シドの国   作:×90

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120話 善人であり悪人

〜バルコス艦隊 中央陸軍地下物品倉庫〜

 

 大事な話があるから時間を作って欲しい。誰にも聞かれたくない話だから、明日の14時に地下の物品倉庫に来てくれ。

 

 信頼できる仲間からそんな連絡を受け、約束の時間に薄暗い物品倉庫を訪れた。

 

「それで、話とは何だ。ファーゴ」

 

 先に口を開いたのは呼び出された”ミシュラ教官“であった。それを聞いた”ファーゴ元帥“は、不思議そうな顔で首を捻る。

 

「話も何も……我を呼び出したのは貴殿であろう? ミシュラ」

 

 ファーゴの問いかけにミシュラは一瞬の疑問を挟むも、すぐに”何者かに嵌められた“と気がついて出口の方を振り返った。

 

「大〜当ったりぃ〜!!」

 

 そこには、醜悪な白肌に穢らわしい赤角を生やした悍ましい紫髪の使奴が立ちはだかっていた。

 

「貴様……世界ギルドの蝿か? それとも狼の群れの(ワンコ)か?」

「そんな崇高なもんじゃないさ。私は……私こそは!」

 

 ラルバはどこからか取り出した茶色のコートと帽子を取り出し優雅に身に纏ってポーズを決める。

 

「美しすぎる稀代の天才名探偵!! ラルバ・クアッドホッパー!! ジャジャーン!!」

 

 真っ赤な嘘の自己紹介と共に花火魔法で背景を彩ると、ミシュラは大きく顔を歪めてラルバを睨みつける。

 

「“クアッドホッパー”……? やっぱり(ワンコ)か……!!」

 

 ラルバは仰々しく葉巻の口を切り、したり顔で火をつけ咥える。

 

「いやあ、実は長らく気になっていた事件がありまして……。今回はその推理を聞いていただきたいと思いましてね?」

 

 怒りが限界を迎えたミシュラが、虚空から槍を召喚しラルバへと突き刺す。ラルバは刃先を指で軽々弾いて高らかに声を上げる。

 

「10年前の神鳴(かんなり)通り大量殺人事件!!」

 

 何の脈絡もなく出てきた事件の名前に、ミシュラとファーゴが顔色を変える。しかし、ラルバの宣言は終わってはいなかった。

 

「13年前の海呼街(うみこがい)大量殺人事件!! 14年前の金床街(かなとこがい)連続殺人事件!! 16年前の繰闇塔(くりやみとう)無差別殺人事件!! そして!! 18年前の甲板街(かんぱんまち)通り魔事件!! これらの犯人……それは…………この中にいるっ!!!」

 

 そう言ってラルバがファーゴに指をビシッと突きつける。ファーゴは勢いに気圧されて反射的に身体を強ばらせるも、すぐに怪訝そうな顔で首を捻った。

 

「……我であるか?」

「ザッツラーイ!! お前が犯人だ!! 大人しくお縄で首括れぇい!!」

 

 何が何だか分からないといった様子で呆然としているファーゴに代わり、ミシュラがラルバの前に立ちはだかって彼女を突き飛ばした。

 

「はぁ……。世間では優秀だ何だと持て囃されているようだが、使奴の推理も当てにならないな。その事件、どれもファーゴは無関係だ」

「えー? なんでなんでー?」

「現場に落ちていた痕跡は、どれもファーゴとは無関係の物だったはずだ。確かにファーゴにアリバイはないが……」

「じゃあいいじゃん」

「……被害者の殺害手口から導き出される犯人像は、背の低い左利きで、利き足は右。波導パターンはCタイプ。魔力の制御が大胆で、刃物の取り扱いは下手だが射撃は優秀。ファーゴは見ての通りの長身だし右利きだ。利き足は左。波導パターンはDタイプ。10年近い付き合いの私が言うんだから間違いない。魔力の制御は芸術的なほどに繊細で丁寧。それに、剣の扱いに於いては彼女の右に出る者はいないが、射撃の腕は至って平凡。犯人像からは程遠い」

「成程?」

「第一、この件に関してファーゴを犯人から除外したのは世界ギルドの蝿野郎だろうが」

「それは確かに」

 

 ラルバが葉巻を吹かして目を閉じる。

 

「だが……もしも犯人が“多重人格”だったら?」

「……はぁ?」

 

