シドの国   作:×90

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125話 温泉の国

〜爆弾牧場 人材派遣会社“純金の拠り所”〜

 

「おっふろ〜おっふろ〜! ふ〜ろっ風呂〜!」

 

 パジラッカは上機嫌で風呂桶を片手に廊下を進んで行く。パジラッカに無理やり手を引かれているバリアは、僅かに目を細め不服そうに尋ねる。

 

「敵地のど真ん中で、よく風呂に入る気になるね」

「温泉だよ!? 温泉!! 入るっきゃないでしょぉ〜温泉は〜! ね!」

「水が海にあるか地下にあるかの違い」

「爆弾牧場の温泉は格別よぉ〜! 何てったって【温泉の国】って言われてるくらいだからね! 肩凝り、腰痛、リウマチ、冷え症、血行改善、低波導症と痛風、皮膚病、その他諸々、飲泉効果!!」

「それ、半分以上お湯の効能だよ」

「うっそぉ」

 

 パジラッカはがっかりして肩を落とす。廊下の突き当たりには大きく炎のようなマークが描かれた通路があり、その先には広々としたロッカールームがあった。裸足でも快適に過ごせる温められた石の床に、長椅子が扇風機とセットで複数台置かれている。バリア達2人以外に人影は見えないが、恐らくは10人前後が同時に使用できる広さ。バリアは服を脱ぎながら辺りを見回し、少しだけ感心したように言葉を零した。

 

「へぇ……辺境の地に見えたけど、意外と機械もあるんだ。この床暖房……温泉を利用した物じゃなくて電熱によるものだね」

「お姉さん違い分かるの!?」

「壁にスイッチがある」

「あっ……そう……」

「でも、誰もいないのに点けっぱなしなんて……。電源はどうなってるんだろう」

「爆弾牧場は地熱発電でその辺余裕らしいよ。電気代も安いんじゃない?」

「へぇ」

 

 バリアが服を脱ぎ終わってパジラッカの方を見ると、彼女はまだ下着に手をかける前だった。

 

「……脱がないの?」

「あ、いや、その……へへへ。は、恥ずかしいんで向こう向いててもらえますかね?」

「……ラデックに巨乳アピールしておいて何を今更」

「魅せるのと見せるのは違うじゃん! ねぇ!」

「ねぇって言われても」

 

 (ようや)く服を脱ぎ終わったパジラッカと共に、バリアが風呂場への扉を開ける。脱衣所と同じ石材に囲まれた風呂場には、真四角の大きな木造の浴槽が床を掘り抜いて設置されていた。

 

「おおおお〜! 広いねぇ!」

「シャワーは……無いね。石鹸(せっけん)だけ置いてある……」

「源泉掛け流しだし、お風呂の中で洗うんじゃない? オイラの叔父さんの家もそうだったよ。あっちい!!!」

 

 足先を湯に突っ込んだ途端、パジラッカは悲鳴を上げて飛び退いた。バリアは何事もなかったかのように静かに湯に浸かり、泉質を吟味するように手に(すく)って見つめる。

 

「……43度くらいかな。確かに、かなり熱めだね」

「よんじゅうさん〜!? そんなあっちぃのオイラ入れないよぉ〜!!」

 

 バリアが湯船に浸かったまま振り向き、出口の隣にある扉を指差す。

 

「そこの扉、蒸し風呂じゃない? そっち入れば?」

「蒸し風呂? オイラ蒸し風呂入ったことないなぁ」

 

 パジラッカが言われた通り出口横の引き戸を開けると、中からモワッとした熱風が漏れ出してきた。

 

「うおおおあっちぃ〜!! こんなとこ入ってたらケバブになるよ!!」

「じゃあこっち入りなよ」

「そっちは1秒も無理ぃ〜」

 

 パジラッカは渋々蒸し風呂へと入っていき、バリアも湯から上がって後をついていく。熱を逃さぬよう三重に設置された扉を抜けると、そこには階段状の椅子に腰かけるラデックの姿があった。

 

「お先してます」

「うにゃぁぁぁぁああああっ!!!」

 

 タオルの一枚も纏わず、堂々と腕を組んで座り込んでいるラデックを見て、パジラッカは奇声を発しながら自身の顔を両手で覆う。

 

「おっおおっおお兄さんっ!!! 何で裸なのさ!!!」

「え、風呂だから?」

「パジラッカ。隠すなら顔じゃなくて体じゃないの?」

 

 バリアは体を隠す素振りも見せず涼しい顔で椅子に座り、ラデックを横目で睨む。

 

「で、ラデックはどうして女湯にいるの?」

「女湯? 俺は男湯の方から来たんだが」

 

 ラデックがバリアが入ってきた方とは反対側を指差す。そこには、バリア達が通ってきたのと同じような細い通路が伸びていた。

 

「どうやら、サウナだけは男女共用のようだな」

「もしかしたら、ここの人達は湯浴み着を着て入るのかもね」

「成程……。ところでバリア」

「何?」

「さっき、リィンディに「パジラッカを呼んだのはリィンディ?」と聞いただろう。あれはどういうことだ? 2人はグルなのか?」

「…………グルではないよ。確実に。ただ、リィンディがパジラッカの襲撃を察知していないと“私は逃げられなかった”だろうから」

「ん? どういうことだ?」

「だって、リィンディの部下が私を小屋に連れ込んだ時に、私を逃すために鍵をかけなかったんだよ? でも、ここは市街地から遠く離れた辺境の地。オマケに真夜中。私みたいな少女がたった1人でどうやって逃げるのさ」

