シドの国   作:×90

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124話 純金の拠り所

〜爆弾牧場 人材派遣会社“純金の()り所”〜

 

 バリアとラデックは、離れ離れになった仲間を探すついでに、剽軽(ひょうきん)な何でも屋の少女“パジラッカ”の仕事を手伝うことになってしまった。パジラッカの目的は、奴隷商”純金の拠り所“オーナーである“リィンディ・クラブロッド”の身辺調査。そのために3人は、ひとまず小屋を出て純金の拠り所本館へ向かうことにした。

 

「鍵、かかってなかったねぇ」

「まあ、閉じ込められた時はバリア1人だったからな。少女1人では逃げられないと思ったのかもしれない」

 

 足早に先頭を進むバリアを追いかけて、ラデックはパジラッカと共に月明かりが照らす下り坂の雪道を進んでいく。ラデック達のいた小屋は小高い丘の上にあったようで、崖の下には大きな木造の建物“純金の拠り所”本館の灯りが見えている。辺りは雪原が月光を反射して青白く輝いており、御伽噺(おとぎばなし)の世界を彷彿(ほうふつ)とさせる幻想的な風景が広がっている。

 

「……ここは、町の外れか? 何もないな」

「ああ〜。まあ、ここはちょっと特殊」

「特殊?」

「奴隷商に限らず、商売するなら町中に店構えるのが普通じゃん? でもさ、純金の拠り所はたくさんの“ヘラヅノトナカイ”を飼育していて、奴隷達が出稼ぎに行くのにソリ引かせて行くんだよね。全く、どうかしてるよ」

「それは……どうかしてるのか?」

「ええ? どうかしてるよ。ねえお姉さん」

 

 話を振られたバリアは、ラデック達の方を振り向くことなく背を向けたまま返事をする。

 

「家畜は貴重な資産。中でも“ヘラヅノトナカイ”は従順で力持ち。下手すれば奴隷なんかよりも、よっぽどいい値がつくんじゃないかな。そんな高級家畜を奴隷が町まで連れて行くなんて、鴨が(ねぎ)背負ってまな板の上まで歩いて行くようなものだよ」

「そんなにか」

「それに、普通はまずトナカイの持ち逃げを警戒する。ヘラヅノトナカイ一頭売れば優に数年は暮らせるし、肉は食用、皮は防寒具、角と骨は薬になるから、バラして売っても相当な金額になる」

「それはすごいな」

「でもそうならないってことは、奴隷がオーナーに逆らわない“何か”があることは確定だろうね。それに、トナカイ目当てで襲ってくる盗賊を跳ね除けるだけの戦力もある……」

「不気味だな」

「別に」

「不気味だねぇ」

「別に」

 

 本館裏手に到着すると、パジラッカが意気揚々と魔袋(またい)からノコギリを取り出した。

 

「はいはい! じゃあ早速お邪魔しちゃおうね! 2人は玄関近くで爆発魔法でも炸裂させてくれる? 騒ぎの間にオイラ壁切っちゃうからさ!」

「その必要はないよ」

「んお? お姉さんなんか策アリ?」

 

 バリアは館の壁に魔法陣を描き、少し離れてから勢いよく助走をつける。それを見たラデックは、何やら猛烈に嫌な予感がした。

 

「バリア待て――――」

 

 ラデックの制止も既に遅く、バリアは魔法で硬化させた館に思い切り回し蹴りを放った。使奴による渾身の一撃は館全体を音叉のように揺らし、館内部を衝撃波で満たした。館から漏れ出た衝撃波は雪原に響き渡り、トナカイ小屋で欠伸(あくび)をしていたヘラヅノトナカイ達を昏倒させ、丘に積もった雪を崩して雪崩を引き起こした。

 

 ミサイルが落下したかのような地響きが木霊(こだま)と共に収まると、バリアは何事もなかったかのように館の正面へと歩き出した。

 

「中の人間は全員気を失ったよ。入ろう」

 

 パジラッカは両耳を抑えながら顔を梅干しのようにしわくちゃにして呟く。

 

「…………ねえねえ。お姉さんって、いつもこんな感じ?」

「いや……俺もびっくりしている。小便漏らすかと思った」

「オイラは漏れた」

 

 

 

 3人が館の正面入り口から中へ侵入すると、玄関ホールだけでも数人の人物が倒れ込んでいた。

 

「うわうわ。お姉さんやりすぎだよ。みんな死んじゃったんじゃないの?」

「そこまで強く蹴ってない」

「あれ本気じゃないんだ……」

 

 バリアが倒れている一人に近寄り、手早く回復魔法をかけた。

 

「心臓は止まってない。私とラデックが治して回るから、パジラッカはその隙に家探しでもすれば?」

「……ここまで無茶苦茶するつもりじゃなかったんだけどねぇ。後始末困っちゃうな」

「壁切ろうとしてた人間が何言ってるの。ほら、あと1時間もせずに皆起きるよ」

「ああ待って待って! やるからやるからぁ!」

 