 ラルバは海呼街(うみこがい)に住む沈黙派の使奴“ガレンシャ”から聞いた推理を2人に伝えた。

 

 

 

「じゃあさじゃあさ、そのファジット君の家族とジャラワさんの家族の惨殺事件が、神鳴(かんなり)通り大量殺人事件とは一切関係のない偶然同時に起こっただけの事件だとしたら?」

「は、はあ? そんな訳ないでしょ……。犯行タイミング全く一緒なのよ? どういう偶然よ……」

「不運だよ。この上ない不運。ねえねえ、そしたらどうよ」

「ん〜……、そうしたら……? そうしたら……そうねぇ……まだ色々疑問は残るけど、当時可能性が最も高かったのは――――――――ファーゴ元帥かしら」

「ほう?」

「理由は主にふたつ。ひとつは、そも“これらを同一犯による連続殺人事件”と断定したのは誰なのか」

「手口や犯人像が一緒だったなら、みんな同一犯だと疑うんじゃない?」

「最初の事件は今から18年前の甲板街(かんぱんまち)通り魔事件。その頃の捜査じゃ、まだ残留波導は疎か波導パターンの計測まで行える技術はバルコス艦隊にはなかったわ。それに、10年前の荒い画質から遺体の傷を細かく調査するなんて使奴だって無理よ。だから、そもそもこれらを同一犯だと断言すること自体が不自然なの」

「で、それを最初に口にしたのがファーゴだったと」

「そう。で、ふたつ目の理由は、”なぜ今回の現場にミシュラの残留波導があったのか“」

「犯行に使ったか、或いはミシュラに罪を着せようとしたんでねーの。今のバルコス艦隊なら残留波導くらい調べられるんでないの?」

「無理ね」

「あれま」

「私が思うにこれは――――――――」

 

 

 

「“使奴にバレるのが目的の愉快犯――――!!!」

 

 そう言ってラルバがファーゴに向かって指を突きつける。ファーゴは依然として訝しげな顔で首を捻っているが、ミシュラがラルバの突き出した指を捻り上げ彼女に鬼気迫る表情で詰め寄る。

 

「馬鹿言うな愚図が!! ファーゴが愉快犯だと? お前は彼女のことを何も知らない!!」

「へぁ?」

「ファーゴはな!! 幼い頃に両親を惨殺された孤児だったんだ!! 犯人はファーゴが13の時に捕まったそうだが……その犯人が最後に犯した犯罪が、ファーゴの師の殺害だ!! あの屑野郎は!! ファーゴの目の前で育ての親である師を殺したんだ!!!」

 

 ミシュラが怒りに任せてラルバの指を圧し折る。ラルバはキョトンとした顔で頭を掻き、怒鳴り続けるミシュラを見つめる。

 

「それでも!! それでもファーゴは挫けなかった!! 血汗を流して働き、努力して、中央陸軍にトップの成績で入隊した!! 私が14年間見てきたファーゴという人物は、まるで欠点のない絵に描いたような人だ!! それを……それをお前のような愚図が笑うなぁ!!!」

「へへっ」

 

 ミシュラの怒号に、ラルバは小さくせせら笑った。そのふざけた態度に、ミシュラは怒り心頭に発しラルバを殺そうと槍に手をかけるが、ラルバが呟いた一言がその手を止めた。

 

「後ろ」

 

 快楽とも狂喜とも取れる異様な笑顔を作るラルバの不気味さに、ミシュラは何か恐ろしいものを感じて振り向いた。そこには、同じく悍ましい表情で微笑むファーゴの姿があった。

 

「……ファーゴ?」

 

 ミシュラが恐る恐る名前を呼ぶと、ファーゴは数秒遅れて口を開いた。

 

「ファーゴ……ファーゴか」

 

 地下室の生温い湿った空気が、より濃く粘ついて肌に張り付く。

 

「ミシュラよ。お主の言う“ファーゴ”と言うのは……」

 

 穏やかだった波動が、地獄の釜から漏れ出る瘴気のように変質していく。

 

「一体、“どのファーゴ”であるか?」

「ひっ……!!」

 

 今まで見たこともないほど不気味で君の悪いファーゴの笑顔に、ミシュラは足の力が抜けて尻餅をついた。隣にいたラルバは、変わらずニヤニヤと笑いながら楽しそうに問いかけた。

 

