シドの国   作:×90

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114話 この上ない不運

〜バルコス艦隊 海呼街(うみこがい)8番地〜

 

「ごめんくーださーい」

 

 ラルバが陽気な声で扉をノックすると、気弱そうな壮年の男性が扉を開けた。

 

「は、はい……どなた?」

 

 するとすぐさま開いた扉にカガチが足を差し入れ割り込んだ。

 

「カガチだ。ガレンシャに用がある」

「ひっ……! あ……」

「やめて下さい!!」

 

 部屋の奥から1人の女性が叫んで男性の腕を引いて背後へと隠す。女性は“真っ黒な角膜と青い瞳”でカガチを睨み、唇だけを動かして「外で待ってて下さい」と指示をした。

 

 ラルバとカガチが大人しく家を離れて待っていると、数分遅れて先程の女性が姿を現した。そして周囲を警戒するように辺りを見回すと、ラルバ達を睨んで口を開く。

 

「場所を変えて下さい」

 

〜バルコス艦隊 海呼街(うみこがい)裏通り〜

 

「何なんなのよ急に……!! 私達の生活は邪魔しないって約束じゃない!」

 

 沈黙派の使奴“ガレンシャ”は、嘗てヴァルガン達と交わした約束を反故にされたことについて怒りラルバを睨む。

 

「あはは〜ごみんにぃ〜。私その沈黙派だの隠遁派だの知ったこっちゃないのよぉ〜」

「何それ……旦那は私が使奴だって知らないのよ!? もし知られたら何て思われるか……。カガチも何で止めないのよ! 貴方隠遁派でしょ!?」

「私とて止められるならばそうしたい」

「はぁ……!?」

 

 訳がわからず取り乱しているガレンシャに、ラルバがケラケラと笑いながら手を振る。

 

「まあまあ。私はちょーっと聞きたいことがあるだけだから、答えてくれれば変なことしないよ」

「……手短に済ませて」

「あいあい〜。あのさ、10年前の“神鳴(かんなり)通り大量殺人事件。世界ギルドから派遣された使奴って……君だよね?」

「そうよ。この辺に暮らしてる沈黙派の使奴は私と他に15人くらいだけど、私の負担が極端に少なかったから。多少のリスクは抱えてても引き受けたの。その時の資料なら中央陸軍に保管されてるでしょ。そっち見なさいよ」

「そっち見てきたんよ。でさぁ。アレ、確実に真犯人分かってる感じだったよね? 何で言及しなかったの?」

 

 20年近く前から増加していた大量殺人や連続殺人といった凶悪犯罪の殆どを、バルコス艦隊は大した進捗もなく放置し続けていた。それを見かねた世界ギルドはガレンシャに声をかけ、当時発生したばかりであった神鳴(かんなり)通り大量殺人事件の単独捜査を指示した。当時のバルコス艦隊が行った捜査は、犯人のものと思われる足跡や毛髪等による物的証拠を中心としたものであった。それに対しガレンシャが行ったのは、現場の残留波導の検査である。残留波導とは、魔法を使えば必ず発生する波導の細かい乱れのこと。この残留波導のパターンはDNAや指紋と同じく、個人を判別出来る程の細かい違いが存在する。

 

「でもさぁ〜、その特定出来た犯人と思しき人間。発表されてなかったんですけど〜?」

 

 ガレンシャが行ったもう一つの捜査は、使奴の桁外れた思考力と無尽蔵の体力に物を言わせた単純極まりない総当たり攻撃である。国内を隅から隅まで三日三晩走り回り、現場に残されていた残留波導と同じパターンの波導を探し当てるというもの。

 

「で――――、ここで捜査が打ち切られてるってことは、見つかったんだよね? 犯人」

 

 ガレンシャは小さく首を縦に振る。

 

「ええ、見つかったわ」

「じゃあ何で発表しなかったのよ」

「明らかに誘導されている気がしたから」

 

 ガレンシャの言葉に、ラルバとカガチが同時に眉を顰める。

 

「そも残留波導は決定的な証拠じゃない。犯人が誰かの作った魔法陣を使用した可能性もある。今回検出された残留波導は、当時バルコス艦隊中央陸軍大将だったミシュラのものだったわ」

「へぇ……あのトンチキの」

「そう、あのトンチキの。でも、彼女を犯人と仮定すると色々不都合が出てくる。彼女は当時完璧なアリバイがあったし、彼女の作った魔法陣は大将連中が管理していて(いずれ)も盗み出されたという報告はなかった。それに、ミシュラは軍での成績こそ良いものの応用力に欠ける。だから彼女は陥れられた人物と仮定して捜査を進めたわ。でもそれにしたって――――」

「ファジット少年の家族の惨殺は不可能?」

「――――っ?」

 

 ガレンシャの話にラルバが横槍を入れると、ガレンシャは意外そうな顔をして言葉を止める。

 

