り落として囚人用の慰安婦にでも堕としてやる!!」
「ファ、ファーゴげ、元、帥……!! た、助けて下さ……!!」
「自の師を笑った罰である。甘んじて受け入れよ」
ファーゴ元帥は血塗れで泣き崩れる中将を冷たく見下ろし背を向ける。
「ミシュラ。同じような愚図はあと何人であるか?」
「あぁ……!? はぁ……はぁ……あと、少なくとも30人は”追試“の予定だ……!!」
「そうか。であれば貴殿の明日の朝礼は出席を免除しよう。我が代わりにハザクラ達の件について皆に説明をする。貴殿は追試に集中すると良い」
「はぁ……はぁ……。ああ、任せた。ファーゴ」
「うむ」
ミシュラ教官は大きく息をつくと、端の方で気絶したフリをしている中将の1人に勢いよく飛び乗って腹を踏みつけた。
「がああああっ――――!!!」
「何をサボっている愚図が!! 寝たフリする知恵があるなら爆発魔法の一発でも放ってみろ!!」
「がはっ!! ファ、ファーゴ元帥っ!!! 元帥っ!!! 助けっ助けて下さいっ!!!」
「貴様如きが元帥の意志を遮るな!!! 叫ぶ元気があるならさっさと立て!!!」
「ぎゃああああっ!!! 足がっ!!! 足が折れてるんですっ!!! いいい痛いっ!!!」
「ああ!? 足が折れたから何だ!!」
「助けてっ!!! 誰か助けてぇっ!!!」
〜???〜
「なんか今呼ばれた気がするな……。はぁ〜頼れる優しいスーパーヒーローは辛いねぇ。そんなことはさておき……皆さんお待ちかね、悪党拷問のお時間ですよ〜っと」
暗闇の中、紫色の髪を靡かせる赤角白肌の怪物が、昏睡状態で椅子に縛られている人物の頬を優しく撫でる。そして、その長い前髪をどかして彼女の風貌を露わにする。
「ひひひひ……楽しみだねぇ。ロゼちゃん」