「“初めまして”ファーゴさん。いや、ファーゴさんで合ってる?」

「うむ。我“も”ファーゴであるぞ」

「ああ、そりゃあ良かった」

 

 ラルバは帽子を被り直し、改めてファーゴに指を突きつけ宣言する。

 

「犯人はお前だ。バルコス艦隊中央陸軍元帥。ファーゴ」

 

 ファーゴは嬉しそうに笑い、大きく頷いた。

 

「如何にも。このファーゴが真犯人である。よくぞ見破ったな」

 

 ミシュラは尻餅をついたまま、青褪めた顔でファーゴを見上げる。

 

「ファー……ゴ……なん、なん、で。お前が……お前は……そんなこと、する奴じゃ……」

「“そんなことする奴じゃないファーゴもいる”ってことでしょうよ」

 

 ラルバの推測がミシュラの声を遮る。

 

「正直、私も“そこ”だけ分からなかった。どうやって長年使奴の目を掻い潜って犯罪を犯してきたのか。元々、バルコス艦隊には一般人を装った使奴が暮らしている。でも、世界ギルドが捜査を要請するまで彼女は今日まで真犯人がファーゴだと確信するに至らなかった。でも、今アンタが“見せてくれた”ことで、漸く手品のタネが分かったよ。ファーゴ、アンタは“自分の内にある複数の人格を自在に操る異能者“だ」

 

 ファーゴが目を見開いて笑う。

 

「そこまで分かるのか……!! 素晴らしい!!」

「私の推理は当たっていた。でも、それを聞いてる最中もアンタはずっと唖然として、どう見てもしらばっくれてる真犯人の面じゃなかった。使奴の私が嘘を見破れないってことは、本当に知らないからなんだろう。普段の“真面目なファーゴ”は記憶を共有していない真の善人。“犯罪者のファーゴ”は全ての記憶を把握している悪人。人格が変わると、波導パターンや利き手利き足の変化、更には病気の有無や声紋まで変化することもある。使奴が真犯人を特定できなかった理由は、そもそも元帥である善人の“ファーゴ”と犯人である悪人の“ファーゴ”が別人だったからだ。そんなもの異能で変化させられたんじゃ、幾ら完璧超人の使奴でも見破れない」

「くくっ……くくくくっ……あはははははははっ!!! 予想以上!!! 予想以上だラルバ殿!!! まさか異能まで言い当てられるとは!!」

「そりゃどうも」

 

 ファーゴは腹を抱えて大声で笑い、何度も手を叩いて喜んだ。見たことのない狂った親友の姿に、ミシュラは絶望と恐怖の狭間で必死に言葉を紡ぐ。

 

「な、なんで……何でだファーゴ……。お前は、だ、だって……」

 

 突然ファーゴはピタッと静止し、ミシュラに向け指を左右に振り否定を表す。

 

「チッチッチ……。ミシュラよ。貴殿は何一つ分かっていない……」

「な、なにが……だ?」

「殺人鬼に親を殺されたあの日、あの日に、私の全てが始まったのだよ……!!」

「お前、何を――――」

「父上。母上。いつ思い出しても、あの二人は非の打ちどころのない人の鑑であった……。それがあの日、刃物でその身を切り裂かれ、臓物を床に撒き散らし力なく倒れた時、私の中で何かが弾けた! そう、私は、”美しいものが壊れる美しさ“に気付いてしまったのだよ……!!!」

 

 ファーゴは近くの荷物を魔法で吹き飛ばし、地下室の壁をスクリーンにして映像魔法を映画のように投影する。そこには、ノイズ走る荒い画質でファーゴの”最初の犯罪“が記録されていた、

 

「最初は愛玩動物の兎や猫であった! 幼かった我に大それたことは叶わず、身近で隠蔽しやすいものに限られた。だが、それでは我の欲望は満たされない! 力の無い己を呪いながら、小動物ばかりを手にかける鬱屈とした毎日を過ごした……。 そして我が13の時!! あやつが再び我の前に現れた!! あの我の両親を殺した殺人鬼が!! 稀有なことに、あやつも“同類”であったのだ!! そして、あやつも我が同類だと気付き、寛大なことに”トドメ“を我に譲ってくれたのだ!!」