「あ……そうか。だからパジラッカの隠れている小屋にバリアを……」

「そして、パジラッカの潜伏に気付いても対処しなかったってことは、抵抗の意志がなかったのか、それとも自分で誘い込んだのか……。私は後者だと思う」

「どうして?」

「リィンディは本当に”臆病“だから。恐怖を無抵抗で受け入れるような性格じゃない」

 

 2人が平然と会話していると、パジラッカが通路の影に隠れながら喚き出した。

 

「ちょっとちょっと!! 何で2人とも平気で会話してるのさ!! 恥ずかしくないの!?」

「ラデックは私を性的な目で見たことがないから、別に気にしない」

「そういう問題!?」

「パジラッカは色々隠した方がいいかもね。ラデック、巨乳フェチだし」

「別にそういう訳ではないが……」

「んにぃぃい!!!」

「……俺は出た方が良さそうだな。ごゆっくり」

 

 ラデックはそそくさとその場を立ち去り、男湯へと戻った。すると、湯船には見覚えのある壮年の男性が浸かっていた。ラデックが軽くお辞儀をして脱衣所へ戻ろうとすると、男が唸るような低い声で呼び止めた。

 

「待ちなさい」

 

 男が自分の正面のスペースを手のひらで示し、ラデックに座るよう促している。ラデックは恐る恐る湯船に入って、男の正面に腰掛けた。男が深く溜息を吐くと、ラデックはこれ以上の沈黙に耐えきれず口を開いた。

 

「ウィンディ――――」

「リィンディだ」

「リィンディ。何で俺を呼び止めた?」

「何故かわからんか」

「……言いたいことがあるならハッキリと言葉にしてくれ。そういう言い回しは苦手だ」

「では率直に言おう。脱衣所手前に置いといた私の温泉卵、食べたな?」

「………………」

「それも6つとも全部」

「……………………」

「冷凍庫のアイシクルウィスキーも飲んだな?」

「ごめんなさい」

「謝るくらいならやるな」

 

 リィンディは湯で顔を軽く洗い、呆れて大きな溜息を吐いた。

 

「全く……蒸し風呂が温まっている時点で、誰かが入ろうとしているのが分からんかね」

「あれってずっと熱いままじゃないのか」

「そんな訳ないだろう。薪も安くないんだ。オマケに秘蔵のウィスキーまで飲んでしまうとは……」

「だが、先の交渉で宿と飯は出してくれると――――」

「言ってない。部屋を貸すことに関してはバリアという子が取り仕切ったが、飯に関しては、私もバリアも何も言ってない」

「ごめんなさい」

「はぁ……。第一、飯を出すと言っていたとして、置いてあるものを勝手に食すとは一体どういう了見だ」

「ごめんなさい」

「はぁ……」

 

 リィンディが再び呆れて溜息を吐くと、ラデックが渋い顔で抗議した。

 

「リィンディ。その事あるごとに溜息を吐くのやめてくれ。胸の奥がキュッてなる」

「呆れてるんだよ。ツッコミ待ちだったんだがな……。君、よく暢気だと言われないか?」

「最近はあんまり言われない」

「君も相当な手練れだろうが、バリアはその数倍は強いだろう。何せ、あの風体(ふうてい)で突っ立っているだけであの迫力だ。そんな彼女に睨まれておいて、私が何故こうも平然として居られるのか。気にならないか?」

「実はロリコンとか」

「君、よく頭が悪いと言われないか?」

「最近はあんまり言われない」

「嘘を言うな」

「嘘だ」

 

 リィンディが訝しげな顔をするが、ラデックは意味が分からず気まずくなって視線を逸らした。

 

「……私にとっては、どっちに進もうと同じ事なんだよ」

「同じこと?」

「彼女に何をされようが、私の迎える結末は一つだ。だが、どうせなら少し抗ってみようと思ってね」

「何を言っている?」

「ラデック」

 

 突然真剣な表情になったリィンディがラデックに顔を寄せて、聞き取れないほど小さな声で呟く。

 

「君は、人が爆ぜるのを見たことはあるか?」

 

「……人が、爆ぜる……?」

「ああそうだ。この国は表向き【温泉の国】だなんだと(のたま)ってはいるがね、その実態は恐ろしい独裁国家だ。皇帝”ポポロ“に逆らう者は、まるで”爆弾でも飲み込んでいたかのように“爆ぜてしまう……!!」

「誰でもか?」

「いや、今のところはこの国出身の者だけだ。数名の例外はあるがな。しかし、その者達も体内に何かが埋め込まれていたとか、魔法陣が書き込まれていたとか、そういった痕跡は一切ない」

「じゃあ……異能か?」

「ああ、恐らくはな。だが、その発動条件が読めなかった。他人を対象とする異能の発動条件は基本的に接触、接近、直視のどれかだ。しかし、爆ぜた者達は誰1人としてそのどれにも当てはまらなかった。恐らく特殊な条件が必要だ。そして、私は遂にその仕組みの根幹を調べ上げた――――!!」

「根幹?」

「私の管理していた奴隷の1人にな、幸運にも異能の力の源である”命力“を察知できる者がいた。その者によれば……爆発した者達の肉片には、例外なく“とあるモノ”と同じ命力が溶け込んでいると――――!!」

「とある……モノ?」

「ああ、恐らく、“それ”に長時間触れていると条件を満たしてしまうのではないか……というのが私の結論だ」

「その、“とあるモノ”と言うのは……?」

 

 リィンディが不敵に笑い、片手で温泉の湯を掬う。

 

 

 

「この、“温泉”だ…………!!!」

「なっ――――!!!」

「今更遅い……!!! これで、私と同じ穴の(むじな)だ……さあ、私の悪足掻きに、君達の手を貸してくれ……!!!」

 

【温泉の国】

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