「…………ええ、そうね。神鳴(かんなり)通り大量殺人事件唯一の生存者のファジット君。彼の一家を襲撃するには、彼の家族の戦闘力を上回らなきゃいけない。彼の母親は合気武術の師範だし、父親は男子レスリングのバルコス艦隊チャンピオン。祖母は元陸軍中将。例え犯人が最も優秀な軍人だったとしても、彼等を一方的に殺害する力があるとは思えない。それに彼等の家から数軒離れた場所にあるジャラワさん達4人の殺害も同じくらいに難しい」

 

 ラルバはカガチの方へニタァっと笑顔を向けた後、ガレンシャの方を向いて問い掛ける。

 

「じゃあさじゃあさ、そのファジット君の家族とジャラワさんの家族の惨殺事件が、神鳴(かんなり)通り大量殺人事件とは一切関係のない、偶然同時に起こっただけの事件だとしたら?」

「は、はあ? そんな訳ないでしょ……。犯行タイミングも殺害の手口も全く一緒なのよ? どういう偶然よ……」

「不運だよ。この上ない不運。ねえねえ、そしたらどうよ」

「ん〜……、そうしたら……? そうしたら……そうねぇ……まだ色々疑問は残るけど、当時可能性が最も高かったのは――――――――

 

 

〜バルコス艦隊 蛇洗(へびらい)川〜

 

 バルコス艦隊南東に位置する“竜宮山(りゅうぐうやま)”。そこには古くから竜が住むという言い伝えがある。その昔、竜宮山(りゅうぐうやま)の湧水で竜が好物である蛇を洗っていると、幾つかの蛇が竜の元から逃げ出してしまった。

 

「そうして川を下ってここまで辿り着いた蛇を、ありがたがって祀り食す文化が根付いたそうだ」

 

 ハザクラが説明を終えると、シスターは怪訝そうな眼差しで膝に乗せた丼に視線を戻す。

 

「蛇……これは、鰻……ですね……」

 

 蛇洗(へびらい)川の岸辺には多くの屋台が店を構え、“蛇”の蒲焼きだの肝焼きだのと多種多様な料理を売り、大勢の客で賑わっていた。他にも菓子や玩具と言った屋台も多く立ち並び、宛ら縁日のような雰囲気に包まれている。ベンチに腰掛けるシスターとハザクラの元へ丼片手にラデックが歩み寄り、どこかで買ってきたのか強烈なバターの香りを放つ巨大なタルトを咥えてシスターの隣へと腰掛けた。

 

「何だシスター。欲しいなら自分で買いに行ってくれ」

「いえ……ラデックさん、よく食べますね……」

「ここ数週間碌なものを食べていなかったからな。食える時に食いたいものを食えるだけ食う」

「はぁ……」

 

 するとそこへゾウラが小走りで駆け寄ってきて、見せびらかすように持っていた鰻のぬいぐるみを掲げた。

 

「見て下さい!! さっきそこのクジ屋さんで当てたんですよ!! 2等です!!」

「ゾウラさん、ずっと楽しそうですね」

「はい? はい! ずっと楽しいです!」

「それは何より……」

 

 ハザクラは空になった紙皿をゴミ箱へと放り投げると、ハンカチで口元を拭ってゾウラに目を向ける。

 

「さて、休憩は終わりだ。今回の用件を伝える」

 

 ハザクラは足元に置いていた大きな魔袋を持ち上げ、中から巨大な装置を取り出した。黒光する長方形の箱からは、上部に向かって光の枝が数本伸びて風に靡いている。

 

「これは“霊響(れいきょう)測距(そっきょ)装置“。波導を放射して、その反射で魔力を含んだ対象物との距離を測る装置だ。これをあちこちで起動させて範囲内を立体的に測定する」

 

 話を遮るようにラデックが立ち上がり、嫌そうな顔をしながら装置とハザクラを交互に睨んだ。

 

「……ハザクラ。これの測定可能距離は?」

「2kmだ」

「装置の数は」

「一個だけだ」

「ラルバを呼んでくる」

「まあ待て。確かに測定範囲は狭いし、機械を何度も運んで移動する必要はあるが――――」

「ラルバを呼んでくる」

「最後まで話を聞け」

 

 背を向けて歩き出すラデックの首根っこを、ハザクラが引っ張って制止する。

 

「ゾウラ」

「はい! 何でしょう!」

「君は水と同化出来る異能だと言っていたが……当然装備も同化出来る。そうだったな?」

「はい! じゃないとすっぽんぽんになっちゃいますからね!」

「と言うことは、この装置を魔袋に入れて持ち物に加えれば、装置ごと水に溶け込める」

「そうですね。あ! そういうことですか?」

「そういうことだ」

 

 ハザクラは川の方へ歩いて行き、爪先で水面を撫でた。

 

「君の異能は単なる変異ではなく、水辺限定の瞬間移動としても使える。スヴァルタスフォード自治区でも、襲撃者からの逃亡に風呂場から海岸まで瞬間移動をして見せたそうだな。それを利用して、この機械でここら一帯をスキャンしてきて欲しい」