 バリアが急かすと、パジラッカは大慌てで館の2階へと駆けて行った。

 

「……厄介だね」

 

 バリアがボソリと呟くと、ラデックがバリアに顔を寄せて尋ねる。

 

「何がだ?」

「パジラッカ。あの子、確かに何かを隠してるんだけど……元来の性格が奔放(ほんぽう)なせいで読み取りづらい」

「確かに読みづらそうな性格をしているな」

「他人事みたいに言ってるけど、ラデックも相当読みづらいよ」

「それは…………本心を隠すのが上手いってことか?」

「普段から(ろく)に考え事してないってこと。全く褒めてないよ」

「残念だ」

 

 バリアが倒れている者達の治療をしていると、ラデックは何かを探すように辺りを見回して口を開いた。

 

「しかし、奴隷商とパジラッカは言っていたが、肝心の奴隷が見当たらないな」

「奴隷ならいるよ」

「どこにだ?」

 

 バリアは黙って倒れている人物を指差す。

 

「え……彼女らが奴隷なのか!? てっきり警備員か何かだと……」

 

 ラデックは倒れている内の1人の女性に近づき、顔や服装をまじまじと見つめる。

 

「化粧をしているな……。髪も整っているし、歯並びも綺麗だ。何より、この服装……。革のコートにフェルト地のベスト……散弾銃……ブーツ……む、このベスト……防魔(マジックプルーフ)加工がされてるのか。奴隷がこんな上質な服を着ているものか?」

「奴隷ってのは人権を持たない“物”としての人間を指す言葉。物なんだから、所有者によって扱いは違う。ここのオーナーは奴隷を随分大切に扱ってるみたいだね」

「しかし、銃なんか持たせたら反乱を起こされそうなものだが……」

 

 ふと、ラデックは奴隷のポケットからはみ出している手帳が目に入った。それを拾い上げて、中を捲る。

 

「これは……就業メモ……か? ”ヘラヅノトナカイの背後には立たないこと。口元に手を持って行くと指先をかじり取られる! 注意! なでるときは顔の側面から手の甲を優しく近づける。角には絶対触らない!! 無事に着いたら必ずオヤツをあげること! おじぎ厳禁!!!”……。トナカイのことばっかりだな」

「見せて」

 

 バリアはラデックから手帳を受け取ると、パラパラ漫画を捲るように流し見る。

 

「……自主的に書いてるみたいだね。てっきりオーナーが脅して奴隷を従事させてるのかと思ったけど、その線は無さそう。いいオーナーなのかもね」

「しかし、だとしたら真面目に働く者達を奴隷扱いのままにしておくのは何故なんだろうか」

「さてね……」

 

 

 

 館の人間達の治療が粗方片付き、バリアとラデックはまだ回っていないオーナー室の扉に手をかけた。扉を開いた先には、こちらに槍の(きっさき)を向ける2人の女奴隷。そして、椅子に腰掛けたままこちらを睨む無骨で大柄な壮年の男性と、縄で拘束されたパジラッカの姿があった。

 

「ごめんごめん。捕まっちゃった。助けてくれない? ね?」

 

 バリアは呆れて溜息を吐き、傭兵達を刺激しないよう両手を上げて無抵抗を表す。ラデックも真似して両手を上げると、椅子に腰掛けている壮年の男が重苦しく口を開いた。

 

「……意味などない癖に、手など上げるな」

 

 男の言葉に、バリアは静かに手を下げた。男は徐に目を伏せて、槍を構える女傭兵2人に槍を下げるよう合図をする。

 

「どうせお前がその気になれば、我々など羽虫を殺すよりも容易(たやす)いのだろう」

「蝿よりは的が大きいからね」

「何しにきた。何故逃げなかった」

「やっぱり。小屋の鍵は(わざ)とかけなかったんだ」

「新入りの不手際だ。お前の泣きマネに情が(ほだ)されたんだろう」

 

 男はゆっくりと立ち上がり、パジラッカの縄に手をかける。

 

「オ、オーナー! いいんですか!?」

「どうせ拘束に意味などない。今この場を制しているのは我々ではなく、あの白いお嬢さんだ」

 

 慌てる傭兵を尻目に、男はパジラッカの拘束を解いた。パジラッカは勢い良く立ち上がり、両方をぐるぐると回してバリアの元へ駆け寄る。

 

「さんきゅさんきゅー! いやあお姉さんに声かけて良かったよ! パワーイズジャスティス! 持つべきものは力だねぇ」

 

 飛び跳ねながら(はしゃ)ぐパジラッカを尻目に、壮年の男は「失礼」と一言発してから(ふところ)のスキットルを取り出し一口(あお)った。

 