「ト、トドメだと……!? ファーゴ、お前まさか!!」

「そう!! 育て親である我が師を殺害したのは我である!! 刃物越しに伝わる皮膚の柔さ! 骨の硬さ! 筋繊維や血管の一本一本!! 美しく儚い命の圧力!! 生きようと足掻く生命が、我の手によって消えるあの瞬間!! 今でも忘れられん……あの瞬間が、最初にして最高の1ページだったのだ!!」

 

 映像魔法の中で、壮年の女性が倒れ込み血溜まりを作っている。その映像を恍惚の表情で見上げるファーゴを、ミシュラは茫然自失のまま見つめている。

 

「そんな、そんな……昔に話してくれたじゃないか……。あの事件は、お前が元帥を目指す理由となった最も恨めしい出来事だったと……!!」

「そんなもの、”我ではないファーゴ“が語った嘘っぱちである。だが、当たらずとも遠からず。あの事件は、我が元帥を目指す理由となった最も恨めしい出来事ではある」

 

 ファーゴは映像魔法を切り替え、自身が取り調べを受けているシーンを映し出す。

 

「軍の誰一人として、子供であった我の”自白“を聞き入れはしなかった。師の殺害の他、数多のペットを殺してきたことも供述したと言うのに、誰もが”大切な人を2度も殺されて精神が狂ってしまった”と決めつけよった」

 

 次第にファーゴの呟きに熱が篭り、怒りと悔恨の入り混じった醜悪な怒号へと変わっていく。

 

「何より腹が立つのは、我の両親を殺したあの男である!! あやつが逮捕された後から聞けば、あやつは我と再会した時には既に重度の痴呆症を患っていたそうだ!! 我の師を殺しに来たのも、我の親をまだ殺していないと勘違いをしていたからだったのだ!! それだけならまだしも……あやつは歴史に残る大犯罪者であった筈なのに、裁判では責任能力の有無を疑われ大きく減刑された!! 世間の誰もがあやつをチンケな模倣犯ではないかと疑い、挙句の果てにあやつは正気を失い獄中で腐った床板を食べて死んだ!!! なんと、なんと情けない死に方か!!! なんと見窄らしい最期か!!!」

 

 大声と共にファーゴが近くの木箱を殴り飛ばす。積んであった一斗缶を蹴り飛ばし、落ちていたミシュラの槍を拾って麻袋を何度も突き刺した。

 

「我ならああはせぬ!!! 我はああはならぬ!!! 我は!!! 我なら!!! もっと上手く成し遂げて見せるっ!!!」

 

 ミシュラの槍の刃が折れ、ファーゴは肩で息をしながら次第に笑い始める。

 

「だから元帥になったのだ……!! この国で一番偉くなれば、誰も我を疑わぬ……!! 全ての国民が我を知り、我を信じ、そして騙される!! そのために……ミシュラ!!」

 

 突然名前を呼ばれたミシュラがビクッと体を震わせる。ファーゴは血走った目で彼女に笑いかけ、呼吸荒く語りかける。

 

「お前のような“愚図”を作ったのだ……!!」

「…………愚図?」

「ああそうだ……!! お前のように愚図で、思慮が浅く、独りよがりで、そのくせプライドだけはめっぽう高い。そんな“救えない愚図”を隣に置きたかった!!」

「う、嘘だ……だってファーゴ。お前は、私に……!!」

「ほおら馬鹿である!! この期に及んで、まだ我に期待をしている!! そんな馬鹿で愚図で鈍い阿呆だからこそ!! 隣に立たせれば、対比で我はとびきり優秀に見える!!」

「…………ファーゴ」

「そんな馬鹿に権力を持たせれば、我を容疑者から外すために肉壁となって立ちはだかるであろう! 今回だってそうだ! お前はアリバイのない我を庇うために、昼夜走り回って我の無実を叫んだのだろう!? 嗚呼、実に愚か!! 浅薄愚劣極まりない!! お陰で我は好きな時に好きなだけ楽しむことができた!!! 気付いておるか? ミシュラよ。まだ立件されていないだけで、我の犯した大罪は未だ山程あると!!」

 

 ファーゴはラルバの方に振り向き、指を差して大声で笑う。

 

「ラルバ殿が挙げた事件など、氷山の一角に過ぎぬ!! 我の全てを知った時、我が全てを語った時!! バルコス艦隊中……いや、世界中が我の恐ろしさに身を震わせるだろう!!! 国で最も敬愛される元帥は、軍で最も誠実な指導者は、世界で最も恐ろしい殺人鬼であったのだ!!!」

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