「おお! ナイスアイデア! ……なんですけど、一個質問いいですか?」

「なんだ?」

「それって、スキャンをしている間は竜がじっとしている前提ですよね? 動いちゃったらどうするんですか?」

「竜は目撃情報が極端に少ない。目撃されていないうちはどこかでじっとしている可能性が高いと踏んだ。それに、この方法はあくまでもプランA。次の方法を考えている間に取り敢えず実行出来るというだけで確実な方法ではない」

「プランA! カッコいい!」

「かっこいいか?」

「行ってきまーす!」

 

 ゾウラは機械を魔袋に仕舞うと、勢いよく川へ飛び込んで姿を消した。そして、その直後に水面から再び姿を現す。

 

「これってどうやって使うんですかー?」

 

 

 

 ゾウラがハザクラに操作方法を教わり、再び姿を消してから数十分が経過した。ラデックが紙皿いっぱいのミートパイをもそもそと頬張っていると、突然川の方で大きな水飛沫が上がる音が聞こえてきた。

 

「終わりましたー!」

 

 水から出てきたというのに髪の一本も濡れていないゾウラが笑顔で駆け寄ってきて、ハザクラの前で魔袋を広げる。

 

「ここら一帯という話でしたが、割とサクサク行けたので山の上まで行ってきました! ラデックさんのそれ、何ですか? 美味しそう!」

「ご苦労様。これはトゥルティエールと言うらしい……まあ挽肉多めのミートパイだ。ネギ山盛りで美味いぞ。ほれ、あーん」

「あー……んっ! んんっ! 美味(おい)ひいれす!」

 

 ゾウラが嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる横で、ハザクラが機械を起動してデータを読み込んでいる。彼は暫くモニターを眉間に皺を寄せて眺めた後、誰にも聞こえないように小さく溜息を吐いてから顔を上げた。

 

「お手柄だ、ゾウラ。山の上にそれっぽい影がある」

「ん!? 本当れすか!? むぐむぐ……んふふふふっ。行った甲斐がありました!」

 

 ゾウラはミートパイを飲み込んでから両手で頬を覆い、まるで少女のように喜んだ。しかしハザクラは打って変わって仏頂面のまま背を向け、機械を仕舞ってから足速に歩き出す。

 

「手間が省けた。皆、出発するぞ」

「待ってくれハザクラ。奥の方に果物詰めた水餃子みたいなやつがあったからそれも――――」

「帰ってからにしろ」

 

 ラデックは後ろ髪引かれながらもミートパイを掻き込み、駆け足でハザクラの後に続いた。

 

 

~バルコス艦隊 蛇洗(へびらい)林道~

 

 いつもよりも速いペースで進んでいく中、シスターが何かを窺うようにハザクラの横顔を盗み見た。

 

「何だシスター」

「い、いえ……」

 

 見ていることを見られていると思わなかったシスターは、思わず咄嗟に顔を逸らしてしまった。ハザクラはそのことを特に追求することもなく、視線を前に戻して歩みを進める。シスターはその様子を不審に思い、一度は飲み込んだ疑問を投げかけることにした。

 

「あの……ハザクラさん」

「何だ」

「わ、私は医者という職業柄……いえ、修道女(シスター)の真似事をしているせいか、人の心の変化を感じることがあります」

「そうか」

「何かを悔いている人、隠している人、恐れている人、疑っている人……。勝手な思い込みかも知れませんが、そういった人達は皆一様に“自分を強く信じます”。何かに脅かされ、神や医療に救いを求める時に、必ずと言っていい程に自らの罪を軽減させようとします」

「だろうな。保身は卑しい心が生む邪悪なものじゃない。毒は成分じゃなく、量だ」

「…………私にはハザクラさんが何かを悔いている、いや……“悔やもうとしている”ように見えます」

「……それはまた、特殊な表現だな」

「なので、戸惑っています。ハザクラさん。貴方は今、自分の何を信じ、何を悔やむべきだと考えているのですか?」

「さあな。シスター達を無理に付き合わせたことか、トールさんを殺さなかったことか……、パルシャを見殺しにしたことか…………。悔やむべきことは山程ある」

「隠すようなことなんですか」

「…………隠し事も山程ある」

 

 ハザクラはシスターの問いに答えることなく顔を背け、歩く速度を少し上げてシスターを追い抜いた。シスターには彼の背中がとても寂しそうに、そして恐ろしく感じられた。彼が一体何を背負っているのか、何を背負おうとしているのか。しかし、一つだけ確信していることがあった。これから彼がどの道へと進もうと、それを阻むことは決して出来ないだろうと。ハザクラの背に感じた恐ろしさの正体が、狂気じみた決意によるものだということだけは、彼の口から聞かなくとも手に取るように理解することが出来た。

 

 

 

 

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