「……っああ。私は根っからの臆病者なんでね、少々酔わせてもらうよ。しかし、中々如何(どう)して……少女の(なり)をしていると言うのに、こうも睨まれると熊と対峙した時よりも恐ろしい」

「私は何もしない。するのはこの子」

 

 バリアがパジラッカの背に手を添えて男の方へ差し出す。パジラッカは小さく跳ねて姿勢を正し、キメ顔で男を指差した。

 

「おうおうおうおう! 奴隷商オーナー“リィンディ・クラブロッド”! お前がやってる悪行は全て分かっている! 大人しく全部吐けぇい!」

「全部分かってるなら吐く必要はないな?」

「…………? あっ。確かに。じゃあ何も分かってないから全部吐けぇい!」

「金髪の君、彼女と代わってもらえないか? 話が通じない」

「俺か?」

「何でヨォーッ!!」

 

 ラデックは渋々パジラッカを背後に下げさせ、リィンディの正面に立つ。

 

「えーと、ラデックだ。初めまして」

「……人材派遣会社“純金の拠り所”を経営している。“リィンディ・クラブロッド”だ。どうぞよろしく」

「と言っても、俺はパジラッカの仕事仲間じゃない。成り行きで彼女の仕事を手伝うことになっただけだ。彼女の目的まではよく知らないが……そうだな。取り敢えず……取り敢えず……どうしようかな……ああ、そうだ。ずっと疑問に思っていたんだが、奴隷達があなたの言うことを素直に聞いているのは何故だ? 異能か何かか?」

 

 ラデックの質問に、リィンディよりも早く女奴隷が強い口調で答える。

 

「私らが無理やり働かされてると思ってるのか!? オーナーを他のクズ共と一緒にするな!」

「そうだ! 私たちは望んでここにいる! 何の知らないくせに、変なこと言うな!」

「うおお、す、すまない」

 

 女奴隷の剣幕に怯み、ラデックが反射的に謝罪を口にする。リィンディは再びスキットルに口をつけ、落ち着いた口調で言葉を返した。

 

「ウチの奴隷は皆優秀だ。質のいい道具は大事に扱う……当然だろう。それとも君は、道具のありがたみに感謝もせず壊れたら買い替える金持ちなのか?」

「い、いや、違う。いや、違くはないんだが……なんというか……なんて言えばいいんだ……?」

 

 ラデックが口元に手を当てウンウンと唸っていると、後ろの方で盛大に腹の虫が鳴いた。

 

「あ、メンゴメンゴ。オイラの腹の音だね。いやーお腹減ったね。お姉さん何か食べ物持ってない? オイラは魚が好物だよ。特に青魚」

「ない」

「きのみとかでもいいよ? ね?」

「ない」

「ないこたないでしょ……キャラメルとか……」

「ない」

「えー……」

 

 2人のやりとりを見て、ラデックは思い出したかのようにリィンディに深く頭を下げる。

 

「人様の屋敷を襲撃しておいてなんだが、俺達は宿と飯に困ってる。一晩泊めていただけないだろうか。ほら、俺達も誘拐されたんだし、おあいこだろう?」

 

 あまりに唐突すぎる申し出に、リィンディとその両隣にいた2人の女奴隷は顔にシワというシワを寄せて困惑を表す。

 

「……後ろの白いお嬢さん。すまないが代わってもらえないか。まさか3人中2人と話が通じないとは思わなんだ」

「ラデックどいて」

「そんな」

 

 ラデックと交代したバリアは、先ほどとは違う意味で顔を(しか)めているリィンディを冷徹な眼差しで見つめる。

 

「交代しておいてなんだけど、宿と食事に困っているのは本当。一晩一室貸して欲しい。それで私を奴隷にしようとした件はチャラにしてあげる」

「……交渉内容が同じでも、発言者によってこうも印象が変わるのか……。分かった。部屋を貸そう。どうせ何を申し出されたとしても、私達に拒否権などないのだろう」

「そう。じゃあ拒否権がないならもう一つ質問」

「なんだね」

「ここにパジラッカを呼んだのはリィンディ?」

 

 顔色を変えるリィンディ。それは両隣にいた奴隷達も、ラデックも、パジラッカでさえも同じであった。バリアの言葉に全員が目を見開いて驚き、リィンディだけがすぐに(いぶか)しげに目を細めた。

 

「何を言って――――」

「返事は結構。どうせ碌な答えが返ってこない。部屋は一階の南西の空き部屋を借りる。2人とも行くよ」

「あっ、待てバリア。どういうことだ?」

「ご飯より先にお風呂入りたーい! お風呂入りたいよね? ね?」

 

 嵐のように現れた3人組が出ていった扉を、リィンディは眉を(ひそ)めたまま睨み続けていた。

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